ワケあり9人目④
ちょっとキリのいい所まで書き切ったら長くなっちゃいました。
お楽しみ頂ければと思います。
「さて、それじゃあ始めてくれ。自分のペースでいいから」
昼食を終えて、俺とレイネスタは鍛冶場の方に移動していた。
結構たっぷりな量の昼食だったが、レイネスタはその体格に見合わず、ぺろりと平らげて見せたので、鍛冶仕事は重労働だから身体が資本、という事なのかもしれない。
「……本当に、アタシのペースでいいの?」
作業を始める前に、彼女は躊躇いがちに問うてくる。
別に断る理由も無いので、俺は無言で頷く。
「わかった。それじゃ、始めるよ」
俺が自分のペースでやっていい、と言った事を確認してから、レイネスタは作業に入った。
炉に石炭と炭、薪と順番に並べてから、薪の下に着火用の魔石の粉末を手際良く並べていく。
「灯火」
そうして燃料を準備してから、彼女は右手の人差し指に蝋燭のような小さな火を灯す。
生活魔術と呼ばれる、魔術の才能がからきしでも使える魔術だ。
そうして、指先に灯した火を魔石の粉末に近付ける。
すると、蝋燭のような火が魔石の粉末に燃え移り、炉の中から勢い良く熱波が溢れ出す。
レイネスタはと言えば、火が燃え移る一瞬の合間に右手を引いて、炉から素早く距離を取っていた。
「ふー、とりあえずは良し、と」
一仕事したぜ、という感じでレイネスタは鍛冶場の椅子に腰を下ろす。
しっかりと炉の方を見てはいるが、今は待機、という事なのだろう。
俺もただの見物人なので、別の椅子に腰を下ろしているわけだが、今の所は特に手際が悪いとか、そういうのは見受けられないな。
「……本当に何も言わないんだね」
急に俺の方へと顔を向け、レイネスタが呟く。
今の所、何も言う事が無いと思ったから、何も言ってないだけなんだよなーと思うが。
こういう言い方をするって事は、彼女としては既に実家で言われていた何かがあるのだろう。
「俺が見てる限りでは、今の所は何も言う事無いぞ? 炉に火を入れるのも手際がいいと思ってたくらいだし」
俺が思っていた事をそのまま伝えると、レイネスタは苦笑いを浮かべる。
「……ベスプリームの家じゃ、炉に火を入れたら、火の一挙手一投足を見逃すな、って教えられんだよね。火を入れた時点から、鍛冶の良し悪しが決まるんだ、って。実際は、火の置き方と温度調整が肝なだけで、火の燃え方なんて、これっぽっちも関係無いのに」
どうやら、彼女が受けた教えでは炉にかじりついて全てを見逃すな、という事なんだろう。
けど、実際にはそんな必要は無くて、石炭や炭にしっかりと火が入ってから、それを調整して適正な温度を保つのが必要だった、と。
きっと、彼女が持つ鑑定眼の能力が、その本質を見抜いているんだろうな。
話を聞いている限りじゃ、職人の一子相伝の技、みたいのを親に教えられたけど、それの無駄な部分を独自に削ぎ落したり改良したりしたのが、親からすれば気に食わなかった、という所か。
「最初にも言ったけど、思うようにやっていい。俺に細かい鍛冶の知識はないけど、さすがに間違った事をしてるかどうかくらいはわかる」
「……ありがと」
俺が彼女のやり方を後押しをしたのが嬉しかったのか、レイネスタは小さく礼を述べてから、そっぽを向くように炉の方に向き直った。
多分、照れ隠しなのだろう。
「短剣一本なら、クズ材で十分かな」
炉に火を入れてから10分くらい経った頃だろうか。
レイネスタは小さな手鍋のような金属の容器に、鉄の端材を入れて、炉の中へと入れた。
それから短剣の鋳型を準備し、それを金床に置く。
鉄の端材を5分程度熱したかと思えば、ミトンのような鍛冶用手袋を装着してから長いやっとこで容器を掴み、それを鋳型の上へと移動して傾ける。
すると、熱されてどろどろに溶けた鉄が鋳型の上の穴から注ぎ込まれていく。
