異界の男 1
浅間溶二は妙な強運を持っていた。溶二は高校受験の際、偏差値も自分に合っており家から近い学校が近くにあったためそこを第一志望に選んだが、溶二が嫌っている同級生もそこを第一志望にしていると知り第二志望の学校を受験した。溶二が嫌っている同級生は第一志望に合格出来なかったらしく結果二人とも同じ学校になってしまったため溶二は萎えていたが、溶二が二年生の際に第一志望だった高校で生徒が他の生徒を殺害するという事件が発生し、さらに一年後に同学校の教師が薬物の所持で逮捕されたため、周辺地域でのその学校のブランド力はかなり下がった。溶二の強運はそれだけではなく、社員旅行の際に乗った飛行機が、着陸時に主脚が出ないというトラブルを起こし胴体着陸をする事になったが無事着陸した。
しかし、溶二はこの強運をあまり喜ぶことは出来なかった。
後者に関しては着陸が成功した際は溶二も喜んだが、よくよく考えてみれば行きたくもない社員旅行で発生したアクシデントでありただの災難にしか思えなくなった。前者にしても、溶二は一般入試で大学に進学しているため仮に第一志望の学校に行っていたとしても面接で事件のことを突っ込まれることはなく、周辺地域でのブランド力などどうでも良かったので嫌いな人間がいない第一志望の学校でも良かったのである。
溶二はそのような経験から、仕事帰りに突然霧に包まれ見たこともない山地に突然移動していた時も、
(また災難に巻き込まれるのか)
と気を落としたが、とりあえず災難から逃れるためには帰る方法を探すのが一番いいだろうと考え、スマートフォンの電源を入れた。
マップを開こうと画面をタッチしてみたが、出てきたのはマップではなく、
一、この世界で、あなたは炎の魔法を使うことが出来ます。
二、魔法を使うには精神を研ぎ澄まし五七五、または、五七五七七の呪文を唱える必要があります。
三、呪文は、熱や炎に関する単語を含み、且 つ、ある程度意味が通るものでなければなりません。
という表示であり、マップ以外を開こうとしても同じものが表示された。
(この世界?)
溶二はSF映画をたまに見ることもあったが、まさか自分が似たような状況に巻き込まれるとは思わなかった。
電話をかけてもどこにも通じず、インターネットも開かない。電子機器に頼ることは諦め鞄にしまった。
こうなっては自分の足で帰り道を探す以外ない。山地といってもせいぜい丘陵程度の規模であり仕事で疲れた身体であっても下山するにはギリギリ問題なさそうな高さである。木々の隙間から麓の方を見てみると、少し離れた所に町が見え、山と町の間を細い道が繋いでいることが確認できたため、溶二はとりあえず町を目指し下山し始めた。ここに来る前、溶二は、仕事帰りに仲間と夕食を食べに行き帰りを急いでいた。そのため、本来なら暗くなっていてもおかしくない時間であったが、何故か今は昼下がりのような明るさである。少し不気味に感じたが下山するには丁度良かった。
麓に着く頃には辺りは薄暗くなり、聞こえてくる鳥の鳴き声の種類や虫の音も変わってきていた。
溶二は町の見えた方角へ急ぎ足で進んでいると小さな明かりが見えてきたが、町の明かりではない。光源までたどり着くと、そこでは馬車が横転し燃えていた。御者と馬車に乗っていたと思われる人物は既に事切れているらしく倒れており、馬車の周りには山賊らしき集団が集まり馬車の炎の明かりを頼りに盗品の確認をしていた。
「**!」
と、その中の一人が溶二に気が付いたらしく謎の言語で叫びをあげ、数人を引き連れて溶二の方へ向かって来た。手には斧や鉈が握られており捕まればたちどころに殺されてしまう。今歩いて来た道は隠れるところが少なく平坦であり、そのまま引き返せば恐らくすぐに捕まる。来た道を戻るのは愚策と考え、溶二は再び山の中に入った。木陰に身を隠しながら必死に山中を駆けていたが、山を拠点に通行人を襲撃している集団を相手にいつまでも山の中で逃げられるはずもなく、気が付けば眼と鼻の先まで迫っていた。
