第96話 身分が決める接客
夕暮れが近づくにつれ、西通りを行き交う人々の影が長く伸びていた。
Club Moon Dropでは、夜営業へ向けた準備が進んでいる。
ルークは厨房で煮込み料理の鍋を確かめ、ノアは客席を回りながら椅子と卓の位置を整えていた。
リリアたちも、その夜の予約を確認しながら、来店する客を迎える準備をしている。
受付台の前では、ロイとディーノが小さな木箱の中身を確認していた。
箱の中には、手のひらへ収まるほどの透明な石が並んでいる。
正式会員と仮会員、それぞれの会員番号に対応させた簡易照合石だった。
「まだ登録がお済みでない方が、何名かいらっしゃいます」
ノアが新しい会員帳を確認しながら言った。
「受付が重なっていなければ、来店時に説明して登録をお願いする」
ロイが答える。
「混んでいる時は、先に席へ案内してからでもいい。普段の確認は、これまでどおり会員証と顔だ」
「照合石を使うのは、ご本人か判断できない時だけですね」
「ああ。登録する時も、何のための石なのかを説明してから触れてもらう」
「分かりました」
ディーノが頷いたところで、入口の鈴が鳴った。
夜営業の開始時刻には、まだ少し早い。
ロイが扉を開けると、王宮文書官のファビオ・フォン・レンツィが一人で立っていた。
「少し早かっただろうか」
「準備は整っております。どうぞお入りください」
ロイはファビオを店内へ迎えた。
ファビオは受付台へ仮会員証を置く。
ロイは印と番号を確かめ、続いて本人の顔へ目を向けた。
「ファビオ様。本日もお越しいただき、ありがとうございます」
「前回より確認が早いな」
「お顔と会員証を確認できましたので」
「それだけでよいのか?」
「通常は、それで問題ございません」
ロイは会員証を返す前に、会員帳の照合石欄を確認した。
「ファビオ様。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「何かあったか?」
「いいえ。本人確認のため、新しく簡易照合石を導入いたしました。まだ登録がお済みではありませんので、ご説明した上で登録をお願いしております」
「照合石?」
ロイは木箱の蓋を開いた。
番号札の付いた透明な石が、柔らかな布で分けて収められている。
「会員証が盗まれ、別人に使われた件を受けて用意したものです」
「私の魔力を石へ残すのか?」
「はい。ただし、魔力の強さや、扱える魔法を調べるものではございません」
ロイは、ファビオの会員番号が付いた石を取り出した。
「最初に触れていただいた時の反応だけを石へ残します。今後、会員証とお顔だけではご本人か判断できない場合に限り、同じ石へ触れていただきます」
「来店するたびに使うわけではないのだな」
「はい。普段は、これまでどおりです」
「帳面には、どこまで記す?」
「登録済みであることだけです。照合石と会員帳も、別々の場所で保管いたします」
ファビオは箱の中を見つめた。
「登録を断ることはできるのか?」
「できます。ただし、ご本人か判断できない場合には、確認にお時間をいただくことになります」
「断ったことを理由に、仮会員ではいられなくなる?」
「そのような決まりではございません」
「強制はしないのか」
「ご説明した上で、ご本人に決めていただきます」
ファビオはしばらく石を見つめた後、右手の手袋を外した。
「登録しよう」
「ありがとうございます。こちらへ触れてください」
ファビオが石へ指先を置く。
透明だった石の内側へ、淡い白色の光がゆっくりと広がった。
光は一度だけ揺れ、静かに消えていく。
「これで終わりか?」
「はい。登録できました」
少し離れた卓で待っていたノアが、会員帳の照合石欄へ登録済みの印と日付を書き加える。
ファビオは手袋を戻しながら、その手元へ目を向けた。
「今の光り方までは記さないのだな」
「本人確認に必要のないことは、記録しない決まりになりました」
ノアが答える。
「そうか」
その時、来店に気づいたリリアが受付へ近づいてきた。
「本日もお越しいただき、ありがとうございます」
「今、照合石への登録を終えたところだ」
「お時間をいただき、ありがとうございました」
