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異世界キャバクラ王 ~酒チートと氷魔法で、夜の社交界を支配する~  作者: 阿鼻恭介
夜の店、その第一歩

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第21話 女性客と冷やし果実酒

金獅子亭に女性客が増え始めたのは、氷入り酒の試験提供を始めた翌日のことだった。

最初は二人だった。商家の娘らしき若い女性と、その付き添いのような年上の女性。彼女たちは前日に冷やし果実酒を飲み、少し驚いた顔で帰っていった。店の中では小さな出来事に過ぎなかったが、その翌日、彼女たちは別の女性を連れて戻ってきた。さらにその女性が、昼過ぎにもう一人を連れてきた。

そうして気付けば、夕方前の金獅子亭には、普段ならほとんど見ない客層が生まれていた。

女性だけの小さな席。

それはこの店にとって、かなり異質な光景だった。

金獅子亭は冒険者と商人の酒場だ。肉の匂いが濃く、床には古い酒染みが残り、壁には酔った客がつけた傷がある。夜になれば大声で笑う男たちが集まり、依頼の成功を祝い、時には殴り合い寸前の口論も起きる。悪い店ではない。むしろこの街では評判の良い酒場だ。だが、女性が気軽に入るには少し荒い場所だった。

それが、冷やし果実酒一つで変わり始めていた。

俺はカウンターの奥から、その変化を静かに観察していた。

昼下がりの店内には、夜ほどの喧騒はない。開け放たれた窓から柔らかい光が差し込み、木製のテーブルに薄い影を落としている。厨房からは煮込み料理の匂いが漂い、奥の席では早めに依頼を終えた冒険者がだらしなく椅子にもたれている。普段なら閑散とする時間帯だ。だが今日は、入口近くの明るい席に女性客が座っている。

彼女たちの前には、冷やし果実酒のカップが置かれていた。

小さな氷が淡い赤色の酒の中で揺れ、光を受けてきらめく。粗い陶器のカップでも、冷えた果実酒はどこか華やかに見えた。果実の香りは重すぎず、酒精も強すぎない。前世の感覚で言えば簡単な果実酒の水割りに近いが、この世界の女性客にとっては十分に新鮮だった。

「本当に飲みやすいわね」

若い女性が微笑む。

「普通の果実酒は甘すぎて、すぐ飽きてしまうけれど、これは軽いわ」

「それに冷たいのがいいわ。暑い日にちょうどいい」

会話が弾んでいる。

その声は、冒険者たちの大声とは違う。柔らかく、少し弾むようで、店内の空気をほんの少し変えていた。

不思議なものだ。

客層が一つ変わるだけで、酒場の空気全体が変わる。男たちだけがいる空間と、女性客が安心して座っている空間では、周囲の振る舞いも変わる。騒がしい冒険者たちですら、今日は少しだけ声を抑えていた。もちろん全員ではないが、それでも変化はある。

人は空間に合わせて振る舞う。

なら、空間を作れば人の行動も変えられる。

これは店づくりにおいて、かなり重要な発見だった。

◇◇◇

リリアは緊張しながらも、その女性客たちの席へ向かっていた。

今日は正式な従業員ではない。あくまで手伝いだ。だがマルクは彼女が店に立つことを許した。理由は単純で、女性客への説明が上手かったからだ。男の従業員が勧めるより、リリアが勧める方が相手の警戒心が薄い。特に若い女性客は、荒い酒場の男に声を掛けられるより、同年代の少女に話しかけられる方が安心する。

リリア自身も、それを少しずつ感じ始めているようだった。

「冷やし果実酒、おかわりですか? 少し甘さを軽くできますけど、最初と同じくらいがいいですか?」

彼女の声はまだ完璧ではない。言葉選びも少し不慣れだ。だが、相手に寄り添おうとする姿勢がある。注文を取るだけではなく、相手がどう飲みたいかを聞いている。それは接客において大切な感覚だった。

