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異世界キャバクラ王 ~酒チートと氷魔法で、夜の社交界を支配する~  作者: 阿鼻恭介
第五章 王家から届く視線

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第94話 扉を預かる者たち

 正式会員エドガーの会員証を持った若い男が現れた翌朝。


 Club Moon Dropの開店準備を仲間たちへ任せ、レンとロイはエドガーが営む乾物店を訪れていた。


 店内には、乾燥させた果物や香草、香辛料の匂いが混じり合っている。


 エドガーは二人を店の奥にある小さな応接卓へ案内した。


 卓上に置かれているのは、ロイが若い男から回収した木製の会員証だった。


 木工職人のオーウェンが一枚ずつ作ったもので、Club Moon Dropの印と会員番号が刻まれている。


 エドガーは木札を手に取り、表と裏を確かめた。


「間違いない」


 縁についた小さな傷を指でなぞり、重い声で言う。


「これは、私に発行された会員証だ」


「誰かへ貸した覚えはありますか?」


 レンが尋ねた。


「ない」


 エドガーは即座に否定した。


「本人以外は使えないと説明を受けている。家族や知人へ貸すつもりなどなかった」


「なくなっていることには気づいていましたか?」


「いや」


 エドガーは苦い表情で首を振った。


「しばらく店へ行く予定がなかったから、確認していなかった」


 ロイが会員証へ視線を落とす。


「昨日の若い男は、最初にエドガー様本人だと名乗りました」


「私の名を使ったのか」


「はい。顔が違うと伝えると、今度は息子であり、父親から会員証を借りたと言い直しました」


 エドガーの表情が険しくなる。


「私に息子はいない」


 その言葉で、若い男の二つ目の説明も嘘だったことが確定した。


「男の特徴を詳しく教えてくれ」


 エドガーが言った。


「年齢は二十歳前後です」


 ロイが答える。


「短く切った茶色い髪。中肉中背で、商家に勤めている者のような服装でした。客や商人への話し方にも慣れているようでした」


「ほかには?」


「エドガー様が最後に来店された夜のことを知っていました。担当したキャストの名も口にしています」


「最後に来店した夜……?」


 エドガーの表情がすぐに変わった。


「あの若者かもしれない」


「心当たりがあるのですか?」


「ああ。取引先の商会に勤めている若者だ」


 エドガーは険しい顔で会員証を見つめた。


「Club Moon Dropを最後に利用した帰り道で、偶然会っている」


「その方へ、店の話をしたことはありますか?」


「ある」


 エドガーは眉間へしわを寄せる。


「商会で商品の確認や書類の受け渡しをする時に、何度か顔を合わせている。待ち時間に世間話をする程度の関係だった」


「Club Moon Dropについても、その時に?」


「ああ。紹介制の珍しい店へ通っていると話したところ、随分と興味を示していた」


「紹介者や担当したキャストについても話しましたか?」


「聞かれるままに答えた覚えがある」


 エドガーは小さく息を吐いた。


「リオネルから紹介されたことも、セレナに担当してもらったことも話した。店でどのように過ごしたかまで、口にしたかもしれん」


 若い男がClub Moon Dropについて詳しく知っていた理由は、それで説明できる。


 店の内部から情報が漏れたのではなく、エドガー本人との会話から知識を得ていた可能性が高い。


「最後に来店した夜、帰り道で会ったとおっしゃいましたね」


 レンが確認する。


「ああ」


「あの日のことを、覚えている範囲で教えてもらえますか?」


 エドガーは一度目を閉じた。


「あの日は、店へ着いた頃から少し身体が重かった」


「体調が悪かったのですか?」


「おそらくな。だが、その時は疲れているだけだと思っていた」


 前回エドガーが来店した夜のことを、ロイも覚えていた。


