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チェスターと弓の国

鉄の国の代官チェスターは悩んでいた。弓の国につくかと剣の国につくかについてである。

チェスターは弓の国の先代国王ルイを尊敬しており、今までで一番の思い出はルイに

「余以上の弓の腕を持っておるな」

と褒めてもらった事である。そのため、後を継いだタタールに協力する事に使命感を感じている。さらに、チェスターは溶二の魔法を見てはいるが、

(魔法の威力は確かに凄いが、弓の国にはどう考えても勝てないだろう)

と考えているため、本来であれば剣の国を裏切って弓の国につくのが自然である。実際に鉄の国と剣の国が戦っている時に溶二が裏切りの催促をかけて来た際は

(王に迷惑がかかる)

と考えて、一度目は断っている。

しかし、チェスターは溶二と組んでエルティンを攻撃しているため弓の国から信頼を取り戻す自信がなく、さらに、もう一つ心に引っかかっていることがあった。溶二の事についてである。

チェスターは、度々タタールやサンサル、他の族長を馬鹿にした発言をしたり、鉄の国の町に繰り出しては暴行や窃盗を繰り返しているエルティンを殺したいと常日頃から思っていた。しかし、エルティンは犯罪をする時以外は常に警護の兵を連れているため暗殺は難しく、証拠を残さないので罰することはできない。二度目の裏切りの催促に応じたのは熱線による脅迫で恐怖を感じたからというのもあるが、エルティンを殺すことができるかもしれないという事に魅力を感じたことの方が強い。

(ここで兵を出さなければエルティンを殺す機会が失われるな)

と、考えてエルティンを攻撃する決意を固めて出撃した。結果鉄の国と剣の国の戦いで溶二がエルティンを追い詰めて倒したため、エルティンを始末することができたが、この戦いがなければエルティンを殺すことができなかったためチェスターは溶二に恩を感じていた。

(どうすればよいか王と会って話がしたい)

と考えてチェスターはタタールに向けて手紙を出した。

普通に使者を出すと監察官に怪しまれる可能性があるため、手紙は鳩に運ばせた。駄目元で出したため断られると思っていたが数日後に是非来てくれとの返事が来たのでチェスターは早速支度を始めた。

夜も深くなった頃に屋敷を出ようとしたところ

「どこに参られる」

と、監察官に話しかけられた。

「行かなければならないところがある。しばらくは帰らない」

「そういうわけには参りませぬ」

(仕方ないな)

チェスターは大金を監察官の目の前に積んだ。この金は溶二に協力した事で得た金の一部である。

監察官は動揺した。少額であれば拒否することもできたが、大金を実際に見てしまったため動揺の仕方がかなり大きい。

(もうひと押しかな)

「俺が帰るまで、帰った後も内密にして貰えるのであれば帰って来た後にこの倍の金を用意しよう。剣の国にバレるとまずいというのであれば俺が持っている船の国の家も渡そう」

と、チェスターが言うと

「代官殿は風邪で寝込んでいるようだ。さて、私は仲間を引き連れて町の北側を見てくるとするか。人通りが特に少ないゆえに警備を強化しなければならん」

と言って懐に金をしまい屋敷から出て行った。

少し時間を置いて、チェスターは屋敷を出て馬を取りに厩舎に向かった。厩舎は屋敷の少し南にある。

鉄の国では、元々弓の国の一地域だったこともあって弓の国の馬が使われている。弓の国の馬は大型の馬程の速さはないが長距離を走るのに向いており、小型なため乗り易いという特徴がある。しかし、チェスターはしばらく馬に乗っていなかったため自分はどのように馬に乗っていたか少しの間思い出せず、馬に乗った後も妙な違和感があった。

(剣の国の代官にもかかわらず俺は弓の国に行こうとしている。しかし、今の俺は馬に上手く乗れない。今の俺は剣の国の人間でも弓の国の人間でもない気がするな)

などと考えながら西へと駆けた。弓の国の方向からは微かに向かい風が吹いている。


弓の国はチェスターにとっては慣れ親しんだ道であり、道も以前よりも整備されていたため、国境から城までの五百キロメートル以上ある距離を八日程で駆け抜けた。

城下町は各地域建物が増えていたり、惣構として堀と土塁が新設されていたりと、チェスターが以前来た時よりも大きくなっていた。しかし、チェスターがエルティンを攻撃したことは城下でも話題となっており、町を歩いている間は罵倒や石が飛んで来た。町が拡大した分長い距離を歩く事になり、歩いている間は罵倒によって罪悪感が強まるためチェスターはかなり辛かった。

城門につくと門番に

「話は聞いている。入れ。王は山麓の館にいる」

と、不機嫌そうに言われた。

タタールは比較的信頼している者とは館で話すことが多く、警戒している相手と話す際は相手を疲れさせるために主郭まで登らせることが多い。実際に、同盟国城の国の女王サンドラが来た際は山麓の館で話をし、数日前槍の国のルーク・ボールディングが来た際は、どのような意図があったか分からなかったため主郭まで登らせている。チェスターはそのようなタタールの手法を知っていたため少し安堵した。

