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職業紹介所では嫁は紹介してません  作者: 小松しの


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ベイジル・ラトリッジの一撃

 正面玄関から少し外れた場所に、ラトリッジ商会の馬車が停まっていた。

 馬車といっても荷馬車を改造し、後ろに一箇所扉があり、他は窓もない。

 

「こちらです」


 ラトリッジ商会の使用人が扉を開ける。

 ベイジルがナタリアに手を差し出し、馬車へと促す。

 ナタリアは一瞬戸惑い、テオドールを見る。

 テオドールはすぐに移動し、ナタリアに手を差し出す。

 ナタリアはその手を取り馬車へと乗り込んだ。

 テオドールが続いて入ろうとしたが、


「中は狭いので、ご遠慮ください」


 とベイジルに言われ、入ることを躊躇した。

 その間にベイジルは馬車へと乗り込み、ナタリアへ話し掛けている。

 扉から見える中は棚が両側にあり確かに狭く感じる。

 仕方ないのでテオドールは、扉を開けたまま中を伺っていた。

 ベイジルの手には魔導ランプ。その灯りだけが馬車内を照らしている。

 話す声も逐一聞こえているが、その暗さにテオドールは不安を覚える。

 ナタリアの姿がベイジルに隠れて見えないのも、不安になる要因の一つか。

 

「リア?暗そうだけど、見えるかい?」


 テオドールは態と親しげに声を掛ける。

 

「はい。少し暗くはありますが、見えます。奥はもう終わります」


 ナタリアからの返事にほんの少し安堵する。

 しかし次の瞬間、中の声が遮断され聞こえなくなった。

 魔法だ。誰かがこの馬車に結界をかけたのだ。

 咄嗟にテオドールは隣りにいるラトリッジ商会の使用人を見る。


「貴様!」

「大丈夫です、結界だけですよ。中をご覧ください、何もしていないでしょう?」


 テオドールは慌てて中に入ろうとしたが、結界がかけられているので弾かれる。

 この魔法を解除するためには、この使用人が自ら解くか、この使用人を殺さねばならない。

 しかし、いくらなんでもここでこの男を殺すわけにはいかない。

 ナタリアは気がついていないようで、先程と変わらず品物を見ているようだ。

 チラリと、こちらを見たベイジルは、ほんの少し広角を上げ、すぐにナタリアに顔を向けた。

 為す術もなくテオドールは中を睨む。

 ベイジルは魔導ランプを棚に置き、ポケットから何か小さなものを出すとナタリアに何かをしている。

 

「何をしている!リアに触るな!」


 テオドールは転移魔法が使えても、結界の中には入れない。剣に手を添え、いつでも抜ける状態で馬車の中を見続ける。

 中でナタリアが少し慌てているようで、ベイジルを拒否するように手をバタつかせている。

 テオドールは焦る。一刻も早くナタリアを助けなければ。

 次の瞬間、ベイジルはナタリアの腰に手を回し、ぐっと体を近づける。そして、ナタリアの耳元に口を寄せ何かを話す。

 テオドールからはベイジルの背中越しにしか見えないが、耳元で何かを囁かれているナタリアの顔は見えた。ナタリアも何かを答えているが声は聞こえない。

 ナタリアは囁かれているほんの数秒、じっとその体勢でいたが、ベイジルが体を離すと顔を伏せてしまった。

 もう限界だ。

 テオドールがラトリッジ商会の使用人を斬ろうと剣をしっかり持ち直す。剣を抜く直前、ベイジルがこちらに顔を向けた。その途端結界は解けた。

 テオドールは馬車からベイジルを引っ張り出し、代わりに馬車に乗り込みナタリアに声を掛ける。


「リア、大丈夫か?何をされた?」

「あ、···いえ、···何も」

「何を言われた?あの男、随分と顔を近づけていた」

「あ、ええと···」


 答えに窮しているナタリアは、右手で口元を隠した。

 その時、テオドールはナタリアの薬指にサファイアの指輪がはめられていることに気がついた。

 この指輪は先程迄は着けていなかった。

 ベイジルがポケットから出したものはこれか。これを指にはめられて、ナタリアは焦っていたのか。しかしその後、ナタリアは何もなかったかのように答えている。

 一体何があった。なぜこれを返さなかった。

 テオドールはナタリアに強く詰め寄ってしまいそうで、冷静になろうと深呼吸をした。


「この荷馬車は置いていきますから、ゆっくりご覧ください。ではまた後日伺います」


 馬車の外からベイジルの声が聞こえた。

 あの男は何をした!踵を返してベイジルを追おうとしたテオドールは、ナタリアに腕を掴まれて止められる。


「大丈夫です。本当に何もされていませんから」

「では、その指輪は?」

「あ、これは···次回お返ししますので」

「指輪を指にはめられ、腰を抱き寄せられ、耳元で何かを囁かれた。私にはそのように見えた」

「そう、ですね」

「あの使用人は何者だ。かなり高度な結界だった」

「結界?」

「私がリアに声を掛けた後、あの馬車に結界が張られた。結界を破ることができず、リアを助けられなかった」

「では声は」

「最後の方は聞こえなかった」

「そうですか」


 テオドールは焦りの為、言葉使いがいつものナタリアに対するものより乱暴になっていたが、それに気がつく前にナタリアの表情に衝撃を受けた。

 今、ナタリアはあからさまにホッとしていた。

 そのことがテオドールを追い詰める。

 