 普段のエドガーは酒に弱い客ではない。


 酒量をわきまえ、料理と会話を楽しみながら、ゆっくりと飲む人物だった。


 ところが、その夜は一杯目を飲み終える前から顔が赤くなり、言葉も普段より遅くなっていた。


「いつもより、かなり早く酔われていました」


 ロイが言った。


「酒の量も多くありませんでした」


「ああ。私も、あれほど酔うとは思わなかった」


 エドガーが額へ手を当てる。


「店の者から、今日は早く帰った方がよいと勧められた」


 普段とは明らかに違う酔い方をしていたため、これ以上店に留まらせるべきではないと判断したのだろう。


「身体を心配し、今日は早く休んだ方がよいと優しく言ってくれた。私も素直に帰ることにした」


 レンもその時のことを覚えている。


 ロイとディーノがエドガーの足取りを確認し、誰かを呼ぶかと尋ねた。


 エドガーは一人で帰れると答えたため、無理に引き留めることはしなかったが、念のため店の外まで見送った。


「店を出た時のことは覚えていますか?」


 レンが尋ねる。


「ああ。会員証を返してもらい、上着へしまったところまでは覚えている」


「その後は?」


「途中まではな」


 エドガーは記憶を探るように目を伏せた。


「帰り道で、取引先の若者に会った。かなり酔っているように見えたらしく、店まで送ると言ってくれた」


 エドガーは自分の足元へ視線を落とす。


「最初は断ったと思う。だが、まともに歩けていなかったのだろう。結局、肩を借りた」


 乾物店は、表が商売に使う店舗となっている。


 裏には倉庫と生活用の部屋があり、エドガーはそこで暮らしていた。


「店の前まで来たことは覚えていますか?」


「ぼんやりとな」


「入口は、誰が開けたのでしょうか」


「私が鍵を取り出そうとしたが、指が思うように動かなかった」


 エドガーは自分の手を見る。


「それで、あの若者へ鍵を渡した」


「若い男が扉を開けたのですね」


「おそらくは」


「そこから先は?」


「覚えていない」


 エドガーは首を振った。


「気づいた時には、裏の部屋にある寝台で朝を迎えていた。靴も脱がされていた」


「若い男が中まで送り届けたと考えたのですね」


「ああ」


 エドガーは苦々しい表情を浮かべた。


「酔った私を家まで運んでくれた。後で礼を言わなければと思っていた」


 その時点では、会員証がなくなっているとは考えもしなかったのだろう。


 エドガーにとって、若い男は疑う相手ではなく、助けてくれた相手だった。


「鍵は、どこにありましたか?」


 ロイが尋ねる。


「帳場の上に置かれていた」


「店内を荒らされた様子は?」


「なかった。金も商品も減っていない」


「だから、何も疑わなかった」


「ああ」


 応接卓の上へ、重い沈黙が落ちた。


 状況だけを並べれば、若い男には会員証を手に入れる機会があった。


 エドガーを支えながら乾物店まで送り届け、店の鍵を預かって中へ入っている。


 その後のことを、エドガーは覚えていない。


「その間に、会員証を手に入れた可能性はあります」


 レンは慎重に言った。


「私もそう考えている」


 エドガーは険しい顔で木札を見つめる。


「だが、あの夜の記憶がない。私がどこで会員証を失くしたのかも、あの若者が会員証を見つけたのかも分からない」


「証拠はありません」


 ロイが言った。


「ああ。疑う理由はあるが、決めつけることはできん」


「昨日来た男が、その若者本人だったかどうかも確定していません」


 レンも続ける。


「特徴は似ています。でも、顔を知るエドガーさんが直接見たわけではない」


「分かっている」


 エドガーは頷いた。


「取引先の商会へは、私から話をする。昨日、あの若者がどこにいたのかも、責任者へ確認してもらう」


「本人を直接問い詰めるのですか?」


「いや」


 エドガーは首を振った。


「証拠もなく、犯人だと決めつけるつもりはない。まずは商会の責任者へ事情を話す」


「Club Moon Dropの名を出しても構いません」


