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職業紹介所では嫁は紹介してません  作者: 小松しの


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求婚

今日もよろしくお願いします

 他国の王族がいる晩餐は初めてのことで、ナタリアは緊張していた。

 しかし、最初に内輪の席と思って欲しい、とアルヴィン殿下の言葉があり、ほんの少しだけだが心にゆとりができた。

 しかもナタリアの婚約者としてテオドールが隣にいる。これはたいへん心強かった。

 晩餐なので、特に何があるというわけではないが、帰りの馬車の一件は、色々な意味でナタリアにダメージを与えていたようだ。

 静かに進む食事の最中にも、ナタリアは馬車内でユシーナ王女に聞かれていた内容を思い出し、考え込んでしまう。

 隣のテオドールは心配げにチラチラと横目でナタリアを見て、正面にいるディアーズもチラチラと見ている。

 見られていることに気がついても、ナタリアはどうにもできない。今は家族の夕食ではなく王族を招いての晩餐。マナーだけは守らなくてはいけない。

 何とかデザートまで進み、ナタリアはやっとここまで来たと思った。

 あと少しでこの場から開放される。

 ほんの少し気を抜いただけなのに、そこを狙っていたかのようにユシーナ王女が『ナタリア』と声を掛けてきた。

 まさか、と驚いたナタリアに、ユシーナ王女は興味を隠しきれないと話し掛ける。


「馬車の中で教えてもらえなかったけど、いつ教えてもらえますか?」


 そう、ナタリアがモヤモヤと考えているのは、このことが大きいと思う。

 馬車の中で聞かれたこと。

 『政略結婚でないのなら、求婚されました?どこで何て言われました?』


 求婚はされた。五年ぶりにあったその日に職場で。

 しかしあの時、ナタリアは断るつもりでいたので、あれをそうだと言われると違う気がする。

 しかし、他には言われていない。

 これはテオドールに言えない、聞けない。

 ナタリアは心の中の困惑を隠して『秘密です』と笑ってみせた。

 しかし、ユシーナ王女は誤魔化されてくれなかった。


「ナタリアは貴族には珍しく恋愛結婚となりますよね。私の周りにはそういう方は今までいなくて、物語のようだなってワクワクしちゃうんです。なので色々聞いたんですけど、どうしても一つだけ教えてくれないんです」

「何を聞いたの?」


 ああ、アルヴィン殿下余計なことを。ナタリアはアルヴィンを睨んだが、全く効果なくユシーナ王女がサラッと続けてしまった。


「どんなシチュエーションで求婚されたのかしらって。クレメンス様に聞いても良いのかしら」

「ああ、それなら······」


 テオドールは答えようとして、はたと気がついた。

 求婚は、ホークムーンについたその日に紹介所でした。しかし、あれを正式な求婚としてしまうと、ナタリアが可哀想だ、と。

 しかも、返事ももらっていない。

 テオドールはナタリアを見ながら『秘密、ですね』と言うしかなかった。

 ナタリアはうんうんと頷いているが、それを見てユシーナ王女は『わぁ、二人だけの秘密なんて素敵です』と心底感激したように目を輝かせる。

 

「殿下も求婚なさった方がよろしいのでは」


 ケネスがアルヴィン殿下へ少し戯けて言ってみたが、ユシーナ王女以外の者は、ユシーナ王女の興味が二人から逸れることを意図していると理解していた。

 明らかに二人が挙動不審なのだから、これはきちんと求婚してないな、とバレバレだった。

 

「二人だけの秘密にできるなら、考えた方が良いかな」


 アルヴィン殿下も助け舟を出してくれて、にこやかにユシーナ王女へと言う。


「まあ、それは嬉しいですわ。でも秘密にできるかしら。ナタリアは、秘密にしようって二人で話し合ったのですか?」


 ああ、好奇の視線が戻ってきた、とナタリアは内心溜息をついた。しかし、表情だけは平常心を装い『話し合ってはいませんよ』と答えた。

 

