サービス終了のお知らせ
朝、目が覚めてスマホを手に取ると、「サービス終了のお知らせ」ということばが表示されて、すぐ消えた。
俺はベッドに横たわったまま、スマホの初期画面を見つめて首をひねった。
なんのサービスが終わるんだろう。確認できなかった。
でもそんな些細なことはどうでもいい。
俺は布団をはねのけて、ベッドから立ちあがった。
昨夜用意しておいた濡れタオルで顔を拭き、手鏡を見ながら寝癖だらけの髪を櫛で整える。古いが着心地のよいパジャマを、見苦しくない新しいジャージに着替える。
どうしてそんなことをしているかというと、昨日から家の中に新しい家族がいるから。
おとうさんが再婚して、義母と義妹ができた。
ふたりとも美人だ。
特に義妹はめちゃくちゃ可愛い。一緒にいて息詰まるレベルのS級美少女が、俺の義妹になって同居し始めたのだ。
新生活に臨み、俺はすさまじく緊張している。
俺は小学三年生のときにおかあさんを亡くし、それ以来、父子家庭で育ってきた。ひとりっ子で、兄弟姉妹はいない。
けれど高校二年の五月に、おとうさんが再婚した。つい最近のことだ。
義母にはひとり娘がいる。
義妹は俺より二か月だけ年下で、なんと高校の同級生だ。
クラスはちがうが有名な美少女で、もちろん俺も知っていた。
入学した当初から彼女は、「すごく可愛い子がいる」とささやかれていた。廊下ですれちがうとき、ほとんどの男子生徒が振り返った。俺も目を奪われた。
肩までの長さのサラサラの黒髪。整っているが冷たさより愛らしさを感じる小顔。背の高さは平均的だけど、脚が長くて腰の位置が高い。
当然、ひとめ惚れしてしまう男子は少なくなかった。多くの男が彼女を校舎裏などに呼び出して告白し、夢破れていたようだ。俺は話しかけることもできなかった。
父の再婚で、そんな子が思いがけず義妹になった。
結婚式は二週間前だった。
父と義母は新婚旅行でモルディブへ行った。インド洋に浮かぶ島国。千を超える小さな島々があって、スキューバダイビングやシュノーケリングで海に潜ると、カラフルな熱帯魚やサンゴ礁を眺められるらしい。
三日前、おとうさんは旅行から帰ってきた。
そして昨日、義母と義妹が俺たちの家に引っ越してきたのだ。
昨夜からひとつ屋根の下で、学園のアイドル的な女の子と暮らしている。縁がないと思っていた美少女と急に同居することになって、平常心を保つのがむずかしい。
俺の願いは、新しくできた家族と平穏に暮らしていきたい、という一事に尽きる。
美しい義妹と恋仲になるなんて大それたことは微塵も考えていない。漫画やアニメみたいなラブコメ展開は期待していないし、望んでもいない。
義母と義妹のどちらとも家族として仲よくなって、まっとうに生きていきたい。
波乱はいらない。
平和が一番だ。
「おはようございます」
俺は二階の自室から一階のリビングに下りて、そこにいた義母と義妹にあいさつした。
新しい家族とうまくつきあっていかなくてはならない。緊張は最高潮になっている。穏やかに微笑んでいるつもりだが、その笑顔はたぶんこわばっている。
「おはよう」
義妹はスマホに向けていた顔を上げて、自然な感じであいさつを返してくれた。俺とは対照的に、彼女はリラックスしている。
上が水色、下が白のスウェットを着ている。たぶんそれが寝間着で、俺みたいに着替えたりはしていないのだろう。
髪には寝癖ひとつなくて、サラサラの直毛が黒く艶やかに輝いている。
にこっと笑って、白い歯がきらりと光る。
非の打ちどころのない完璧な美少女だ。
「なんか慣れないね。少し前まで他人だったのに、いまでは家族なんだよね」彼女は言う。
「そうだね。俺もちょっと戸惑いがあるかも」俺は答える。
本当はちょっとどころではなく、半端なく当惑しているのだ。どう対応すればいいのかわからないほど可愛い子が、家の中でスマホを見たり、俺と会話したりしている。
現実感が遠い。
俺はここにいていいのだろうか。
「おはよう。家族なんだから『ございます』はなしにしてほしいかな」
義母が食卓にスプーンとフォークを運びながら言う。
「あ、すみません」
「謝られるのもちがうんだけど、こんなことをいちいち指摘するのもちがうかな。家族合併って、むずかしいね」
義母はかつてテレビ局のアナウンサーだったが、今は総務部に移って事務をしているそうだ。
ショートボブの黒髪で、黒縁眼鏡をかけている。知的な感じの美人だ。母娘揃って人目を引く美しい外見をしている。
