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炎と城壁

剣の国に捕らえられていた間諜が城の国へと戻って来て数日後、剣の国から城の国へと使者が送られて来た。使者はサンドラに文書を持って来ており、剣の国は城の国と直接対立するつもりはなかったが我が国の城が貴国の兵によって破壊されたためそうも言ってられなくなったというような旨が書かれていた。

戻って来た間諜はかなり前に捕まった者ばかりであり、間諜の中に剣の国の兵が数人紛れ込んでいたのでサンドラは

(こちらを攻める理由を自分で作るとはなかなかやるではないか)

と、剣の国の意図をすぐに理解した。

ちなみに城の国の間諜は戻って来た時に一人一人、いつ城の国を出て他国へ侵入したのかや、誰からどのような指示を受けて他国でどのようなことを探っていたのか等の様々な質問をされ、それを記録と突合させるというようなチェックを受けている。剣の国の兵はそこでボロを出してしまったため捕縛され、今は別室で城の国へと寝返るように洗脳を受けている。

(さて、どう返すべきか)

と、サンドラは思案した。

謝罪して戦いを回避するということは今後の弓の国との関係を考えると避けるべきであり、知らぬ存ぜぬなどと誤魔化して問題を先延ばしにすれば余計話が拗れる可能性がある。間諜達が破壊したという城を調査して自作自演だということを周囲の国に触れ回り、その周囲の国を操作して剣の国と戦わせるということも考えたが、剣の国が調査をさせないようにするはずであり、動かせそうな国も少ないためこの案もやめた。となると剣の国の挑発に乗って剣の国と戦うという案であるがサンドラは

(よくよく考えたら剣の国と戦うメリットというのは結構あるな)

と、思い始めた。

剣の国には強力な魔法を使う者がいるということを聞いているが、他国の支城とは違い城の国にある城はどんなことをしても一つ攻め落とすのに十年はかかるうえに数も多い。さらに、魔法を使える者は今のところ一人であるとも聞いており、弓の国をなかなか攻撃しないところをみると魔法はそう何度も撃てるようなものでもなさそうなので思ったほど脅威にはならないはずである。むしろ、三国を切り取った事により軍勢が増えている事が気になるが、切り取って日が浅いため城の国攻略に割ける人数はおそらくそれ程多くはならない。つまり、剣の国と戦って勝てるかどうかは分からないが負ける可能性はないと考えられる。さらに、剣の国と戦うことで弓の国へと協力する姿勢を見せることができ、且つ剣の国との戦いで兵が疲弊しているなどと弓の国へと支援を出し渋る理由が作れる。

(戦うか)

と、サンドラは考えを纏めた。

サンドラは文書を渡されてから黙って思案していたため痺れを切らした使者の一人は

「王にはなんとお伝え致しましょう」

と、言った。

「そうだな…帰れなくて申し訳ないとでも手紙に書いておけ」

「それはどういうことでしょうか?」

サンドラは答えず

「この者達を捕縛しろ」

と、周りの兵に命じたため使者達は驚いて逃げ出した。

城の国の兵が次々と集まって来たため使者達は

(全員逃げ切ることは不可能だ)

と、考えて以前弓の国のハル達が大臣オルトから逃げる時に使用した方法を真似ることにした。追ってくる複数の兵に対して少数をあてがい、全力で抵抗しているうちに残りの者が逃げるという方法である。話に聞いていただけの方法であり、実践したことがなかったため上手くいくかどうか使者達も不安であったが存外上手くいき、当初の四分の一が剣の国の国境まで逃げ切ることができた。

サンドラは城の国の返答を伝えるため、何人かはわざと逃がすように兵士に命じていたが思いの外多かったので

(剣の国は王と魔法使いくらいにしか注意を払っていなかったが、探せば他にも注意すべき者がいるかもしれんな)

と、心の中で賞賛した。


逃げ帰った使者からの報告を受けて溶ニとヨセフ、さらにエリックという将が城の国に向けて進軍していた。

三人は事前に打ち合わせをしていたが城の国がどのような戦い方をするか情報が全くなかったので、とりあえず、まず溶ニの軍が先行して支城を攻撃し、ある程度守りを崩したらヨセフとエリックの軍が挟撃するという大まかな方針を立ててあとは状況に応じて臨機応変に対応することにした。