「では、これが阿吽の呼吸と言うものなのですね。素晴らしくお心が通じ合っていらっしゃる」


 ナタリアがぼやかして答えるほど、ユシーナ王女の中では夢と感動が膨れるようで、より一層キラキラと目を輝かせる。

 ああ、どうしよう、とナタリアが窮地に立たされたとき、最後の助け舟を出したのは、三の橋の握手の時にユシーナ王女の護衛についていた一人だった。


「国王陛下へお渡しする本日の報告書が終わってません。お部屋で書き上げた方がよろしいかと」

「ああ、そうでしたね。報告書を書かないといけないのでした。残念ですが、続きはまたお聞きしたいですわ」


 渋々立ち上がったユシーナ王女は『申し訳ありませんが、お先に』と退室した。

 どっと疲れが出たのはナタリアで、思わず大きく息を吐いた。


「ナタリア、すまないね。あの子悪気はないんだ。昔から知りたいことは聞かないといられない子なんだ」


 アルヴィン殿下が申し訳無さそうに言う。

 そう、悪気がないのはわかる。だから返事に困るのだ。


「大丈夫ですよ、わかっています。好奇心が旺盛なんですね」

「うん、そうなんだよね。なんか、二人共ごめんね」

「大丈夫ですから、謝らなくて良いんですよ。ああ、でも今日は疲れたので私もお先に」


 ナタリアが立ち上がると、テオドールも『では私も』と立ち上がった。すると殿下が慌てて声を掛ける。


「もう護衛隊長の仕事は終わったから、明日は休みで良いからね」


 

 テオドールは求婚をしていない気まずさに、どうしたら良いか頭を悩ませながらナタリアと廊下を歩いていた。

 求婚しなくちゃ、という衝動にかられていても、この場でするわけにはいかない。ここは廊下だ。職場とあまり変わらない。求婚はするべきだが、ユシーナ王女の口ぶりだとシチュエーションも大切らしい。

 う〜んう〜んと頭を悩ませていると、それがナタリアに伝わったのか『大丈夫ですよ。求婚はされましたから。内緒にしているだけですよ』と慰められた。

 微笑むナタリアに、テオドールはますます申し訳なく思う。幸い明日は休みをもらえた。ナタリアと何処かへ出掛けようかと思い誘ってみたが、舞踏会の準備があるから明日は出掛けない、と断わられてしまった。

 あの感じだと、明日も懲りずに聞いてくるだろう。

 さて、どうしたものか。

 ナタリアを部屋の前まで送り、ナタリアが部屋に入るのを見届けると、テオドールも部屋へと向かった。

 シチュエーション、求婚の言葉、テオドールがどんなに考えても、これだという正解が出ないまま眠ってしまった。


 平和祭り最終日。

 十八時から舞踏会が始まるが、女性達は支度のために、午後はほぼ自由時間がない。

 座っていれば良いだけだが、その座っているだけが疲れる。

 一口サイズに切り分けたフルーツやサンドイッチ等をつまみながら、時々『う〜ん』と伸びをする。

 今日は舞踏会に参加しないディアーズが話し相手として側にいるが、そのディアーズからは、やはり昨日のユシーナ王女との会話について聞かれた。

 

「まさかとは思うけど、テオドール様は求婚してくださって無いのかしら」

「求婚はされましたよ」

「ホークムーンに来た日の紹介所なんて言わないわよね」

「秘密です」

「肯定したわね」

「秘密ですよ」

「この状況下での秘密は、肯定と受け取られるのよ」

「······」

「無言もね」

「······」

「もう、テオドール様ったら、何してるのかしら」

「でも、結局結婚することになったので、もういいかという気がしますよ」

「ええ?諦めているの?」

「そういうことではないけど。そういえば、お義姉様はお兄様から求婚されました?」

「もちろんです」

「どんなシチュエーションで、何て言われました?」

「ふふっ、秘密よ」

「秘密ですか」


 頬を染めて笑うディアーズを見て、これが本当の秘密なんだなとナタリアは追求をやめた。


 部屋の片隅には、明後日王都へ発つ荷物が置かれている。まだドレスは用意していないので、荷物はさらに増えるのだろう。

 タウンハウスからは、いつまで滞在しても良いように準備はできています、と手紙が来た。ドーレ家の使用人は働き者ばかりのようだ。

 まさか自分の結婚の話をする為に、王都へ発つ日がくるとは思わなかったが、あっという間に出発直前だ。

 結婚は決まっているのだから、考えることではない。理想と現実に乖離があっても、それは他のことでもあることだ。

 ナタリアはモヤモヤする気持ちを押えつけ、果実水を一口飲んだ。

 いつもと同じ果実水の筈なのにやけに甘く感じたナタリアは、メイドにハーブティーを淹れてもらい、薫りで心を落ち着けた。






 更新は毎日12時を予定しています。


 読んでいただき、ありがとうございました。

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