女性客の一人が少し驚いた顔をした。

「甘さを変えられるの?」

「はい。レンが、果実酒は水の量で軽さを変えられるって言ってました。甘いのが好きならそのまま、すっきり飲みたいなら少し軽めにできます」

「じゃあ、少し軽めでお願い」

「分かりました」

リリアは嬉しそうに戻ってきた。

「レン、軽めってどのくらい?」

「水を少しだけ増やして、氷でしっかり冷やす。香りが薄くなりすぎないように、混ぜすぎないで」

「混ぜすぎない?」

「うん。香りが逃げる」

「分かった……気がする」

彼女は真剣な顔で頷いた。俺は横で見本を作り、彼女に渡す。

「持っていく時に、『甘さを少し軽くしました』って一言添えて」

「うん」

リリアはカップを両手で持ち、慎重に席へ戻った。

その後ろ姿を見ながら、俺は少し感慨深い気持ちになっていた。

接客は技術だ。

ただ笑えばいいわけではない。相手を見る。好みを聞く。選択肢を出す。自分が何をしたか言葉にして伝える。そうすることで、客は「自分のために用意された」と感じる。

キャバクラでも同じだった。客が求めているのは、酒そのものよりも、自分の好みを覚えてもらうこと、自分に合わせてもらうことだ。いつもの席、いつもの酒、いつもの呼び方。そういう小さな積み重ねが指名へつながる。

リリアは今、その入口に立っている。

◇◇◇

昼過ぎ、予想外の客が来た。

金獅子亭の入口に現れたのは、上質な服を着た中年女性だった。年齢は四十代半ばほどだろうか。髪はきちんとまとめられ、立ち居振る舞いには品がある。貴族ではない。だが、かなり裕福な商家の奥方といった雰囲気だった。

店内の空気が少し止まる。

彼女のような女性が一人で金獅子亭に入ってくることは珍しいのだろう。マルクも驚いた顔をしている。

俺はすぐに全鑑定を使った。

――――――――名前:エミリア年齢:43職業:商家の女主人状態:健康/軽い疲労性格傾向:慎重/観察眼が鋭い/実利的現在の目的:冷やし果実酒の確認/女性向け商談利用の可能性調査警戒度:中――――――――

商家の女主人。

しかも目的がはっきりしている。単に飲みに来たのではない。ビジネスの可能性を見に来ている。

俺は内心で姿勢を正した。

こういう客は重要だ。

女性客が増えるだけでも価値はある。だが、その中に商売感覚のある人物が混じると、広がり方が変わる。彼女が気に入れば、商家の女性たちの間で噂が広がるかもしれない。あるいは、別の利用方法を提案してくるかもしれない。

リリアが少し緊張した顔で俺を見た。

「行った方がいい?」

「うん。でも落ち着いて。あの人はただの客じゃない。多分、何か見に来てる」

「見に?」

「店の空気と酒の価値」

リリアはごくりと息を呑んだ。

「怖い」

「怖がらなくていい。丁寧に、でもいつも通りでいい」

俺がそう言うと、彼女は小さく頷いてエミリアの席へ向かった。

「いらっしゃいませ。お一人ですか?」

「ええ。冷やした果実酒があると聞いて来たのだけれど」

「はい。甘さを少し変えられます。初めてなら、標準の軽さがおすすめです」

「ではそれを」

「かしこまりました」

リリアの動きはまだぎこちない。だが、声は落ち着いていた。俺はすぐに冷やし果実酒を作る。今回は少し丁寧にした。氷の透明度を高め、果実酒の色が美しく見えるように分量を調整する。香りが立ちすぎると安っぽくなるので、軽く冷やす程度にする。