 レンが言う。


「ただし、こちらで捕まえたり、無理に認めさせたりするつもりはありません」


「ああ」


 エドガーは卓上の会員証へ手を伸ばしかけ、途中で止めた。


「この会員証は、もう使えないのだろう?」


「はい」


 レンが答える。


「一度、本人の手元から離れています。この番号は無効にします」


「新しい会員証を発行してもらえるか?」


「オーウェンさんへ、新しい番号で作ってもらいます」


「費用は私が払う」


「それは後で相談します」


 レンは一度言葉を切った。


「今回のことを、すべてエドガーさんの責任にするつもりはありません」


「だが、店の話を軽々しく口にした」


「店について知人へ話すことは禁止していません」


 紹介制の店であっても、会員が知人へ店の話をすることはある。


 どのような雰囲気なのか。


 誰に紹介されたのか。


 誰が担当したのか。


 紹介したい相手へ、店について説明することもあるだろう。


「ただ、紹介者や担当者の名前を知っているかどうかだけでは、本人確認にならないと分かりました」


 レンが言った。


「昨日はロイが顔の違いに気づいて止められました。でも、次も分かりやすい相手とは限りません」


「受付の方法を変えるのか?」


「見直します」


 レンは頷いた。


「会員証と顔の確認を基本にしながら、迷った時に使える別の方法を探します」


 エドガーはしばらく黙った後、深く頭を下げた。


「迷惑をかけた」


「入店は防げました」


 ロイが答える。


「エドガー様の名を使った者を、客席へ通してはいません」


「それでも、次はもっと巧妙になるかもしれん」


「そのために、今から備えます」


 レンは会員証を布へ包んだ。


「取引先へ確認した結果が分かれば、教えてください」


「ああ。必ず連絡する」


     ◇


 レンとロイがClub Moon Dropへ戻ると、昼営業の準備はほとんど終わっていた。


 リリアとミーナが各卓のグラスを確認している。


 エルナは椅子の位置を整え、セレナは予約表へ目を通していた。


 厨房からは、ルークが焼いた菓子の甘い香りが漂っている。


 ノアは備品の数を手帳へ記録していた。


「お帰りなさい」


 最初に気づいたリリアが二人を迎える。


「エドガー様とはお話しできましたか?」


「ああ」


 レンは全員を受付近くの卓へ集めた。


 ロイが布を開き、エドガーの会員証を卓上へ置く。


「本人の会員証で間違いなかった」


 レンが話し始める。


「誰かへ貸した事実はない。息子もいなかった」


「では、昨日の男が話したことは、どちらも嘘だったのですね」


 セレナが言った。


「ああ」


 レンは、エドガーから聞いた内容を簡潔に説明した。


 取引先の商会に、昨日の男と特徴の似た若者が勤めていること。


 エドガーがその若者へ、紹介者や担当キャストを含めてClub Moon Dropの話をしていたこと。


 以前の来店時、体調を崩したエドガーを、帰り道で偶然会った若者が乾物店まで送ったこと。


 店へ入った後の記憶を、エドガーが失っていること。


「では、その若い男が会員証を手に入れたのですか?」


 ミーナが尋ねた。


「可能性はある」


 レンが答える。


「でも、会員証を手に入れたところを誰も見ていない。昨日来た男と同じ人物かどうかも、まだ分かっていない」


「エドガーさんが、取引先の責任者へ確認してくださるそうです」


 ロイが付け加える。


「今は、疑いがある段階ですね」


 ノアが手帳へ書き込む。


「ああ。俺たちが先に犯人だと決めることはしない」


 レンは卓上の会員証へ視線を落とした。


「それより、店の確認方法を考えたい」


「紹介者や担当した者の名を尋ねても、本人から聞いている可能性があるのですね」


 ノアが言った。


「ああ。店について詳しいことは、本人である証明にはならない」


「顔を確認することは続けるのでしょう?」


 エルナが尋ねた。


