第66話:不純なる残響と、偽りの「天生」
暗黒の「査定タイム」
地下水路のさらに深く、地図にも載っていない廃棄区画。そこでは、先刻まで最強の一角を自負していたジンが、無残に椅子へ縛り付けられていた。
「――おい、起きろよ。勝手に絶望して寝てんじゃねえ」
低い声と共に、ジンの顔面に強烈な拳がめり込んだ。殴ったのは、首元まで隠れる漆黒のコートを纏った男。計略狩りのソロだ。
「……あ、が……っ!」
「最近さ、本当に多すぎるんだよね。君みたいな『天生者』のパクリ。……例えばさ、あのナンバー1.5とかいう中途半端な奴。あいつも大層な名前を自称してたけど、結局は設定の寄せ集めだっただろ?」
ソロは吐き捨て、ジンの髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。
「そもそもさ、お前らが『天生者』って呼んでるそれ。元々は**『転生者』**っていう、別の世界から知識を盗んで無双してる連中のことなんだよ。現地のバカな連中が聞き間違えて、勝手にカッコいい『天生』なんて誤訳で広めただけだ。……お前はその誤訳のさらに『二番煎じ』なんだよ」
「……な、にを……」
「僕たちの組織にはボスなんていない。全員が対等で平等だ。ただ、共通の趣味(仕事)があるだけ……名付けて、二番煎じの一座。カッコいいだろう?」
ソロが再び拳を振り上げようとした時、横から奇妙な笑い声が漏れた。 人差し指のマークが描かれた不気味なマスクを被った男――フレンドだ。
「同感だよ、ソロ。パクリは死罪に値するよね。君の『空虚』なんて設定、僕の故郷じゃ使い古された三流のテンプレだよ」
フレンドが指先を動かすと、目に見えない超能力の塊がジンの腹部を抉った。 「あがぁぁぁっ!?」
「いい声だね。……あ、ちなみに後ろにいる二人は名乗る気もないみたいだけど、君をゴミ箱に捨てる準備はできてるから安心してよ」
フレンドの背後の暗闇には、微動だにしない二つの巨大な影が、冷徹な殺気を放って佇んでいた。
過去回想:ジンの「空虚」――満たされた後の皮肉
意識が遠のく中、ジンの脳裏に、かつて一度だけ「空虚」ではなかった頃の記憶が蘇る。
エルフ帝国の辺境、名もなき廃村で、幼いジンは拾われた。血の繋がりなどない、ならず者や捨て子たちが寄せ集まった「家族」。ボロ布を纏い、汚れたパンを分け合う日々。だが、そこには確かに温度があった。
『ジン、お前は将来、何にだってなれる。この広い空みたいにな』
そう笑って頭を撫でてくれた「父親」代わりの男。だが、そのささやかな幸せを奪ったのは、皮肉にも彼が憧れた「騎士道」と「帝国の秩序」だった。
帝国軍の「不純物排除(清掃)」という名の作戦。 家族は一晩で「効率的」に処理された。彼らが殺された理由は、悪人だったからではない。帝国の帳簿において、彼らの存在が「管理コストに見合わない非効率な数字」だったからだ。
誰よりも「愛」を説いた騎士が、誰よりも冷酷に家族を斬り伏せる。 その光景を見た瞬間、ジンの心は「空っぽ」になった。
(……温もりなんて、ただの計算違いだ。満たされるから、奪われる。……最初から『無』であれば、何も失わずに済むのに)
復讐のために手にした「空虚」の術式。だが、それさえも今、さらに上位の「圧倒的な暴力」によって、切り捨てられている。
コウ・ブリッドの「監獄の夜」
一方、帝都アルビオンの監獄塔。 コウ・ブリッドは、記憶を一部失ったまま、独房の壁に寄りかかっていた。
「……(あの瞬間、何が起きた。あの天生者が、まるで最初から存在しなかったかのように消えた……)」
コウは焼けついた右腕を見つめた。 現場に残された魔力の残滓を脳内で再演算するが、何度計算しても「解」が出ない。
「……計算の変数が足りなすぎる。エルフの魔導でも、地脈の意志でもない。……魔力の反応が一切ないのに、空間が物理的に歪んでいた。あれは……魔術ですらない、別の次元の暴力か」
コウは唇を噛んだ。名前も、姿も、目的も分からない「未知の存在」。 自分を狙うエルフ帝国。そして、最強の男を赤子のように連れ去った謎の勢力。
「……(早くここを出て、サラとシエルを……。だが、この右腕の状態では……)」
窓の外、霧に包まれた帝都の夜空には、不気味な暁色の月が浮かんでいた。




