楽しい思い出
テオドールからプレゼントされた髪飾りは、想像以上にナタリアの髪に似合っていた。
舞踏会のエスコートの為にナタリアの部屋を訪れたテオドールは、美しく着飾ったナタリアと自分が贈った髪飾りを見て、心が満たされた気分になった。
ディアーズが選んだブラックダイヤのイヤリングも、サファイアとブラックダイヤのネックレスも、とてもナタリアに似合っていて、それはテオドールがナタリアに似合うということかと思ってしまうほどだった。
浮足立ったテオドールだったが『もう既に疲れました』とグッタリとしたナタリアに笑ってしまう。
「テオドール、これは持ってきたのですか?」
今テオドールが着ているのは白い騎士服の礼装に似ているが、ペリースはナタリアのドレスと同じように青から濃紺のグラデーションだ。
「ペリースは仕立ててもらいました」
ナタリアのドレスを仕立てた時に、ケネスが父へ言い、ペリースを一緒に仕立てたそうだ。
まだテオドールがホークムーンへ来る前のことで、なぜそんなに準備が良いのか、とナタリアは驚いた。
そんな話をしていると、先程までのモヤモヤはすっかり消え失せてナタリアは楽しくなってきた。
一年ぶりの舞踏会で、今回は初めてテオドールと踊る。
背の高いテオドールにあわせてナタリアのヒールは高めだ。テオドールとの婚約が決まった時からヒールの高い靴で練習をしたので、たぶん失敗しない筈だ。
テオドールが踊っている場面を見たことはなかったが、踊れないとは聞いてないし、ディアーズが言うには『素敵だった』そうなので、いざとなったらカバーしてもらおう。
そんなことを考えるだけで、ナタリアの気持ちはどんどん高揚していった。
テオドールは、ナタリアの上機嫌を感じて安心した。
二人で参加する初めての社交の場。楽しい思い出にしてほしいと願っていたのに、求婚のことで気持ちが落ちてしまった。今日も今まで会えずにいたので、顔を見るまで不安だった。
二人にとっては婚約後初めての社交の場だが、主役はアルヴィン殿下とユシーナ王女。
テオドールとナタリアは、ホールへ出る前に挨拶へ向かった。
二人は同じ控室にいて、テオドールとナタリアが挨拶の為に入室すると、待っていたとばかりに手招きをした。
しかし、またユシーナ王女にあれこれ聞かれると面倒だと思った二人は、また後ほど、とすぐに退室した。
ホールの上段側の扉前に向かうと、既に両親とケネスが待っていて、テオドールを見たケネスは『やはり作っておいて正解だった』とご満悦だった。
ホールには舞踏会に参加する貴族たちが既に集まっていて、ザワザワしている。
時間となる。まずドーレ家が扉からホールへと出て、すぐにアルヴィン殿下とユシーナ王女が呼ばれて姿を見せた。
アルヴィン殿下とユシーナ王女の姿が見えると、大きな歓声が上がり、暫く拍手が止まない。
アルヴィン殿下が右手を上げると拍手が止み、殿下が開催の挨拶をする。その中にはテオドールとナタリアの婚約も発表され、その時も拍手が鳴り響いた。
アルヴィン殿下がユシーナ王女をエスコートし、ホールの真ん中へと進む。
凛々しい王太子と美しい王女の組み合わせに、皆見入っていた。
二人のダンスが始まると、さらに美しく感動的でさえあった。
ナタリアも二人に見とれているようだったが、テオドールは先日見たアルヴィン殿下とナタリアのダンスが思い出され、少しだけ胸が苦しくなった。
あの時殿下とナタリアは着飾っていなかったが、確実に今の目の前の二人よりも美しいと思う。あれは、ダンスの技術だけでなく、息が合っていたからだと思うと、今の自分ではあの時の二人には到底及ばない。そう思ってしまい、嫉妬心から胸がチクチクと痛む。
ナタリアは平気なのかと見ると、目を輝かせて『美しいですね』とテオドールへ言った。
感想はそれだけか?とナタリアの様子を伺っていたが、どうやら本当にそれだけのようで、ナタリアがユシーナ王女に嫉妬していないのだと気がついたテオドールは安堵した。
ナタリアがアルヴィン殿下に特別な気持ちがなければ、自分が嫉妬することなどない。ならば今はナタリアに楽しんでもらいたい。
テオドールが答えに行き着いてすぐ、アルヴィン殿下とユシーナ王女のダンスは終わった。
貴族達がタンスをしようとホールへ歩く。
「リア、私達も楽しみましょう」
テオドールがエスコートしてナタリアと共にホールへ出る。