「もちろんだ」


 レンが答える。


「ただ、本人と年齢や体格が近い者が来るかもしれない。親戚なら顔立ちまで似ていることもある」


「怪我や病気で、本人の顔つきが変わることもあります」


 リリアが言った。


「声や歩き方も見ますが、俺たちの記憶だけで絶対に間違えないとは言い切れません」


 ロイが続ける。


「本人にしか持てないものがあればよいのですが」


 ノアが呟いた。


「手形は?」


 ミーナが自分の掌を見る。


「仕事や怪我で変わることがある」


 レンが答えながら、自分の手へ視線を落とした。


 その時、ルミナスへ来たばかりの頃の記憶がよみがえった。


 身分証を持っていなかったレンは、ガイルたちに連れられて冒険者ギルドへ行った。


 冒険者登録の際、受付に置かれた透明な水晶へ手を触れた。


 水晶は淡い光を放ち、レンの職業や能力を読み取ろうとした。


 特殊な能力の影響で職業とスキルは判定不能となったが、登録そのものは受理されている。


「冒険者ギルドの水晶」


 レンが呟いた。


「水晶ですか?」


 ミーナが聞き返す。


「冒険者登録をした時に使った物だ。本人ごとに違う何かを読み取っているのかもしれない」


「ミレイナさんなら、詳しい仕組みを知っているわね」


 リリアが言った。


「ああ。昼営業が終わったら、相談に行く」


「私も一緒に行くわ」


「頼む」


 開店時刻が近づき、通りから人の足音が聞こえ始める。


「それまでは今までどおり、会員証と顔を確認してくれ」


 レンはロイとディーノを見る。


「少しでも違和感があれば、一人で判断しない」


「はい」


 ロイが答える。


「俺も、必ずロイさんやレンさんへ相談します」


 ディーノも頷いた。


「二人とも受付へ集まり続けないようにな」


「分かりました」


 ロイが営業中の札を表へ返す。


 Club Moon Dropの昼営業が始まった。


     ◇


 昼営業では、大きな問題は起こらなかった。


 ロイとディーノは、来店した会員の顔と木製の会員証を確認する。


 客が途切れれば料理や飲み物を運び、空いた皿を下げる。


 二人は受付へ固定されていない。


 客席へ出て、会員たちの声や歩き方、普段の振る舞いに触れることも、本人を知るための仕事だった。


 最後の客を見送った後、ロイが営業中の札を裏返した。


「問題はありませんでした」


 ロイが会員帳を閉じる。


「ただ、普段と違うところがないか、以前より意識して見るようになりました」


「俺もです」


 ディーノが言った。


「顔を覚えているからこそ、変化に気づけるのだと思います」


「それでいい」


 レンが答える。


「新しい方法を取り入れても、人を見ることはやめない」


「これから冒険者ギルドへ行くの?」


 リリアが尋ねた。


「ああ」


「私も一緒に行くわ」


「頼む」


 レンとリリアは、夜営業の準備を仲間たちへ任せ、冒険者ギルドへ向かった。


     ◇


 冒険者ギルドへ到着すると、ミレイナは受付で冒険者から依頼完了の報告を受けていた。


 手続きが終わるのを待ってから声をかけると、ミレイナは二人を受付の奥にある小さな相談室へ案内した。


「何かあったのですか?」


 椅子へ座ると、ミレイナが尋ねた。


 レンは、本物の会員証を持った若い男が、会員本人になりすまそうとしたことを説明した。


「今回は、顔で別人だと分かったのですね」


「はい」


「ですが、次に同じことが起きた時、分かりやすい相手とは限らない」


「そう考えています」


「それで、冒険者登録の水晶を思い出したのですね」


「Club Moon Dropでも、本人かどうかだけ確認できないかと思いました」


「冒険者登録に使う水晶は、身体に流れる魔力の特徴を読み取っています」


「魔力の特徴?」


 リリアが尋ねる。


「魔力量だけではありません。流れ方や細かな波にも違いがあります。完全に同じ反応を持つ人は、ほとんどいません」


「兄弟や双子でも?」


