第42話 面談という名の鑑定
朝の西通りは、まだ静かだった。
中央通りのような喧騒はない。
だが、静けさの中にも確かな変化があった。
昨日までは閉ざされていた建物の扉が開き、職人たちが資材を運び込み、木材を削る音が辺りに響いている。
新しい店。
Club Moon Drop。
まだ看板は取り付けられていない。
それでも、この建物が新たな店になることは、西通りに住む人々の間ではすでに噂になっていた。
そして今日。
建物の入口には、一枚の木札が立てられている。
女性スタッフ面談会場
その文字を見つめながら、レンは深く息を吐いた。
(……いよいよだな。)
店は建てられる。
家具も完成する。
酒も用意できる。
だが、一番重要なのは人だ。
前世で何度も見てきた。
どれほど豪華な店でも、働く人間が揃わなければ繁盛しない。
逆に、小さな店でも人が良ければ客は戻ってくる。
この店も同じだ。
レンは改装途中の店内を見回した。
受付にはリリア。
奥にはオーウェンが作った木製の椅子。
柔らかな座面。
長時間座っても疲れにくい設計。
女性が安心して面談できる空間。
その一つひとつに意味があった。
「レン。」
リリアが受付の奥から顔を出す。
「もう集まってきてるよ。」
レンは窓の外を見た。
十人ほどの女性が緊張した表情で並んでいる。
年齢も服装も様々だった。
質素な服の少女。
落ち着いた雰囲気の女性。
商人らしい服装の女性。
冒険者風の女性。
皆、それぞれ事情を抱えている。
(今日見るのは……容姿じゃない。)
黒服だった頃。
採用面接を何度も見てきた。
売れる子。
売れない子。
その違いは顔だけではない。
笑顔。
姿勢。
話し方。
目線。
相手への気遣い。
そして何より、
人として信用できるか。
それが重要だった。
もちろん。
今のレンには、もう一つ武器がある。
全鑑定。
だが、それだけに頼るつもりはなかった。
(スキルは確認だ。)
(判断するのは俺自身。)
◇◇◇
最初の応募者が入ってきた。
「し、失礼します……。」
十七歳ほどの少女だった。
栗色の髪。
細身。
服は何度も補修されている。
生活は苦しいのだろう。
「どうぞ、座ってください。」
少女は小さく頭を下げた。
レンは微笑む。
「緊張していますか?」
「……はい。」
「大丈夫です。」
「今日は試験ではありません。」
「あなたという人を知りたいだけです。」
その一言だけで少女の肩が少し下がった。
(まず安心させる。)
前世でも同じだった。
緊張したままでは本来の姿は見えない。
レンは静かに鑑定を発動した。
――――――――
名前:エルナ
年齢:17
職歴:食堂手伝い
性格:真面目・誠実
現在の目的:家族を養うため働きたい
接客適性:高
嘘:なし
――――――――
(いい子だ。)
レンは質問を続ける。
「接客経験は?」
「食堂で料理を運んでいました。」
「お客様と話すのは?」
「少しだけ……。」
「失敗したことは?」
少女は少し考えたあと、小さく笑った。
「お皿を落としてしまいました。」
「泣きましたか?」
「はい……。」
「その後は?」
「毎日練習しました。」
レンは自然と笑っていた。
努力できる人間は強い。
技術はいくらでも教えられる。
だが、人柄だけは変えられない。
「ありがとうございました。」
少女は立ち上がる。
「えっ……もうですか?」
「はい。」
「緊張、お疲れ様でした。」
少女は何度も頭を下げながら帰っていった。
リリアが小さく呟く。
「優しそうな子だったね。」
「ああ。」
「たぶん伸びる。」
◇◇◇
二人目。
二十代前半。
身なりは整っている。
だが、その目だけが笑っていなかった。
鑑定。
――――――――
現在の目的:高収入のみ
性格:自己中心的
協調性:低
接客適性:中
問題点:規律軽視
――――――――
レンは穏やかに質問する。
「なぜ応募しましたか?」
「お金です。」
即答だった。
悪くない。
正直だ。
「仕事内容は理解していますか?」
「稼げれば何でも。」
レンは少しだけ視線を細めた。
「仲間と協力できますか?」
「必要なら。」
「必要じゃなければ?」
「しません。」
ここで分かった。
能力はある。
だが、この店には合わない。
レンが作りたいのは競争だけの店ではない。
互いに支え合える店だ。
「ありがとうございました。」
女性は少し不満そうな表情で帰っていく。
リリアが尋ねる。
「駄目?」
「たぶん続かない。」
「うちの店では。」
◇◇◇
三人目。
扉が開いた瞬間。
店内の空気が少し変わった。
長い銀髪。
整った顔立ち。
姿勢も美しい。
一目で育ちの良さが分かる。
鑑定。
――――――――
名前:セレナ
元貴族令嬢
現在:没落
礼儀作法:非常に高い
会話能力:高
現在の目的:自立
秘密:家族を守るため身分を隠している
――――――――
(……なるほど。)
レンは何も知らないふりをする。
「今日はありがとうございます。」
「こちらこそ。」
その所作一つに品があった。
リリアも思わず見惚れている。
「接客経験は?」
「ありません。」
「ですが、人と話すことは好きです。」
「働く理由を聞いても?」
女性は少しだけ沈黙した。
「自分の力で生きたいからです。」
短い。
だが十分だった。
嘘ではない。
レンには分かる。
◇◇◇
昼を過ぎても応募者は途切れなかった。
借金を返したい女性。
弟妹を育てる姉。
酒場で働いていた女性。
冒険者を引退した女性。
一人ひとり。
事情は違う。
だが共通していたものがある。
生きるために働きたい。
その思いだった。
レンは誰一人として急かさなかった。
話を聞き。
目を見て。
笑顔を見て。
鑑定は最後の確認だけに使う。
黒服時代に培った観察力と、神から授かった力。
その両方を重ねながら、未来の仲間を選んでいく。
気付けば夕日が窓から差し込み始めていた。
「今日はここまでだね。」
リリアが大きく伸びをする。
「疲れた?」
レンが笑う。
「疲れたけど……」
リリアも笑い返した。
「なんだか、みんな応援したくなっちゃった。」
その言葉を聞いて、レンは安心した。
受付に必要なのは、まさにその気持ちだった。
人を値踏みするのではなく、人を迎える心。
それがこの店の空気になる。
その時だった。
コンコン、と控えめな音が響く。
「……まだ面談は、間に合いますか?」
扉の前に立っていたのは、一人の少女だった。
年齢は十六歳ほど。
服は古い。
しかし、その瞳だけは驚くほど澄んでいた。
レンはその少女を見た瞬間、不思議な感覚を覚える。
(この子は……。)
静かに鑑定を発動する。
表示された内容を見たレンは、一瞬だけ息を呑んだ。
そして心の中で確信する。
(この出会いが、Club Moon Dropの未来を大きく変える。)
レンは穏やかな笑顔を浮かべ、椅子を勧めた。
「もちろんです。」
「どうぞ、お掛けください。」
夕暮れの光が店内を優しく照らす中、運命の面談が静かに始まろうとしている
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。