「うわっ」
と、溶二は木の根に足を取られ転倒し、辺りにはペットボトルやスマートフォンなどが鞄から飛び出し飛び散った。地面に落ちたスマートフォンには先程と変わらず謎の表示がされている。
(一か八か表示された通りにしてみるか)
しかし、実際に炎が出たとしたら相手に火傷を負わせる事になりかねず、下手をすれば焼死させてしまう事になる。ただの会社員には抵抗があった。
「***********************************」
と山賊の一人が何かを言い、斧を構え近づいて来た。
いよいよ殺されると思った溶二は、
(いかん、迷っている場合ではない)
と呪文を唱える決心を固め、手を前に掲げ、
<不如帰 撃ちて落とすは 炎の矢>
と唱えた。
素人が適当に考えた句であったが、意味は通ったらしく魔法は使えた。しかし、発動した魔法は炎と言うよりは巨大な熱線であり、山賊達を飲み込み、木々を焼き払い、夜空に飛んで行った。
辺りには肉が焼け焦げたような臭いが漂っている。
賊とはいえ、人を焼き殺してしまったため溶二は著しく気を動転させ、さっき食べたものを吐き出した。
溶二はしばらくの間食べられそうな木の実を探して食べてみたり、ペットボトルに残っていた水を飲んでみたりして休みを取り、気持ちを落ち着けてから下山した。
再び麓まで下り馬車のところまで来た。馬車の火は既に収まり始めている。溶二は明かりがあるうちに山賊に殺された二人を埋葬してやろうと思ったが馬車の周りには遺体がない。
すると、近くの茂みから物音がした。溶二は鞄から山賊から回収した鉈を取り出し、物音の正体を確認するためゆっくりと茂みに近づいていくが、相手に警戒する様子はなく物音は続いている。鉈を持つ手は震えていた。
木陰に身を隠し、茂みの中を覗いてみると、溶二より少し若い娘が二人の墓を作っていた。
溶二は鉈を鞄にしまい茂みに入って
「弔ってやりたい気持ちも分かるが、早く立ち去ったほうがいい。この辺りは賊が多いみたいだからな」
と話しかけてみた。しかし、逃げている最中山賊達の発する言葉が分からなかった事を思い出して、しまったと思った。
突然話しかけられたからか娘はかなり驚いていたが、何故か言葉は通じたらしく
「御者さんとお母様の二人が私を茂みの中に逃がしてくれなければ、私は山賊に殺されていたかもしれない。忠告はありがたいけど、助けてくれた二人を野ざらしにしたくないから、せめて犬に喰べられないように埋めるぐらいのことはさせて」
と言った。
「俺も手伝うよ」
「助けてもらったうえに手伝ってくれるなんていい人だね」
「俺が追いかけられるところ見てたのかよ…」
「炎で山賊を黒焦げにして吹き飛ばすところも見えたよ。何もできなくてごめんね」
などと話をし、落ち込んだ気持ちを互いに紛らわせながら二人は急いで作業を進めていった。
埋葬を終えると、二人は町へ向かった。
徒歩ではあるが、町からはそれ程離れた場所ではなく三十分も歩けば到着する距離である。
歩きながら自己紹介や他愛のない話をしているうちに、溶二はこの会って数十分の娘セーラを信頼できると考え、この世界に来る前と来てからのことを話した。
「溶二君はここに来て間もないってことは、どこに泊まるとかはまだ決まってないんだよね」
「まあ、ここに知り会いがいるわけでもないしな」
「だったら帰り方が見つかるまで私の家に泊まらない?さっき見てるだけで助けられなかったお詫びってことで。家に私以外誰もいないから少し寂しいんだよね」
と言いセーラは少し悲しそうな表情を見せた。
(一人暮らしの女の家ってなんか行きにくいんだよなぁ)
などと溶二が考えていると、
「それとも、元の世界に帰るまでその辺の道端で寝泊まりする?夜は冷え込むし、朝起きたら荷物が全部無くなってましたなんて事になりかねないけど、そっちのほうがいいなら無理に誘わないよ」
と、セーラが言ったので溶二はしばらく世話になる事にした。