「完全には一致しません」


「その違いを、本人確認に使っているのですか?」


 レンが尋ねた。


「はい。重要な手続きでは、登録された魔力反応と、その場にいる人物の反応を照合します」


「Club Moon Dropでも、同じことはできますか?」


「ギルドの登録用水晶を貸し出すことはできません」


 ミレイナは即座に答えた。


「犯罪歴や依頼資格の確認にも使用する管理物です。民間の店へ持ち出すことは認められていません」


「同じ物を用意するのも難しい?」


「非常に高価ですし、ギルドの認可も必要です」


「やはり、そのままは無理か」


「ですが、Club Moon Dropに必要なのは、職業や能力を調べる機能ではありませんよね?」


「本人との一致だけ分かれば十分です」


 レンは迷わず答えた。


「客の能力や種族、魔力量を知りたいわけではありません」


 リリアも頷いた。


「お客様が知られたくないことまで、店が調べるべきではないと思います」


「それなら、簡易照合石で足ります」


「簡易照合石?」


「少しお待ちください」


 ミレイナは相談室を出ると、しばらくして小さな木箱を手に戻ってきた。


 箱の中には、掌に収まるほどの白い石が入っている。


「これは、依頼品を特定の人物へ渡す時などに使う物です」


 ミレイナが石を取り出した。


「あらかじめ登録した人物と同じ魔力反応なら白く光り、別人なら赤く光ります。正しく判定できなければ反応しません」


「名前や能力は表示されない?」


「そのような機能はありません。登録した人物と一致するかどうかを確かめるだけです」


「これを店でも使えますか?」


「可能です。ただし、一つの照合石に登録できるのは一人だけです」


「会員の人数分が必要になるのね」


 リリアが言った。


「はい」


 レンは白い石を見つめた。


「一つの水晶に、全員分を登録する方法は?」


「理屈の上では可能です」


 ミレイナが答える。


「ですが、会員ごとの情報を追加し、必要な相手を選び、番号の変更まで管理できるようにするなら、複雑な特注品になります。時間も費用もかかるでしょう」


「それなら、一人ずつ照合石を用意した方がよさそうね」


 リリアが言った。


「店で保管して、必要な時だけ取り出すの」


「ああ」


 レンも頷いた。


「普段は、これまでどおり会員証と顔を確認する。そこで本人だと分かれば、照合石は使わない」


「顔や様子に違和感がある時だけ使うのですね」


「そうだ」


「その使い方なら、必要な方の石だけを取り出せば済みます」


 ミレイナが言った。


「一つが壊れても、その方の分だけ作り直せます」


「石には名前を書かず、会員番号だけを付けます」


 レンが言った。


「普段は鍵のかかる箱へ入れて、店で管理する」


「照合石と会員の対応を記した帳面は、箱とは別に保管した方がよいでしょう」


「そうします」


「簡易照合石は、すぐに用意できますか?」


「ギルドが管理している物を、そのままお譲りすることはできません」


「やはり難しいですか?」


「いいえ。珍しい魔道具ではありません」


 ミレイナは首を振った。


「取引のある魔道具職人へ頼めば、必要な数を用意できます。職人の手元に在庫があれば、まず数個はすぐにそろえられるでしょう」


「特別な改造は?」


「必要ありません。会員ご本人に一度触れていただき、魔力反応を登録すれば使えます」


「正式会員だけでなく、仮会員の分も必要だな」


 レンが言った。


「仮会員も会員証を持ち、一人で来店できる。その会員証が本人以外の手へ渡る可能性は同じだ」


「今いる会員の方には、説明して同意を得る必要がありますね」


「ああ。これまで魔力登録を条件にしていなかった。登録を望まない方へ強制はしない」


「これから新しく仮会員になる方には?」


「仮会員証を渡す前に、仕組みを説明します」


「仮会員から正式会員になった場合も、同じ石を使えます」


 ミレイナが言った。


「登録されているのは、その方自身の魔力反応ですから」


