表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者に婚約破棄され見捨てられた魔術師と「役立たず」と嘲笑った元パーティに追放された魔道士、最強となり異世界無双。  作者: 限界まで足掻いた人生
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/89

第75話:不在の証明と、微睡の境界

西翼格納庫 ―― 静寂という名の空白

漆黒の熱量を無理やり抑え込み、焼き付くような右腕を引きずりながら、コウ・ブリッドは崩落を続ける監獄の回廊を駆けていた。視界は激しい演算の過負荷で歪み、一歩進むごとに意識の輪郭がぼやけていく。


(……シエル、サラ……! 無事でいろ。俺の計算が正しければ、あいつなら……あの傲慢なエルフなら、まだ持ちこたえているはずだ)


自身の命を秤にかけた「自己犠牲」の算式が未遂に終わった理由は、コウには分からない。監視塔へ侵入した「ナンバー1.5」を追って去ったヤードたちの真意も不明だ。だが、死の淵から引き戻されたこの奇跡的な空白を、彼は一秒たりとも無駄にはしなかった。


ようやく辿り着いた西翼の格納庫。しかし、そこでコウを待っていたのは、彼が描いたどの「解」にも存在しない、異様な光景だった。


「……なんだ、これは。何が起きた」


そこには、帝都アルビオン最強の武威を誇るはずのヤードたちが、三人も折り重なるように倒れ伏していた。碧、紫、金。帝都の秩序そのものである彼らが、手も足も出ずに沈黙させられている。だが、そこに守るべきサラの姿も、シエルの姿もなかった。


埃一つ立たない、不気味なほどの静寂。コウは膝をつき、瓦礫に残された微かな地脈の揺らぎを読み取ろうとしたが、そこには連れ去られた形跡すら残されていなかった。


数分前:賢者の拒絶と、帝国の「粉」

コウが血を吐きながら廊下を駆けていた、その数分前。格納庫では、シエルが「無」を冠するヤード――大英エルフ帝国が放った潜入工作員スパイと対峙していた。


「お迎えに上がりました、ロード・ハイ・ステュワード。王がお待ちです」


「……断る。今の私に、あのような退屈な玉座の隣に座る義理はない」


シエルはサラを背負い直すと、瞳の奥に秘めていた深淵の欠片を解き放った。彼が口にしたのは、高位のエルフだけが扱える、法則そのものを歪める呪文。


シエルの唇が原初の音を紡げば、大気は激しく拒絶の震動を上げ、周囲の魔導回路を強制的に沈黙させる「魔法妨害魔法」が発動する。それは術者自身の魔力さえも一時的に封じる諸刃の剣だが、魔力に依存するヤードの武力を断つには、これ以上ない最適解であった。


「……これで動けまい。さらばだ、帝国の影よ」


シエルが身を翻そうとした、その刹那だった。目の前の男は、魔法が霧散した空間の中で、眉一つ動かさずに一歩を踏み出した。


「……残念です。魔法に頼りすぎた種族の末路、ここで教えて差し上げましょう。我ら帝国が魔法以外に何を磨き上げたかを」


男が懐から取り出したのは、魔導具ではない。ただの小さな、銀の包み。


男が指先で包みを弾けば、目に見えぬほど微細な銀の粉末が、静寂の中に美しく舞い落ちる。魔法を妨害する結界の中、物理的な空気の流れに乗って、それはシエルとサラの肺へと滑り込んだ。帝都の薬学が到達した極致、意識を断絶させる「忘却の粉」。


「……な、に……魔力……ではない……?」


シエルの視界が、急速に白銀に染まっていく。最強の魔法使いが編み上げた「魔法のない世界」で、彼は皮肉にも、魔法ではない純粋な「薬物」という物理的な暴力の前に、膝をついた。


シエルとサラの意識が完全に消えるのを確かめると、男は無造作に、しかし丁寧に二人を担ぎ上げた。


結末:交わらぬ時系列

コウが格納庫に辿り着いた時には、すでに男と二人の姿は、帝都の闇へと溶け去っていた。


「……足跡がない。魔力の残滓も、引きずった跡も……」


コウは倒れたヤードの一人を揺さぶったが、彼らは深すぎる昏睡の中にあり、言葉を返すことはない。 なぜヤードたちが倒れているのか。なぜシエルたちは消えたのか。


コウは知らない。シエルが自らの魔法で逃亡を試み、そして魔法を一切使わない男が放った「粉」によって、あまりにも呆気なく、物理的に連れ去られたという事実を。


崩落を続ける監獄。コウはたった一人、答えの出ない空白の中に立ち尽くしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