剣の国の城から出発した際は一緒に進軍していたが城の国に近づくとそれぞれ別れ、溶ニは先日燃やした城に入り、ヨセフはその少し北の城へ、エリックは溶ニが入った城の少し南西の城へと入った。溶ニが入った城は建物が燃えたとはいえ、堀や土塁等は残っていたのでまだ城としての機能は幾分か残っている。

夜になって溶ニは

(夜の内に進行して翌朝奇襲でもかけるか。早朝なら相手は防御が万全ではないだろうし、守りが崩れる頃には二人が攻めやすい時間になっているだろう)

と、考えてヨセフとエリックに使者を出して進行することを伝え、明かりをつけずに兵を進めた。事前に斥候を放って支城とその周囲の様子を伺えるような山を探させていたため、城の国の領土に入った後はそこを目指して進行し、到着すると山腹で朝を待った。

早朝、襲撃前に斥候を放って様子を伺った。

しかし、斥候によると支城では既に迎撃準備が整っているらしく、各地の山にも軍が点在している状態であった。

溶ニが山腹から周囲の様子を確認して見ると、支城の様子は昨日とあまり変わった様には思えなかったが周囲の山の山麓にはちらほらと兵が見えた。

「支城で準備が整っているというのはなんで分かったんだ?昨晩からここで見張っているが兵は一人も出入りしている様子はなかったぞ」

「高い城壁に囲まれているので城の中までは確認できませんでしたが、中からは鬨の声が聞こえました」

と、報告を受けて

(こちらに気付かれずにこれほど素早く兵を動かすことができるとは)

と、驚いた。

鉄の国の城の時は脅すことが目的だったため城に確実に直撃させる必要もなく射程距離のだいぶ外から魔法を放っていたが、今回は相手の防御力を削らなければならないため確実に命中するように接近しなければならない。しかし、このまま接近して城を攻撃すれば周囲に点在している敵軍に囲まれてしまう可能性があるため溶ニはどうすべきか悩んだ。

結局

(城を攻める前に山を攻めてみるか。山からより城に近い山に移動して徐々に近づいていけば一気に攻めることはできないかもしれないが撤退はし易い気がするな)

と、考えて今いる山から移動することにした。その際、山にこだわりすぎて水を断たれた上に囲まれてしまった前例が元いた世界にあった事を思い出したが、陣を構えるわけではなく移動を繰り返すので問題ないだろうと思い直しすぐに忘れた。

溶ニ達が山腹から破竹の勢いで駆け下りてそのまま一気に近くの山に向かって進行を始めると、向かいの山から城の国の兵が飛び出して来た。

溶ニは

〈熱線よ 全てを壊し 突き進め〉

と、詠唱し目の前の山の中腹辺り目掛けて大規模な熱線を放った。

熱線は溶ニが狙った位置に直撃し、木々や多数の城の国の兵を消し炭にした。

初めて受けた魔法によって山にいた兵は統率が取れなくなり始めたので、その隙をついて溶ニ達は槍を持って突撃していき短時間で山を制圧することに成功した。

撃退した兵は城に引き返さず西に向かって撤退して行く者が多かったことが少し気になるが、まずは山を奪取できたため少し安堵した。

その後、数時間かけて似たような方法で山を二つ制圧したため、溶ニの魔法が確実に城に命中する距離まで近づくことができた。

溶ニは早速城に向けて魔法を放った。

熱線は城に向かって凄まじいスピードで直進し、見事直撃したが城壁を破壊することはできず、城壁の石を少し赤みがからせるだけにとどまった。

(これはまずいな、熱線が効かない)

近くにいた兵が

「どうします?このまま攻撃を仕掛けましょうか?」

と聞いてきたが答えられず

(本当にどうしようか)

