あざとく甘える
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殿下が到着する日は、ナタリアもお迎えの為に紹介所は休んだ。
十四時過ぎに到着した一行を、先発隊とドーレ家が出迎える。
近衛騎士と護衛騎士は先発隊の指示の下、それぞれに割り振られた部屋へ向かい、殿下はテオドールが先導して城の客間へと入った。
「すっかりドーレ家の一員だね、テオ。部屋もナタリアの隣だって?」
「相変わらず殿下の情報は早いですね。ケネスから伝わりました?」
「うん、婚約直後に孕まないように目を光らせているって言ってたね」
「まったく。私だって弁えてます」
「ナタリアはその方面には疎そうだ」
「疎いでしょうね」
アルヴィン殿下は、城から連れてきた侍女が淹れたお茶を飲むと『ナタリアを呼ぶように』とドーレ家のメイドに言う。
テオドールは殿下の前に座りお茶を飲んでいた。
今は殿下の護衛ではないので、座ってお茶に付き合えと言われたからだ。
呼ばれたナタリアはすぐにやってきて、殿下に促されるままテオドールの横に座った。
「ナタリア、おめでとう。まさかうけるとは思わなかったから驚いたよ」
「殿下はうけない見合いを勧めていたんですか?」
「いや、去年までは本気で相手を探していたけど、テオドールは自分で陛下に直談判して決まったからね」
「え?そうなの?」
「最初から本気で押されたんじゃない?」
「あ〜、まあどうでしたっけ」
「ナタリア、決めるの早すぎない?大丈夫?」
「殿下、リアを変な方向に誘導しないでください」
テオドールが慌てて口を挟む。
「ふふっ。リアだって。好きが溢れちゃって仕方ないね、テオ」
「どうせその呼び方も伝わっていたのでしょう?」
「まあね。テオは未だにテオドールって呼ばれているんだって?ねえ、ナタリア、テオって呼んであげなよ」
「今ではありません!」
「なあに?二人きりの時とか?さすがに二人きりの時の情報は来ないなぁ、残念だ」
「もう、やめてよ本当に」
「ふふっ、嫌だよ。暫くこれで遊ぼうって決めてきたんだから」
「ユシーナ王女に、アルヴィン殿下は性格が捻くれているって言うわよ」
「え、それは困る」
「じゃあ、わかっているわよね」
「私を脅すなんて、ナタリアくらいだよ」
「脅してなんかいませ〜ん」
「はははっ、良いねぇ、学園時代を思い出すよ。これからは頻繁に王城へお茶においでよ」
「ユシーナ王女がお呼びになったら、王女に会いに行きますよ」
「あの子、ヤキモチ焼かないかな?ほら、今だってテオが酷い顔して見てる」
ナタリアがテオドールを見ると、ほんの僅か眉間に皺がよっているが、酷い顔というほどではなかった。
目の前のやり取りを、テオドールは懐かしく思いながらも少しだけ苛つきながら見ていた。
殿下が学生時代、殿下がナタリアとお茶を楽しむ時、二人は軽口を楽しんでいた。
当時テオドールはそれを見ながら、自分にも異性の友達がいたら、このように会話が出来ただろうかと考えていた。
学園在席時のテオドールは婚約者がいたが、自分に話しかけてくる女子生徒は大半がその座を狙っていた。
最初は普通の会話だが、二度三度と話すうちにベタベタと触られたり、体を押し付けてきたりされる。
あまりに頻繁なので、入学早々に女子生徒との交流をやめたほど面倒だった。
火遊びをするつもりもないし、婚約者に疑われるのも嫌だった。
殿下にも色目を使う女子生徒はいたと報告はされている。そして、殿下も自分と同じく面倒に思って、表面的な会話しかしないと聞いた。
しかし、ナタリアだけは殿下が態々王城へ呼び、お茶と会話を楽しむ。
テオドールが見ても、ナタリアは殿下に媚を売ることはなく、普通の友人としての付き合いだった。
こういう女子生徒は、自分の周りにはいたのだろうか。自分もナタリアと同じ年なら良かったのに、と何度か考え、あの時、二人の関係性を少しだけ羨ましく思っていた。
今、二人はあの時と変わらないように見える。
ナタリアは、殿下に対して砕けた言葉で喋る。未だに自分にはそのように話してはくれないのに。
子供の頃からの、そして学園時代の距離感はいつまでも変わらない。
テオドールはそれが羨ましくもあり妬ましくもあった。
どうやら表情に出てしまったか、とテオドールは軽く息を吐いて平常心を心掛けた。
夕食後の談話室で会話を楽しむということも殿下は知っていて、今夜からは自分も加わりたいと言う。