リリアが運ぶ。

エミリアはカップを受け取り、まず見た。すぐに飲まない。氷を見る。色を見る。香りを確かめる。そして一口だけ飲む。

動きが洗練されている。

この人は酒を飲み慣れているというより、商品を見る目を持っている。

数秒後、エミリアは静かに頷いた。

「面白いわね」

その一言に、俺は反応した。

美味しい、ではない。

面白い。

商売人の反応だ。

リリアが少し戸惑いながら聞く。

「お口に合いましたか?」

「ええ。飲みやすいわ。けれど、それ以上に面白い。金獅子亭でこういうものが出るとは思わなかった」

彼女の視線が店内を巡る。

荒い木のテーブル。冒険者たち。壁の傷。厨房の匂い。男たちの声。そして女性客の席。

エミリアは店全体を見ていた。

「これを考えたのは誰?」

来た。

リリアが俺を見る。

俺はカウンターから出て、席へ向かった。

「俺です。レンと言います」

エミリアは俺を見た。十六歳の少年を見る目ではない。商品を作った相手を見る目だ。

「あなたが?」

「はい」

「若いのね」

「よく言われます」

「この酒は、女性向けに考えたもの?」

「最初から女性向けというより、酒が強くない人でも楽しめる飲み方として考えました。ただ、結果的に女性客には合うと思います」

エミリアは少し笑った。

「正直ね」

「嘘をついても仕方ありませんから」

「商売人としては、悪くない答えだわ」

彼女はもう一口飲んだ。

「これは、昼の集まりに使えるわね」

「昼の集まりですか?」

「商家の女たちは、意外と集まる場所に困っているの。茶を飲む場所はあるけれど、少し気分を変えたい時もある。けれど普通の酒場は入りにくい。男たちが騒ぐし、強い酒ばかりだし、長居しにくい」

俺は黙って聞いていた。

これは重要な情報だ。

女性向けの昼需要。

前世で言えば、カフェやラウンジに近いかもしれない。キャバクラとは違うが、夜の店を作る前段階として、女性が安心して過ごせる飲食空間を作る発想は役に立つ。

「この冷やし果実酒は、その隙間に入るかもしれないわ」

エミリアは言った。

「ただし、今の金獅子亭では難しい」

マルクが少し離れた場所でむっとした顔をした。だが口は挟まない。

俺は頷いた。

「店の雰囲気ですか?」

「ええ。悪い店ではないわ。けれど、女性だけで長く過ごすには荒い。席の位置、匂い、声の大きさ、視線。色々と気になる」

的確だった。

俺も同じことを考えていた。金獅子亭は良い酒場だが、女性向けではない。もし女性客を本格的に取り込むなら、席を分ける必要がある。明るい場所。入口に近すぎず、奥すぎない場所。厨房の匂いが強すぎない場所。酔った冒険者から距離を取れる場所。

「もし、女性向けの席を作るなら?」

俺が尋ねると、エミリアは目を細めた。

「それを考えているの?」

「まだ構想段階です」

「なら、入口から見える場所に女性だけの席を作るのはやめた方がいいわ。見世物になるから。かといって奥に押し込めるのもよくない。逃げにくく感じる。壁際で、店全体を見渡せて、でも男たちの視線が直接届きにくい席がいい」

俺は内心で驚いた。

かなり具体的だ。

この人は本当に商売が分かっている。

「勉強になります」

俺が言うと、エミリアは軽く笑った。

「女が安心する場所は、男が考えるより難しいのよ」

その通りだった。

前世のキャバクラでも、男のオーナーや黒服が考える「女の子にとって働きやすい環境」と、実際に女の子が感じる安心は違うことが多かった。席の距離、客の手の動き、逃げ道、控室の空気、相談しやすい上司。男側が気付かない細部が、働く側には大きい。

俺が作りたい店でも、そこを間違えてはいけない。

「また来てもいいかしら」

エミリアが言った。

「もちろんです」

「次は知人を連れてくるわ。ただし、席がもう少し落ち着いていると嬉しいわね」

「用意します」

俺は即答した。

マルクが遠くで「勝手に決めやがった」という顔をしたが、後で説得すればいい。

エミリアは満足そうに頷き、冷やし果実酒を最後まで飲んでから席を立った。会計を済ませ、店を出る前にリリアへ微笑む。

「あなたの説明、良かったわ。またお願いね」

リリアの顔がぱっと明るくなった。

「はい!」

エミリアが出て行った後、店内の空気が少しざわついた。女性客たちも彼女を知っているらしく、何人かが小声で話している。どうやら商家の女主人として、それなりに顔の広い人物らしい。

俺は全鑑定の情報を思い出しながら、羊皮紙に書き込んだ。

女性向け席。

昼需要。

商家女性の集まり。

冷やし果実酒。

リリアの接客。

これは大きな流れになるかもしれない。

◇◇◇

営業後、俺はマルクに頭を下げた。

「女性向けの席を作らせてください」

「やっぱり言うと思ったよ」

マルクは腕を組み、ため息を吐いた。

「うちは冒険者の酒場だぞ」

「分かっています。でも昼の時間帯だけでも席を分ければ、新しい客が取れます」

「女客を増やすってことか?」

「はい。しかも商家の女性たちです。彼女たちは情報を持っています。金もあります。何より、安心して使える場所を探しています」

マルクは黙った。

俺は続ける。

「夜は今まで通り冒険者向けでいいです。でも昼から夕方前まで、店の一角を女性客向けにする。冷やし果実酒と軽い料理を出す。声の大きい客は離れた席へ案内する。リリアが説明役に入る」

