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異世界キャバクラ王 ~酒チートと氷魔法で、夜の社交界を支配する~  作者: 阿鼻恭介
夜の社交場を目指して

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第41話 名前と証

 翌朝、西通りには昨日の夜の余韻が残っていた。


 大きな騒ぎがあったわけではない。


 酒に酔った客が通りで叫んだわけでもない。


 それでも、空気は確かに変わっていた。


 道具屋の主人はいつもより長く店先に立ち、古着屋の女将は布を畳む手を止めて、何度もこちらの建物を見ている。小さな食堂の夫婦も、朝の仕込みの合間に、昨夜の灯りがともった入口へ視線を向けていた。


 昨日まで、この建物は「西通りの古い空き店舗」だった。


 だが、昨夜から少し違う。


 招待客が来た。


 酒が出た。


 女性客が笑って帰った。


 招待状のない酒商人を入口で止めた。


 仮申込の名前が並んだ。


 まだ正式開業はしていない。


 けれど、もうただの空き店舗ではない。


 俺は店の前で足を止め、まだ看板のない入口を見上げた。


 名前が必要だ。


 昨日、エミリアにもバルドにも言われた。


 人は名前のないものを噂にしにくい。


 看板を掲げるということは、敵にも味方にも旗を見せること。


 その通りだった。


 名前のない店は、まだ夢だ。


 名前を持った店は、責任を持つ。


 俺は扉に触れた。


 古い木の感触が、掌に残る。


「今日、決める」


 小さく呟き、俺は金獅子亭へ向かった。


◇◇◇


 金獅子亭の奥のテーブルには、また羊皮紙が広げられていた。


 昨日の内覧試飲会の感想。


 改善点。


 仮申込者の名前。


 協力者欄。


 会員区分。


 警備費。


 家具修正。


 布と小物の相談。


 そして、店名候補。


 酒場のテーブルというより、完全に開業準備の机だった。


 マルクはカウンターの奥から呆れた顔で言った。


「昨日の今日で、もう書類か」


「昨日の熱が残っているうちに整理します」


「お前、寝たのか?」


「少し」


「少しって顔じゃねえぞ」


 反論できない。


 頭は重い。


 だが、止まる気にはなれなかった。


 昨日の仮申込書には、名前が並んでいる。


 すでに正式会員である、昼会員第一号のエミリア。


 夜会員第一号のガイル。


 仮申込者として、商家の奥方、若い女性、リオネル、サラ、ボルド。


 協力者として、ハンナとノア。


 この整理を間違えてはいけない。


 エミリアとガイルは、もう候補ではない。


 最初に信用を預けてくれた正式会員だ。


 だから、今日渡すものがある。


 会員証。


 オーウェンに頼んでいた、小さな木札だ。


 その前に、店名を決める。


 俺は羊皮紙の空欄に羽根ペンを置いた。


 月。


 夜。


 雫。


 透明な氷。


 琥珀色の酒。


 静かな灯り。


 疲れをほどく場所。


 騒がしすぎず、暗すぎず、少しだけ特別な夜。


 頭の中で、昨夜からずっと浮かんでいた言葉を書く。


 Club Moon Drop。


 その下に、小さく意味を書き添える。


 月の雫。


「むーん、どろっぷ?」


 横から覗き込んでいたリリアが、たどたどしく読んだ。


「俺の故郷の言葉に近い響きだね。意味は、月の雫」


「月の雫……」


 リリアは何度か口の中で繰り返し、それから少し笑った。


「綺麗。夜っぽいけど、怖くない」


 その一言で、胸の奥が少し軽くなった。


 欲しかった印象は、それだった。


 夜の店。


 だが、怖くない。


 酒を出す。


 だが、荒っぽくない。


 女性も来られる。


 男も特別感を持てる。


 そんな名前。


「酒場っぽくねえな」


 マルクが言った。


「酒場ではないので」


「まあ、そうだったな」


 彼は腕を組み、羊皮紙の文字を睨む。


「月の雫か。悪くねえ。だが冒険者の男どもには洒落すぎじゃねえか?」


「だからこそです」


「だからこそ?」


「名前で客を選びます。大声で騒ぐだけの酒場を求める人は、少し入りづらい。でも、それでいい」


