Beginning of the end
弁当を食べ終え、歯も磨き終えた鉄治は、玉五郎の躰に掛けたケットがズレていたので掛け直すと、
玉五郎も眠っている事だし、俺もそろそろ寝るか …
部屋の電気を豆球に切り替え、何時もと同じ11時過ぎにベッドに入った。
鉄治も疲れていたのだろう…
ベッドに入り間もなく、スースーと寝息を立てた。
壁掛け時計が午前2時を示す頃…
玉五郎の耳がピクピクッ、ピクピクッ動いた。
ヤッパリ … 来ヤガッタニャ…
玉五郎は息を潜めた …
するとフッと玉五郎の姿が消えた…
バサッバサッバサバサ
部屋の外から羽音が聞こえる…
カァーカァー …
鴉は部屋の外で2度鳴くと、スーッと壁をすり抜け室内に入った。
クロウ …
姿を消した玉五郎は鴉を目で追い、鴉の行動を見張っていた。
鴉はカクッカクッと機械的な動きで小刻みに首を止め、辺りを警戒しながら首だけを360度回し、少しずつ、少しずつ、鉄治に近づいた。
ニャニヲスル気ダ ?
玉五郎は姿を消し、じぃーっと鴉の行動に目を凝らしている…
鴉は鉄治の枕元迄寄ると、グルングルンと首を素早く回転させた。
玉五郎も鴉の首の動きに合わせ、目の玉をグリグリと回した。
勢いを増し鴉は首だけを回す…
シュンッシュンッシュンッ
静まり返る室内に、鴉の首が風を切る音だけが響く …
シュンシュンシュンシュンシュンッ
クッ、ガァ~カァー!
突然、鴉は嘴を鉄治の首に伸ばした
サセルカッニャッ!
玉五郎はキャットベッドから空中に飛びあがる
鴉は鉄治のイラタカをシュッと嘴でくわえた!
玉五郎の左前足の肉球から、長く鋭い爪がシャッと飛び出しイラタカをくわえる鴉の嘴を突き刺した。
鴉の赤い目が不気味に鈍く光る…
鴉は翼を広げイラタカをくわえたまま、突き刺さる玉五郎の長い爪を伝い、空中へと浮かんだ…
ファッサッファッサッ …
クゥェ~クック … 馬…鹿…ナ…猫…ダ…ナ…
オ前ガイル事モ知ッテイタ … ハ…ジ…メ…カ…ラ… グガァ―ッ!
オ前ノ足ヲ、コノママ引キ裂イテヤロウカ? クゥェ~クックッ!
鴉の嘴が玉五郎の爪の根元に達した
その時っ!
シャァァアッ!無駄口キイテネェデ遊ボウゼ、オ喋リクロウッ!
玉五郎は空中で己を描き、躰をハラリと翻し、鴉のくわえるイラタカを尾で掠め取り…
そのまま鴉の背後に回ると右前足で鴉を天井に叩きつけた。
バンッ!
鴉は天井に躰を打ち付けられ、床に向かい急降下する
空かさず玉五郎が鴉に飛びかかり
ニギャーッ!
玉五郎は鴉の首を両前足で抑え込んだ
THE ENDダナ… オ喋リクロウ…
玉五郎はシャッと両前足の爪を伸ばした
鴉は妖しく赤い目を光らせ…
何…ヲ…言…ッ…テ…イ…ル…
始…マ…リ…ダ… 猫…神…
シュンッ…
玉五郎が抑える鴉の姿が消えた…
糞ッ!クロウメッ!
玉五郎はバルコニーの窓へ駆け寄り耳をピクピクと動かした…
カァーカァーカァー
鴉は3度鳴きバサッバサッと羽音を響かせ飛び立った …
クロウの気配が消えると、玉五郎は尾を使いイラタカを器用に鉄治の首に戻した。
「うっう~んっ…んっ?わっ!玉五郎っどうした?糞かっ?尻突き出してっ!」
玉五郎は、糞ジャネェヨ!と思いながらも猫らしく
ニャンッ♪ 可愛く鳴いた…
「そうか…淋しかったのか、よし玉五郎おいで… 」
鉄治は玉五郎を優しく布団に招き入れた。
玉五郎は、違ウンダ兄サン!と思いつつも 、鉄治の優しさには逆らえず鉄治の横に伏せた。
鉄治はゆっくりと玉五郎の頭を撫でた…
クロウノ奴、始マリダナンテ、不気味ナ事言イヤガッテ… 次ハドウ出テクル…
玉五郎は気持ち良さにうっとりしながら、クロウの事を考えていた。
軈て、鉄治の玉五郎を撫でる手が止まる頃 、鉄治も玉五郎もグッスリと眠っていた。
グ~ス~ピ~グ~ス~ピ~ ズッピ~
玉五郎が深い眠りの中にいると、何処からか玉五郎の心に語り掛ける声が、聴こえてきた …
玉五郎はピクッと耳を動かす…
「玉五郎…ソノママデ聴キナサイ…ソシテ心デ応エナサイ … 何故、穢レニ手ヲ出シタノデス… マタ穢レニ戻リタイノデスカ…」
玉五郎は
