一点物との出会い
その頃ナタリアは、ジュードにあの気持ちの違いについて相談していた。
ジュードに、と言っても結局メリッサもランバンも話に入るので、四人で···なのだが。
「なるほどね~、前の婚約者は好きだったけど、クレメンス様とは違うとねぇ」
「そうなの。クロノスのことは好きだったと思うのよ。婚約破棄の時は寂しかったし。でもね、テオドール様はなんか違うのよ。テオドール様を思い出すとフワフワって感じるとか」
三人は『惚気かな?』と最初は思ったが、どうやらナタリアは本当に違いを知りたいようで真剣だ。
「ええと、例えばですけど」
ランバンが言う。
「所長が前の方と婚約したのは十一歳でしたっけ?
そこから親交はあったわけだし、嫌いになる理由はなかった訳ですよね。だから、考えられるのは、前の方とはもう家族のような感覚というか、恋とは違うのかな、と」
家族のような感覚、と言われてもよくわからない。
兄ケネスに対して『好きだな』と考えたことはないし、父に対してもそうだ。
どうやら納得していないと気付かれたのか、メリッサが『それなら友情とか?』と言う。
「友達なら、この人好きだなとかこの人は嫌いだな、とか考えたりしますよね。好きだと思ってもフワフワしないし」
成程、それが一番近いかもしれない。
「婚約破棄の時に寂しかったのは、友達が突然領地に帰ることになって、もう二度と会えないことになったから、とか?」
ああ、それは確かにそんな感じかも。
ナタリアはクロノスへの感情で、一番納得できる答えを知った気がした。
「それが一番近いかもしれないわ。友情だったのね」
「恋を知らないうちに婚約者を決めるのって、こんな弊害もあるんですね」
「弊害?」
「友情と恋の違いがわからないって、ね」
「でも、クレメンス様と出会えて良かったですよ。所長、一つ大人になりましたね」
最後は三人にからかわれてこの話は終わった。
今日は警備の応募者が五人来た。
しかし、五人共なぜか終業間際に来て、手続きが終わるまでに時間が過ぎてしまい、迎えに来たテオドールを待たせることになった。
五人目の手続きを終え、いつものように帰り支度をして三人と別れた。
「忙しかったのですか?」
「いえ、ずっと暇だったんですが、最後に五人まとめて来たんです。手続きの書類は確認の時に必要なので、間違いの無いように作らなくてはいけないし、お待たせしてすみません」
「気にしないでください。書類といえば、結婚に関して何か書き残しておきたい条件はありますか?あれば婚約の提出書類に添付しますので」
「条件···」
貴族は政略結婚が普通なので、条件がある場合書類に添付するそうだ。
「私は今のところ無いですね。公爵家はありますか?」
「公爵家としても私個人としてもありませんよ。城へ戻ったら二人で辺境伯に聞きましょう」
前回の婚約はナタリアが子供の頃に決められたので、条件があったのかも知らない。
父に聞けば教えてくれるだろうが、今更聞いたところで、とすぐに考えるのをやめた。
城へ着いたナタリアは着替え、テオドールと辺境伯の執務室へ向かった。
執務室では辺境伯夫人がお茶を入れていて、辺境伯は二人をソファへ座るように言い、すぐに書類を片付けて二人の前に座った。
テオドールは早速持ち帰った書類を辺境伯へ渡し、婚約における条件はないか尋ねた。
辺境伯は暫く考えていたが、特にないとのことで、すぐにサインに取り掛かる。
近日中に再度王都へ向かい書類を提出してくる、と伝えると辺境伯は執務机の抽斗からポーションを二瓶取出し、ぜひ使って欲しいとテオドールに渡してきた。
明日は土曜日。城は休日の書類提出は受け付けていない。その為、早くても月曜日だ。近日中と伝えたのはその為だった。
団長からもらったポーションはあと一瓶残っているが、今夜寝る前に飲むつもりだったので追加がもらえるのは嬉しい。
テオドールはありがたく受け取った。
それから書類の一部を辺境伯の控えとして渡し、テオドールは二部受け取った。
辺境伯はテオドールに今後についての話をしたいので、平和祭りが終わったら王都へ行きたい。公爵家と顔合わせもしたいと言う。
確かに婚約の書類を作っても、その後の結婚に関して何も決めていなかった。
前回の婚約は親が決め、全て調ってから決定事項として伝えられていたので、あまり考えていなかったが、やることは沢山あるのだな、とテオドールは改めて気がついた。
テオドールは父に伝えると返事をし、遅くなりましたが、と前置きをして姿勢を正した。
「この度は突然の申入れにも関わらず了承をいただき、ありがとうございます。私はナタリア嬢を大切にすると約束いたします。どうぞよろしくお願いします」
辺境伯夫妻へ頭を下げるテオドールに、隣りにいるナタリアは驚きと共に感激した。
昨夜、話を進めると言っていたし、こうして書類も出来上がった。このまま流されるように公爵家へ嫁ぐのだろうと思っていたのに、テオドールはきちんと挨拶をしてくれた。
親達が決めればこんなことはないが、今回は政略結婚ではない。それをふまえてテオドールは両親へ頭を下げてくれたのだろう。
辺境伯も胸に来るものがあったのか、頭を上げてください、と言う声は少し震えていた。