 マルクは少し黙ったあと、にやりと笑った。


「名前で規律を出すわけか」


「はい」


「本当に面倒くさい店だな」


「褒め言葉として受け取ります」


「半分は褒めてる」


「半分は?」


「呆れてる」


 リリアが小さく笑った。


 その笑いで、張りつめていた空気が少しだけ緩んだ。


◇◇◇


 昼前、俺とリリアはオーウェンの工房へ向かった。


 工房には木の匂いが満ちていた。


 削られた木片。


 刃物の音。


 椅子の部品。


 受付台の細かな飾り。


 そして、作業台の上には、小さな木札が並んでいた。


 俺は思わず息を呑む。


 昼会員第一号。


 夜会員第一号。


 昼会員用の予備。


 夜会員用の予備。


 そして、まだ名のない創設特別会員用の木札。


 ただの札ではなかった。


 どれも小さい。


 だが、手にした時に特別だと分かる重さと手触りがあった。


「できている」


 オーウェンは短く言った。


 一枚目を手に取る。


 昼会員第一号。


 表には果実と杯の印。


 線は柔らかく、昼の冷やし果実酒や女性席の落ち着いた空気を思わせる。


 裏にはエミリアの名。


 二枚目。


 夜会員第一号。


 表には氷入りの杯。


 昼会員札より線が深く、少し力強い。


 裏にはガイルの名。


 三枚目。


 創設特別会員用。


 縁の削り方が少し違う。


 表には欠けた月と雫の印。


 まだ誰の名もない。


「これは……」


「特別会員用だ」


 オーウェンが言った。


「まだ売るな」


「え?」


「欲しがらせてから売れ」


 職人の口から商人のような言葉が出た。


 だが、正しい。


 創設特別会員は、ただ高く売るものではない。


 人数限定。


 開店時の名簿記載。


 初回優先席。


 限定酒の先行提供。


 専用の証。


 店の未来に深く関わる権利だ。


 雑に売れば、店の価値ごと下がる。


「店名は」


 オーウェンが聞いた。


「Club Moon Drop。意味は、月の雫です」


「長い」


「看板には工夫します」


「月の雫は悪くない」


 彼は看板用の板を指で叩いた。


「欠けた月を彫る。そこから雫を一つ落とす。文字は下。意味も小さく入れる」


 頭の中に、看板の形が浮かんだ。


 夜の通りに浮かぶ欠けた月。


 そこから落ちる一滴。


 下に店名。


 派手すぎず、目に残る。


「お願いします」


「布は」


「リオネルさんとノアさんに相談します。濃い青か深い灰色が合うと」


「良い。月なら銀寄りだ。金は使いすぎるな」


「分かりました」


「分かっている顔ではない」


「勉強します」


 オーウェンは小さくため息をついた。


「リリア」


「はい」


「昼札を持て」


 リリアはエミリアの木札を両手で受け取った。


「軽いです。でも、ちゃんと持ってる感じがします」


「首に下げるな。袋か懐に入れる。見せる時だけ出す」


 俺はすぐに羊皮紙へ書き込んだ。


 会員証は入口で提示。


 常時露出しない。


 本人以外使用不可。


 紛失時は再発行規定。


 リリアが苦笑した。


「また増えたね」


「増えたね」


 店づくりは、紙が増える。


 だが、その紙が信用を守る。


◇◇◇


 午後、最初に会員証を渡したのはエミリアだった。


 彼女はいつものように金獅子亭へ来た。


 女性席へ案内される前に、俺の顔を見て少し首を傾げる。


「何かあった顔ね」


「お渡ししたいものがあります」


「あら」


 エミリアが席に着き、リリアが冷やし果実酒を運ぶ。


 俺は布包みを開いた。


「昼会員第一号の会員証です」


 小さな木札を差し出す。


 エミリアは一瞬、言葉を失った。


 指先で果実と杯の印をなぞる。


「綺麗ね」


「オーウェンさんが作ってくれました」


「昼会員第一号……」


 彼女は小さく笑った。


「本当に、形になったのね」


「はい。エミリアさんが最初に信用を預けてくれたので」


 俺は深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 エミリアは木札を布に戻し、大切そうに懐へしまった。