「王都には、確実さを優先して、来店するたび全員へ照合石を使う店もある」
「その方が、間違いは少なくなるのでしょうか」
リリアが尋ねる。
「確実さだけを考えればな。だが、毎回使われれば、疑われているように感じる客もいるだろう」
「こちらでは、必要な時だけ使います」
ロイが答えた。
「疑うためではなく、ご本人を間違えずにお迎えするためのものです」
「同じ道具でも、使い方で意味が変わるということか」
「そう考えております」
ファビオは短く頷き、リリアへ視線を移した。
「今日は、前回担当してもらったリリア殿を希望したい」
「ありがとうございます」
リリアは一礼した。
「ただ、本日は後ほどご予約のお客様がお見えになります。予約時刻までは、まだしばらくございますが、その後は別のキャストへ交代させていただくことになります」
「王都なら、私の役職を聞いた時点で先約を動かす店もある。それでも、ここでは変えないのだな」
「先にご予約くださったお客様とのお約束ですので」
「そこまで丁寧に言われると、不満も言いにくいな」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
「褒めたつもりだったのだが」
「では、ありがたく受け取らせていただきます」
リリアは柔らかく笑い、ファビオを卓へ案内した。
ロイが厨房前へ用意されていた料理を運ぶため受付を離れると、代わりにディーノが入口へ戻る。
ファビオは席へ向かいながら、その動きを目で追っていた。
「黒服は、入口へ立ち続けるわけではないのだな」
「はい」
リリアが答える。
「受付のほかにも、客席の確認やご案内、お料理やお酒の配膳、片付けなどを行っております」
「一人の仕事へ固定しない?」
「主に受け持つ役割はございますが、必要な時には互いに補っております」
ファビオは、受付へ立ったディーノと料理を運ぶロイを交互に見た。
「前回よりも動きが整っている」
「ロイたちが、受付と客席の動きを見直した結果です」
「店主がすべて決めたわけではないのか」
「はい。それぞれが気づいたことを持ち寄り、話し合っております」
ファビオは何も答えず、改めて店内へ目を向けた。
照合石の登録と説明を終える頃には、夜営業の開始時刻を迎えていた。
入口の鈴が鳴るたびに、予約客や常連客が少しずつ店内へ入ってくる。
やがてディーノが、冷やした果実酒と水を運んできた。
「本日は、こちらの果実酒をご用意しております」
ファビオは杯へ顔を近づける。
「前回とは少し香りが違うな」
「同じ果実ですが、今日は甘さを少し抑えております」
リリアが説明した。
「私が、甘すぎない方を好むと覚えていたのか?」
「はい」
「会員帳に書かれていた?」
「いいえ。私が覚えておりました」
「担当が変われば、同じ対応はできないな」
「その時は、改めてお好みを伺います」
「同じことを何度も説明させることになる」
「ご負担に感じる方もいらっしゃると思います」
リリアは否定しなかった。
「ご本人が、店へ伝えておいてほしいと希望されたことは共有いたします。ただ、何気なく交わしたお話まで、すべて記録することはしておりません」
ファビオは果実酒へ口をつけた。
甘さは軽く、果実の香りが後から広がる。
「確かに、私の好みには合う」
「ありがとうございます」
「王都の社交店では、客の好みや接客に必要だと判断した内容を、担当者が店へ報告することもある」
「お客様は、そのことをご存じなのでしょうか」
「すべてを説明している店ばかりではないだろう」
「なぜ、知らせないのですか?」
「よりよい接客をするためだ」
ファビオは杯を卓へ戻した。
「前に話した内容を次の担当者まで知っていれば、客は自分が大切に扱われていると感じる。何を好み、何を嫌うかを把握していれば、失敗も減らせる」
「以前のお話を覚えていると、喜んでくださる方がいることは分かります」
リリアは静かに頷いた。
「けれど、目の前にいる一人だから話したことを、知らないところでほかの方も読んでいると分かったら、驚かれる方もいらっしゃると思います」
「接客係は店の一員だ。接客係へ話したことは、店へ話したことでもある」
