【第二十九話】残骸
白い廊下の奥へ進むほど、空気が変わっていった。
静かだ。
だが、ただの静けさじゃない。
何かが“抜けている”。
「……感じるか」
リッパーが低く言う。
「……ああ」
シャマリが短く答える。
バルザスも無言で頷いた。
ハルは少し遅れて気づく。
音があるのに、遠い。
床を踏む感覚も、どこか薄い。
「……ここ」
リーフィアが呟く。
足を止める。
「……変」
短い言葉。
だが、確信している。
そのとき——
カチッ。
鍵が鳴る。
強い。
引かれるように、ハルの視線が前へ向く。
「……この先だ」
廊下の突き当たり。
白い扉。
他と同じはずなのに、そこだけ“歪んで見える”。
「開けるぞ」
リッパーが手をかける。
誰も止めない。
ゆっくりと、扉が開く。
——違う。
中は、白くなかった。
床が抉れている。
壁が途中で消えている。
天井が、途中で途切れている。
まるで、空間そのものを削り取られたような部屋だった。
「……なんだこれ」
ハルが思わず呟く。
整った屋敷の中で、ここだけが壊れている。
異質すぎる。
「……実験場だな」
リッパーが言う。
足を踏み入れる。
瓦礫の上を歩く音が、やけに響く。
「それも、途中で止まってる」
シャマリが周囲を見る。
「止まったんじゃねぇ」
リッパーが否定する。
「消えたんだ」
その言葉が、この場所を一番正確に表していた。
ハルは一歩中へ入る。
鍵が震えている。
ここに、何かあった。
確実に。
「……あれ」
リーフィアが指を向ける。
部屋の奥。
壊れかけた机。
その上に、何かが残っている。
ハルたちは近づく。
紙だった。
焼けてもいない。
破れてもいない。
ただ、そこだけが残っている。
「……なんでこれだけ」
「分からねぇな」
リッパーが拾い上げる。
ざっと目を通し、眉をわずかにひそめた。
「……読むぞ」
短く言う。
誰も止めない。
「——干渉は成功した」
その一文で、空気が張り詰める。
「対象は安定している」
「存在の境界に触れることを確認」
ハルは息を呑む。
成功している。
つまり——
「……続き」
シャマリが促す。
リッパーは少しだけ間を置き、続けた。
「——だが、違和感がある」
「対象の“輪郭”が曖昧になりつつある」
「維持にはさらなる干渉が必要」
紙の端が、少しだけ欠けている。
そこから先は読めない。
だが。
もう十分だった。
「……壊れたんだな」
ハルが呟く。
成功して。
そのまま崩れた。
「その可能性が高い」
リッパーが紙を下ろす。
そのとき。
「……これ」
リーフィアがしゃがみ込む。
床を指でなぞる。
「……跡」
ハルも見る。
線がある。
魔法陣のような。
だが、途中で消えている。
「……同じ」
リーフィアが言う。
「……私のと」
その言葉に、全員の動きが止まる。
「……お前も」
ハルが言う。
「……やった」
小さく頷く。
否定はしない。
そのまま続ける。
「……でも、違う」
「何が」
「……深さ」
短い言葉。
だが、それがすべてだった。
ここは、もっと深い。
踏み込みすぎている。
だから壊れた。
「……やりすぎたか」
シャマリが呟く。
「違う」
リーフィアが首を振る。
「……止める人がいなかった」
その一言で、空気が変わる。
ハルは鍵を見る。
握る。
冷たい。
だが、反応している。
ここにいた。
確実に。
「……こいつ」
小さく呟く。
「ここから出たのか」
答えはない。
だが、感覚はあった。
ここが“始まり”だと。
そのとき——
奥の空間が、わずかに歪む。
「……っ」
リッパーが反応する。
全員が構える。
だが、何も出てこない。
ただ、空気だけが揺れる。
ほんの一瞬。
気配。
消える。
「……いたな」
リッパーが低く言う。
「見てる」
リーフィアが続ける。
ハルは奥を見る。
何もない。
だが。
確実に、何かがいる。
「……近いな」
小さく呟く。
もうすぐだ。
この先に。
全部の答えがある。




