逃げる二人
エミリアの意識が覚醒していく。あぁ…。ここは? 突然、馬車が落下した? 私は…車内で、天井に頭をぶつけて、気絶したのかしら? でも…馬車ごと落下した? いえ、本当に落下したの?
「エミリアっ! エミリアっ!! しっかして!!」
誰だ? 煩いなぁ…。重いまぶたを開くと、エルダリスが涙目で必死に呼びかけていた。
「エルダリス…? うっ…」
左腕に激痛が疾走る。骨折している?? 歯を食いしばり現状を確認すると、視界には橋が見えない、かなり下流に流されたのだろう。私もエルダリスも、服が所々破け、擦り傷だらけだ。他の生存者はいないようだ。
まずは骨折をどうにかしなけば。方法は3つだ。細い流木などで腕を固定する。”治癒”の魔法で治してみる。西の血族の指輪を使い、血と肉を糧として治療する。当然だが、エルダリスを食べるわけにはいかない。エルダリスにちょうどよい流木を探すようにお願いする。
”治癒”の魔法で、骨折がどの程度治るのか? 試してみなければわからない。触媒を取り出し、エミリアが使える最上級のLv4で治癒の魔法を発動させようとしたが、ここで最上級を使用してしまって良いのか? 確かに砦攻略組のエルフを食した時、魔法の使用回数の上限が少しだけ増えて、今では、Lv1:8、Lv2:6、Lv3:4、Lv4:2、Lv5:0となっている。
この先、何が起こるかわからないのに、いや、しかし…骨折は不味い。Lv4で”治癒”を発動する。
「癒やしの女神よ、苦しみの時、苦しみの場所、苦しみの元、解放の慈悲、降臨せん」
途中から折れ曲がっていた左腕が元に戻る。しかし痛みは継続していた。まだ完治まではしていないのかも知れない。回復魔法の中では最下位のランクである”治癒”で、ここまで治せたのだ。良しとしよう。恐らく、もう一度Lv4の”治癒”を発動させれば、完治するのでは? と思ったが、それは日付が変わる直前まで我慢することにした。
固定するための小枝を拾ってきたエルダリスは、骨折部分が腫れて膨れ上がっていた左腕の変化に驚いていた。
「エミリアは、魔法が使えるのですか?」
「うん。ちょっとね」
さてと、次の行動だけど。濡れた衣服を乾かすのも大事だが、橋の崩落が暗殺者の仕業なら、死体を確認するために、ここまで下りて来るだろう。今は体勢を整えるため逃げるしか無いのだが、自分だけならまだしも、エルダリスを連れて、暗殺者に発見されぬよう、痕跡を残さず移動するのは至難の業だ。
しかし、ここで考えていても仕方がない。エミリアは下流に向かって歩き出す。
「ごめん。エルダリスは怪我とか無い? 自分のことばかりで、ちゃんと聞いてあげられなかった」
「うん。私は大丈夫よ」
渓流を観察すると、流れは流れは緩やかだが、水深はかなりあるようだ。人の手の入っていない渓谷。青い空と青々した新緑、エメラルドグリーンに輝く清流。しばらく座って眺めていたい気分だが…。
「エミリア! みて、船よ!」
小さな木の小舟を発見した。慎重に小舟を調べるが、特に魔法関連のトラップなどはなかった。この小舟があれば、暗殺者たちの追跡から距離を稼げるかも知れない。
二人を乗せた小舟は、清流の流れに身を任せ、ゆっくりと下流へ落ちた花びらのようにゆらゆらと進むのであった。