レンガ造りの屋敷に入るとタタールが椅子に腰を掛けて待っていた。近くに弓が立て掛けてあり、腰から矢が入った袋を下げているが弓の国の人間であれば割と普通の格好なのでチェスターは気に留めなかった。

「お久しぶりです王様。この度はご迷惑をおかけして申し訳ありません。エルティンを倒すにはこれしかないと思って向こうに協力しました」

「いや、謝らなければならないのは僕の方だよ。君にエルティンのサポートを任せたのは君がいい人だから誰とでも仲良くなれると思ったのと、報告が詳細だから遠くにある鉄の国のことがよく分かると思ったからなんだ。彼の問題行動は薄々感づいていて君がそれを嫌っているという噂は流れてきていたけど、証拠がなかったから対応できなかったんだ」

「王様が謝る必要はありませんよ。ところで、なぜ彼を代官にしたのですか?他にも優秀な方はいらっしゃったと思うのですが」

「彼が代官をやりたいと言ったからだよ。当時は素行も問題なかったし優秀だったからね。ただ、他人を信用していないようだったから鉄の国の人達が協力する様子を見て協力することを覚えて欲しかったんだ。他人を信用しすぎというのも問題だけど彼は信用しなさすぎていたからね」

話が逸れ始めていたためチェスターが

(そろそろ本題に入らなければ)

と思っていたところ、

「それを聞きに来たわけでは無いんだろう」

とタタールが言った。

「実は剣の国の将軍に恩がある方がいまして、恩を返しつつ弓の国に協力する方法はないものか相談に参りました」

「そうだな…」

タタールは少し考えたが、チェスターが求める答えについて考えたわけではない。

チェスターを脅して協力を得るか、共に方法を考えるかである。しかし、わざわざ敵将に恩があるなどということを言いに来ているところを見ると裏があるようには見えず脅さずとも協力は得られそうである。さらに、剣の国の将軍も何人かは弓の国まで雷名が轟いており、もしその中の誰かであれば脅して協力を得ることはやめておいた方が良いかもしれない。そこでタタールは

「ところで、恩がある将軍というのは誰かな?」

と聞いた。

「溶二殿といいまして、向こうでは魔法使いと云われている人です」

そう聞いてタタールは共に方法を考えることにした。

「将軍の名前を聞いたのは…」

と、チェスターが尋ねようとした時に

「久しぶりだなチェスター。タタール、港町から荷物が届いた。葡萄酒というものらしい」

と言いながらサンサルが館に入って来た。

「お前らなんの話をしていたんだ」

「チェスターは弓の国に協力したいと思っているけど、剣の国の将軍に恩があるらしいんだ。だから弓の国に協力しつつ将軍に恩を返す方法を一緒に考えていたんだよ」

「まぁ協力の形もいろいろあるだろ。敵に矢を放つだけが戦いじゃねぇしな。食料を輸送したり、道の整備をしたり、負傷した兵を治療したり」

と、サンサルが言っていると

「良い方法が思いつきました」

とチェスターが言った。

「どんな方法?」

「決戦までに衛生兵を増やそうと思います。決戦の際は戦わずに負傷した兵の治療に徹して、受け入れる兵士は弓の国の兵士と溶二殿の兵に限定すれば弓の国に協力しつつ恩も返せると思います」

「そういうことならダライに言って船の国で医術を学んで来た者を鉄の国に潜り込ませるように頼んでみるよ。衛生兵を指導するための人手が足りていないだろう」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

相談が終わった後サンサルが葡萄酒を勧めたがチェスターは飲まずに帰って行った。

既に日は暮れ掛けている。


その夜タタールとサンサルは主郭で食事をしながら葡萄酒を嗜んだ。主郭まで登ったのは二人で食事をしたかったからである。山麓には二人の他にも人が住んでいる。

火を使って肉を調理する必要があるため食事は外で夜風を浴びながら行われた。

「奴はいい奴で優秀だが、全て解決した後も重要な役割は任せにくいな。国民からの信用度が低い」

「そのことについては何かいい案がないか考えてみるよ。君たちと話を重ねながらね」

タタールはそう言いながら葡萄酒を一口飲んだ。美味いことは美味いが何かが足らない。

「それにしても、この酒はなかなか美味いな」

「ああ、なかなか手に入らないものらしい」

「こんなにいいものが手に入ったんだからチェスターにも食事をして行って欲しかったけどね」

タタールは調理した肉を一口食べた。弓の国では食事は腹に溜まれば何でも良いという者が多いため料理が苦手な者が割と多いが、タタールは料理に凝っており腕は国内屈指である。今回の肉もタタールが他国の香辛料や葡萄酒などを使って調理したものであり、今回も出来は悪くなかった。しかし今日はいつもほど美味く感じなかった。

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