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9.白の婚礼

「花を撒け!」

 カースウェルの城へ続く道に臣下の声が呼び交わされる。

「花を撒け!」

「婚儀であるぞ、花を撒け!」

 国中が沸き立ち、この数日で全ての花畑が丸坊主にされかねない勢いで刈り取られ、冷たい水が滴る氷室で保存されていた何十もの籠が引き出されてくる。

「おめでたいねえ!」

「ありがたいねえ!」

 大小様々の籠を抱え、中身を王と王妃が通る道に敷き詰めながら、カースウェルの国民は心を踊らせている。

「ついにレダン王も落ち着かれるねえ!」

「放っておくと、どこかへ旅立ってしまいそうなお方だから!」

 アグレンシアの治世から、やんちゃな王子で通っていた。

 下町に入り浸り、下々の者に優しいとは聞こえがいいが、その実、喧嘩騒ぎや揉め事に首を突っ込んでは派手な立ち回りも辞さない、時には悪徳を重ねる商人を気まぐれに吊るし上げて見たりと、話題に事欠かないのは国外には知らされていなかったが。

「聞いたかい、あの王がひれ伏して情けを請うたらしい」

「いや、嫌だ嫌だと頷かないのを父親に無体を仕掛けて奪ってきたらしい」

「そうじゃないだろう、諸国を戦乱に巻き込むと脅して、姫に無理を聞かせたらしいぞ」

 花は白い花以外の何でも良く、地面を覆った上から上から重ねて撒かれる。

「違う違う!」

 籠に残った最後の花を撒き終わった男は、訳知り顔で豪語する。

「俺はこの耳で聞いたんだけどよ、何とあのガスト様まで生涯お仕えしますと誓ったんだそうだ!」


「…だそうだぞ」

「た、大変なことに……」

 離宮の一室で婚儀の準備の様子を聞かされて、シャルンは小刻みに震え出す。

「ほとんど誤解じゃありませんか!」

「そうか? 意外に真実だよな?」

「いい加減なことをおっしゃらないでください」

 白の礼服、髪をまとめるリボンも白、房飾りもマントも白、違う色は瞳と髪の色だけになったレダンが楽しそうに笑うのに、ガストがむっつりと眉を寄せる。ガストもレダンよりは地味な衣装ではあるものの、付き添いとして白づくめの装束だ。

「そうですよ、ガスト様がお仕えするのは、陛下のみですのに!」

「……それはちょっと…」

 シャルンの憤慨にガストは妙な顔で視線を外らせた。

「まあいろいろ考えてみると、それはそれで必要かもしれないと思ったりもするわけですが…」

「シャルンの手が届く範囲には近づくなよ」

 レダンが唸った。

「そんなことになってみろ、俺は一切仕事をしないからな」

「御忠告いたしますが、それをシャルン姫に近づく全ての男に言って回られるのはおやめください。それこそ仕事になりません」

 そこまでおっしゃるなら、奥宮でも作って囲い込まれてはいかがですか。

「あの、それは困ります」

 シャルンは慌てて口を挟んだ。

「私は陛下のお側に居たいのですし、陛下にはお仕事を続けて頂きたいのです」

「ほらな」

 二つの願いを叶えるなら、警告をし続ければいいわけだろう。

 したり顔に言い放つレダンに、ガストが頭を抱える。

「けれど、陛下」

「何だ、シャルン」

「私もまた、国々を巡視なさる時にご一緒して、皆がどのように暮らしているのか、直接に話を聞いてみとうございます」

「む」

「精一杯頑張って声を出しますが、やはり近づいて頂かないと聞こえない場合も多いのでは…」

「……わかった」

 ふう、とレダンはむくれ顔を消した。

「ならばこうしよう。私はシャルンの背後に立ち、不愉快なことがあれば制することにする。それならシャルンも自由に話ができるだろう」

「最終兵器に睨みつけられながら好き放題に話ができる人間が、どれぐらい居ますかねえ」

 ガストは大きく溜め息をついた。

「まあ譲歩しましょう。そろそろ時間ですよ」

「そうだな、では、シャルン」

「はい」

 立ち上がるレダンをシャルンは微笑みながら見上げる。

「お迎えをお待ちしております」



「花を撒け!」「花を撒け!」

 シャルンは城への通りに立ち、じっと彼方を見上げる。

 周囲には白装束のルッカを始め、これからシャルンの生活を支えてくれる厳選された侍女達が立ち並び、日差しを浴びて立ち続けるシャルンを時折案じて見守ってくれている。

「婚儀であるぞ、花を撒け!」

 遠くから王の一行が近づいてくる。通りの両側にずらりと並んだ剣士達が、王の歩みに合わせて一人一人忠誠の証に剣を掲げる中、レダンはすぐにシャルンに目を合わせてきた。

 花が次々踏みにじられる。

 王の足元で。容赦なく、慈悲もなく。花の香りが増していく。

 やがてレダンはシャルンの前に辿り着いた。

 歴代の花嫁同様、シャルンはただ一枚の白いドレスを身につけ、頭から被った白いレースの後ろからレダンに微笑みかける。

 レダンが跪いた。

 低く強い声が急に静まり返った通りに響く。

「どれほど芳しい花であろうと振り返らぬ。どれほど愛らしい姿であろうと踏みにじる。カースウェルの忠誠、我が存在は全て、あなたのものだ、シャルン姫」

 身を伏せて、頭を深く下げるレダンに、教えられたようにシャルンはそっと近づく。裸足の足先が冷えている。通りを埋め尽くした花はシャルンの足を柔らかく受け止めてくれる。

「私の親愛も永遠にあなたのものでございます、陛下……っ」

 あやうく叫びを上げるところだった。

 身を伏せたレダンがレースとドレスに隠れたのをいいことに、シャルンの爪先に口付ける。咎める間もなく、体を引いたレダンは平然と立ち上がり、両腕を差し伸べてシャルンを軽々と抱き上げた。

 歓声が上がる。剣士達が剣を突き上げ、翻して鞘に収める。

「へ、陛下っ」

「なあ、シャルン?」

 抱き上げたシャルンを見上げながら、レダンがにやりと笑った。

「指に花の香りがした」

「っっ」

「今夜は床の上にも花がいっぱいだぞ、楽しみだな?」

「ーっ!」

 振り上げたこぶしを落としかねて困るシャルンに、レダンはただただ嬉しそうに笑い続けた。



                                 終わり

 

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