ワケあり9人目⑥
「レイネスタ、買い物に行くぞ」
レイネスタを迎え入れた翌日。
朝から鍛冶場に籠もっていた彼女の所に行ってみれば、鍛冶場内の小さな丸テーブルの上に大量のメモを量産したまま突っ伏して寝落ちしているのを発見した。
何をやってるんだ、と思いつつも、彼女の身体を揺すって起こすと、ビクリと反応してから顔を上げる。
「いつの間にか、オチてたみたい……」
ふああ、と欠伸をしながら伸びをして、レイネスタは立ち上がった。
「それで? まだ構想纏まってないのに、買い物に行っても買う物なんて無いケド?」
まだ眠いのか、目つきの悪い目の下に薄らとクマを作った彼女は、不機嫌そうにこちらを睨む。
様子を見る限り、かなり集中して取り組んでいたようだし、邪魔が入ったのが気に障ったのだろう。
とはいえ、今後のためには必要な事だし、俺の身体が空いているうちに済ませてしまいたさはある。
「道具とかそこら辺のものを揃えにな。一応、ここに元々置いてあった道具なんかはあるけど、多分人間用だろ? どうせだから、レイネスタに合うものを一式揃えようと思ったんだ。変に途中で道具を変えるより、最初っから慣らしておきたいだろ?」
「ふぅん。そういう事。それなら、確かに早い方がイイかも」
俺が呼びに来た理由を言えば、彼女は納得して怒りの感情を引っ込めた。
かなり感情をストレートに出すけど、考え方とか感じ方そのものは割と素直っぽいな。
家庭環境が色々良くなかったようだから、その辺りも少し心配だったが、いらぬ心配だったらしい。
「費用に関しては心配しなくていい。これからお抱え鍛冶師としてたくさん働いてもらう事になるから、ちゃんとしたのを揃える。それでなんだが、その辺りの道具を揃えるのにいい店なんかを知ってれば、案内を頼みたい。俺の方でも一応調べてはいるけど、道具の好みとかあるだろうし、要望があるならなるべく叶えるから」
「ん、りょーかい。そんじゃ、行こっか」
鍛冶場のテーブルに突っ伏して寝落ちし、大量のメモを積み上げていた状況から、昨日の夕食以降に寝ずに設計を行っていたのだろう。
となると、さすがに風呂くらいは入れてから出掛けたい所だ。
「その前に、風呂入って身支度整えてからな。一応、伯爵家のお抱えになるんだ。それなりの恰好をしてもらわないと困る」
「あ~……ゴメン、アタシの配慮が足りなかったね。気を付ける」
俺に指摘されて、自分の状況に思い当たったのだろう。
先ほど不機嫌な様子を見せた手前、ばつが悪かったようで、レイネスタは素直に頭を下げた。
うん、本当に素直だし、一般常識的な部分は特に問題無さそうだな。
恐らくは、集中すると身の回りが疎かになりがちな、職人タイプなのだろう。
「作業に熱中してもいいけど、健康管理とかはしっかりな。それとも、こっちで管理する人間を付けた方がいいか?」
もし、どうしても作業に没頭してしまうというのなら、適切に作業を中断させたりする専属の付き人を付けるかと問えば、彼女は無言で首を横に振る。
「ヘーキ。多少は疎かになる可能性はあるケド、鍛冶場で倒れないように水分補給はいつも気を付けるように言われて育ったし、どうしても長丁場になる作業の前にはしっかり休むようにしてるから。その、ちょーっと片付けとかは一時的に疎かになる時はあるケド、諸々終わったらちゃんとやるし」
片付けが一時的に疎かになる、と言ったタイミングで、彼女は気まずそうにテーブル上のメモの山に視線を送り、すぐにこちらへ戻す。
まあ、人の立ち入らない場所であれば、多少散らかしたとて文句を言う気は無いが、やはり定期的に片付けてもらう必要はあるか。
本人にちゃんとしようという意識はあるみたいなので、今の所はそれを信じるとしよう。
「移動のための足の踏み場が無いとか、不始末で火事になるとか、知らない間にぶっ倒れてるとか、そういう問題が起きない限りは細かく文句言わないから安心しろ。何かやらかしたら、強制的に人を付けるけどな」
「わかった。それじゃ、すぐに支度してくるね」
一度、身支度を整えるために屋敷の方に向かうレイネスタを見送って、俺はテーブルに山積みにされているメモの1枚を手に取った。
必要な材料の量から原価率、作成にかかる時間、重量や寸法、簡単なイラストなど、事細かに記載されたメモからは、彼女の確かな知識を感じられる。
鍛冶に関してはほぼ素人の俺でも内容が理解できるし、このメモの山が全部同じ仕様で書かれているとしたら、一体どれだけのアイディアを出したのだろう。
「お待たせー……って、あんま見ないで。まだちゃんと纏めてないし、まだ納得いってないから」
次から次へと、メモの内容に見入っていると、いつのまにか身支度を終えたレイネスタが鍛冶場に戻ってきており、俺がメモに目を通しているのを見て、彼女はメモを隠すように俺とテーブルの間に立つ。
「悪い。ほんの少しだけ見ようと思っただけなんだが、あまりにも内容がちゃんとしてるから、興味が沸いて次々と見ちまった」
少しばかり気恥ずかしそうにしている彼女を見て、俺は苦笑いを浮かべて手にしていたメモを元の場所に戻す。
あまり他人のメモを見ているのも良くないので、即座にメモを元あった場所に置いた。
「……行こ」
「そうだな」
若干の気まずさが流れたものの、お互いに本題である買い物に出掛けようと誤魔化す事で、俺たちは鍛冶場を後にし、待機させておいた馬車へと乗り込む。
馬車の大きさに目を見開き、それから中に入って座席の座り心地に驚いた表情のレイネスタを見て、俺はちょっとだけほっこりした。
ちゃんと歳相応の顔もできるんだな。
「行先の希望はあるか?」
「ノウノック道具店に行って。そこで必要な物は揃うから」
彼女の口にしたノウノック道具店へ向かうよう、御者を務めてくれている使用人に声をかけると、馬車が動き出す。
そのまま馬車に揺られること、およそ20分程度。
停まった馬車から降りた先にあったのは、非常に年期の入った、ボロボロの店構え。
大きさこそ結構なものだが、見てくれはただの潰れかけの店にすぎない。
さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。
とりあえずは、レイネスタの反応を注視すべきかな。
そんな決意を胸に、俺たちは店の中に足を踏み入れるのだった。




