書類作成
紹介所の裏口では、今日も三人が待っていた。
あまり連日待たせるのも良くない気がして、ナタリアは三人に合鍵を渡すことにした。
それとともに、魔導ランプをやめオイルランプを使用することにすると伝える。
メリッサとジュードは驚いていたが、ランバンの『所長がいないと紹介所が開かないのは困りますからね』との言葉に深く頷き、一日も早く導入してくださいね、と催促までされた。
テオドールは、明日にでもオイルランプを買いに行こうとナタリアを誘い、ナタリアもそれを了承する。
その流れるようなやり取りを見た三人は、これは良い感じだと密かに喜んでいる。
そしてやはりナタリアの好みは騎士だったか、と思った。
一年目の騎士は、単なる理由づけだったのかもしれないが、長男ということで断っていた。
二年目の文官は全く相手にされていなかった。
昨年のベイジルは、益をもたらすと言われて悩んでいたが、三人は見た目もあるのではないか、と思っていた。
ベイジルは剣術も優れているそうで、見た目だけなら騎士のようだった。
ドーレの騎士団では、このまま決めても良いのではと言う者もいたらしい。
しかし、騎士ということならば、今年のテオドールは誰からも異論は出ない程の人物だ。
剣術のみならず、魔法に関してもかなりの魔力量も持ち、ドーレの魔法師団からも一目置かれているらしい。
町の酒場で魔法師団の若いのが、そう言っていた。
そういうことをふまえた上で、三人がテオドールが良いと思っているのはナタリアに対する態度だった。
テオドールのナタリアだけに見せるあの甘い笑顔は、意識してできるものではないと感じている。
この人ならナタリアを幸せにしてくれるのではないか。
テオドールという人物に会ってまだ二週間も経っていない三人だが、そう確信を持っていた。
きっと話がまとまるまでにはもう少し時間がかかるだろう。
きちんとした形になるまで、ナタリアを守りたいと三人は決意した。
テオドールはいつもより少し早めにドーレ城へ戻った。
ドーレ騎士団と魔法師団との打合せの資料に再度目を通しておくためだった。
打合せ場所は魔法師団の団長執務室。九時からの予定。
そういえば団長に指輪が外れたことを伝えていなかった、ということを思い出したテオドールは、少し早めに執務室へと向かった。
ノックをし入室すると、やはり団長以外はまだ誰も来ていなかった。
「先日はありがとうございました。無事に指輪が外れました」
テオドールは胸ポケットから指輪を出して見せ、魔法師団長に礼を言う。
「ああ、そうか。外れましたか。早かったなぁ。ナタリア様に何か言いました?」
団長は苦笑いしながらテオドールに聞いてきた。
「他言無用とのことでしたよね。何も言ってませんよ」
「そうか。それにしても、もう少し時間がかかるかと思っていた。おめでとう、で良いんですよね」
「ありがとうございます。この打合せが終わり次第、父に報告して形にするつもりです」
「随分と急いでいるね」
「ちゃんとした形にしないと。掻っ攫われると嫌ですから」
「ベイジルに聞かせたいもんだ」
「団長は、随分とベイジル・ラトリッジに肩入れしていませんか?」
「ああ、仕方ないだろう?あれに魔力制御を教えたのは俺だから」
「そうなんですか?」
「ああ。もう十五年くらい前か。突然あの親子がここへ来て、助けて欲しい、と悲痛な顔をして頼んできた。辺境伯に聞くと、一ヶ月くらいかかりきりで教えてやるように、と言われたので教えた」
それならば、きっとかなりの思い入れがあるだろう。
「ナタリア様のような裏表のない娘は、そうはいない。だけど、上手く行かないもんだな。ナタリア様はクレメンス様を選んだ」
団長は書類の束を机にトンと落とし、ペンとインク壺を片付ける。
「でも俺はドーレ魔法師団の人間だから、やっぱり最後はナタリア様が幸せになれば良いんだ。だからクレメンス様、よろしくお願いします。ナタリア様を幸せにしてくださいよ」
「約束しましょう。私がリアを幸せにする。毎年平和祭りには戻って来るから、確認してくれても良い」
団長は欲しい言葉を引き出したことに満足したのか、これをどうぞ、とポーションを二瓶差し出した。
「ドーレ魔法師団のポーションは、効果が高いんですよ。苦いけど」
テオドールは遠慮なく受け取る。
見計らったように扉がノックされ、騎士団長、ケネス、先発隊の三人が入室する。
ケネスが目敏くポーションを見つけ、
「ここで保管してるポーションは、濃度が少し濃いんだ。だから飲みづらいけど効果は通常より高いからな。あっちでちゃんと飲めよ」
「気を使わせて悪いな。ありがたく貰っていくよ」
そこからは仕事の話が始まった。