挨拶からホールド。もう二人は周りが見えていなかった。
にこやかに見つめ合い、優雅に舞う。
テオドールはダンスが楽しいと思ったのは初めてだった。
デビュタント後の元婚約者と踊った時は、彼女が美しく見えるように、と気疲れしたし、婚約破棄後は公爵令息としての義務であって、早く終わらないかと苦痛だった。
テオドールは終わる前に『次の曲も私と踊ってくれますか?』とナタリアへ言った。
ナタリアも『喜んで』と了承し、二人は三曲続けて踊った。
さすがにナタリアも疲れたので、テオドールと二人で飲み物を手にバルコニーへ出た。
初冬の夜はさすがに寒い。
しかし火魔法で暖がとれるようにしてあるので、震えることはなかった。
「テオドール、上手なんですね。とても楽しかったわ」
「ナタリアにそう言ってもらえると嬉しいよ。ダンスが楽しいなんて初めて知った。ナタリアのおかげだね」
二人はシャンパンを楽しみながら話をする。
今の二人には何のわだかまりもなく、楽しんで感想を共有していた。
「あ、そうだわ。もう少ししたら花火を見る特等席へ行きましょうか」
「抜けて平気?」
「私達がいなくても大丈夫でしょ?きっと」
「それならばお供しますよ」
二人はふふっと笑う。
もう兎に角楽しくて仕方がなかった。
二杯目のシャンパンを飲み干して、ナタリアは『こっちよ』とホールを抜け出し城へと向う。
テオドールも言われるがままついていくと、ナタリアの私室へついた。
「これは秘密の通路なの。テオドールだから教えるのよ」
シャンパンで少し酔っているのか、ほんのり頬を染めたナタリアは少しだけ口調が砕けて可愛い。
ナタリアの私室に入ると、そのまま寝室へと向う。
緊張しながらテオドールがついていくと、ナタリアは寝室から繋がるドレスルームに入っていく。
テオドールは遅れないようについていく。
するとナタリアはどこかから二メートル程の長さの棒を取り出し、天井をゴンと押した。
すると押された天井が少しだけずれる。
ナタリアはまたどこかから梯子を持ってきて、その少し開いた場所に引っ掛け、梯子を登っていく。
天井に手が届いたらズッと天井板をずらし、天井裏へと入った。
テオドールも梯子を登り天井裏へと入ると、ナタリアは魔導ランプを灯し『こっちよ』と壁沿いに歩き出す。
天井裏といっても、高さは三メートルはありそうで、普通の体勢で歩ける。
手を壁につけて『一、二、三』と数を数えながら歩き、三十五を数えるとランプで足元を照らした。
ナタリアは壁に背を向け歩き出す。歩数で十五数えると、床に先程と同じ棒が落ちている。
ナタリアはそれを手に取り、天井をゴンと叩いた。
すると同じように、少し天井板がズレた。
しかしこの周りには梯子は無さそうで、どうするのかと思ったらナタリアは聞いたことのない魔法を唱えだした。
すると半透明の階段が現れ、天井へと行けるようになる。
「これはね、階段を出すための魔法なの。この場所でしか使えないのよ」
ナタリアは『この階段を出すために、かなり団長にしごかれたのよ』とブツブツ文句を言いながら階段を上る。
天井板をずらし、さらなる天井裏へと入った。
テオドールも続く。
ナタリアは壁に手を添わせ、壁沿いに進む。
すぐに突き当りへと到着する。
また、ナタリアが何か聞いたことのない魔法を唱えると、今度は壁に扉が浮かんだ。
ナタリアは躊躇なくノブに手をかけ扉を開ける。
するとそこは外で、振り返ったナタリアは『到着です』と笑顔を見せた。
これは有事の際の脱出ルートなのか。
結婚前なのに、こんなに簡単に見せて良いのだろうか、とテオドールは心配になったが、ナタリアは気にする素振りもなく少し先にある石段へと歩いていた。
ナタリアは石段に腰を下ろすと近くにある五十センチ四方の石でできた箱のような物に向い火魔法で火をつけた。
二箇所つけるとその辺りは暖かくなり、初冬の屋外でも平気だった。
「もうすぐですよ、座って待ちましょう」
テオドールはナタリアに促されるまま横に座った。
魔法の火は柔らかく辺りを暖める。
「ああ。何か飲み物を持ってくれば良かったわね」
ナタリアがそう言うと同時に、想像よりも近い位置で花火が上がった。
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