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無限VR宇宙のNPCはメインヒロインを救えるか  作者: みらいつりびと


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6/6

誘拐監禁実況

 誘拐された翌日、午前七時に目が覚めた。

 監禁されている部屋に古風な柱時計があったので、時刻はわかる。

 アンティークな木製の時計で、白い壁に掛けられていた。

 部屋の中には俺と理素と愛素さん、そして痣のある女と細身の男がいる。


 痣のある女は俺たちを悠然と見下ろしたり、窓の外を眺めたりしている。

 窓からは灰色の空と緑の山腹が見える。

 細身の男は神経質そうに口元を引きつらせながら、ライフルに付けたカメラで撮影を続行している。

 レンズを向けると銃口も撮影対象に向かうので、人間を撮っていいものではないと思う。

 俺はライフルカメラで撮られるたびに、身がすくんだ。

 そんなものを向けられて平然としている痣のある女はまともではない。


 室内にはパソコンデスクがあり、ときどき細身の男がノートパソコンを操作した。

 大画面のテレビもあって、NHKがつけっ放しになっている。


 筋肉質な女と鼻ピアスの男は、昨日の深夜に監禁部屋から出ていった。

 警察の来襲に備え、この洋館のどこかにひそんで、銃器を構えているにちがいない。

 誘拐犯たちはトランシーバーを使って、連絡を交わしていた。

 痣のある女は無線機を握り、しきりに指示を飛ばしていた。


「山腹に複数のライトが見える。まずまちがいなく警察だ。あたしたちはすでに包囲されている、オーバー」

「ハル、サーチライトを点けろ。庭を明るく照らせ。警官が侵入したらわかるようにするんだ、オーバー」

「周囲を警戒しろ。敵を見つけたらためらわず撃て、オーバー」

「攻撃されたら人質を殺す。警察の動きは漏らさずに報告しろ、オーバー」

「仮眠を取るのは絶対に報告してからだ。あたしの許可なしに眠るな、オーバー」

「睡眠時間は一日三時間までとする。死ぬ気でがんばれ、オーバー」

「オッケーだ、ナツ。二時間の睡眠を許可する、オーバー」

「アキ、ナツが仮眠に入る。撮影を中断して穴を埋めろ。二時間経ったら、ナツを起こして戻ってこい」

「わかった、フユ。警戒に当たる」


 これらの発言から、痣のある女はフユ、細身の男はアキ、筋肉質な女はナツ、鼻ピアスの男はハルと呼ばれていることがわかった。

 そういうコードネームなんだろう。


 このときの犯人たちのことばは、もちろん憶えてなんかいられない。

 でも彼らの言動は動画で残されている。

 俺は後に動画を克明に見て、このときに起こったことを確認した。

 俺たちは何をされたのか、犯人たちは何をしたかったのか、この事件は結局なんだったのか。

 そういうことを折に触れて考えた。

 フユは社会をよりよくしようとして、俺たちを誘拐した。

 それが究極的には正義なのか悪なのか、俺にはわからない。

 

 誘拐された夜はあまり眠れなかった。

 毛布を与えられたので、寒さはしのげた。

 零時を過ぎてからようやくうとうとして、眠ったり起きたりを繰り返した。

 理素は俺より長く眠っていたが、かなりうなされていた。

 愛素さんはほとんど眠れなかったようだ。

 彼女のネガティブモードはこのときに発症した。

「家に帰りたい……お腹すいた……眠りたい眠れない……」

 つぶやきつづける愛素さん。

「怖い怖い怖い死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……」


 監禁部屋の隅に工事現場にあるようなトイレが設置されていた。

 フユとアキはそこで用を足し、俺と理素と愛素さんも利用を許された。

 俺たちは手錠をかけられている。大小便をするときもはずしてもらえず、やりづらかったが、垂れ流すよりはマシだ。

 ひとり一本ずつペットボトルの水をもらい、朝食としてアンパンとジャムパンを与えられた。

 俺たちは食欲なんてなかったが、フユは「食え」と強要した。

 犯人たちはカップ麺を食べていた。


 NHKはぶっつづけで誘拐事件を報道している。

 政府は対策本部を設置した。

 内閣官房長官は記者会見で「菱形愛素さん、理素さん姉妹と白根井鍵くんの命を守ります。けっして見捨てはしません」と発言したが、消費税廃止についてはコメントを避けた。


 午前八時になって、「政府に発破をかける」と痣のある女が言った。

 細身の男が彼女にカメラを向ける。

「総理大臣、聞いているか」

 フユはにやりと笑い、右手の中指を立てた。


「今日の午前十時から二時間ごとに、消費税廃止に向かって何をしているかNHKで発表しろ。総理大臣の話が満足いくものだったら、人質は無事だ。もしあたしが満足できなかったら、人質の爪をペンチではがす。愛素、理素、キーの順番で二時間に一枚ずつはがしていく」