三の橋を一時的に強化したり結界を張る、それらは魔法師団が直前にする。今回はテオドールがいるので、有事の際は殿下とあちらの王女を連れて転移をする。転移先はひとまずドーレ城へ。その後の状況次第で再度転移になるので、常にポーションは持ち歩くように。
こういった打合せは、かつて戦地だったドーレでは代々行われてきたそうだ。自分に関係ない内容であろうと、上層部は知っていないと動けなくなると。
今回、王都からの近衛騎士と護衛騎士は平和祭りの前日までには到着する筈だ。彼等には自分の持ち場の話しかしないが、上層部はその場に応じて指示を出す。
平和祭りと言う名の通り、無事平和に終わるように。
ここにいる者達が『あの打合せは無駄な時間だった』と終わってから笑えるように、今は綿密に話を進める。
打合せが終わったのは十二時を過ぎていた。
ケネスからの提案で、テオドールは昼食の後に王都へ行くことにした。
先程団長から渡されたポーションは二瓶とも持ち、テオドールはケネスの執務室から王都の自室へと転移した。
王都の自室は、メイドにより綺麗に保たれていた。
テオドールは父の執務室へと向かい、息を整えてからノックをした。
すぐに返事があり入室すると、父は驚いて『どうした?』と聞いてくる。
テオドールは『良い話を持ってきた』と、ナタリアから婚姻に関して了承を得たことを話すと、父はさらに驚愕の表情をし『ナタリア嬢は難攻不落と聞いていた···』と信じられないようだった。
「父上には突然で申し訳ありませんが、一刻も早く王城へ婚約の書類を提出したいと思っていますので、作成をお願いします。その書類を辺境伯へ渡し、サインを頂き次第また来ます」
「わかった。今からすぐに取り掛かるから座って待って居ろ。詳しい話は、お前が平和祭りのお役目が終わってから聞くことにする。兎に角おめでとう」
クレメンス公爵は、書類の作成に取り掛かった。
内容は『テオドール・クレメンスとナタリア・ドーレの婚約が相成りましたので、ご報告申し上げます』その文章の下に日付、公爵のサイン、そしてその下に辺境伯のサインが入れば提出可能になる。これを三部。王城への提出用、公爵家、辺境伯家の控えである。
家格が上位の者が書類の作成をすることになっているので、この場合公爵家が作成しなくてはいけない。その為、この書類を持ちテオドールはドーレ領へとんぼ返り、そしてまた王都へ来ることになる。
テオドールは、父が書類を作成している間にポーションを一瓶飲んだ。
濃度が濃いとの話だったが、サラサラとした液体で流れるように口に入るが、確かに苦味が飲みづらい。しかし、二分もすると魔力が回復しているのが実感できた。この様子ならもう一瓶は飲まなくても良さそうだ。
「婚約、結婚に関して何か条件はあるか?」
父が聞いてきた。
そういえば、急いでいたから辺境伯やナタリアに聞くのを忘れていた、とテオドールは気がついた。
「そこの話はすっかり忘れていました。すみません。あちらへ戻りましたら話を詰めます。父上は何かありますか?」
条件がある場合は、書類に添付することになっている。
「公爵家からは特にない。お前はあるか?」
「いえ、私もありません」
「では辺境伯とよく話をするように」
父が書き上げた書類を三部テオドールに渡す。
王都へ着いてからまだ十五分程だが、テオドールがソファから立ち上がる。
「待て、母には会わないのか」
父が側に控えていた侍従に指示を出すと、すぐに母がやって来た。
やはり母も驚いていたが、それ以上に喜びが勝ったようで、あれこれ聞いてきた。
気が急いていたテオドールは『詳しくはまた次回』と話を区切り、お茶を一杯飲んでドーレ領へと戻った。
テオドールはケネスの執務室へと戻り、辺境伯へ条件はないか話を詰めると言い、部屋を出ようとした。
しかしケネスに『ナタリアもいる方が良いだろう』と止められ、ソファに座れと言われた。
「体調はどうだ?」
「向こうでポーションを一瓶飲んだ。即効性だな。数分で回復を実感できた。今は魔力残量は三割くらいか」
「魔力量凄いな。三割残っているのか。しかし少しゆっくりしていろよ、ポーション飲まないならな。明日にはフルになりそうか?」
「たぶん大丈夫だろう。何かあるのか?」
「いや、お前のことだから無茶しそうだと思って」
「確かに急いで提出したいからな。その後にベイジルとの商談も残っているし」
テオドールとしては、さっさと指輪を返して、商談も終わらせたいと思っている。
ナタリアを迎えに行ったら、そのまま辺境伯の執務室へ向かい話をしようと決めた。
ケネスは『今日はもうこっちの書類は見ても頭に入らないな』と言い、テオドールと先発隊を連れて、三の橋に向かい現地での配置や有事の際の動き等を確認しに行った。
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