21話: 里奈を迎える優しい世界
ナサニエル大司教は愛し子を優しく眺める。
女神様と白狐様が愛される魂を。
腰まである美しい黒髪がサラリと前に流れる。
愛し子様は、丁寧に挨拶をしていた。
皆の反応はかなり良しだ。
この祈りの場に居た者だけが、愛し子様の真の姿を見れるのだ。
当分の間愛し子様にはベールを被って頂く。
他国の貴族として王宮で過ごして頂く予定だ。
黒髪は、余りにも目立つのだ。
不便をかけるが、お願いするしかない。
愛し子様は女神様から18歳と聞いている。選定者は先ずは学園からの者が良いであろう。
明日には学園から書類が届く事になっている。
考えるのを止め、皆の反応を伺う。
皆愛し子様の愛らしさに取り込まれたようだ。
参列者を巡視すると、愛し子様の恋人候補のアルバート侯爵令息が1番後方にいた。
気が付かれぬ様に観察する。
(成る程。アルバート殿は落ちたな。)
後は愛し子様とどう会って頂くかを考えねばならない。
色々な事を考えると、愛し子様が私に微笑まれた。
やはり、可愛らしい。
さて、愛し子様は外界に降り、参列者との対面でお疲れであろう。
陛下の用意されたお部屋にて、ゆっくりして頂こう。
ナサニエル大司教が里奈の側に寄る。
「愛し子様。お疲れでしょう。
お部屋を用意してあります。そちらでゆっくりして下さい。」
余り丁寧な言葉使いは避ける。
距離を置かれていると思われたくないからだ。
愛し子様の手を取り祭壇に天門が現れる。
いつもは魔術師が天門を出すが、今は大司教が天門を出したのだった。
愛し子様が天門を凝視していた。
何かを探すように次は周りをキョロキョロし始めた。
何かあったのか!と、焦る気持ちを抑えて聞いてみた。
「愛し子様どうかされましたか?」
愛し子様が
「何だかこの空気感?周りにある何かの気配が懐かしくて。何で懐かしいのかが解らなくて。考えてたの。」
もしかして……。と、思う。
愛し子様は私の聖力を感じられたのではないか。
女神様と愛し子様への祈りの際、聖力を込めていたから。
届いていたのか。
私の聖力が祈りが魂に届き、それも記憶に留めて頂いていたのかもしれないと。
考え違いかもしれぬと否定するが、もしやと思うと胸が熱くなる。
「やっぱり、おじさまからね。
おじさまの周りにある雰囲気?かな?
一緒ね。」
と、独り言を呟いた。
私の頬をハラハラと涙が伝う。
それに気付いた愛し子様が慌てて私の手を取った。
祭壇の下では皆が不安気な表情で様子を伺っている。
私はお伝えしたかった。
「愛し子様。
私は貴方様が女神様の側で魂でこちらに居た時に、貴方様に祈りを送っておりました。
幸せであれ。
健やかであれ。と。
その祈りに聖力を乗せていたのです。」
「……。覚えてッ覚えて頂いていたのですねッ」
喜びを抑えられない。
愛し子様は大きく目を見開き、私の手を強く握った。
可愛らしい大きな瞳と視線が合う。
泣きながら私は愛し子様に微笑んだ。
「ありがとう」と。
気を取り直し愛し子様に告げる。
「ところで、貴方様の異界での事は承知しております。だからこそ、ここの世界に戻られた愛し子様には絶対に幸せになって頂きます。
これは、おじさまからのお願いです。
宜しいですね。愛し子様。」
異界の言葉に瞳が揺れたが直ぐに笑顔になった。
「ありがとう。神官様。」
「おじさま。で良いですよ。」
と、微笑むと
「口に出てた!?」
と、恥ずかしそうに俯いた。
「愛し子様じゃなく名前で呼んで欲しいです。」
「では、里奈様と。」
すると
「私がおじさまと呼ぶなら、もっと親しい名前が良いかな〜。」
と言われたので、
「では、里奈さんで良いですか?」
と、お伝えすると嬉しそうに頷かれた。
そんなやりとりをしていると、ライナス司教とガルズ司祭が近寄って来た。
愛し子様に2人を紹介する。
「ライナス司教とガルズ司祭です。」
ライナス司教は茶髪に薄茶目
ガルズ司祭は灰色髪に薄灰色目
2人とも髪色は濃く瞳は薄い。
おじさまは灰色に薄蒼目。
「皆さん髪色は濃く、瞳は薄いのですね。何か意味があるんですか?」
と気になったので聞いてみた。
おじさまが、答えてくれる。
「髪が濃く瞳が薄いと魔力量が多く、魔法が堪能である証なのです。」
「あ〜成る程。記憶にありました。」
記憶にあったとの言葉が気になったが、長く話し過ぎたので次回にと話しを切り上げた。
「天門の先は王宮の里奈さんの部屋の近くを結ぶようにしてあります。
安全の為、近衛が先に行きます。
私は儀式の続きがあるので、ここからは司教と司祭が案内します。」
ライナス司教とガルズ司祭は愛し子様に深く一礼して、左右に別れ並び立つ。
おじさまに手を振り、光の先に足を運ぶ。本日2度目の門をくぐった。
光が消えたその先には、可愛らしいお屋敷があった。
可愛いと言っても屋敷自体は相当でかい。
2階建ての屋敷は、赤い屋根に白い外壁の少し丸みのある形をしていた。
(おじさまは、私の部屋の近くにって言ってた。よね……。
もしかして、この大きなお屋敷に私が住むの!?
