ワケあり9人目③
「……さて、俺が君を買ったわけだが。奴隷として買った以上、君には働いてもらう事になる」
黙っていて展開が進むわけでもないので、とりあえず事務的にレイネスタに話し掛けてみた。
何かしら、反応を返してくれるといいのだが。
「……アタシの事を買って、何をさせるつもり? 言っとくけど、大した才能は無いよ」
一応、返事はあったので、対話そのものは可能そうか。
まあ、テンションがすっごい低いのはしょうがないとして。
これが性格なのか、家庭環境諸々の影響なのかはわからないが。
「そうだな……やってみたい仕事はあるか? 希望があって、適正があればその仕事をさせるし、特に希望が無いなら、こっちで指定した仕事をやってもらう。もし希望の仕事の適正が無かったら、色々試して適正のある仕事をしてもらう。それでどうだ?」
「いーよ、それで」
ともすれば、投げやりにも取れる返事。
表情は変わらず、テンションも低いまま。
特にその後に自分の希望を出すでもなく、レイネスタは黙り込んでしまう。
「……ええと、希望の仕事は無いのか?」
戸惑いを隠せぬまま、俺はレイネスタに問い掛ける。
てっきり、何かしらの希望を出してくるのだと思っていたのだ。
「……別に。何でもいいよ。才能があるかは知らないケド」
仕事の希望について尋ねたものの、返答には微妙な間があった。
多分、何か希望はあるけど、それを言い出せなかったのではないだろうか。
「だったら、君には鍛冶をやってもらおうと思ってるんだけど、いいか?」
「家事? アタシ、掃除も洗濯も料理も、どれも苦手だけど?」
アン〇ャッシュ的な勘違いをされて、俺はずっこけそうになった。
たしかにどっちも同じ、かじ読みだけどもさ。
「そっちの家事じゃない。武器や防具を作る方の鍛冶だ」
思わず、間髪入れずに訂正を入れてしまったが、それを聞いたレイネスタは眉間に皺を寄せる。
元々目つきが鋭いから、より不機嫌そうに見えるな。
「……もしかして、アタシがベスプリーム家の子供って知ってるの? でも、それなら多分、期待には応えらんないよ? 家の中でも一番の落ちこぼれで穀潰しって言われてたし、現に家からは縁を切られたし」
なるほど。
彼女は父親であろう、あのドワーフが言っていた事を、恐らくは日常的に言われ続けて育ったのだろう。
鑑定で見た特殊技能からして、恐らくは上澄みの方にいる鍛冶の才能を持っているというのに。
なるほど、それなら方向性は決まったな。
「仕事が向いてるかどうかは、俺が見て決めるさ。評価ってのは、自分でするものじゃない。あくまで他人から下されるものだ」
とりあえず、何事もやらせてみるのが一番だろう。
そう判断し、今後の段取りを考える事にする。
「一応確認するけど、鍛冶は1人で一通りできるのか? 必要なら助手とか付けるけど」
「一応、全部1人でできるケド……多分、お兄さんが期待してるようなものは打てないよ?」
なるほど、全工程を1人でこなせるのか。
だとしたら、あとは作業時間だな。
「一番簡単な、数打ちの短剣を仕上げるのにどれくらいかかる?」
「えっと、火入れからやるとして……炉の性能と設備によるケド、大体2時間もあればできる、と思う」
2時間もあれば、か。
時間の計算をするため、部屋にある時計に視線を移せば、あと30分程度で昼食の時間だ。
実際の制作は昼メシ後にやってもらうとして、設備の確認は先にしてもらった方がいいか。
「わかった。それじゃ、先にうちにある設備を確認してくれ」
レイネスタを連れて、屋敷の母屋から別棟にある鍛冶施設に移動する。
元々が侯爵クラスの屋敷とあって、恐らくはお抱えの鍛冶師に使わせるためであろう施設があったのだが、いかんせん使う人物がいなかったので、掃除だけしてそのまま放ったらかしだったのだ。
「炉は中型だけど、出力は……うん、かなり良さそう。基本的な鋳型もあって、金床と道具はある。道具も問題無く使えそう。これなら、1時間もかからないかも」
レイネスタを鍛冶施設に案内し、施設や揃えてある道具を確認してもらうと、問題無く作業はできると判断してくれたので、とりあえず追加で道具やなんかを準備してもらう必要は無さそうか。
「材料は、何を使えばいい?」
「とりあえずは鉄でいいか。何か扱うのが得意な材料があればそれでもいいけど」
足りない材料があるなら手配しようか、と確認してみれば、彼女は無言で首を横に振った。
現状ある物でとりあえずは充分、という事らしい。
「それじゃ、先に昼メシにしようか。うちは使用人とか関係無く、みんなでメシを食うんだ」
一通りの確認を済ませた所で、レイネスタと共に食堂に向かう。
そこは既に多くの使用人や警備兵の皆さんで賑わっており、俺の姿に気付いた皆さんが、口々にお疲れ様です、と声をかけてくれる。
それに軽く返事をしながら、俺たちは料理人の厨房口の所へと向かう。
「今日のメシは何だ?」
ここから注文をするのがリベルヤ家スタイルである。
ちなみに、参考にしたのは学食や社員食堂の形だ。
まあ、あまりに種類が多いと料理人の皆さんが大変なので、3種類くらいの料理を日替わりで準備してもらって、その中から好みの物を選ぶ形にしているのだが、人気が集中すると売り切れる事もあったり無かったり。
