もう一人の魔法使い 2
数日後二人は王都オヅロッグに到着した。
七海は王都に来るのは初めてだったが、その雰囲気には既視感があった。最初は、
(同じ利の国の都市だからアブリスとどこか似たような所があるんだろう)
と考えていたが、よく見ると町の構造はかなり異なっていることに気がついた。
七海が普段暮らしているアブリスの町は道路が広くレンガ造りの建物よりも木造建築が多いが、王都は王城防衛のためか道が狭く入り組んでおり、建物はほとんどレンガ造りである。
城下から城に向かっている最中、レナードが町の案内をしていたが、七海はずっと既視感について考えていたためほとんど頭に入っていなかった。
レナードは七海の様子に気づき、
「何か聞きたい事はあるか?」
と、声をかけた。
既視感について聞いても良かったが、七海の既視感をレナードが分かるとは思えなかったため、
(そういうことなら王について少し聞いておこうかな)
と考え、
「そういえば王様とはどのような方なのですか?私が呼び出された理由や、この町の構造を見ていると結構好戦的な方のように感じますが」
と、レナードに聞いてみた。というのも、七海は人付き合いが苦手であり、中でも地位の高い者は特に苦手である。何も知らずに会うよりは、王の人柄を事前に知っている状態で会うほうが良いだろうと考えた。さらに、バクスケークは王都の顔というべき存在であるため王について知ることによって既視感についても推測できるかもしれない。
レナードは、
「逆だ、臆病者だよ奴は。反乱を恐れてこんな造りにしてるんだ」
などと思った事をこんな街中で言ってしまえば、噂を通じ回り回ってバクスケークの耳に入ってしまう可能性があるので、
「君とは気が合わないかもな」
とだけ言った。
しかし、
「そう思う根拠を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか」
と聞かれたので
「間違っていたらすまないが、君はこの世界に来るまで自由だったことがなかっただろう。君と似たような人間に六人程会ったことがあるが、四人は囚人だった。だが、君はこの世界に来て独りであの店を始めたのを皮切りに、自分で考えて自分で行動するようになった。おそらく自由とは何かを探し始めたんだろう。君が自由を求めているのに対して、奴は他者から自由を奪い自分の力にすることに長けている。だから君と奴は油と水だと思ったんだ。勝手な憶測ですまないが」
と、周りに聞こえないように小声で答えた。
「…」
七海は何も答えなかった。自分に対して勝手によく分からない評価を下されたことに怒るわけでも、今の話を肯定するわけでもなく、ただレナードの方をしばらくじっと見ていた。
「…ありがとうございます」
七海がそう言ったのは城に到着する頃である。
バクスケークは玉座ではなく応接間にいたため、レナードと七海はそこに通された。
応接間の扉を開けると、
「ようやく来たか、座れ」
とバクスケークが二人に言ったため、レナードがバクスケークと向かい合って座り、レナードの隣に七海が座った。
レナードは
(王が七海の気分を害するような事を言えば、彼女は最悪この場で王を殺してしまうかもしれない。王を殺すことは別に構わないが、今王を殺したら魔法使いと将軍といえどもさすがに逃げ切れない)
と考え、話はバクスケークの質問にレナードが答えるという形式で行われた。
七海とは付き合いがそこそこ長いため、経歴や魔法についてもある程度はレナードだけでも答えることができる。
バクスケークが七海に対して問いかけた場合も、レナードが答えてしまったため七海は何も話さず、ただ王が味方か敵かを観察しながら
(今ここでいきなり立ち上がって王に蹴りを叩き込んだらどうなるかな)
などと考えていた。
レナードは七海の様子を観察しながら順調にバクスケークの質問に答えていたが、
「魔法使い。貴様の能力を生かして敵国へ攻撃を仕掛けるならばどんな作戦を思いつく?」