「会員番号が変わるなら、石に付けた番号札だけを交換すればいいのね」


 リリアが確認する。


「はい。会員証を紛失して新しい番号を発行する場合も同じです」


「それなら、魔力を登録し直す必要はない」


「ただし、石を取り違えないよう管理してください」


「ノアに方法を考えてもらいます」


「もう一つ、気をつけてください」


 ミレイナが言った。


「魔力反応は、重い病気や強い呪い、魔力枯渇、大きな怪我などで、一時的に乱れることがあります」


「本人でも赤く光る可能性がある?」


「極端な状態ならあります」


「なら、照合石の結果だけで偽物とは決めません」


 レンが答える。


「顔や会員証を改めて確認し、事情を聞きます」


「その使い方がよいでしょう」


「職人には、ミレイナさんから連絡してもらえますか?」


「分かりました。必要な数が決まったら教えてください」


 話し合いを終え、レンとリリアはミレイナへ礼を告げた。


     ◇


 Club Moon Dropへ戻ると、夜営業の準備はほとんど整っていた。


 レンは仲間たちを受付近くへ集め、簡易照合石について説明した。


「会員一人につき、一つの石を店で保管する」


 レンが言った。


「正式会員だけですか?」


 ノアが尋ねる。


「いや。仮会員にも用意する」


「仮会員も一人で来店できますからね」


「ああ。どちらの会員証も、本人以外の手へ渡る可能性がある」


「今いる会員の方には、次回来店された時に説明します」


 ノアが手帳へ書き込む。


「同意を得られた方から、魔力反応を登録していただく」


「頼む」


「これから仮会員になる方には、会員証を渡す前に説明するのですね」


 セレナが確認する。


「ああ」


「照合石は、毎回来店時に使うのですか?」


 ロイが尋ねた。


「使わない」


 レンが答える。


「普段は、これまでどおり会員証と顔を確認する。本人かどうか迷った時だけ、その会員の照合石を取り出す」


「白く光れば登録された本人。赤く光れば別の魔力反応。反応しなければ判定できない」


 ディーノが言った。


「そうだ。ただし、赤く光っても、すぐに偽物だとは決めない。病気や呪いで反応が乱れることがある」


「照合石は、最後の判断ではなく、確認を助ける道具なのですね」


 セレナが言った。


「ああ」


「能力や職業は分からないの?」


 エルナが尋ねる。


「分からない。本人と一致するかどうかだけだ」


「それなら安心だね」


 エルナは頷いた。


「入店するたびに能力まで調べられたら、嫌がる人もいると思う」


「保管箱は、受付の近くに置きますか?」


 ノアが尋ねた。


「鍵のかかる場所がいい」


「会員番号順に一つの箱へ並べます」


 ノアが答えた。


「正式会員と仮会員を別の区画へ分けるより、番号順にした方が取り出しやすく、仮会員が正式会員になった時も石を移す必要がありません」


「その方がいいな」


「正式会員か仮会員かは、帳面で管理します。照合石には会員番号だけを付けます」


「会員証を再発行した時は?」


 ロイが尋ねた。


「石はそのまま使い、番号札と帳面だけを変更する」


「仮会員から正式会員になった場合も同じですね」


「ああ」


「保管箱は、オーウェンさんへ相談します」


 ノアが言った。


「石同士が触れないよう、一つずつ小さな区画を作ってもらいます」


「頼む」


「最初に誰の照合石を用意しますか?」


「エドガーさんへ、新しい会員証を渡す時に説明する」


 レンは少し考えてから続けた。


「その後は、来店した会員へ順番に説明する。全員分を一度にそろえる必要はない」


「怪しい時にしか使わないからですね」


 ミーナが言った。


「ああ」


「照合石があるからといって、顔を見なくなるのは駄目ですね」


 ディーノが言った。


「そのとおりだ」


 レンはロイとディーノを見る。


「照合石は、二人の目の代わりじゃない。普段から会員と接し、顔だけでなく、声や仕草を覚えることは続けてくれ」