 フユは俺たちに銀色のペンチを見せた。

 愛素さんは「いやあああ」と叫んだ。

 俺は震え、理素は泣いた。


「消費税完全廃止の刻限は今から六十時間後とする。明後日の午後八時だ。そのときには国民全員に消費税をやめますと約束しろ。それが果たされなかったら、人質の爪が全部なくなるだけでは済まない。こいつらは三人とも死ぬ。良い話を期待しているぞ、総理大臣。わかってると思うが、貧乏人からしぼり取ることは絶対に許さない。財源は金持ちや大儲けしてる企業から取り立てろ」 


 フユの話はリアルタイムでネットに流れた。

 NHKはすぐにその動画を放送した。

「誘拐犯はこのような声明を発表しました。人質の命と引き換えに政治的な要求をすることは、けっして許されません。菱形愛素さん、理素さん、白根井鍵さんが無事に救出されることを祈ります」


 公共放送のアナウンサーのことばを聞いて、フユは怒り狂った。

「NHK、綺麗事を言うな。てめえらのせいでこの子たちの命がなくなることもあり得る。そのことを肝に銘じて放送しやがれ」

 彼女が吠えると、アナウンサーは沈黙した。 


 午前九時三十分、外で動きがあった。

「誘拐犯に告げる。ただちに人質を解放しなさい。爪をはがすなどという非人道的行為をしてはならない。きみたちの罪は限りなく重くなるぞ」

 警官が拡声器を使って呼びかけてきた。


「黙れ、雑魚のことばは求めてねえ。あたしが聞きたいのは総理大臣の話だけだ」

 フユが窓から叫んだ。

 警察も沈黙した。


 午前十時になって、総理大臣の姿がテレビに映った。

「指定の時刻となりましたので、消費税減税に関することを話させていただきます。税につきましては、六十時間で結論を出すのは非常にむずかしく、不可能に近いわけであります。国会の審議と議決が必要です。少なくとも半年間は時間が欲しい。ああ、これは一般論でありまして、あなたがたの要求を拒否しているわけではありません。誤解しないでいただきたい。人質に危害は加えないでください。政府与党といたしましては、前向きに減税の検討を推し進めております。昨夜緊急閣議を開き、私から閣僚に可及的速やかに検討するよう指示しました」

 首相は生真面目な表情で、淡々と話した。

「減税と財源は一体的に考えなければなりません。財源についても早急に検討するよう閣議で話しました。低所得の方々の負担にならないよう配慮いたします。現時点で総理大臣として約束できることはありませんが、個人的には菱形愛素さん、理素さん、白根井鍵さんの生命を守ることを最優先しなければならないと考えており、まことに小さな予算ではありますが、私の給与一年分を返上する決意をしております。この時間に話せるのは以上です」


 もちろんフユは切れた。

「減税じゃねえ。廃止だって言ってんだろ!」


 愛素さんの左手の小指の爪がはがされた。

 フユが実行した。

 幼馴染の姉はすさまじい叫び声をあげ、涙と鼻水を出してもがき苦しんだ。

 監禁部屋の気温が一気に下がったように、俺は感じた。

 その後、俺と理素に対しても爪剥ぎは容赦なく行われていくことになる。


 この仕打ちによって、愛素さんと理素の心は完膚なきまでに壊された。

 愛素さんは感情の振幅が極端に大きい少女になり、理素は人間不信になった。

 高校生になったいまでも、ふたりの精神は正常とは言えない。


 俺の心は壊れたのかどうか。

 自分自身のことなのに、それはよくわからない。

 表面的には、事件の前と後で、俺はあまり変わっていないように見えるらしい。

 そうなのかな?

 そう見えるのなら、そうかもしれない。

 俺にはもう以前の自分がどんなだったかわからない。

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