容器の中の鉄を全て鋳型に流し込んでからは、そのままやっとこで鋳型を掴み、鋳型を傾けながら小さなハンマーで軽く鋳型をコツコツと叩いていった。
あまり詳しい事はわからないが、恐らくは型に均等に鉄が行き渡るように空気を抜いたりしているのだろう。
数分くらい、鋳型を傾けながらコツコツしていたと思えば、やっとこで掴んだ鋳型を作業前に準備していた水の中に入れる。
じゅう、と水の蒸発する音がして、ボコボコと沸騰するように水泡が上がっていくが、やがてそれが収まり、レイネスタはゆっくりと鋳型を水から引き上げていく。
「そういえば、鋳型って壊す物じゃないのか?」
俺のにわか知識では、鋳型は使い捨てだったはずだ。
粘土やら砂やらで作った型で、じっくり冷やしてから、中身が固まったら壊して取り出す。
そんな物だったような。
「使い捨てのもあるケド、これは何回でも使えるヤツ。伯爵家だけあって、いい物置いてるよ」
俺がにわか知識を披露した所で、レイネスタが苦笑いを零しながら鋳型の説明をしてくれる。
言われてみれば、今彼女が使っている鋳型は、金属製でちゃんと万力のようなストッパーが付いているし、何なら蝶番の部分があって、壊さずとも中身を取り出せる構造になってるな。
あんまり道具に詳しいわけでもないから、その辺りをちゃんと見てなかった。
「ここに置いてる鋳型、全部黒重鋼と超硬質鋼の合金製だから、大抵の金属は鋳型だけで扱えちゃうね。さすがに難しい合金なんかは1から手作業になっちゃうケド」
俺に説明をしながら、彼女は手慣れた様子で鋳型を開け、中から短剣の型を取った鉄を取り出す。
それは既に短剣としての見た目をしており、見た目だけならもう物が切れそうだ。
よーく見てみると、各所に小さなバリのようなものがあったりするのだが。
「うん、形は大丈夫。あとは均して整えるだけ」
色々と角度を変えて短剣の素を確認してから、レイネスタはやっとこでそれを掴み、未だ火のある炉の中へと入れる。
それから炉の下にある空気口から足踏み式のふいごで空気を送り込み、火力を上げていく。
元より暑い鍛冶場が、さらに熱を帯びた。
「アタシは慣れてるから大丈夫だけど……そっちはヘーキ?」
「心配ないから、そのまま続けてくれ」
熱している短剣の様子を伺いながらも、こちらを気遣うように声をかけてくるレイネスタ。
左腕で額の汗を拭う動作が、とても職人っぽさを感じさせたが、俺はそんな彼女を見て少しだけ申し訳なくなった。
なぜなら、俺は自分の周囲を魔術で適温に保っているからだ。
とはいえ、暑い中にいるのも大変ではあるので、致し方なし。
そうして、しばらく炉の中で短剣の素を熱してから、彼女はそれを引き出す。
すると、真っ赤に熱された鉄が周囲の空気を歪ませている。
とてつもない高温なのは、火を見るよりも明らかだ。
「さあ、ここからが勝負……!」
レイネスタは自分に気合いを入れるように呟いてから、熱した短剣の素を金床に移動させ、鍛冶鎚でリズミカルに叩く。
カーン、カーン、と金属同士がぶつかる音が一定間隔に響き、ある程度叩いてからは、色々な角度から状態を確認し、再び熱しては叩き、確認し、熱しては叩き、を繰り返す。
やがて、赤く熱した短剣の素を叩かずに、そのまま水の中へと入れた。
鋳型の時よりも激しく水が蒸発し、鍛冶場の中に水蒸気による湿気が充満する。
確か、ああして熱した鉄を急速に冷やす事で、歪みを直していくんだったか。
そんなうろ覚え鍛冶知識とレイネスタの作業を照らし合わせながら、作業を見守る事およそ2時間。
ピカピカに磨き上げられ、鋭く研ぎ澄まされた1本の短剣が完成していた。
「できた……! 久しぶりに最後まで打てたから、ちょっと熱が入っちゃった」
簡素であるとはいえ、柄と鞘も1人で作り上げたレイネスタは、満足そうに額の汗を拭っている。
「見てもいいか?」
「うん。アタシの打った物を見て、判断して」
最初の無気力な表情はどこへやら。