掃除とか大変になるぅー。
まー掃除は嫌いじゃないから、良し!
料理したいけど、台所の勝手が一緒ならありがたいけど……。探検してから考えるか!)
と、ブツブツ言いながら考えていた。
司教と司祭には聞こえないので、愛し子様に不評だったかと心配になった。
ライナス司教が
「愛し子様。お住まいになる宮はお気に召しませんでしたか?」
と、不安気に聞いてきた。
里奈は、ぱっとライナス司教を見ると胸の前で両手をブンブン振りながら
「違うの!お屋敷が大き過ぎて、お掃除大変だな〜とか、台所は造りが同じかな〜とか考えてただけなの!!」
と、否定された。
司教と司祭は暫しキョトンとした後
ガルズ司祭が恐る恐る聞いてきた。
「愛し子様は、もしかして…。ですが。
ご自分で掃除も料理もするおつもりでしたか?」と。
「うん。そ〜思ってた。」
「愛し子様。良いですか。
貴方様が掃除も料理もする事はありません。専属の者がいます。貴方様はこの国で陛下よりも上の立場に位置します。そんな方に掃除など。
滅相もない事なのです。」
とライナス司教が伝えた。
段々とションボリする愛し子様に、ライナス司教が焦りだす。
そうだ。異界では愛し子様は全てご自分でされていたのだ。
それを否定してしまった。
と、ライナス司教もションボリする。
やってしまった……。と。
代わりにガルズ司祭が言葉を続ける。
「愛し子様。おじさまと呼ばれた、ナサニエル大司教もライナス司教も私も異界の事を承知しております。」
その言葉を聞き、ガルズ司祭を直視する。
(うっ。可愛いぞッ。)
ゴホン。
「ですから、愛し子様を大切にしたいのです。
異界で大変だった愛し子様にどうにかして安心を、幸せを、この貴方様を大切に思う我等の気持ちを。ライナス司教は、お伝えしたかったのです。」
「少し言葉選びを間違えたのですよ。」
と、伝わって欲しいと優しく微笑む。
里奈はその言葉が嬉しかった。
ポカポカするこの気持ちは、きっと嬉しいからだ。
涙目の愛し子様が
「ありがとうございます。
では、仲良くなる為に私の事は愛し子様じゃなくて、名前で里奈と呼んで下さい。」
可愛らしいお願いを無下に出来るわけがない。
この愛し子様は本当に可愛らしいのだ。
「解りました。里奈様と。」
そう伝えると首を横に振られる。
不正解らしい。
「………里奈さん。」
そう呼ぶと、ニッコリ微笑まれた。
正解であった。 ホッ
「じゃー私は、ライナスさんとガルズさんって呼んでもいい?」
と聞いて来られた。
そんな事、嬉しいしかない。
ライナス司教とガルズ司祭は喜んで承諾した。
宮へと近衛3人を先頭に、私達も歩き出す。
前を歩く近衛3人の考えてる事はほぼ同じ。
(やりとりは聞こえなかったが、焦ったり、落ち込んだかと思えば笑ったり。
可愛らしい方だ。
だが、儀式の際に顕著されてから何やら不安をずっと抱え込まれているように感じられる。異界から来られた可能性があるとは聞いている。だが、それだけではないのであろう。)
近衛は王族を命を掛けて護る盾なのだ。
王族に近付く人物の、声色、仕草、呼吸、視線。
全てを見極め瞬時に判断しなければまならない。
人を見る能力はずば抜けて高いのだ。
愛し子様の気配を後ろに前を護る近衛3人は、誰からともなく目線を交わし小さく頷く。
考えが同じだと、了承の合図。
ここにいる里奈以外の者は、愛し子様のこの先の人生を守り抜き、幸せである様に祈り助力すると堅く誓うのだった。