「リア、一体何を」

「昼食のご用意ができました」


 馬車の外から使用人の声がして、テオドールはハッと扉に顔を向けた。

 中を訝しげに見つめる使用人は、ただ準備ができたから声を掛けただけだ。テオドールの焦燥などわかるはずもない、仕事に忠実なドーレの使用人だ。


「リア、行きましょうか」


 テオドールは馬車を降り、ナタリアをエスコートした。



 ナタリアは静かにエスコートを受けていた。

 しかし、心中は穏やかではない。

 それはたった今、馬車内で起きた事言われた言葉に由来していた。

 

**********


 馬車内にナタリアが乗り込んだ後、ベイジルが魔導ランプを手に乗ってきた。

 馬車内は棚が両側にあり、商品が展示してある。

 商品は奥に高価な髪飾り等があり、扉に近づくにつれて手袋等比較的安価な物が置かれていた。

 ナタリアは奥の品物を見ながら、仕入れる商品を選び数量を伝える。

 

「リア?暗そうだけど、見えるかい?」


 テオドールが心配してくれたのか、外から声が聞こえる

 

「はい。少し暗くはありますが、見えます。奥はもう終わります」


 そこまでは別に何もなかった。

 しかし、ベイジルがランプを棚に置きナタリアに向いた時に、そっと手を取られた。

 え?と思った時には既に、右手の薬指に大きなサファイアの指輪がはめられていた。

 

「あの、これは」

「プレゼントです。ほんの気持ちです」

「いえ、いただけませんっ」

 

 ナタリアは指輪を抜こうとしたがなぜか取れない。

 

「それは魔法で取れなくなっています。次回お会いした時に解除しますよ」

「いえ、今解除してください」


 ナタリアは焦り、手をブンブン振りながらいらないと言うが、ベイジルはにっこり笑うとナタリアの腰を抱き寄せた。

 そしてナタリアの耳元に口を近づけ、

「これはお祝いです。ナタリア様にとって大切な方が現れたことに。···クレメンス公爵令息が、ということでよろしいですよね」

「···そうですね」

「受け取ってください。いらないなら、次回解除した時に返却してください」


 そう言うとベイジルはナタリアから離れ、踵を返して扉に体を向けた。

 直後、前傾姿勢になり馬車から飛び出た。

 どうやらテオドールが引っ張り出したようだが、テオドールの焦りが酷く、またナタリアもベイジルの言動に動悸が止まらない。

 テオドールに何を言われたかと聞かれても、ナタリアの口から言うには恥ずかしく、何もないと誤魔化してしまう。恥ずかしさのあまり、口元を手で覆ってしまったが、その手には先程のサファイアがはまっていた。

 当然テオドールに見られ聞かれる。

 しかし、これは返すつもりだ。そう伝えても、テオドールはナタリアに詰め寄る。

 どうしよう、言わなくてはいけないのか、とナタリアは思ったが、ベイジルとの最後の会話は聞かれていなかったと知り、思わず安堵してしまった。

 しかし、結界が張られたとは思わなかった。

 ラトリッジ商会は、野盗避けのため馬車に結界を張ると聞いたことがあった。

 このタイミングで張られたということは、きっと最初から打ち合わせしてあったのだろう。

 この指輪の本来の意味などはわからないし、知りたくもない。プレゼントだと言った本人はもう既に立ち去っている。

 昼食の準備が出来た、との声が聞こえ、テオドールはほんの僅か落ち着きを取り戻したようでナタリアをエスコートしてくれた。しかし、ナタリアは未だ落ち着かない。

 なんてことをしてくれた、なんてものを置いていった。

 ナタリアは昼食時に家族からの公開処刑を覚悟した。



 その頃、ドーレ城から宿屋に戻るラトリッジ商会の馬車内では、ベイジルが使用人に叱られていた。

 

「あそこまでしなくても良いではないですか!」

「クレメンス様の牽制が可愛らしくて、ついね」

「いや、私はそれで殺されそうになったんですよ!」

「良かったよ、死ななくて」

「本当に勘弁してくださいよ」

「ナタリア様、可愛かったなぁ。かなり惜しいことしたよなぁ」

「確かに可愛らしくはありましたが、ベイジル様に恋をしているわけではありませんからね。あの顔はクレメンス様にしか見せない顔でしょう?」

「はっきり言わないで。失恋したんだから」

「わかっているなら良いです。もうこんなことしないでくださいよ」

「う〜ん。次にナタリア様に会った時に考えるよ」

「私はまだ死にたくありませんからね」

「ははっ、死なない程度に頑張ってもらおうかな」



 

 更新は毎日12時を予定しています。


 読んでいただき、ありがとうございました。

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