という問いには答えられなかった。七海の魔法は風を操る能力だが、どれ程の規模のものを起こせるかなどの詳しい事をレナードは知らない。
仕方なく
「七海、何かあるか」
と聞いた。
この問いに対して七海がパッと思いついたのは二つの策である。一つは、何らかの方法で敵を北東部の方に誘導した後、北東の山々の天嶮を利用して戦う方法で、もう一つの方法は船を使って弓の国の港町へと奇襲を仕掛ける方法である。
七海は前者の策の方が無難だと思ったが、後者なら弓の国を攻略する魅力の一つである大陸一の港をすぐに手に入れることができるかもしれない。
(この王が目先の利益に飛びつくか見てみたいな)
と考え、後者の作戦を説明することにした。
「そうですね…大きめの船を数隻用意して、嵐の日に弓の国の巨大な港町へと向けて出航するというのは如何でしょうか。嵐の風に乗ることによって一気に港町へと渡ることができますし、私は風を操ることができるので転覆の危険は多少抑えられるでしょう。嵐の日に海から敵が攻めてくるなどとは向こうも思わないでしょうし割と簡単に敵を混乱に陥れることができると思います」
バクスケークは港町というワードに飛びつき
「その作戦を決行しろ」
と、命じた。
レナードは別の作戦を提案したかったが、こうなっては命令を覆す事は出来ないので
「失礼いたします」
と、言って退室した。
七海も後に続こうと立ち上がった。
扉に向かう七海の姿を見て、ふと
(もし、こいつに反旗を翻されたらどうなるかな)
という考えがバクスケークの頭をよぎり、
「魔法使い、作戦に成功したら貴様に褒美をくれてやろう。何か欲しいものはあるか」
と声をかけた。
「では、平凡な生活と私を裏切らない事を所望いたします」
と答えて七海は退室した。
バクスケークは今まで褒美に莫大な金銀や、巨大な屋敷などを要求されたことがあったが、七海のような要求は初めてだったため
(まさか利では動かないのか)
と困惑した。
帰りの馬車で七海はレナードに作戦についての意図を質問された。
レナードはバクスケークが七海の敵となる可能性が少しでもあれば、利の国から逃げることと、バクスケークの暗殺、利の国の壊滅を狙っていたため、ハイリスクな作戦で切り札となり得る七海を失うわけにはいかなかった。
「君は正気か?向こうに着くまでにどう考えても船は沈没するし、仮にあの港町を陥落させることができてもその後どうするんだ」
「作戦について特に深くは考えていませんでした。先程は王が目先の利益に飛びつくかどうか試したかったという思いが強かったためあのような作戦を提案しました」
「成功させる自信はあるのか?」
「港町を制圧するまでは問題なくできると思います、おそらく、たぶん。ただその後のプランが思いつきませんね」
あまり期待できそうにない返事が返って来たため、
(一応王が敵か味方か見極めようとしてはいるようだ、ここまでは狙い通りだが新たな課題が出てきたな。どうもこいつは生に執着がないようだから魔法なんて特別な力を持っていても案外簡単に死んでしまうかもしれない)
と考えながらレナードはため息をついた。
「心配して頂きありがとうございます。まぁ、多分大丈夫ですよ」
そう言うと七海は持ってきていた煙草に火をつけた。
この煙草は向こうの世界から飛ばされてきた際にライターと共に三カートン程一緒に飛ばされたきたもので、数年経っているため既に辛さが出てしまっているが、ウイスキーを数滴垂らした後に乾燥させるという方法で幾分か味を戻している。
(こっちに来てからは勿体なくて吸っていなかったな、最後に吸ったのは確か元請けの総会への襲撃を企てたときだったか。あの時はシアン化水素を用意する前にこっちに飛ばされたから結局未遂に終わったんだよな)
ふと、そう考えた際に王都で感じた既視感について気がついた。
王都の様子は、元請けに責任を押し付けられた直後の七海がいた会社に似ていた。