「昼会員の特典は変わらない?」


「はい。冷やし果実酒、蜂蜜果実焼き、女性席、商談利用。商家の女性や落ち着いた客向けとして整えます」


「良いわ。昼は、夜より信用が大事よ。女性が安心して人を連れて来られること。商談に使っても変な噂にならないこと。そこを崩さないで」


「はい」


「昨日の若い子、正式説明は母親と一緒に聞きたいと言っていたでしょう」


「はい」


「それを受け入れる店であることは、大きな強みになるわ」


 俺は頷いた。


 女性客が一人で来られる店。


 そして、家族に説明できる店。


 その両方を目指す必要がある。


「昼会員第一号として、期待しているわ」


 その言葉は、木札以上に重かった。


◇◇◇


 夜営業前。


 次に木札を渡す相手が来た。


 ガイルだ。


「おう、レン。昨日は悪くなかったな」


「ありがとうございます」


「肉は少なかったけどな」


「そこはボルドさんにも言われました」


「ボルドは肉の量しか見てねえ」


「でも大事な意見です」


 ガイルは笑い、席に座ろうとする。


 俺はその前に声をかけた。


「ガイルさん。お渡ししたいものがあります」


「なんだ、また規約か?」


「違います」


 俺は布包みを開く。


 夜会員第一号の木札。


 氷入りの杯。


 裏にはガイルの名。


 ガイルは目を丸くした。


「俺の名前?」


「はい。夜会員第一号の会員証です」


 普段ならすぐに冗談を言う男が、しばらく黙っていた。


 大きな手で、恐る恐る木札を受け取る。


「こういうの、俺が持っていいのか」


「もちろんです」


「夜会員第一号……なんか、むず痒いな」


「でも嬉しそうです」


「うるせえ」


 ガイルはそっぽを向いた。


 だが、木札を握る手は大事そうだった。


「夜会員は、氷入り蒸留酒、限定ビール、会話席、優先入店を中心にします。酒好きや商人、冒険者の上位層向けです」


「上位層って俺か?」


「少なくとも、規律を守れる冒険者代表です」


「それ、褒めてるのか?」


「かなり褒めています」


 ガイルは鼻を鳴らした。


「なら受け取っておく」


 彼は木札を懐へしまいかけて、ふと止まった。


「これを持ってるってことは、俺も店の評判を汚せねえってことだな」


 俺は少し驚いた。


 彼の方からそれを言うとは思わなかった。


「はい」


「面倒だな」


「嫌ですか?」


「いや」


 ガイルは小さく笑った。


「嫌じゃねえ。むしろ、悪くねえ」


 夜会員第一号。


 彼はただの酒好きではない。


 この店の夜の客層を象徴する存在になる。


 荒っぽい冒険者でも、規律を守れば楽しめる。


 酒を飲む男でも、女性客や働く人を傷つけない。


 その空気を作るために、ガイルは必要だった。


「そういや、サラとボルドも仮で書いてたな」


「はい。正式説明は後日です」


「ボルドは肉の量で判断するぞ」


「分かっています」


「サラは厳しいぞ」


「それも分かっています」


 ガイルは楽しそうに笑った。


