ライバル襲来
ケネスとテオドールはいつも通りに施錠し、城まで歩いた。
ケネスは途中で『来ましたね、大丈夫でしたか?』と、町民何人かに聞かれた。
この町の民は、ケネスにも気負うことなく話しかける。馴れ馴れしい訳ではない。そこには、領民を気にかける領主一家に対する敬愛が根底にあるのだろう。
一朝一夕には構築できない関係が見えるこの町を、テオドールはとても好きになった。
城へ着くと、玄関ホールにレイソンとナタリアがいて、レイソンがケネスに向かってパタパタと走り寄った。
「ただいま、レイソン。いい子だったか?」
さっと抱き上げ声を掛ける。
「うん、いいこ」
「やっぱり父親が一番か」
テオドールが笑いながらレイソンに話し掛ける。
レイソンはテオドールに向けて体を捻り、両手を広げて抱っこをせがむ。『余計なことを言うんじゃない』とケネスが言いながら、テオドールにレイソンを渡す。
穏やかな光景に、使用人達も目を細める。
「やはり、来たぞ。ナタリアに会いに来たとはっきり言った」
ケネスがナタリアに向かい伝えた。
「え?本当に来たんですか?」
「ああ、今年はゆっくりすると言っていたな。ナタリアは見合い相手と交流しているから、と相手はしないと仄めかしておいた」
「もう、大丈夫でしょうか」
「今日はあえてテオドールを会わせなかった。明日はお前の側にテオドールがいるから、お前は心配するな」
「リアは商談だけを考えてください」
「わかりました。明日はよろしくお願いします」
ナタリアは自室へと戻り、ケネスとテオドールはレイソンを連れてケネスの執務室へと向かった。
仕事の資料を置いた後、三人は談話室へと移動し、夕食までレイソンのお絵描きに付き合った。
夕食時は、ベイジルについて話題に上った。
「テオドールは声だけ聞いただろう?見た目は、商人にしておくのが惜しい程の体躯の持ち主だ」
「そうだな。あの男は剣術もそれなりだとは言っていたな」
「去年はドーレの騎士団と訓練していましたね」
「騎士団の中には、ナタリアと結婚したら毎日一緒に訓練しようと言う奴もいたな」
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ということだろうな。ナタリアを落とすには周りから攻め落とす策だったんだろ?」
「先走りが無ければ、ナタリアはまんまと討ち取られていたかもしれませんね」
「え?皆そんな目で見ていたの?」
「殿下は、随分とナタリアの好みを知り尽くしている、と驚いたくらいだよ」
「だから去年は、ナタリアが選んだのなら仕方ないか、と思って見ていたんだけどね、今年はテオドールだろ?皆、テオドールを応援してるから頑張れよ」
テオドールは、じっとライバルの情報に耳を傾けていたが、応援していると言われ嬉しく思った。
「ありがとう。リアに選んでもらえるように頑張るよ」
テオドールはナタリアを見て微笑む。
テオドールと目が合ったナタリアは、顔が熱くなるのを感じて俯いた。
昨日からテオドールの顔をまともに見れない。
テオドールに微笑まれると、顔が熱くなり胸がドキドキする。
物語では『胸がドキドキする』なんてことが書いてあったが、本当にそうなることを体感し、本ってすごい勉強になるなと変な所に感心した。
テオドールは、すぐに俯いてしまうナタリアに寂しさを感じつつも、頬が赤くなった様子を見て、嫌悪されている訳ではないと少し安心する。
可愛いと思うが、急いては事を仕損じる、去年のベイジルを教訓に、少しずつ距離を縮めたいと考えていた。
ナタリアは、食後の談話室は遠慮した。
明日に向けての緊張もあったが、今日はレイソンと一日遊んで疲れてしまった。
たった一日だったけど、レイソンに合わせて立ったり座ったり時には走ったりで、兎に角疲れてしまった。
こんなに疲れることを、身重のディアーズにはさせられないと頑張った結果、早くベッドに入りたいと思うくらい体が重く感じ、談話室は遠慮した。
談話室はケネスとテオドールの二人。
「リアは大丈夫なのか?随分と疲れた様子だったが」
「ディアーズの負担を減らそうと、今日はずっとレイソンにかかりきりだったようだ。疲れもするだろう」
「病名は何だったんだ?」
「病名?う〜ん、病名ねぇ。病気とは聞いていないがねぇ」
「公爵家のお抱えの医師に見せようか?」
「いや、我が家で世話になっている医師も、かなりの腕前だぞ。魔力の流れも見てもらえるし」
「それだけの腕前で診断名がつかなかったのか?」
「いや、診断名っていうか、まあこれだろうって原因はわかったんだけど、あまり聞くな。今は私の口からは何も言えない」
「いつなら教えてもらえるんだ?」
「時が来たらだな」
「その時はいつだ?」
「神のみぞ知るってとこだな」
「おい。ふざけないでくれ。心配なんだ」
「ふざけるつもりはないさ。ただ、今は言えない。悪いな」
「悪い病気ではないんだな?」
「ああ、それは大丈夫だ。安心して良い」
ケネスは、目の前の男が無自覚のうちにナタリアを落としつつあることに、そしてそれに気が付かないことに、可笑しさを堪えるのが精一杯だった。
二人共、歳ばかり重ねて随分とそっちには疎い。