「お客様も、同じつもりなのでしょうか」
ファビオの手が止まった。
「どういう意味だ?」
「店の皆へ伝えるつもりで話しているのか、目の前にいる方だから話してくださったのかは、違うと思います」
「どちらであっても、店は客を満足させる必要がある」
「満足していただくためなら、ご本人が知らないまま共有してもよいのでしょうか」
責めるような口調ではなかった。
リリアは、分からないことをそのまま尋ねている。
ファビオはすぐには答えなかった。
「王都では、客が望んでいるものや、次に誰を担当させるべきかを判断するために、営業後の報告を求める店もある」
「ご本人が、ほかの方には知られたくないと思っているお話も含まれるのでしょうか」
「接客へ必要だと店が判断すれば、報告を求められることはある」
リリアはわずかに視線を落とした。
王都には、この街にはない事情があるのだろう。
何も知らないまま、すべてを間違っているとは言えない。
それでも、安心して話された言葉を、本人の知らないところで広げることには抵抗があった。
「私は、少し怖いと思います」
「店が記録することが?」
「私へ話してくださったことを、ご本人の知らないところでほかの方へ伝えることがです」
「危険に関わる話でもか?」
「何もかも秘密にするわけではございません。そのような時は、一人で抱えず、レンや黒服へ相談いたします」
「その判断を、接客係一人へ任せる方が危険だと考える者もいる」
「はい。それも分かります」
リリアは一度言葉を切った。
「だからこそ、Club Moon Dropでは、何を記録し、どのような時に相談するのかを、皆で考えて決めています」
「安心より、秩序を優先しなければならない場所もある」
ファビオの声が少しだけ固くなった。
「王都の社交店には、貴族、商人、役人が集まる。そこで交わされた言葉が、商談や政務へ影響することもある。店が何も把握していない方が危険だと考える者もいる」
リリアはすぐには反論しなかった。
「王都には、王都の事情があるのだと思います」
慎重に言葉を選ぶ。
「私には、まだ分からないことがたくさんあります。事情を知らないまま、すべて間違っているとは言えません」
ファビオはわずかに目を細めた。
「意外な答えだな」
「ただ、Club Moon Dropでは、お客様が安心して話せることを大切にしたいです」
「理由は理解しても、同じ方法は選ばない?」
「はい」
「身分に応じた接客についてもか?」
ファビオは話題を変えた。
「王都の社交店では、誰をどの入口から迎えるか、どの席へ通すか、誰を担当させるかまで、身分によって決まっていることがある」
「なぜ、そのように決めるのでしょうか」
「身分に合わない扱いは、侮辱と受け取られるからだ」
「ご本人が望んでいなくてもですか?」
「本人の希望より、周囲がどう見るかを優先しなければならない場合もある」
「周囲が、ですか?」
「高位の貴族を下位の者と同じ入口へ並ばせれば、敬意がないと見なされる。役職に釣り合わない席へ通せば、その者だけでなく、家そのものを軽く扱ったと思われることもある」
「担当する方も、店が決めるのですか?」
「その客の身分や役職にふさわしい者を選ぶ」
「お客様が別の方を望んでも?」
「店の判断が優先されることは多い」
「接客する方が、担当したくないと思った場合は……」
そこまで言って、リリアは口を閉じた。
「うまくお聞きできず、すみません」
「客を選べるのかと聞きたいのだろう」
「はい」
「基本的には難しい。仕事だからな」
「嫌なことを言われた場合もですか?」
「客を不快にさせないよう対応する」
「触られたり、無理にお酒を飲むよう求められたりした時は?」
ファビオは一拍置いた。
「度を越えれば、店が止める」
「どこからが度を越えたことになるのでしょうか」
「それも店が判断する」
「お客様の身分によって、判断が変わることはありませんか?」
ファビオは杯を指先でゆっくり回した。
「現実には、客の影響力を無視できない店もある」
「影響力……」
「大商人の不興を買えば、仕入れを止められる。高位の貴族を追い出せば、店だけでなく、そこで働く者の家族まで困ることもある」