「二人が決めたことだから、私は何も言いません。テオドール殿、ナタリアは甘やかして育ててしまいました。しかし、私達には可愛い娘です。どうぞよろしくお願いします」
今度は両親が頭を下げる。それを見てナタリアもテオドールに頭を下げた。
テオドールは三人に頭を上げてくださいと言い、その後は和やかな雰囲気で会話を楽しんだ。
夕食もその後の談話室も、もうすっかりテオドールがいて当たり前で、まだテオドールがドーレ領へ来て二週間とは思えない。レイソンがテオドールに抱っこをせがむのも、見慣れた光景になった。
しかし、ナタリアは自分の周りで話がどんどん進むので、まるで他人事のように感じてしまう。
確かに話を進めて欲しいとは言ったが、なんだか少し早すぎて置いていかれている感じがする。
そんな中、テオドールは両親へ挨拶をしてくれ嬉しかったが、ナタリアはやはり少し孤独な感じがした。
なんとなく寝覚めが悪かったナタリアだが、今日は土曜日。
テオドールからオイルランプを買いに行こうと誘われていた。
ナタリアは頭の中で品揃えの豊富な店を考える。
少し城から離れた場所にあるその店へは、紋章のない馬車で向かうことにした。
支度を終えたナタリアが玄関ホールに着くと、既にテオドールが待っていた。
二人で馬車に乗る。テオドールはナタリアの前に座った。
二人きりでの馬車はまだ慣れないが、緊張しながらも会話は続いた。
テオドールが聞き上手なのね、とナタリアは思った。こんな話題は楽しくないかもしれない、ということをナタリアが話題にしても、テオドールはうんうんと聞いてくれて、しかもその話題を広げてくれる。
そうして会話が続き、今もあっという間に目的地へ到着した。
テオドールが降り、ナタリアをエスコートした。
町民は二人の成行きをまだ知らないが、上手くいっているらしい様子に微笑ましく見守っていた。
店に入ると目的のオイルランプの他食器類等もあり、見ているだけでも楽しくなる。
まずオイルランプを探す。すぐに見つかったが種類が十もあり、少し悩んでしまった。
結局、品良く大きさも程良い物を購入した。
これは直接紹介所へ送ってもらうことにする。
二人はさらに店内を楽しむ。
奥は少しお高めの商品が揃っていた。
ナタリアはある商品が気になった。
それはガラスペンで、持ち手の部分に蒼いラインが入っていて、金粉が少しのっている。
このような商品で、青はあっても蒼はあまり見たことがない。
店員がナタリアの近くに来て『お気に召しましたか?』と聞く。『気になりますね』と答えると『こちらは一点物です。似たものは今後も販売するかもしれませんが、同じ物はできません』と言う。
ナタリアは購入を決め、これも紹介所へ送ってもらうことにした。
テオドールは違う棚を見ていて、こちらのやり取りには気がついていない。
ナタリアはテオドールの隣へ行き『何かありましたか?』と聞いたが、テオドールは『興味深いものが沢山ありますね』と言うだけで何も買わなかった。
二人は店を出て、先週の植物園の後に行った店で昼食にすることにした。
雑貨屋からその店までは馬車で移動した。
昼食にはまだ少し早かったせいか客は少なく、店員は一番奥の席へ案内する。
テオドールは鶏肉がメインのランチセットを、ナタリアは魚がメインのランチセットを頼んだ。
「先程の雑貨屋は沢山取扱っているようでしたね」
「あのお店は、この町で一番多くの種類があって、しかも職人と直に取引しているようで、お値段もお手頃なんですよ」
「成程、目的もなく入ってしまうと、あれもこれも欲しくなってしまいそうな店でしたね」
「ふふっ、誘惑されてしまいますよね」
実際、一点物を衝動買いしたナタリアは、自分は店の狙い通りだったなと笑ってしまう。
なんとなく気持ちが沈んでいたナタリアだったが、少し浮上したようで、その後は食事も会話も楽しんだ。
デザートもしっかり堪能した二人は、馬車で城へ戻った。
城へ戻ると時間はまだ十四時。玄関ホールで二人は別れたが、ふと思い立ったナタリアは、ラトリッジ商会の馬車の結界を解いてもらおうと、魔法師団の団長を訪ねた。
団長は執務室にいて、土曜日だというのに書類と格闘していた。
「お、嬢ちゃん、案外早く解除できたね」
ナタリアの顔を見るなり笑いながら団長が言う。
「思いもよらない条件でしたね」
「まあ、あいつの優しさだろうって」
「そのへんはよくわからないけど、でも解除できて良かったですよ」
「今回は馬車のことか?ちょっと待ってもらえるか。もう少しで終わりそうなんだ」
ナタリアは団長と自分のお茶を勝手に淹れ、ソファに座って暫く待っていた。
団長が書類を括る音と、ペンを走らせる音。それだけが小さく聞こえる室内は、ナタリアの心を落ち着けてくれた。
ナタリアと団長は荷馬車へ向かうと、団長があっという間に結界を解く。
メイドが用意したランプを持ち、中へ入って品物を見て、仕入れる物と数をメイドに伝える。
十分程度で確認は終わり、団長はまた結界を張った。
荷馬車の前で二人は別れたが、団長から『おめでとう。何も考えずに幸せになれよ』と言われた時に、ナタリアは思わず泣きそうになってしまった。
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