「いいじゃねえか。夜会員、増えそうだな」


「増やしすぎないようにします」


「相変わらず慎重だな」


「最初の客層が店を決めるので」


「そういうところが、お前らしいよ」


◇◇◇


 その夜、バルドが金獅子亭へ来た。


 エミリアとガイルに会員証を渡した話をすると、彼は満足そうに頷いた。


「形にしたか」


「はい」


「良い。会員制度は紙だけでは弱い。金を払った者は、自分が何を手に入れたのかを触れたいものだ」


「木札の反応は良かったです」


「当然だ」


 バルドは会員区分の羊皮紙を引き寄せた。


「仮申込者の整理は?」


「昼会員希望が二名。エミリアさん推薦の商家の奥方と若い女性。夜会員希望が三名。リオネルさん、サラさん、ボルドさんです」


「良い顔ぶれだ」


「はい。ですが、正式説明までは会員ではありません」


「それでいい。昨日の場で金を取らなかった判断は正しい」


 俺は頷いた。


 熱があるうちに支払いを迫れば、金は集まったかもしれない。


 だが、それは後で信用を削る。


「創設特別会員は、まだ売らないのだな」


「はい。まだです」


「理由は?」


「欲しがらせてから売るべきだからです」


 バルドはわずかに笑った。


「オーウェンにでも言われたか」


「はい」


「あの職人は、時々商人のようなことを言う」


 バルドは羊皮紙へ視線を戻した。


「創設特別会員は扱いを誤るな。人数限定、名簿記載、優先席、限定酒の先行提供、専用木札。特典は良い。だが、金を出せば偉くなれると勘違いさせるな」


「店の規律は全会員共通にします」


「そうだ。特典はある。だが特権はない」


 俺はすぐ書き込む。


 創設特別会員。


 特典はある。


 特権はない。


 規律違反時は退会。


 返金条件は別途明記。


 前世でも同じだった。


 高額を使う客ほど、自分の店だと錯覚することがある。


 金を払ったのだから何をしてもいい。


 自分は特別扱いされるべきだ。


 その感覚が、店の空気を壊す。


 だからこそ、最初から線を引く。


「創設特別会員は、こちらから選びます」


「それでいい」


「候補は、まだ決めません」


「焦るな。昨日の内覧会で、欲しいと思った者はいるはずだ。だが、すぐ売ると安く見える」


「はい」


 資金は欲しい。


 喉から手が出るほど欲しい。


 物件の保証金。


 改装費。


 家具。


 布。


 看板。


 警備。


 スタッフ募集。


 研修費。


 どれも金がかかる。


 だが、ここで創設特別会員を雑に売れば、後で店の首を絞める。


 我慢だ。


「顔に出ているぞ」


 バルドが言った。


「資金のことを考えていました」


「足りないか」


「足りません」


「正直でよろしい」


 彼は少し笑った。


「なら、正式会員手続きを早めろ。仮申込者には、規約説明と面談を行う。リオネルは商人枠としても使える。サラとボルドはガイル経由で日時を押さえろ。女性二名はエミリア経由で確認しろ」