今夜はテオドールとナタリアはいない、町で同僚達が食事会を開いてくれるから、夕食は城で食べないと伝えると、殿下は嫌そうに顔を歪め『明日は一日ナタリアを貸しなさい』とテオドールに言う。
テオドールが『一日は長すぎる』と言っても『一日くらい良いじゃないか』と譲らず、結局明日はナタリアが殿下のお相手をすることになった。
同僚達との食事会の店までは、馬車で行くことになった。
テオドールと二人で馬車に乗り、店へと向かう。
少し余裕をもって到着したが、自分達が最後で拍手で迎えられてしまい、ナタリアは顔を赤くしてしまう。
反対にテオドールは嬉しそうに笑みを浮かべ、用意された席へとナタリアをエスコートした。
ランバンが代表して祝いの言葉を述べた後、テオドールとナタリアがお礼の言葉を伝えた。
ナタリアは泣きそうになるのを堪えつつ『また帰ってくるから!』と言うと『出戻りは駄目よ!』と声が飛ぶ。それを皆で笑いながら、楽しい食事会となった。
ナタリアは席を移動して、ランバンの奥さんやジュードの奥さんとも話をした。ジュードの奥さんには妊娠のお祝いの品も渡し、来年の平和祭りには赤ちゃんを抱っこさせてね、と約束する。
ふと見ると、同じように席を移動していたテオドールが、ベイジルと笑いながら話していた。
いつの間に仲良くなったのか、とナタリアは不思議に思ったが、ラトリッジ商会とは今後も付き合いがあるだろうから、とナタリアも側に行った。
「ああ、ナタリア様。この度は本当におめでとうございます。そしてお二人のおかげで、私もここでの仕事がしやすくなりました。ありがとうございます」
礼を言われても、ナタリアは何のことかさっぱりわからない。
テオドールを見ると『まあ、良いんじゃないか?』と笑顔を向けられた。『よくわからないけど、良かったです』とナタリアが答えると、ベイジルは楽しそうに笑って『王都のお二人の新居は、ラトリッジ商会が責任持って調えますので、何でも仰ってください』と胸を叩いた。
聞くと、ラトリッジ商会がホークムーンを出発する日はナタリアと両親が出発する日と同じだった。
きっと旅程も同じなのだろう。
一緒に出発するなら、ドーレ家の皆様が乗った馬車に結界を張りますよ、とベイジルが言うと、テオドールが顔を強張らせ、その様子を見た周りが大笑いする。
ベイジルは、とても楽しかった。
こんなに楽しい食事会は、生まれて初めてかもしれないとさえ感じた。
目の前にはテオドールとナタリア。
ナタリアと結婚したいと思っていた筈なのに、テオドールとナタリアが婚約したことを心の底から祝福している。ナタリアを守りたいと思っていたのは本当なのに。
ただ一つ、これが良かったことは解る。
この二人だからこのように皆から祝福され、楽しい食事会が開かれたのだから。
テオドールとも距離が近くなり、昔からの友人のように会話をする。公爵家嫡男でありながら身分に頓着しない人柄は、ナタリアに相似していると思う。
ベイジルは、たとえ仕事を介してでもこの二人と長い付合いができるのなら、楽しいことだろうし幸せだと感じていた。
十八時からの食事会は、お店の好意で何時まででも貸切で良いと言われ、ジュードと妊娠初期の妻は先に帰ったが、他は皆離れがたく、結局店を出たのは二十二時を過ぎていた。
ここの支払いは『婚約破棄の慰謝料』を使う!とナタリアが宣言し、お祝いの席なのに慰謝料ってどうなの?と突っ込まれる。しかしナタリアが強硬に『こんな時に使わないでどうするの!交際費でいけるわよ!』と押し切り、結局ナタリアの言う通りにした。
皆口々に『ごちそうさまでした』とナタリアに礼を言うが、ナタリアは『まだまだ沢山残っているからね』と笑って流していた。
お酒が入りほんのり赤くなったナタリアの肩に、テオドールは酔ったふりをして頭を預けた。
「あら、酔っちゃったのかしら」
ナタリアがテオドールの腰にかけて手を回し、体がぐらつかないように支えた。テオドールはそれが嬉しくなり、まるでレイソンのようにナタリアの肩に額をグリグリと押しつけた。
「もう帰りましょうね」
優しい声が耳の近くで聞こえ、テオドールの顔は赤くなる。
テオドールより三十センチは背の低いナタリアに甘えるように歩きながら、外の馬車へとゆっくり歩いた。どこかから『あざとい!』と聞こえた気がするが、きっと酔っているから幻聴だ、とテオドールは楽しかった。
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