「それでは、接客する方が我慢するしかないのでしょうか」
「そうなる場合もある」
リリアは膝の上で指を組んだ。
「それを礼儀と呼んでしまうのは、少し違うように思います」
強く責めるつもりはなかった。
だが、思ったことを曖昧にすることもできない。
「私は、王都の店のことをよく知りません。うまく言えないのですが……誰かが傷ついているのに、その方が何も言わないから問題はないとするのは、違う気がします」
「すべての者が満足する仕組みはない」
「はい。それは分かります」
「身分によって先に決めておけば、表立った争いを減らせる」
「争いを減らすために必要だと考える方がいることも分かります」
リリアは一度息を整えた。
「でも、私は、お客様が何を望んでいるのかを、できるだけご本人へ伺いたいです」
「この店では、高位の貴族でも入口で待たせる?」
「ほかのお客様の確認中であれば、少しお待ちいただきます」
「人気のある接客係に先約があれば、別の者を案内する」
「はい」
「相手が、店へ大きな影響を与えられる人物でも?」
リリアはすぐには答えられなかった。
店を経営し、責任を負っているのはレンだ。
自分一人の思いだけで、何があっても同じ対応を続けると言い切ることはできない。
「私一人では、そこまで決められません」
正直に答える。
「でも、レンが何かを決めた時、私たちも何も考えずに従うだけではありません。心配なことや、違うと思うことがあれば話します」
「王宮で同じことを言えば、自分の判断で命令を変える者だと警戒されるだろうな」
「王宮では、そう受け取られるのですね」
「ああ。だが、ここは王宮ではない」
ファビオの声には、わずかな疲れが混じっていた。
リリアはそこで初めて、目の前の男を王宮から来た観察者ではなく、一人の客として見た。
「ファビオ様は、王都のお店で、心から落ち着いて過ごされたことはありますか?」
ファビオは、予想していなかった問いに黙る。
「私の話か?」
「お答えになりたくなければ、無理に伺いません」
「そう言われると、答えなければ逃げたように見えるな」
「そのようなつもりではございません」
「分かっている」
ファビオは苦笑した。
「王都の社交店へ行けば、私は王宮文書官として扱われる。店は私が誰と話したかを気にする。ほかの客は、私を通して王宮へ近づけないか考える」
「お仕事を離れて過ごすことは、難しいのですね」
「王宮に関わる者は、どこへ行っても王宮の者だ」
「本日も、王宮文書官として来店されたのでしょうか」
リリアの問いに、ファビオは店内を見渡した。
入口ではディーノが新たな客の会員証を確認している。
ロイは空いた皿を下げ、厨房へ戻る途中で別の卓へ目を配っていた。
エルナは客の笑い声に明るく言葉を返し、セレナは会話へ入りにくそうな客へ飲み物の説明をしている。
誰も、ファビオの役職を意識して動いてはいない。
「最初は、この店の仕組みを確かめるために来た」
ファビオが答えた。
「今もですか?」
「まだ、自分でも分からない」
「そうですか」
「残念そうだな」
「いいえ」
リリアは柔らかく笑った。
「お客様が、どのようなお気持ちで過ごすかを、私が決めることではございませんから」
「随分と都合のよい答えだ」
「そう聞こえましたか?」
「だが、嫌いではない」
その時、入口の鈴が鳴った。
ディーノが来店した客を確認し、リリアへ目を向ける。
予約していた商人が到着したのだ。
リリアはファビオへ向き直った。
「ご予約のお客様がお見えになりました」
「約束どおりだな」
「この後は、別のキャストをご案内いたします。明るく会話を楽しみたい方と、静かにお話ししたい方では、どちらがよろしいでしょうか」
「前回、店内でよく笑っていた女性がいただろう」
「エルナでしょうか」
「名前までは知らないが、おそらくその者だ」
リリアはエルナの卓を確認した。
担当している客は、そろそろ帰る時間を迎えている。
「少しお待ちいただければ、エルナをご案内できます」
「では、そうしてもらおう」
「ありがとうございます」
リリアは立ち上がり、予約客を迎えるために受付へ向かった。
