夕暮れ
タタールはダライと会うために港町に来ていた。
ダライは既に港町に帰って来ている。
屋敷に入った途端ダライに
「どういうことだ、城の国に船を貸そうなどとは。城の国と船の国は頻繁に連絡をとることができるようになっちまったじゃねぇか」
と怒鳴られた。城の国の要求の件についてはダライが帰って来た際にグラスが伝えている。
「ごめん、本来ならみんなと話し合うことだった。ただ城の国は恐らく世界一の国になる気がする。今のうちに恩を売っておくのもいいかなと思ったんだ」
「終わっちまったことはもうどうすることもできねぇが、今後も状況の変化に即座に対応するために独断で色々決めることもあるだろう、慎重さを失うなよ。それで今回は何の用だ」
「鉄の国が決戦の際に向こうを裏切ってこちらに協力するとのことなんだけど、剣の国を少し裏切り難い状況らしい。だから決戦では直接戦闘をせずに負傷した兵の治療に徹したいんだけど衛生兵が足りないみたいなんだ。だから医術の知識を持った人を少し鉄の国に派遣して欲しいんだけど」
これを聞いてダライは少々まずいと感じ始めた。タタールの頭の切れが剣の国との関係が悪化する前よりかなり鈍っているように思えるのである。以前であれば相手の要求をこうも素直に受けるようなことはしなかったであろう。
「鉄の国っていうと今はチェスターがリーダーだが、本当に大丈夫なんだろうな。奴は一度裏切っているぞ。その作戦も決戦の下準備といえば聞こえはいいが、捉え方によってはこちらの医療技術をタダで剣の国側に流すということになる。衛生兵は一朝一夕で育つようなものではないから、本当に協力したいのであれば戦わずに協力するのであれば兵糧を買い込んでおいていざという時に提供するとかもっと他の方法を提案してくるんじゃねぇのか」
「…」
「それと、港町では妙な病気が流行り易いから医者は多い方がいい。そういうことも考えるとやはり医者の派遣はできねぇ」
「…それならそれでもいいんだ。チェスターには上手いこと言っておくよ」
タタールは小さな声で言った。声から王としての威厳はほとんど感じられなかったため、ダライは驚いてタタールの様子を少し注視した。思えば、グラスの報告のことばかりが頭の中を巡っており、この二ヶ月ぶりに会う王の様子には気が回っていなかった。改めて見ると酷く疲れた顔をしている。
「お前疲れているのか」
などと言ってしまっては、余計に疲れを意識させてしまうかもしれないので、ダライは
「それはそうと、お前二、三日ここでゆっくりしていったらどうだ。サンサルならお前がいなくてもしばらくは大丈夫だろ」
と言った。
「それじゃあ二日だけ泊まらせてもらうことにするよ」
その後ダライから船の国であったことの報告を受けた後、タタールは短い間だが休暇に入り、二日かけて武器屋や料理屋などを巡ったり、練兵場で弓の訓練をした。武器屋では普段よく使う弓や槍ではなく剣を二振り購入し、料理屋では自分が厨房に入り料理人の手伝いをしたりしていたのでダライの部下からは
(王とはよく分からないものだな)
と思われた。
三日目にタタールはダライに礼を言い、城へと戻って行った。
港町で買った二振りの剣は以前サヨに助けられた際の礼のために買ったものである。
昼頃にサヨが滞在している河畔に到着したため、周囲を探してみたがいくら探しても見つからなかった。ゲルの横にはどこから集めたのか薪が積んであり、新たにかまどと釜と桶で構成された風呂のようなものが作られていたのでここにはまだ住んでいるようである。
日が暮れかかったので探すのを中断し、河畔に戻ってみたがサヨはまだ来ていない。ゲルの中にいるかもしれないと思ってゲルの中を覗いて見たところ、
「こんばんは、いやまだ少し明るいからこんにちはですかねぇ」
と後ろから声を掛けられた。
「久しぶりだね」
「本当ですよ、期間が空きすぎて顔を忘れかけてましたよ」
「まだ一月ぐらいだよね…まぁ、それはさておきすぐに食事の支度をするよ」
タタールは食事の支度に取り掛かった。今までサヨには肉を蒸して無難に味付けをしただけの物しか振舞っていなかったが、今回は港町で手伝いをしているうちに新たに習得した料理の技術を試したかった。しかし、
「いえ、いつもご馳走して頂いているので今回は私に任せてください。故郷の料理で簡単な物なのですぐにできると思います」
と言われてしまったため任せることにした。港町で習得した技術も試したかったが、それ以上にサヨの故郷の料理というものが気になったためである。
サヨの作った料理というのはキノコや海藻を茹でて、茹で汁を米にかけるという簡単なものなのですぐにできた。