充足感に満ち溢れた表情で、彼女は手ずから俺に短剣を差し出す。
差し出された短剣を両手で受け取り、鞘から抜いた短剣を鑑定してみる。
―――――――――
鉄の短剣(最高品質)
数打ちのごくありふれた鉄製の短剣。
軽くて扱いやすく、技量によりその威力を高める。
武器として以外にも様々な用途で利用される。
最高の状態で鍛え上げ、磨き抜かれたこの短剣は、ただの鉄製と侮るなかれ。
―――――――――
数打ちの短剣のはずなのに、最高品質ってわざわざ表示されてるし。
ちょっと気になったので、薪の端をレイネスタの打った短剣で軽く切りつけてみる。
すると、殆ど何の手応えも無く、薪の端がサックリ切れた。
下に落ちた切れ端を拾ってみれば、恐ろしく滑らかな断面となっており、この短剣の切れ味がいかに鋭いかが良くわかる。
「……ちなみに聞くが、ベスプリームの家にいた時に最後まで仕上げた作品はいくつある?」
これは、とんでもない逸材を拾ったのではないか。
そんな思いを裏付ける俺の問い掛けに、レイネスタは首を傾げる。
「一応、1本だけ。その時も確か鉄の短剣だったかな。最初も最初だったから、言われた通りに打ったヤツだけど、その時はやけに褒められたっけ。それから手順とかを最適化するにつれて、当たりが厳しくなったんだよねー。ここ数年は、ロクに鍛冶作業もさせてもらえてなかったケド」
彼女の返答を聞いて、俺は確信した。
間違い無く、レイネスタは鍛冶において天賦の才があると。
そして、最初こそ1回で質の高い短剣を打ったのを見て、その才能を喜んだが、自分たちの受け継いだ技を改変し、より最適化しようとする彼女の才能に恐れを抱き、自分たちが連綿と作り上げたベスプリームのブランドを乗っ取られる事を恐れ、鍛冶から遠ざけたのだと。
そして今日、奴隷としてベスプリームの家から追放する事で、その才能に自分たちが脅かされないようにしたのだと。
「……いけるかもしれないな」
最初は賑やかしでの参加を考えていた鍛冶コンテストだったが、これなら話が変わる。
いっそ、レイネスタを捨てたベスプリームに、ざまあしてやれるかもしれない。
けどまあ、選ぶのは彼女だ。
俺の独り善がりで決めていい事じゃないな。
「なあ、鍛冶は好きか?」
まずは一番の根本となる部分。
ここを聞かない事には始まらない。
「……今日の午前中までは、どうでもいいと思ってた。親兄弟に言われた通り、アタシに才能なんか無いって。でも、久しぶりに短剣1本でも、完成させてわかったよ。やっぱアタシ、鍛冶が好き」
鍛冶が好き、と答えたレイネスタの表情からは、確固たる意志が感じ取れた。
なら、俺は彼女に道を示そう。
選ぶのは、彼女だ。
「じゃあ、正式にリベルヤ家のお抱え鍛冶師として君を受け入れる。その上で提案だけど、君を追い出した家族を、見返したくはないか? 俺はこの短剣を見て確信したよ。君なら充分に頂点を獲れる。君にその気があるなら、俺は協力を惜しまない。もちろん、そんな事に興味が無いと言うのなら、それはそれでいい。その時はうちのお抱え鍛冶師として、鍛冶をしてくれ」
レイネスタの目を真っ直ぐに見据えて、俺は選択を迫る。
しばしの間、お互いの目を真っ直ぐに見つめ合う。
どのくらいそうしていたかわからないが、レイネスタの方から、不安げに瞳を揺らし、視線を逸らす。
「できるかな……アタシに」
「断言する。絶対にできるさ」
レイネスタが口にしたのは、迷い。
だから、俺は全力で彼女の背中を押す。
俺の言葉がどれだけの意味を持つかはわからないが、味方がいると思わせる事が大事だ。
そんな俺の思いが通じたのかはわからないが、彼女が決意を瞳に宿して小さく頷く。
「……わかった。アンタを信じる。アタシは、鍛冶コンテストで優勝して、クソみたいな家族を見返してやる!」
火が灯った。
そう確信できるほどに、彼女の目は、力強い光を宿していたのだった。




