第74話:不協和音の終止符と、鏡の中の反逆者
東翼展望デッキ ―― 未発の断罪
四人のヤード――銀、黒、赤、蒼に囲まれ、コウ・ブリッドは自らの右腕を極限まで凝縮させていた。
「……ハァ、ハァ……。計算は、もう捨てた。この腕に宿る地脈の全出力を、一瞬で零にする。……あいつに教わった、最後の手だ」
それは、己の命の火を燃料として空間ごと爆縮させる自己犠牲の禁忌術式。コウの右腕から溢れ出す漆黒の熱量が、周囲の物理法則を強引に歪め、空間に黒い亀裂を走らせる。
それまで余裕を崩さなかった四人のヤードたちが、一斉に動きを止めた。彼らの瞳に、初めて「捕食者」としての慢心ではなく、獲物への強烈な警戒が走る。
だが、その均衡が破れるのは、コウの自爆によるものではなかった。
漆黒の地脈が絶望の咆哮を上げ、終焉の調べを刻もうとしたその刹那。帝都アルビオンの象徴たる監視塔に、一筋の不気味な揺らぎが滑り込んだ。それはコウの視覚には決して捉えられぬ、存在しないはずの空白。ヤードたちの本能だけが感じ取れる予期せぬ闖入者、ナンバー1.5。
「……なっ!? 塔が……!」
銀の執行官が、コウから視線を外し、最上階を仰ぎ見た。他の三人も同様だった。彼らにとって、眼前の瀕死の囚人よりも、監視塔に侵入した「それ」への対処こそが、帝国守護者としての最優先事項。
四人は言葉もなく、煙のようにその場から消え去った。
「……? 消えた……? 術式が、霧散していく……」
コウは膝をつき、爆発寸前だった右腕の熱が引いていくのを感じた。何が起きたのかは分からない。ただ、死を覚悟した算式は、皮肉にも解を導き出す前に白紙に戻された。
視点:西翼格納庫跡 ―― 聖域の裏切り
一方、シエルの戦場では、別の意味で秩序が崩壊していた。
「おい、私の雷の軌道を邪魔するなと言っているだろう! この碧の突風を止めろ!」 「うるさいわね、私の風がなければ貴方の雷などただの火花よ。……どきなさい、金の光が視界を遮る!」
シエルを包囲していたはずの三人のヤード――碧、紫、金が、互いの能力の相性の悪さから激しい口喧嘩を始め、ついには互いの魔力をぶつけ合う内紛へと発展した。
(……やれやれ。最強を自負するがゆえの、あまりに醜い不協和音だ。この隙にサラを連れて……)
シエルが脱出を試みようとした瞬間、残る一人のヤード――「無」を冠する者が動いた。
色彩を持たぬ透明な断罪が、争う三人のヤードを一瞬で包み込む。それは音もなく、光もなく、ただ空間から「存在」の権利を剥奪する絶対的な静寂。碧、紫、金の三人は、反撃の暇もなくその場に崩れ落ち、沈黙を強制された。
「……あ、が……貴様……裏切り者は、お前だったか……!!」
地面に這い蹲り、かろうじて意識を保っていた一人が、憎しみを込めて言葉を吐き出した。
結末:王の帰還
「無」を冠していた男は、その言葉に答えず、ゆっくりと手を伸ばした。彼は自らの頭から、帝都アルビオンの武威を象徴するヤードのエンブレムが入った帽子を脱ぎ捨て、それを瓦礫の中へと放り捨てた。
男はシエルへと向き直り、かつてないほど恭しく、深くその身を折り曲げた。
「……お迎えに上がりました」
シエルは目を見開き、その男の顔を凝視した。
「王様がお待ちです。さあ、国に帰りましょう……。王室総務長官」




