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レナード・エリオット

弓の国と利の国が停戦して数ヶ月後、タタールからバクスケークの元へ書簡が届いた。

そこには、

(停戦したにも関わらず貴国では防衛施設を建て替え戦いに備えようとしていると伺っております。これは先日締結した停戦協定は破られたと見てよろしいですな)

といった事が書かれているが、停戦の条件は港町にいた兵の降伏であったので完全に言い掛かりである。

しかし、バクスケークは書簡を見た途端青ざめてしまい

「すぐにアプトックの工事を中断させろ。それと、今までは再建するための予算が浮くと考えて城壁などを破壊して利用することを大目に見て来たが今後は誰も近づけぬように致せ」

と大臣に指示を出した。

さらに、彼は防衛施設が壊されただけで戦いの準備をしていると拡大解釈された事を受けて

(やはり蛮族、言葉が通じぬとは。念には念を入れてもうひとつ手を打ち、奴らに敵意が無いという事をさらに伝えておいた方が良いかもしれぬ)

と考え、側近を呼び

「将軍を一人ここへと連れて参れ」

と命じた。

「レナード様でしょうか?」

「今回は奴ではない。奴以外なら誰でもいいから早く連れて来い」

「承知致しました。早速呼んで参りましょう」

しばらくして、側近が将軍を一人連れて来た。停戦後オヅロッグに戻って来たウイリーという者である。

「貴様を呼んだのは他でもない。レナードの処刑を任せたいのだ」

「えっ…どういうことでございますか?」

ウイリーは困惑した。始終押されていたとはいえ寡兵で十万人近くの軍の侵攻を防いで、なおかつ講和を取り付けたレナードを処刑しようという王の意図が分からなかったためである。

「講和後に防衛施設を壊しただけで戦いの準備をしているなどと蛮族が吐かしておるからな。こちらで今回の戦いを仕掛けた首謀者として大将軍を処刑してしまえば流石に奴等も敵意がないと気付くだろう」

「しかし…」

ウイリーが反論しようとすると、

「嫌なら断って構わぬぞ、その代わり貴様の家と家族には一日だけ街角の暖炉になってもらうが」

と、バクスケークが言ってきた。

恐らくバクスケークは既に手下をウイリーの家へと向かわせていつでも火を掛けられるように準備をしている。こうなってはウイリーには何も抵抗出来ないため、泣く泣く

「…すぐに、アブリスへと向かいます」

と返す以外なかった。


アブリスに到着したウイリーは兵を引き連れてレナードの家へと向かった。

ウイリーもそうだが、連れている兵も皆泣きそうな顔をしている。

ウイリーがレナードの家に入ると、彼は部屋で暖炉にあたりながら本を読んでいた。

「ウイリー殿か、貴殿が兵を率いて私の家へとやって来るという事は、ひょっとすると王に私の始末を命じられましたな」

「…はい」

ウイリーの返事を聞いた瞬間、レナードは船の国への逃亡を諦めた。

彼の家族が人質に取られているという事までは気づいていなかったが、何か止むに止まれない事情があるという事を察したためである。

(ウイリー殿の様子を見たところ俺自身が兵を挙げてバクスケークに反逆することも、どうやら出来そうにないな。奴め、金で目が眩んでいるかと思っていたが存外小賢しい事を考えていやがる)

レナードは読んでいた本や近くにあった羊皮紙などを暖炉に焚べながら

「そうか…貴殿のような戦士ならいい。王が直接剣や槍を持って私を処刑するわけではなくて良かった」

と、微笑しながら言った。

「申し訳ありません」

泣きながら答えるウイリーに対し、レナードは

「謝る必要はないだろう。それより、処刑される前に酒場に行っておきたい。貴殿も同行して下さらぬか。流石に貴殿が連れて来た兵士全員に奢ってやれるほど金がないから、彼等には私が持っている酒を好きなだけ飲んでいいと伝えて下され」

と言い、二人は酒場へと向かった。

酒場ではウイリーの前には葡萄酒が出され、レナードの前には馬乳酒が出された。

馬乳酒はレナードが頼んだわけではなく、勝手に店主が出してきたものである。妙な臭いがしたためレナードはそれを飲む事はできなかったが、なぜ店主がそれを出して来たかは理解できた。ウイリーも、レナードが何か目的があってここに来た事を察して、話を振られるまでは静かにしておくことにした。

しばらくして店主が、

「アプトックってところにこの前初めて行って来たんですけど、あそこは凄いですな。私は弓の国の港町に以前行った事があるのですが、それよりも船が入出港し易そうだ」

とレナードに話を振って来た。

(こいつがタタールの言っていた仲間で間違いなさそうだが、言い回しがまどろっこしいな、客の中に王の息が掛かった者がいるんだろうか)