ナタリアは初恋らしいし、できれば早く二人がくっついてくれると良い、とケネスは心の中で応援した。
翌朝、ナタリアはスッキリと目が覚めた。
頭の中もスッキリとして、ベイジルと会うということにも『出たとこ勝負』と覚悟ができていた。
朝食時に顔を合わせたテオドールは、そんなナタリアの心中などわからず、昨日よりも明るい様子に『もしかすると、ベイジルに会えるのか嬉しいのか?』と不安になった。
どうやらナタリアの好みは騎士のようだ。それならば自分も大丈夫。しかし、自分はそれだけだ。ベイジルのようにドーレに利益などはもたらせない。
テオドールは、いよいよ対面するライバルに、気を抜いてはいけないと気持ちを引き締めた。
今日もナタリアは仕事を休む。
ケネスが一人で紹介所へ向かい、扉を開け魔導ランプを灯し、同僚三人へ夕方また来ると言いおいて城へ戻った。
今日の予定では、十時前には応接室に荷物を運び込み、商談が始まる。
いつもは一時間程で終わるが、果たして今日はどうだろうか。
昨日の様子だと『口説き落す』つもりなのだと想像できる。
ナタリアは正攻法で来られたら、流されてしまうのではないか、ちゃんと気持ちを強く持って相対することは出来るのだろうか。テオドールは冷静で居られるのだろうか。
ケネスは二人を思うと心配で仕方がなかった。
この二人が一緒になったら笑われるのではないか、そんな心配もしていたが、確かに公爵嫡男という立場の前には些末なことか。テオドールが守るというのなら、任せるべきか、と思い始めた時に、ナタリアがテオドールに恋をしたと聞いた。それならば二人を全面的に応援したい。
ベイジルもあのことさえ無ければ悪い男ではなかったが、ケネスは同級生ということもありテオドールに肩入れしてしまう。
テオドールがナタリアの体調を気にしているのに、教えてあげられないのは心苦しいが、それは自分が言ってはいけないことだ。ナタリアが自分の口で言うか、テオドールが気が付くか、そのどちらかしかないと思っているが、果たしてそれはいつなのか。
その日が早く来ると良い、とケネスは願った。
予定より少し早めの九時三十分過ぎから、城の応接室へ冬用の商品見本が運ばれ始めた。
使用人が見守る中、素早く準備は進む。
十五分後には準備が整い、部屋にはベイジルとラトリッジ商会の使用人が一人ソファに座って待っていた。
メイドがお茶を用意し終えた頃、扉がノックされナタリアとテオドールが入室する。
「お待たせしました」
「ナタリア様、ご無沙汰しております」
「今回はベイジル様なのですね。お元気そうで何よりです」
「ありがとうございます。ナタリア様にお会いできて、大変嬉しく思います」
ベイジルはチラリとナタリアの隣にいるテオドールを見た。
「テオドール様、こちらはベイジル・ラトリッジ様、ラトリッジ商会のご子息です。ベイジル様、こちらはテオドール・クレメンス公爵令息です。今年の平和祭りの護衛隊長です」
「ラトリッジ殿、初めまして」
「クレメンス様、初めまして。護衛隊長ですか。素晴らしいですね」
テオドールはベイジルを見る。
背は自分より少し低めの百八十くらいか。
肩幅もあり、確かに騎士のような体躯をしている。
髪は銀、瞳は碧。瞳はナタリアと同じか。
背筋が伸び堂々たる出で立ちは、貴族にも見える。
その男は、ナタリアの隣りにいる自分が今年の見合い相手だとわかっているだろうが、そのことには触れず話を進める。
「今年の冬用の商品見本をお待ちしました。どうぞご覧ください」
トルソーに着せた服などの前へとナタリアを誘う。
ナタリアはいつものことなので、気にすることなく見に行く。
「ああ、このワンピースは素敵ですね。色は何色ありますか?」
「こちらですと、茶、黒、青、オレンジの四色です。お時間をいただければ指定の色もご用意いたしますよ」
「そうですか。とりあえずその四色でサイズ違いをいただきましょうか」
「ありがとうございます。こちらもナタリア様のお好みかと思いますが」
「ああ、こちらも良いですね」
見本の前で話が進む。
ナタリアの発注を、ベイジルの後に立つ使用人がメモをとる。
テオドールは気がついた。
ここにある服は、ベイジルの色ではないか。
周りを見回すと、どの服も青地に銀の刺繍や白地に青で柄があったりと、どこかに青が入っている。
あからさまな色にテオドールが啞然とするが、商談は進んでいく。
「ナタリア様、こちら置いていきますので、いつものように着てくださいね。宣伝をお願いします」
「承知いたしました」
ナタリアがこの色を着るという。
青だけならばナタリアの瞳ということも言えるが、銀は違うだろう?こんなものを着るのか?
テオドールは嫌な気分になった。
しかし、商談に口を挟む訳にはいかない。ぐっと堪える。
ナタリアはこれらがベイジルの色とは気がつかず、ただ商談は進む。
ナタリアの判断の速さから、見始めて三十分程で終わりを迎えた、筈だった。
「ナタリア様、実は小物類が入りきらず外の馬車に入っています。そちらもご覧いただけますか?」
「勿論です」
四人は外の馬車に向かった。
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