マータンの暇つぶし 前編
二人共、貴族という立場を隠し、平民という身分を演じているために、ボロを出さないようにすると、自然と会話も減ってしまう。一家離散の果て、13歳で冒険者になったエミリアは、エルダリスよりも平民を経験しているため、多少は筋の通った会話も出来るのだけれど、聞き耳を立てている他の客に突っ込まれないようにと、結局は口を閉ざしてしまった。
この幌馬車は一般人向けのために、衝撃や振動を減衰する魔道具を装備していない。そんな馬車に慣れていないエルダリスは、お尻をずらしたり浮かしたりと、体勢を代え始めた。北西の領地から王都リゼンまでの道のりも、同様の幌馬車だったのだはずだから、少しは対策というものを…。と考えるよりも早く、「実は、私も…」と言いながら、無料の毛布を借りてお尻の下に敷いたのだ。
「ありがとう…」と、エルダリスは、少しはにかんだ笑顔で言った。
日が暮れ始めると、幌馬車は街道の脇にある広場に停車する。簡易的な馬小屋や建物があり、ここが毎度使われている施設だということがわかる。各幌馬車毎に2つの焚き火台が用意されており、お湯を沸かすことも、簡易的な料理をすることもできる。私とエルダリスは、チケット販売所で購入した固いパンと干し肉だっけなので、焚き火台は暖炉としての利用していた。
「ほら、食え、お前らだっさ」と、犬亜人のマータンが、ちゃちゃっと乾燥野菜と干し魚で、”海のスープ”とやらを作って、同乗する客に配ったのだった。
見るからに怪しい犬亜人のマータンが作ったスープを誰も飲まないので、最初に私が人柱となる。
「うん。出汁が凄く美味しいね。コレだけでお店出せるんじゃないの?」と絶賛する。
「「「「「「「美味しい!!!」」」」」」」
私の様子を見て、全員が自分のスープをごくりと飲む。そして予想外の美味しさに、舌鼓を打った。
夕食が終わったのを見計らって、業者達が寝床について説明する。
「女子供は、そこの建屋で寝てくれ。一応、中からカギも掛かるし、出入り口は、御者の俺達が夜通し見張る、この場所から確認できるから安心してくれ」
同じ幌馬車で女性は三人、私とエルダリスとマータンだ。建物内には三段の簡易ベッド的な物が複数あったのだが、マットや敷布団がない。冒険者として、あの砦の中で寝泊まりしているのだ。安全なベッドで寝れるだけマシだろう。
翌朝、エルダリスに起こされ暖炉に行くと、マータンがチーズ・スープを作って配っている。
「お前ら、おっそ。早く、食え」
乾燥したチーズと干し肉で作る塩っ気の効いたスープだった。これも驚くほど美味しかった。
こんな感じで、王都リゼン内での安全な2日間を過ごし、いよいよ南の領地内に入る。襲撃などがあるとしたら、ここからだろう。
”感糸”の魔法で、同乗者や他の幌馬車、すべての人物をチェックするが、相変わらず、エルダリスに向けられている感情は、ほぼ白の無関心か、ピンクの恋であった。しかし…犬亜人のマータンが、私に向ける感情は、黄色の警戒だとばかり思っていたのだが、青の信頼だった事実を知って、少しウルウルときてしまった。
となると、外部からの襲撃に備えるしかないのだが、特に襲撃を想定した魔法を持ち合わせていないのだ。
(今度、護衛に使えそうな魔法書をウィルボーから、貰っておこうかな)
そして、相変わらず街道を疾走る馬車の中で、犬亜人のマータンが、楽しそうにほくそ笑んでいたのに気が付いた。襲撃なのか? 間違いなく何らかのトラブルが発生するのだろうと身構えるのであった。