「簡単に言うな」

「簡単ではないです。でも試す価値があります」

マルクはしばらく考えていた。

彼は保守的ではない。むしろ面白そうなら乗る男だ。だが店の空気を変えることには慎重だった。長年の常連がいる。冒険者の酒場としての評判もある。女性客を増やすことで、既存客が窮屈に感じる可能性もある。

そこは俺も分かっていた。

「全部を変える必要はありません。時間と席を分けます。昼は女性客や商談向け。夜は冒険者向け。二つの顔を持つ店にするんです」

「二つの顔、か」

マルクが呟く。

バルドがいたら、きっと興味を示しただろう。

酒場の稼働時間を分け、客層を分ける。これは単純だが強い。昼の売上を作り、夜の売上も維持する。しかも冷やし果実酒は原価を抑えやすく、氷の演出で価値を上げられる。

マルクはやがて、諦めたように笑った。

「分かった。三日だけ試す。三日で駄目なら戻す」

「十分です」

「ただし、常連と揉めるなよ」

「そこは俺が見ます」

「あとリリアにも無理させるな」

「もちろんです」

その言葉に、リリアが少し驚いた顔をした。

マルクは乱暴に見えるが、ちゃんと人を見ている。だからこそ金獅子亭は長く続いているのだろう。

◇◇◇

その夜、ギルドへ戻る道で、リリアは少し浮かれた様子だった。

「エミリアさん、またお願いって言ってくれた」

「嬉しかった?」

「うん。すごく」

彼女は自分の手を見つめるようにしながら歩いていた。

「私、冒険者としてはまだ弱いし、ガイルたちにも助けられてばっかりで、自分に何ができるのか分からなかった。でも今日、お客さんが笑ってくれて、またお願いって言ってくれて……なんか、初めて役に立てた気がした」

俺は黙って聞いていた。

リリアの声には、嬉しさだけでなく少しの戸惑いがあった。自分が何者か分からない不安。若い頃なら誰でも持つものかもしれない。前世の俺もそうだった。大学に通いながら、就職するのか、店を持つのか、何者になりたいのか分からず、ただ夜の街に惹かれていた。

「役に立ったよ」

俺は言った。

「今日の冷やし果実酒は、リリアがいたから売れた」

「本当?」

「本当。俺やマルクさんが説明しても、女性客はあそこまで安心しなかった」

リリアは少し頬を赤くした。

「じゃあ、もっと覚えたい」

「うん」

「接客って、面白いね」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が静かに震えた。

接客が面白い。

そう思えるなら、彼女はきっと伸びる。

技術は後から教えられる。言葉遣いも、客の見方も、酒の知識も、席の作り方も学べる。だが、人と関わることを面白いと思えるかどうかは大きい。

リリアは、こちら側の人間かもしれない。

俺は夜空を見上げた。

星が瞬いている。

異世界初のキャバクラ。

まだ遠い。けれど、少しずつ材料が揃っていく。酒。氷。店。商人。客。そして、接客に興味を持ち始めた少女。

「リリア」

「何?」

「明日から、少しずつ本格的に教えるよ」

「本格的に?」

「接客の基礎。客の見方。会話の広げ方。危ない客の見分け方。酒の勧め方」

リリアは少し緊張した顔になったが、すぐに笑った。

「お願いします、先生」

「先生はやめて」

「じゃあ、レン先生」

「もっとやめて」

彼女の笑い声が夜道に響いた。

その明るい声を聞きながら、俺は思った。

前世で俺ができなかったこと。

自分の店を持つこと。

女の子たちが安心して働ける場所を作ること。

それをこの世界で、一つずつ形にしていこう。

翌日から、金獅子亭の昼営業は小さく姿を変える。

女性客向けの席。

冷やし果実酒。

そしてリリアの初めての接客修行。

それは、後に異世界中の夜の店で語られることになる「最初の看板嬢」の始まりだった。

お読みいただきありがとうございます。

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