と、溶ニは悩んでしまった。

城壁の破壊が失敗し熱線は残り一発になってしまったため、とりあえず一旦距離を置こうと考えて溶ニ達は最初にいた山まで引き返した。

その後ヨセフとエリックの軍が合流し、再度攻撃をかけたが魔法なしでは攻め切ることができず、この日は自国にある城まで引き返すことになった。


剣の国が城の国に侵攻する場合ルートは二つある。一つは剣の国の都から西に向かって弓の国に入りそこから北上するルート、もう一つは支城を落としながら北西に進み、城の国の都の南東にある密林を突き抜けて攻撃するルートである。辺堡や界壕を突破する必要はあるものの突破してしまえばあとは草原しかないため前者のルートの方が進み易いが、剣の国の三人の将軍は

(弓の国にはまだ勝てない)

と、考えて後者のルートをとっていた。

それに対して、弓の国と友好関係がある城の国では前者のルートも問題なく使用することができるため、サンドラはそれを生かすことができるように作戦を考えた。

まず城の国の半数以上の軍勢を各支城に入城させ剣の国の進行を防ぎ、残りの軍勢で密林に罠や基地を設置する。密林の準備が整うまである程度時間稼ぎをしたら支城の軍勢を徐々に弓の国方面から城の国の都まで撤退させる。最後に城攻めで疲弊した剣の国の軍を密林で迎え撃つというものである。弓の国方面から兵を撤退させる理由は支城に配備された兵が密林で罠にかからないようにするということもあるが、それ以上に城の国は剣の国相手に苦戦していると弓の国に錯覚させることが期待できる。サンドラは苦戦するつもりなどさらさらなかったが苦戦していると演出することにより、後に兵が疲弊しているなどと言い訳をして無駄な出兵を抑えることができるだろうと考えた。

剣の国の軍が我が国に攻めてくるかもしれないが支援は不要、こちらで起こったことはこちらで対処するため貴国は自分の事だけを考えられよという旨の文書をサンサルに向けて出すと、サンドラは支城へ向けて出発した。

半月程かけてサンドラは剣の国との国境近くにある支城に入ると、早速敵がどの辺りにいるのか等を探るため斥候を放った。敵は国境近くにいるという斥候の報告を受け、

(意外と近いな…夜のうちに進行して翌朝攻撃してくるかもしれん)

と、考えて

「軍を城に残る者と城の周囲を守る者とに分けろ、前者は早めに休ませて後者は夜のうちに移動させる」

と、指揮官に指示を出した。

城に残った兵は交代で見張りをしつつ就寝し、それ以外の兵は松明を使わずに移動した。

翌朝サンドラは見張りの兵から

「剣の国の偵察兵らしき者を確認しました」

と、報告を受け

「鬨を上げるように指揮官達に伝えろ、こちらの準備は万端であるという情報を偵察兵に持ち帰らせて敵を勢いづかせないようにする」

と、命じた。

鬨を上げてからしばらく経つと、城から少し離れた山から剣の国の兵達が凄まじい勢いで飛び出して、瞬く間に山を一つ奪取された。

城ではなく山を攻撃したところを見ると多少は勢いを削ることができたようであったが、それでもまだ予想以上に敵の士気が高かったためサンドラは少しだけ驚いて

「強いな」

と、呟いたが

(確かに強いが、魔法は城の城壁を破壊し得る程の物ではないな)

とも考えて

「山にいる兵達はいつでも撤退できるように準備させろ、山はわざと抑えさせる。奴らは魔法を確実に城に当てるために山に攻撃を仕掛けているのだろうが、あの程度の炎を数発受けたところでこの城壁を破壊することはできない。一度城壁に魔法を撃たせ、魔法が効かない事を見せつけることにより奴らの戦意を削ぐ」

と、サンドラは近くにいた指揮官に指示を出した。

数時間後、山が二つ程剣の国に制圧され、山にいた城の国の軍は西に向かって撤退した。

山が制圧されて間も無く城に向かって熱線が放たれ城壁に直撃したが、サンドラの予想通り城はほぼ無傷であった。

その後、剣の国からの増援が到着して攻撃を仕掛けてきたが、サンドラも別の支城から増援を呼び守りに徹した戦い方をしたため突破することはできず、剣の国の軍は日が暮れる前に退却していった。


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