もう一人の魔法使い 1
利の国国王バクスケーク・ゴールデンイエローは弓の国へ侵攻することを密かに考えていた。弓の国の土地はほとんど掘り返されていないため鉱物資源がまだかなり眠っているはずであり、それでなくとも弓の国を手に入れることができれば広大な土地や豊富な食料などが手に入る。弓の国が土地を掘り返さないことには、下手に掘り返してしまった場合草原が砂漠化してしまう恐れがあるという理由があったが、バクスケークはそのことを知らず、知っていたとしても対岸の火事程度にしか考えないであろう。
利の国では土地にも食料にも平民以外は特に困っているということはないが、
(弓の国の土地からはどうも金の匂いがする)
とバクスケークは感じていた。
本来であればとても勝てるような国ではないが、弓の国の意識は完全に剣の国に向いており、弓の国の同盟国である城の国はその剣の国と交戦中だという情報が諜報で入っているため攻めるにはこれ以上ない機会であろうと考えている。
「レナード将軍をここへ連れて参れ」
大臣にそう命じた。今顎で使った大臣は利の国の古くからの家柄の者であり、これからここへ来る将軍レナード・エリオットは他国にも雷名が轟いている程の者であるが、利の国の別の都市からわざわざ来ることになる。それだけの人物を自由に動かせるため、バクスケークは万事が自分の思いのままであると考えており、弓の国への侵攻も上手くいくと信じて疑っていない。
数日後、将軍レナードが城に到着した。急いで来たためかなり疲れている。
「只今参上仕りました。どうなされましたか」
「弓の国を攻める良い手はないか」
(勝てるわけないだろ)
と、レナードは思った。剣の国が弓の国の一部の地域を切り取ったことや、弓の国の同盟国は即座に協力できない状況であることもレナードは既に知っている。しかし、それでも勝てないと考えている。弓の国が頻繁に他国を侵攻していた際も利の国ではほとんど被害を受けていないということもあって、バクスケークは軍隊の重要性をあまり感じていない。そのため、軍隊に割かれる予算と人員は削られる一方であり、とても他国を攻撃できるような状況ではない。さらに利の国の軍人は薄給なため、暇を見つけては王が運営している工場で働かざるを得ない者が多く、常に疲れている。
(国の北西部はいくつか防衛設備はあるものの基本的には平野になっているから弓の国は攻めようと思えばいくらでも攻められたはずだ。運良く見逃されただけなのに今度はこちらから攻撃しようとは何を考えていやがる)
レナードはそう思ったが、王の命令を断ると場合によっては逮捕される。
止むを得ずレナードは、
「剣の国では魔法使いの将軍が多大な戦果を上げているという話を聞いたことがあります。私がいる都市でも数年前に魔法使いが現れたという噂がありました。その者を探し出して将軍を任せるというのはいかがでしょうか」
と、やけくそ気味に言った。無論、魔法使いが加わった程度で弓の国に勝てるとは思っていない。それどころか魔法使いを将軍に命じたことがきっかけで利の国は滅んでしまうのではないかと思い始めている。実はレナードは魔法使いに何度か会っており、たまに一緒に食事をする仲である。レナードとはそこそこ仲が良かったが、
(悪い奴ではないが扱いを間違えたら危険な奴だ)
というのが魔法使いに対するレナードの見立てだった。
一度王と魔法使いを会わせて王の様子を観察し、魔法使いと敵対する可能性が少しでもあれば国から逃げるなり王に反旗を翻すなり身の振り方を決める算段である。
しかし、そうとはつゆ知らずバクスケークはレナードが提案した作戦を存外気に入ったらしくレナードに魔法使いを探し出すように命じた。
「御意」
と返事をした後、レナードは普段自分が暮らしている都市アブリスに戻って行った。
レナードはアブリスに戻ると、まず自分の家に行って荷物を置き、それからすぐに町へ魔法使いを探しに行った。
魔法使いは利の国以上の文明を持つ国から飛ばされて来たとのことだったが、あまり元いた世界の知識を使っていると悪魔の技術だなどと言われて殺されかねないということで目立たないように小さな油屋を開いて暮らしていた。しかし、いつも店にいるわけではなく、頻繁に街頭に出てパフォーマンスをしながら売っていることが多かったのでレナードは魔法使いを見つけるのに少々手間取った。
レナードは心当たりのある場所を探し尽くしたが魔法使いが見つからず困っていると、
「いつもなら油を計ったら漏斗を使って壺に入れさせていただいておりますが、今日は漏斗ではなくコインを持って参りました。漏斗を使わずコインの中心の穴を通して一滴もこぼさず油を壺に入れて差し上げましょう。油がコインに少しでもついたらお代は頂きません」
という声が路地裏から聞こえて来た。
これは魔法使いが油を売る際によく使う手法であるが成功率はそれ程高くないらしい。
路地裏に入って行くと魔法使いが居たが、油を販売している最中だったためレナードは彼女が油を売り終わるのを待った。