と、思いつつレナードは

「へぇ、我が国の港町が大陸一と云われている港町に引けを取らないとは誇らしいですな。私も一度その弓の国の港町というものを見てみたいものです。あそこの隠れた名物は風だと聞いておりますが今もそうですかね?」

と、言った。言った後、彼は

(あまり上手くないな、監視されているとしたら今のでバレたかもしれない)

と思って少し周りを確認したが彼へと視線を向けてくる者はいない。

「最近でも普通に吹いていると聞いております。風に興味がおありで?」

「ええ、風をテーマにした詩を書きたくなりましてね。これは試作したものです」

レナードはそう言うと懐から紙を取り出して、周りに気づかれないように注意を払いながら店主に渡した。

しかし、レナードの不審な動きに気づいたのか、客が一人立ち上がり彼とウイリーの近くの席に移動して来た。このまま続けると聞かれてしまうため、これ以上店主と話はできそうにない。

(退席するためのきっかけが欲しい)

とレナードが思っていたところ、ウイリーが酔っ払った振りを始めた。

それを見た店主が

「お連れの方はあまりお酒が得意ではないようですね。もう帰られてはいかがです」

と退店を促したため二人は席を立った。

その後酒場の店主は移動して来た客に

「先程の男と何を話しておられたのです」

と尋ねられたが

「オススメは何かと聞かれたのでございます。そこで私がそこにある白い酒を出したところ口に合わなかったのか、かなり怒っていらっしゃいましたがね」

と言って誤魔化した。


レナードの処刑は二人が酒場から帰って二時間後に行われた。

利の国では処刑は広場で行われるのが通例であるが、

「私が死亡したとなれば町の者が混乱するだろう。それと王の息がかかった者にはなるべく見られたくない」

とレナードが言ったため、彼はなるべく人目につかないところで処刑されることになった。逃亡の可能性がないため縛られてはいない。

「何か言い遺す事はございませんか?」

とウイリーが泣きながら尋ねるとレナードは

「貴殿は私の死体を王の元へと運んだら、弓の国の軍は襲撃してくるとしたら防御施設が無くなった北西から攻めてくるはずなのでアプトックに駐在して様子を見ることに致しますと進言してくだされ。そこに、船が何隻か到着すると思うのでそれに乗って船の国へと渡られよ。船の国には話は通っているようだし、あそこでは兵が足りていないと聞いているので優遇して貰える筈だ。それと、俺の家の床下に岩石の国跡地から失敬して来た宝石が埋められているからこの前火事にあった宿屋の旦那に渡してやってくだされ」

と答えた。

レナードは自分が船の国に逃げる事はできなかったが、仲間の軍人は守る事ができそうであり、もう一つの目標である王の暗殺と利の国の破壊はタタールがなんとかしてくれると確信しているため存外悪い気分ではない。

直後、ウイリーと数人の兵の槍を無抵抗で受けてレナードは死んだ。

彼の遺体はバクスケークが確認するためウイリーが城へと運んだ。城に到着するとウイリーはレナードに言われた通り、

「将軍を処刑したからといって気を抜く事はできません。襲撃が無いに越した事はありませんが次に弓の国が襲撃をしてくるのであれば防御が手薄になった北西部からだと思われますのでアプトックに駐在しそちらの警備を固めようと思います」

と進言し認可された。

もっとも、対策を打って安心し始めていたバクスケークの興味は既に国の防衛などよりも大将軍の遺産に移っており

「レナードが持っていた物は一度城で預からせてもらう。奴の家には何が残っていた」

とウイリーに聞いた。

「それが、彼は持っていた秘蔵の酒を全て私の部下に渡し、持っていた本や羊皮紙などは彼が全て暖炉に焚べてしまったため今あの家には何もございません」

「ではその酒を全てこちらで預かっておくことにする」

とは言わず、バクスケークは

「羊皮紙…」

と、呟くだけであった。

急に停戦協定の際に書かれた文書が気になったバクスケークはウイリーを帰し、自室にそれを確認しに行った。

文書はレナードが所持していたが、停戦直後彼に城へと送るよう指示を出したので今はバクスケークの手元にある。

彼は文書に目を通していると、ふと、署名の筆跡を確認してみようと考えた。

アプトックには自分の代理としてレナードを向かわせたため、文書にはレナードの筆跡でバクスケークの名前が書かれており、それは間違いない。タタールが書いた文字は探すのに苦労したが十数日後なんとか見つかったため、それと停戦協定の文書の筆跡を突合してみたところ、それとはどうみても違うものであった。ゆえに、文書は偽造されたものである。

慌ててウイリーを呼ぼうとアプトックまで使者を走らせたがそこには将軍や兵士は誰もいなかった。それどころか、武器や兵士の家族、兵士が飼っている動物に至るまで軍に関係するものはいつの間にか全て利の国から消えている。

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