第67話:獣と硝煙
閉ざされた論理
帝都アルビオン。霧の海に突き刺さるようにそびえ立つ監獄塔の最上階付近、コウ・ブリッドは冷たい石の壁に背を預けていた。
「……右腕の出力、依然として不安定。地脈との接続点が壊死しかけている……」
コウは、感覚を失いつつある右腕を見つめ、脳内で損傷箇所の計算を繰り返していた。記憶は一部削られ、サラと過ごした些細な日常の風景が、穴の開いたフィルムのように思い出せない。だが、彼が積み上げてきた論理の柱だけは、皮肉にもその「空白」を埋めるように強固になっていた。
「(……あの自称天生者をさらった『未知の力』。あれを計算から除外しても、この監獄の警備兵の配置、魔力障壁の周期……脱出の解が見つからない)」
サラとシエルがどこに収容されているのかも不明。コウの脳内に、これまでにない「焦燥」という不純な変数が混じり始めていた。
視点:再教育の「成果」
監獄の重厚な鉄扉が、重苦しい音を立てて開いた。 通路から響くのは、規則正しく、それでいて生気を感じさせない、金属的な足音。
「……誰だ。ヤード(警察)の検分にはまだ早いぞ」
コウが冷徹に問いかけるが、返答はない。現れたのは、銀色の帝国軍装を纏った一人の男。かつて王都でコウたちと行動を共にし、エルフ帝国に連れ去られたガゼルだった。
「……ガゼル? 無事だったのか」
コウが立ち上がろうとした時、異変に気づく。 ガゼルの瞳には、かつての野性的な輝きも、仲間を思う情熱もなかった。ただ、帝国の管理システムに直結されたような、冷え切った虚無だけがそこにある。
「――対象、コウ・ブリッド。……帝国の利益を侵害する『バグ』と判定。……これより、外科的な論理修正(再教育)を開始する」
ガゼルの声は、まるで録音された音声を再生しているかのように抑揚がない。 彼が構えたのは、帝国の技術によって無理やり強化された蒸気魔導爪。その隙間からは、過剰な魔力供給に悲鳴を上げるガゼルの肉体が、無理やり駆動させられている音が聞こえてきた。
視点:瞳の奥の「不純物」
ガゼルが床を蹴り、監獄の狭い空間を暴力的な速度で駆け抜ける。
「……っ、シエルが言っていた『再教育』……脳の神経回路を書き換えたのか!」
コウは焼けついた右腕を前に出し、即席の論理障壁を展開する。だが、ガゼルの爪は、以前の彼からは考えられないほど無慈悲に、そして「効率的」に障壁の脆弱な一点を突いてきた。
火花が散り、コウの肩が浅く裂ける。 その激突の瞬間、コウは見てしまった。
ガゼルの虚ろな瞳の奥。虹彩のさらに深淵に、帝国の魔術刻印とは異なる、**不気味に赤く光る「人差し指のマーク」**が刻まれているのを。
「(……これは……あの『一座』の男が残していった痕跡か。奴らは姿を消しても、この国の狂気に『毒』を混ぜていったというのか)」
ガゼルの肉体は、帝国による洗脳と、未知の勢力による呪縛。その二重の鎖に縛られながら、親友であったコウへと牙を剥く。
「……ガゼル、戻れ! その計算は、お前の本心じゃない!」
コウの叫びは、防音の壁に虚しく吸い込まれていった。
結末:硝煙の中の対峙
監獄の一室で、親友同士が殺し合う非効率な光景。 コウは、動かない右腕に宿る地脈の力を無理やり引き出し、ガゼルの脳内回路を一時的に麻痺させる「強制再起動」の術式を構築し始めた。
「……悪いな、ガゼル。お前のその『不純な設定』、俺が力技で上書きしてやる」
監獄塔の外では、エルフ帝国の艦隊がさらなる増援として霧の中から姿を現していた。 帝都アルビオンを揺るがす、最悪の夜が加速していく。