しばらく待つと油を売り終わった魔法使いが
「将軍様、いらしてたのですか」
と、話しかけて来た。
「探したぞ七海。また妙な売り方をしているが、今日は成功したのか?」
「今日は駄目でしたよ。先月は上手くできたのですが、今月はどういうわけか上手くできません」
「繁盛していれば飯でも奢ってもらおうかと思ったんだが残念だ」
「ところで、私を探していたとのことでしたがいかがなされましたか」
「王が七海に用があるそうだ。詳しくは後で飯でも食べながら話すから、仕事が終わったら一度俺の家に来てくれ」
(王が油を買うためにオレを呼ぶなどということは無い。恐らく魔法のことかな)
と異世界の魔法使い風谷七海は察し、先が思いやられた。
(残りの人生は惰性で生きていくつもりだったけれど、早くも予定が崩れてしまいそうだな)
七海は少し溜息をついた後
「承知いたしました。後ほどお伺いいたします」
と言った。先程油をタダで売っていたにもかかわらず七海は穏やかな顔をしていたが、今は少々険しい顔をしている。
二人は再度先程の約束について確認をすると、レナードは家に、七海は店に戻って行った。
数時間後に七海がレナードの家に来た。土でできた小さい家で、他国の人間が見ても将軍が住んでいるとは気づかないだろう。
レナードは始めは家には酒くらいしかなかったのでどこかの飲食店に行こうと考えていたが、
(正常な思考がし難くなるので本来なら酒ほど話し合いに向いていない飲み物はないが、今回はその特性を利用できるかもしれんな)
と考え直し結局自身の家で話をすることにした。
レナードは酒甕から大きめの磁器に酒を注ぎ七海に渡すと、
「この甕は今の酒で終いのようだな」
と言い別の酒甕から自分の磁器に注いだ。
ちなみに、最初の酒甕にはあらかじめ磁器一杯分の酒しか入れておらず、二番目に取り出した酒甕には酒と色が似ていた茶が入っている。そのため、今は七海の磁器には酒が入っているがレナードの磁器には茶が入っているという状況である。さらにレナードの用意した酒は酒豪しか飲まないというような代物であり酒に弱い者は飲み始めて数分で酔う。
レナードは茶を、七海は酒を飲みながらしばらくはお互いの近況を報告し合っていたが、七海の酒が三分の二ほどになった頃を見計らってレナードは
「剣の国の魔法使いが鉄の国を陥落させたことについては知っているか?」
と切り出した。
「いえ、初耳です。ここ最近は世間に疎くなっておりまして」
「なんでも、魔法を使って鉄の国の軍を恐怖に陥れ、さらに城をボロボロにしたという話だ」
「そんなことがあったんですか…それで、なぜオ…私にその話を?」
「君が魔法を使えるということを知った王が、君を大将にして弓の国を攻めたいと言っていた。引き受ける、引き受けないはともかく一度王に会ってくれないか?」
七海は既に酔っており、頭が回らなくなり始めていたため
「なぜ、王は私が魔法を使えることを知っておられるのですか?」
とは聞かなかったが、すぐには返答せず回らない頭でどう返答すべきか少し考えた。
七海は騎馬民族の強さを実際に見たことは無いがなんとなく知っており、魔法があったとしても利の国の貧弱な兵や防衛設備では歯が立たないだろうと考えている。さらに七海には少々アダルトチルドレンの気があり、対人関係が少々苦手だったり無意識に破滅へと向かっていることがあるためそもそも将軍には向いておらず、この世界に来て全て独りでやらなければならない状況になるまでは将来の目標や趣味なども他人に指示されたものしか持たなかったためどちらかといえば下っ端向きである。そのため本来なら断るべきであろう。
しかしながら、王の呼び出しを断ったとなれば店を畳まなければならなくなるかもしれず場合によっては逮捕されるかもしれなかった。
勝てない戦いなどしても意味は無いが、日常生活を人質にとられる可能性がある以上引き受けない訳にはいかない。
七海は磁器に入った酒を一気に飲み干すと、
「オレの国では成人したら社会人という宗教団体に入信して仕事を神として崇めるようになるんだ。頼まれた仕事を断ったらバチが当たる。その仕事引き受けてやろうじゃないか」
と酔った勢いで答えた。
「すまないな、明日城に向けて出発するから今日はゆっくり休んでくれ。王のところに向かうにあたって用意するものは…」
と、レナードは説明し始めたが七海は既に眠りかけており聞いているかどうか分からない状態である。
やがて七海は眠ってしまったためレナードは
(これは明日もう一度確認する必要があるな)
と考えながらまだ茶が入っている磁器を傾けた。ちなみにレナードが持っている磁器はほとんど弓の国から取り寄せたものである。
翌日レナードは七海が起きるのを待ち、昨日話した事を再度説明した後、彼女と共に王都オヅロッグへと向かった。
話が進んだので、あらすじに記載されている内容を少し変更しようと考えております。