「はい」


「ただし、支払いを急がせるな」


「仮申込の熱だけで支払いは取らない」


「そうだ。それを守ったから、昨日の信用が残った」


◇◇◇


 翌日の段取りは、一気に決まった。


 午前。


 西通りの店で看板と布の相談。


 オーウェン、リオネル、ノア、ハンナを交えて、入口布、控室布、受付台周りの色を決める。


 昼。


 エミリアに女性客二名の正式面談日を確認してもらう。


 夕方。


 リオネルと商人枠の正式説明。


 夜。


 ガイルにサラとボルドの正式説明日を相談。


 その合間に、女性スタッフ募集文と黒服募集文を作る。


「いよいよ人を集めるのか」


 マルクが言った。


「はい」


「女の子と黒服、同時に?」


「同時です。女性スタッフだけを集めても、守る人間がいなければ危険です。黒服だけ集めても、店は始まりません」


「どっちも難しいぞ」


「分かっています」


 マルクは少し真面目な顔になった。


「レン。女の子を集めるなら、曖昧にするなよ」


「はい」


「高い金が稼げるとか、楽に働けるとか、そういう言い方はやめろ」


「そのつもりです」


「それと、リリアを無理に前へ出すな」


 俺は少し黙った。


「分かっています」


「本人がやりたいと言うなら止めねえ。だが、お前の店のために必要だからって理由で背負わせるな」


「はい」


 その言葉は重かった。


 リリアは昨日、受付で良い働きをした。


 だが、だからこそ危ない。


 必要だからといって、役割を押しつけてはいけない。


 働く人を守る店を作ると言いながら、最初に近くにいる少女を消耗させるなど、絶対にあってはならない。


◇◇◇


 深夜、俺はギルドの部屋で募集文を書いていた。


 狭い机。


 揺れるランプ。


 羊皮紙。


 羽根ペン。


 外からは、遠くの酒場の笑い声がかすかに聞こえる。


 女性スタッフ募集。


 高収入。


 楽しい仕事。


 会話だけ。


 そういう軽い言葉は使わない。


 軽く見せすぎれば、後で傷つく人が出る。


 重く書きすぎれば、誰も来ない。


 正直に。


 でも希望があるように。


 守る仕組みを伝える。


 仕事内容を伝える。


 禁止事項を伝える。


 俺はゆっくり書き始めた。


 ――女性接客係候補募集。


 酒と会話を楽しむ会員制の店で、お客様との会話、酒席の雰囲気作り、簡単な案内を行う仕事です。


 娼館ではありません。


 身体を売る仕事ではありません。


 客からの無理な要求は禁止します。


 困った時は黒服が対応します。


 勤務前に仕事内容説明と見学を行います。


 家族同席での説明も可能です。


 報酬、時間、規則は事前に説明します。


 未経験可。


 ただし、規律を守れる方。


 人と話すことを学びたい方。


 安心して働ける店を一緒に作りたい方。


 次に黒服募集。


 ただ強い男を集めればいいわけではない。


 力だけの男は危険だ。


 客を殴るだけなら用心棒でいい。


 必要なのは、店の空気を読める男。


 危険を止め、女性スタッフを守り、客を不快にさせず、金と規律を管理できる人間。


 ――黒服候補募集。


 会員制店舗にて、受付、案内、警備、会計補助、客席管理を行う仕事です。


 力だけでなく、冷静さを重視します。


 酔客への対応、女性スタッフの保護、規律違反者への退店対応を行います。


 暴力を好む方は不可。


 口が軽い方は不可。


 店の信用を守れる方。


 必要に応じて研修あり。


 書き終えて、俺は羽根ペンを置いた。


 とうとうここまで来た。


 店名が決まり。


 会員証が渡され。


 昼会員第一号と夜会員第一号が、形ある信用を手にした。


 仮申込者もいる。


 看板が動き始めた。


 布商人とのつながりもできた。


 そして今、スタッフ募集の文面を書いている。


 前世で黒服だった俺が、この世界で黒服を募集する。


 なんだか不思議だった。


 俺は窓の外を見た。


 夜空には、細い月が浮かんでいた。


 Club Moon Drop。


 月の雫。


 この世界にまだない夜の店。


 その名前が、ようやく決まった。


 だが、名前を持った瞬間から、店は責任を持つ。


 名乗るということは、逃げられないということだ。


 そして、会員証を渡した瞬間から、店は約束を持つ。


 エミリアの昼会員第一号。


 ガイルの夜会員第一号。


 二人の手に渡った小さな木札は、ただの証ではない。


 俺がこの店を必ず形にするという約束だ。


 俺は羊皮紙を重ね、静かに息を吐いた。


 明日、募集文を掲げる。


 仮申込者への正式説明も始める。


 スタッフ候補も探し始める。


 店はもう、空想ではない。


 名前を持った。


 証を渡した。


 旗を掲げた。


 なら、次は人を集める番だ。


 俺はランプの火を落とす前に、最後にもう一度、羊皮紙の店名を見た。


 Club Moon Drop。


 月の雫。


 その文字は、薄暗い部屋の中で、不思議と小さな灯りのように見えた。

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