ファビオは、その背中を見送った。
やがて、前の客を見送ったエルナが卓へやって来る。
「お待たせしました。ファビオ様ですよね?」
「覚えていたのか」
「前に来た時、店の入口や黒服の動きをずっと見ていた人ですから。少し目立っていました」
「褒め言葉ではなさそうだ」
「正直に言うと、前はちょっと怖かったです」
ファビオが目を丸くした。
「今日は、前より怖くないですけど」
「何が違う?」
「リリアの話を聞きながら、ちゃんと考えていたからです」
「前回も話は聞いていた」
「前回は、答えを集めている感じでした」
エルナは空になりかけた杯を見た。
「次は、別のお酒にしますか?」
「何か勧めてくれ」
「甘さは控えめな方がお好きでしたよね。少し香りの強いお酒がありますけど、試してみます?」
「強いのか?」
「今のお酒よりは少しだけ。でも、最初は少なめにお持ちします」
「私が酒に弱いと思うのか?」
「分かりません。だから、飲んでから決めればいいと思います」
エルナは明るく答えた。
「合わなかったら、別のものにしましょう」
「ずいぶん簡単に言うのだな」
「飲みたくないものを、無理に飲む必要はないですから」
ファビオは一瞬黙った後、小さく笑った。
「では、それを頼む」
「はい。すぐにお持ちしますね」
エルナは注文をディーノへ伝えた。
運ばれてきた酒を、ファビオは一口だけ飲む。
先ほどの果実酒より香りが強く、後味には僅かな苦みが残った。
「いかがですか?」
「悪くない」
「では、よかったです」
「私の役職は、酒を選ぶ材料にはならないのか」
「飲むのは、ファビオ様ですよね?」
「ああ」
「それなら、ファビオ様に合っていれば十分です」
エルナは当然のように答えた。
王宮文書官にふさわしい酒を、店が勝手に決めたわけではない。
ファビオ自身が好みを伝え、自分で選んだ酒だった。
王都なら無礼と受け取られかねない扱いが、この店では不思議なほど心地よかった。
◇
夜営業を終えた後、リリアは客席の片付けを手伝っていた。
卓から杯を下げていると、レンが近づいてくる。
「ファビオとは、随分長く話していたな」
「はい。王都の接客について伺いました」
「難しい話だった?」
「少し。それに、言いすぎたかもしれません」
「相手の事情を聞いた上で、自分の考えを話したんだろう?」
「はい」
「分からないことを、分かったふりはしていない?」
「していません」
「なら、一方的に言いすぎたわけではないと思う」
リリアは少し安心したように息を吐いた。
「ファビオ様は、正式会員になるのでしょうか」
「もう少し、仮会員として利用してもらってから決める」
「今日も規則は守ってくださいました」
「ああ。だからこそ、急ぐ必要もない」
レンは受付の方へ目を向けた。
「店の仕組みを調べているかどうかだけで判断するつもりはない。ここで、ほかの客や店の者とどう過ごす人なのかを、もう少し見たい」
「次に来店された時も、私を希望されるでしょうか」
「可能性はあるな」
「また難しいことを尋ねられそうです」
「嫌か?」
「いいえ」
リリアは少し考え、柔らかく笑った。
「次は、ファビオ様ご自身がどのように過ごしたいのかも、もう少し伺える気がします」
◇
店を出たファビオは、夜の西通りを一人で歩いていた。
ルミナスでの滞在先へ戻れば、王都へ送る報告書をまとめなければならない。
会員証の不正使用を受け、簡易照合石を導入したこと。
魔力の詳細は記録せず、会員証と顔だけでは本人と判断できない場合に限って使用すること。
報告書へ書き加えるべき内容はいくつもあった。
だが、自分で選んだ酒が思いのほか気に入ったことまでは、報告する必要がない。
次は調査のためではなく、あの酒をもう一度飲むために来てもよい。
そう考えた自分に、ファビオは小さく戸惑った。
仮会員証を持つ今なら、次は自分の意思だけで、あの扉を開けられる。
ファビオは宿へ続く道を歩きながら、胸元に収めた仮会員証を一度だけ指先で確かめた。
お読みいただきありがとうございます。
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