「今日は白身魚のフライ定食、豚肉の野菜炒め定食、牛肉の赤ワイン煮込みの3種類です。どれにしますか?」
なるほど、今日のメニューは揚げ物と炒め物と煮込みの中から選ぶ形か。
俺はどれでもいいから、とりあえずレイネスタに選ばせておこう。
「君はどれにする?」
「……えっと、牛肉の赤ワイン煮込み」
先にメニューを選ぶよう声をかけると、彼女は明らかに戸惑った雰囲気を出しつつも、1つのメニューを選んでくれたので、俺も自分の注文を済ませるとするか。
「じゃあ、牛肉の赤ワイン煮込みと豚肉の野菜炒めの定食1つずつで」
「かしこまりました! 配膳口でお待ち下さい!」
注文を済ませてから配膳口の方に移動すると、程なくして注文した定食がトレイに乗せられて出てくる。
うん、相変わらずいい感じにボリュームもあっていい感じだ。
大皿におかずがたっぷりと盛り付けられ、主食となる米とスープもたっぷり。
ちょっとした小鉢があって、しっかりと一汁三菜が守られているし、栄養バランスもバッチリ。
牛肉の赤ワイン煮込みの方は主食がパンなのとスープが違ったりするが、一汁三菜の内容は同じ。
「結構量があるから気を付けてな」
鑑定で見た能力値的に、重さがどうこうというのは無いと思うが、いかんせん身長が低いので、俺はレイネスタにトレイを手渡す事にした。
彼女の身長だと配膳口から受け取りにくそうだったので、念の為である。
「……ありがと」
俺が率先して雑用のような事をしているのに戸惑っているのか、レイネスタは控え目ながら返事をしつつトレイを受け取った。
彼女がしっかりと安定してトレイを持っているのを見届けてから、俺も自分のトレイを持って、空いている席の方に向かう。
ちょうど2人掛けのテーブル席が空いていたので、俺たちはそこに腰を落ち着ける。
レイネスタの方は手伝おうかと思ったが、しっかりと自分でテーブルにトレイを置けていたので、いらん心配だったな、と一安心。
「……アタシの知ってる奴隷の扱いって、こんなんじゃない」
さて、メシを食おうか、と思った所で、ポツリと呟くようにレイネスタが言葉を漏らす。
特に誰に向けて言ったわけではないのだろうが、聞こえてしまったからには答えないとな。
「実は、ここの使用人や警備兵は大体奴隷だ。そこらへんでメシ食いながら談笑しているみんなの殆どが、だ」
俺の言葉を聞いて、彼女はハッとしたように周囲の様子を伺う。
誰も彼もが充実感に満ちた表情や、幸せそうな表情で昼食を頬張り、楽しそうに同僚たちと談笑している。
そんな様子に、レイネスタはますます困惑顔だ。
「うちは普通の貴族家じゃないんだ。一応、これでも伯爵家なんだけどな」
「……は? 伯爵家? アタシ、そんなん聞いてないんだけど」
俺が伯爵家当主だ、と遠回しに伝えた瞬間、彼女は顔色を真っ青にした。
まあ、言葉遣いとか、色々と不敬だったと言われたら、もう言い逃れ不可能な状態ではあるが、そもそもそんな下らない事であれこれ言う気は無い。
「まあ、言ってなかったしな」
「え? アタシ、死ぬ?」
ああ、なるほど。
奴隷にしちゃやたらと豪勢なメシだから最期の晩餐だと思ったのか。
心配すんな。
幹部の中にはもっと不敬なヤツいっぱいるから。
「当主様、その子は新しい使用人っすか?」
「使用人、っていうかは鍛冶師の予定だな。午後から腕前を見せてもらう予定だ」
「バカもん! 当主様になんちゅークチのきき方をしとるんだお前は!」
恐らく新人であろう警備兵の制服を着た青年から、気軽に声をかけられたので、俺も気軽に答えていたら、警備兵の副隊長さんが後ろからツッコミを入れてる。
まあ、身内しかいない場だから、そんなにうるさい事は言わんよ俺は。
「まあ、こういう身内しかいない場なら無理に畏まる必要は無いよ。他に偉い人とかが来てる場でそれをやられちゃうと処罰せざるを得ないけど」
「ほんっとうにすみません! 後で良く言い聞かせておきますから!」
副隊長さんに小突かれながら、新人の警備兵は他の席の方に連れてかれた。
後で怒られたら可哀そうだけど、こればっかりは上の立場の人の監督責任問題とかにもなりかねないから、副隊長さんが焦るのも無理ないか。
「ま、こんな感じで基本的には緩い感じだから、そんな恐れる必要は無いさ。ま、後で色々と教育は受けてもらうけど」
今の俺たちの緊張感の薄いやり取りを見て、レイネスタは青かった顔をポカンとさせていた。
あ、これ情報量が多すぎてパンクしてるな?
「とりあえず冷める前にメシにしようぜ。腹減ったわ」
変に緊張させてもしょうがないし、気楽な口調で先に俺がメシに手を付けると、レイネスタも腹が減っていたのか、俺に続いてメシを食べ始める。
「……美味しい」
一口牛肉の赤ワイン煮込みを食べて、彼女は目を丸くする。
なんというか、ようやく歳相応の表情になったな、という感じ。
それからは無我夢中でがっつくように食べ進めていく。
うんうん、食欲があるのは良きかな、とその様子を微笑ましく見守りながら、俺も昼食を食べ進めていくのだった。
今回は今まであまり見せた事の無いタイプのキャラなので、レイネスタが読者の皆さんに気に入ってもらえたらいいな、と思います。
もちろん、彼女が魅力的で可愛く見えるよう、作者も努力して参ります。