「ちょっと美舟、朝ごはんの支度手伝ってよ」
「ごめーん。友達に返事しなくちゃいけなくって」
義妹はスマホに目を落とし、高速でフリックしながら答える。
「あ、俺手伝います」
「ありがとう。美舟、鍵くんを見習いなさい。おかあさんだって忙しいのよ」
俺の名前は白根井鍵という。
鍵と書いてキーと読む。
変な名前だが、死んだおかあさんがつけてくれたものだ。いまとなっては大切な名。
「キーくん、今朝スマホに『サービス終了のお知らせ』って出なかった?」
義妹の美舟は、俺の名をカタカナの感じで呼ぶ。そういうふうに呼ぶ人は多い。漢字に聞こえる人の方が圧倒的に少ない。変わった名前だからしょうがないと思っている。
「出たよ」
「何が終わるのかわからなかった。教えてくれる?」
美舟はさらりとことばを紡ぐ。
「ごめん。俺もわからなかった」
俺は会話が不自然にならないようかなりがんばって返事をする。
義母にも気に入ってもらえるように、家事の手伝いもする。食パンをトースターに入れる。
義母の貴舟さんは、サラダを盛った皿を食卓へ運んだ。
「サービス終了のお知らせ、私もホーム画面に表示されたわ。なんか意味がわからなかった。真実也くんはわかった?」
貴舟さんはおとうさんを親しげに「真実也くん」と呼ぶ。
父と義母は大学の同期生で、ふたりとも軽音楽サークルに属していたそうだ。
おとうさんはソファーに座り、眉間にしわを寄せてスマホを見ていた。
「俺もそれは見た。気になって調べているんだが、何もわからん。どうやら全世界的な謎現象らしいぞ」
父が言って、貴舟さんまでスマホを手に取った。
俺はかりかりに焼けたベーコンを皿に乗せる。
「……ホントだ。スマホやパソコンの初期画面にサービス終了のお知らせと表示されるが、何が終了するのかまったくわかっていない。世界各国の現地語で今日から一斉に起こっている不可解な現象……。なんなのかしら。超強力なハッカー集団の仕業とか?」
貴舟さんもネット情報を漁り始めたので、朝食の支度は俺ひとりでやらなくてはならなかった。
使い慣れたキッチンだから、昨日引っ越してきたばかりの義母より俺がやった方が効率的ではある。
家族に貢献したら、きっとこの家で居場所を確保できる。俺は手を休めずに朝ごはんの準備を整えた。
俺たち新家族は、首をひねりながら朝食を取った。
父と貴舟さんと美舟は、「サービス終了のお知らせ」が気になっているようだ。しきりとそのことについて話している。
でも俺は変な現象なんかより、美しすぎる義妹と同じ高校へどう登校するべきか考えていた。
学園のアイドルと一緒に学校へ向かっていいのか?
「美舟さん何時に出る? 登校時間ずらそうか?」
「なんで? 同じ学校なんだから一緒に行こうよ」
「誰かに見られると、説明しなくちゃいけなくなるよ。親が結婚して一緒に住むようになったこととか、同居してどんな感じだとか。嫌じゃない?」
「別に。名字が変わったんだから、同級生にはどうせすぐにばれちゃうよ。遅かれ早かれ話さなくちゃならない」義妹の口調は落ち着いていた。「それともキーくんが見られたくないのかな?」
「いや、俺は気にしないよ」
「わたしと一緒で嫌じゃない?」
「もちろん」
本当は少し嫌だった。登校中、彼女と何を話せばいいのかわからない。
でもそれは杞憂だった。
美舟は想像以上に気さくで、話しやすかった。通学路で、電車の中で、気まずくなるような時間はなかった。彼女は「サービス終了のお知らせ」についての自説をよどみなく語った。
「わたしはね、宇宙人の仕業だと思うんだ」
「まさか……」
「まさかの現象が起こってるんだよ。まさかの真実があるに決まってる」
「決まってるの?」
「おそらくたぶん決まってる。もしかしたら未来からの干渉かもしれない。でも何が終了するんだろうね?」
「そこは想像できないの?」
「わかんない。全インターネットサービスが終わるのかな」
「まさかの現象が起こってるんだから、そんなことだってあり得るかもね」
「ネットが終わると困る~」
美舟は本当に困ったような顔をした。困惑して表情を曇らせても、彼女は美しかった。
父の再婚話が出るまでまったく接点のなかった美貌の同級生がフレンドリーに話してくれて、心の底からほっとした。
俺にとって義妹との関係性は、ネットの存続なんかよりよほど切実な問題だった。