「はい」


 ロイが答える。


「客席で接することも、本人を知るために必要だと思います」


「俺も、違和感があれば一人で判断せず相談します」


 ディーノも続けた。


「二人とも受付に張りつかないようにな」


「分かりました」


 二人は受付専任ではない。


 来店が途切れれば、料理や飲み物を運ぶ。


 空いた皿を下げ、客へ声をかけ、帰りを見送る。


 店内で会員たちと接するからこそ、その人らしい話し方や仕草を覚えられる。


「照合石を使った記録は残しますか?」


 ノアが尋ねた。


「本人確認で問題が起きた時だけでいい」


 レンは答えた。


「誰の石を使い、白、赤、反応なしのどれだったか。それと、なぜ使ったのかを残す」


「能力や魔力の詳しい内容は記録しない」


「ああ。必要のない情報は残さない」


「承知しました」


 レンは時計へ目を向けた。


「そろそろ夜営業だ」


 ロイとディーノが受付へ向かう。


「今夜も入口を頼む」


「はい」


 ロイが答えた。


「会員証と顔を確認します」


「違和感があれば、一人で判断しません」


 ディーノも続ける。


 ロイが営業中の札を表へ返した。


 Club Moon Dropの夜営業が始まった。


     ◇


 その夜、来店した正式会員や仮会員たちに、普段と異なる様子や違和感はなかった。


 ロイとディーノは、会員証の印と番号を確かめ、本人の顔を見て店内へ迎える。


 照合石はまだ用意されていない。


 だが、たとえ用意されていたとしても、この夜に使う場面はなかっただろう。


 会員証にも、来店した者たちの様子にも、不審な点は見当たらなかったからだ。


 ロイが客席へ酒を運んでいる間は、ディーノが入口へ目を配る。


 ディーノが料理を運んでいる時は、ロイが新たな客を迎える。


 二人は店内の仕事を交代しながら、客の声や表情にも目を配っていた。


 料理を運ぶ時に交わす短い挨拶。


 空いた皿を下げる時の会話。


 帰り際の表情や足取り。


 そうした積み重ねが、木製の会員証には刻まれない、その人らしさを覚える助けになっている。


 最後の客を見送った後、ロイが入口を施錠した。


「今夜は問題ありませんでした」


 会員帳を閉じながらロイが言う。


「会員証に不審な点はありませんでした」


「客席でも、普段と異なる様子の方はいませんでした」


 ディーノが続けた。


「照合石があっても、使う必要はなかったと思います」


「それでいい」


 レンが答えた。


「使わない日が続くなら、その方がいい道具だ」


 ノアは受付台の横で、保管箱の形を手帳へ描いていた。


「番号順に並べられるよう、区画へ小さな札を付けます」


「会員番号が変わった時に、簡単に交換できるようにな」


「はい。箱の鍵は、レンさんと受付を担当する者だけが扱うことにします」


「それで頼む」


 受付台の上には、布に包まれたエドガーの古い会員証が置かれている。


 本物の会員証を持っているだけでは、本人だと証明できない。


 紹介者や担当者の名前を知っていても、会員本人から聞いているかもしれない。


 顔を覚えていても、人の記憶が絶対に間違わないとは限らない。


 だからといって、すべての会員を来店のたびに疑い、何度も確認する必要もない。


 普段は、これまでどおり顔と会員証を見る。


 店内でも言葉を交わし、その人らしい声や仕草を覚える。


 それでも判断に迷った時だけ、店で管理する本人専用の簡易照合石を使う。


 どれか一つへ、すべてを任せるのではない。


 人の目と記憶を中心に置き、必要な時だけ魔道具の力を借りる。


 Club Moon Dropの扉は、客を閉め出すためにあるのではない。


 店の規則を守る者を、安心して中へ迎えるためにある。


 その扉を預かる者たちは、客への信頼を失わずに店を守るための、新しい方法を見つけ始めていた。

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