ワケあり9人目⑱
「これがうちのレイネスタが打った作品です」
「ほう、これはすごい。一目見て凄さのわかる作品というのはそう無いけれど、これはすぐにわかる。農機具だというのに、ここまでのものはとんでもない」
まずはあまり人気の無さそうな農機具部門の方に来たのだが、やはり熱心にこの部門を見ているのは少数の貴族で、それも大きな農地を持っている貴族が殆どだ。
穀倉地帯の領主として名の知れている貴族は、社交の上でも重要な人物が多いので、名前や顔を覚えている人ばかり。
交易の要衝であるラウンズが俺の領地というのもあって、面識のある人もちらほら。
「やあ、リベルヤ伯爵。アーミル侯爵もご一緒で?」
「おや、アンコモ子爵。貴殿も来ていたのだね」
俺たちに声をかけてきたのは、比較的領地の近いアンコモ子爵。
30代半ばくらいの男性で、堅実な領地運営をしている穀倉地帯の領主。
顔を合わせたり、手紙でやり取りをする事も多い相手だ。
「ええ。うちもそこまで広くないとはいえ、王国を支える穀倉地帯ですからな。優れた農機具で生産性が上がるのなら、そこは真っ先に手を付けるべきだと思っております」
穀倉地帯ともなれば、税収を上げるためにも農業の生産性は大事になる。
新たな農具で作業効率と生産性が上がるのなら、確かに優先的に投資すべきだな。
「しかし、今年もベスプリーム鍛冶工房が優勝を飾るとばかり思っておりましたが、なかなかどうして、行方が分からなくなってきましたな。そこな農機具は、シンプルながら高い機能性と価格を抑えた逸品。やはり数を揃える必要のある農機具が、少しでも安くていいものであれば、領主としては助かります」
アンコモ子爵がいいと指差したのは、レイネスタの打った農機具たち。
基本的には生産価格を抑えるために、純度の低い鉄を使っているが、そこは手間暇をかける事で純度を高め、鋼として加工して使っている。
一定の技術料は必要になるものの、大量受注であればあるほど費用を抑えられる仕組みだ。
対抗馬となるベスプリーム鍛冶工房の作品は、品質こそとても高いが、その分値段も張るため、どちらかと言えば裕福な農家が奮発していい道具を買う、という感じ。
頑丈で知られる黒重鋼と鉄の合金で、耐久性の高さを売りにしているが、やはり数を揃えるとなると負担が大きい。
原価の時点でレイネスタの打った作品の倍以上の値段だし、そこに技術料などが乗っかるので、1つ当たりのお値段は3倍くらいある。
また、黒重鋼を使用するという事は、鉄と違って手入れも難しくなるため、整備性が良くない。
鉄ベースであれば普通の砥石なんかで手入れができるし、慣れれば素人でもどうにかなるだろう。
ところが黒重鋼の含まれた合金となると、普通の砥石ではそもそも刃が立たないし、万が一曲がったり歪んだりした場合も修正が難しくなる。
「そもそもの客層を考えていない節はありますね。農機具を買うのは、農家あるいは農地の領主。前者も後者も、道具にかけられる費用が多いとは言えませんから」
そもそもの話、農地の領主や農家というのは、あまり稼ぎが多い方ではない。
というのも、食料は生きていく上で絶対に必要不可欠なもの。
あまりに高い値段が付けば、裕福でない人は簡単に飢えてしまう。
そうならないために、国で食料品はなるべく価格を抑えるよう法律で定められている。
単位当たりの価格が安いのなら、薄利多売で稼ぐ必要があるため、最終的な利益率はどうしても低くなってしまうのだ。
そういった意味では、農機具というのは安くて品質が高い物が求められるわけで。
ベスプリーム鍛冶工房は、需要とは真逆の高級路線商品を出しているというわけだ。
「違いない。ところでリベルヤ伯爵。この農機具は貴殿のお抱え鍛冶師が打った物のようだが、発注はできるのかな?」
アンコモ子爵が、展示されている作品に書かれた製作者の情報を見て、俺に問い掛けてきたので、俺は横の本人に視線を向けた。
「レイネスタ、どうなんだ?」
「ん-……納品期間と数による、かな。農機具だけなら1日当たり各10本くらいだから、それを超えない範囲なら」
「だそうです」
俺がまさか鍛冶師当人を連れてきていると思っていなかったのか、アンコモ子爵が目を丸くする。
あるいは、製作者があまりにも小さな女の子に見えたから驚いたのか。
「なるほど……それなら、1ヵ月あれば200本程度は生産可能なわけだ。であれば、来年の春までに各500本を発注したい」
来年の春、という事は、期間としてはおよそ3ヵ月。
納品までには充分な余裕があるな。
あとは当人次第か。
「どうする?」
「ん、別にいいよ。鍛冶がアタシの仕事だし。春までに500本でしょ。余裕余裕」
驚くほどダウナーなテンションでの返答なので、アンコモ子爵は怪訝な表情を浮かべているが、とりあえずは引き受けてもらえそう、という事でホッとしたように息を吐く。
「では、正式な契約は後日改めて。新年はいつまで王都に滞在されるご予定で?」
「1週間程度だな。王都にいる間であれば都合は付くから、貴殿の都合のいいタイミングで屋敷に伺うとしよう」
思いがけず、早々に鍛冶の仕事ができたので、俺は見る人は見てるものだな、と思う。
今回のコンテストで優勝したとなれば、個別に注文が入ったりするかなと思ってはいたけど、まさか優勝が決まる前から発注が来るとは思ってもみなかった。
「では、私たちは他も見て回るので」
「引き留めてしまって申し訳ない。だが、貴殿と話せて良かったよ」
有意義な話ができた、と相好を崩すアンコモ子爵と分かれ、俺とアーミル侯爵は他部門の作品展示を見物に回る。
お互いに見た感想を言い合ったりしつつ、分からない部分は専門家であるレイネスタに尋ねたりして、全ての展示品を見て回り、軽食コーナーで休憩がてら腹ごしらえをしていたら、賑やかだった会場内がしんと静まった。
「皆様、お待たせいたしました。それでは、陛下の方からコンテストの結果発表を行います。それでは陛下、よろしくお願いします」
サクスさまが会場内に結果発表を行うと告げ、そのまま陛下と場所を代わる。
「サクスからも礼は述べてもらったが、まずは今回のコンテストに多くの作品が応募された事を感謝する。その上で、この会場にいる諸侯には、これからも王国の繁栄に寄与してもらいたいと思う。それでは、結果発表に移るとしよう」
陛下が結果発表の前に間を作ると、誰もが固唾を飲んで大人しくなり、今か今かと結果発表を待つ。
俺も周囲と同じく、陛下の発表を待った。