「どうですか?簡単な割にはなかなかのものでしょう。だいぶ前に変なキノコで作って数日間目眩に襲われたことがありましたけど、今回はちゃんと調べてキノコを採って来たので大丈夫だと思います」
「このキノコは大丈夫だよ、僕も船の国の料理を作る時にたまに使っている。初めて食べたけど美味しいな、短時間で作れるから急いでいる時とかにも良さそうだ」
同じキノコを使っているとはいえ、サヨの作ったものは船の国の料理ではない。初めて会った時に船の国から来ていると聞いていたのでタタールは少し疑問に思った。そこで、
「君は初めて会った時、船の国から来ていると言っていたけど本当はどこから来たんだ?」
と思い切って聞いてみた。
「船の国から来たのは嘘ではないですよ。出身は黄金の国で、本名はサヨ・イイヅナと言います。こちらではあまり聞かないファーストネームでしょう」
「以前、黄金の国の服は作った事がないみたいなことを言ってなかったかい?」
「こちらでは一括して黄金の国と呼ばれていますけど、実際には島の中でいくつかの国に分かれているんですよ。私は黄金の国の隣の地域出身です。私の住んでいた地域ではあの布はなかなか手に入りませんでした。紛らわしい言い方をしてしまいごめんなさいね」
と剣の国の刺客が必死に調べても分からなかった正体を簡単に明かしてしまった。さらに、
「この剣も黄金の国の剣を参考に作っているんですけどなかなか上手くできないんですよね」
と言いながら、自分で作ったという剣を引き抜きタタールに見せた。
物打ちに少しだけ刃が入っているがそれ以外の部分には刃がなく、もはや鉄刀に近い。
「物打ちの部分は刀匠の方が手本に打ってくれたんですけど、それ以外は自分で打って完成させろって言われているんですよね。物打ちも以前はもっと切れ味が良かったんですけど自分で手をつけてるうちにかなり切れ味が下がってしまいましたよ。二、三年教わったくらいじゃさすがに師匠ほど上手くいきませんね」
「だけど、基本的に相手を斬らないんならそっちの方が戦い易いんじゃない?」
「盗賊とか相手にするならそれでもいいんですけど、決闘はちゃんと斬れる剣で受けないと相手に申し訳ないんですよね。剣の国で買った剣もだんだん刃こぼれしてきましたし、まだ自分でいいものが作れないとなると買い換える必要が出てきます」
「剣が刃こぼれしてきたってことは丁度良かったのかな。前に助けられたお礼に剣を二振り買ってきたんだけど」
タタールは剣を荷物から出した。拵えは黄金の国のものであり、二尺三寸程の本差と一尺五寸程の脇差である。買う際に武器屋が銘を言っていたがタタールは忘れてしまっていた。
「いい刀ですね、剣の国の剣以上の切れ味があると思います。黄金の国の刀はたまに曲がることがあるんですけど、これは曲がることはなさそうです。これ程の物を本当に頂いてよろしいんですか?」
「君へのお礼として買って来たんだよ」
「それなら有り難く頂戴いたします」
そう言ってサヨはゲルに剣を置きに行った。
食事を終えてしばらくの間、サヨは白湯を、タタールは料理屋で貰ってきた葡萄酒を一緒に飲んだ。すでに陽は沈み、空には星が輝いている。
タタールは食事の間にここに立ち寄った目的を全て達成してしまったため、食後の二人の会話は風が気持ちいいだの、月は見えないがその分星が綺麗に見えるだの適当なものであったが充分楽しかった。
「私はそろそろ寝ますけど、ライ君はどうします?」
タタールは一瞬誰のことを言っているか分からなかったが、サヨとは偽名で接していることを思い出し、
「僕はもうしばらく風に当たっているよ」
と、言った。しばらくとは言ったものの、夜通し起きているつもりであった。
思えば、タタールは夕暮れから夜にかけてのサヨしか知らない。一度、朝起きた時朝食の準備をしていたことがあるがあれも陽が昇る少し前である。
なんとなく朝から昼にかけてのサヨが見てみたくなった。
外にいれば川の音や風が眠くなっても起こしてくれるはずだと思って草原に寝転がっていたがいつの間にか眠ってしまった。
翌朝、陽が昇った少し後にタタールは目を覚ました。既に周囲に人の気配はない。
ゲルの中を見てみると昨日サヨが作っていた料理と同じものが置いてあり、横には
(外で寝ていると風邪を引きますよ)
と書かれた紙が置いてあった。
紙の裏を見てみると、
(朝食を作ったので食べてください。昨夜と同じものですけど昨日の残りものではありませんよ)
と書かれていた。
タタールは置いてあった朝食を食べ、食器を洗うと城へ向かうべく馬に乗った。
城へ向かっている最中にサヨに渡した剣の銘を思い出した。
本差が散雪凍、脇差が壱伍之月という銘である。
誤字を修正しました。