「イエ、穢レニ戻リタイトハ思ッテイマセン … 只、横ニ眠ル漢ヲ助ケタカッタダケデス … 」
「猫缶ヲ買ッテクレタカラ…オ前ニ供物ヲ 与エタカラデスカ?」
玉五郎はムッとして
「ソンナンジャネーヨッ!コイツハ… コノ 鉄治ッテ奴ハ… 人間ニハ少ナイ優シクテ良イ奴ダカラダッ!」
「何故、良イ人間ダト解ルノ?玉五郎… ソノ漢モオ前ヲ利用シ裏切ルカモ知レナイ… 傷ツキ穢サレ憎シミニノ中デ生キル日々ニ引キ戻サレテシマウカモ知レナイ… 」
玉五郎は枕に顔を埋め
「コイツハ、ソンナ奴ジャネェ …」
涙を流した …
「玉五郎 … ソノ漢ヲ本当ニ助ケタイノデスネ… 解リマシタ、玉五郎… 勝手ニナサイ… 但シ 、コノ120年デ、オ前ハ遣イ魔トシテノ穢レヲ落トシテイマス、妖力モ無イニ等シイ、 爪ヲ自由自在ニ伸バス事ト姿ヲ消ス程度デス…ソレデモ 、ソノ漢ヲ守リタイデスカ?オ前ノ命ヲ投ゲダシテモ?」
玉五郎は枕に涙を擦りつけ
「承知シテイマス…辟邪尊 、俺ハ鉄治ヲ信ジテミタインデス、心ニ熱ヲ持ツ、コノ漢、鉄治ヲ …」
「解リマシタ… 玉五郎… オ別レデス… 私ガ玉五郎ニシテアゲラレル事ハ、モウ…何モ アリマセン …」
玉五郎は顔を上げ
「120年間、オ世話ニナリマシタ…有難ウ御座イマシタ、辟邪尊 !」
辟邪尊は微笑みながらも涙を流し
「玉五郎… オ前ノ実態ガコノ世ニ残ッテイルノハ、ソノ鉄治トイウ漢ト出逢ウ為ダッタノカモ知レマセンネ … 」
辟邪尊の涙は緑色の葉に変わり、玉五郎の心に、その葉を1枚残し去ってしま った…
辟邪尊が玉五郎の心に残した1枚の葉は、青 々と輝いている、然し、その葉で何が出来るのか?何に使うのか?玉五郎には解らなかった。
「考エテモ解ラネェヤ…ヘヘッ…グスン…」
玉五郎は枕に顔を埋め、辟邪尊との出逢いを想い返した。
其は今を遡る事、125年前…
オンギャーッ!オンギャーッ!
ホウ~今度ハ女ノ子ガ生マレタカ … ナカナカ可愛イ子ダナ… 大丈夫ダ、オ前ノ人生ハ全テ上手ク行ク… 俺様ヲ崇メロヨ!
両親は娘を鶴と名付けた
鶴は年月と共に、すくすくと大きくなっていった。
玉五郎はじぃーっと鶴の成長を見守っていた。
鶴が2才を過ぎた頃だった …
夜更けに姿を消した玉五郎が、筋と言われる猫神を継ぐこの家に訪れ、一部屋、一部屋を回り、心に強く欲を抱く者はいないかと探していた。
鶴の部屋を訪れた時だった …
「猫しゃま?」
玉五郎は
「見エネェ癖ニ…ドウセ当テズッポデ言ッテンダロ…」
鶴に顔を近づけると
ビィーンッ!と鶴が玉五郎の髭を引いた
「ひゃははっ!ひゃはっ!猫しゃま!」
鶴はパチパチと手を打ち喜んだ、いつもの玉五郎なら激怒するのだが …
鶴のあどけない可愛いらしさに、怒る気にはなれなかった。
其からと言うもの玉五郎が姿を消し、この家の何処にいても鶴は、パタパタと走って来ては
「猫しゃまっ!みぃけっ!」
玉五郎の居場所に現れた。
初めは、鶴を煩わしく思っていた玉五郎だ ったのだが、何時の間にか鶴に見つけられる事に喜びを感じるようになっていた。
見つけられる度に、玉五郎は何時も
「鶴、欲シイモンナイカ?菓子カ?」
鶴に聞くのだが … 鶴は何時も決まって首を横に振り
「猫しゃま、ごめんさい、」
そう言って玉五郎の頭を撫でた
「菓子モ欲シガラネェナンテ、オカシナ、ガキダナ鶴ハ… 」
玉五郎は何時も鶴にそう言っていたのだが 、年頃の娘になれば、やれ着物が欲しいだの結婚相手だのと、今迄、見て来た人間達が皆そうだったように鶴にも欲が出るに違いないとそう思っていた。
鶴が3才になる頃…
外に出て遊ぶようにもなるのだが… 同じ年頃の子供達は、筋の人間には関わるなと親から聴かされているのだろう…
「お前とは遊ばない!」
鶴と遊ぶ事を拒んだ …
鶴は外に出ても1人ぽっちで泣いていた …
「糞ガキ共、思イ知ラセテクレルワ ! 」
玉五郎が隠れてそっと鶴の様子を見守り、鶴を仲間外れにする近所の子供達に腹を立てると… 鶴は決まって
「猫しゃまだめっ!ごめんさい…」
近所の子供達から避けられ
「あっち行けっ!」
時には石を投げつけられ、ピーピー泣いていても、玉五郎が近所の子供達の元へ向かおうとすると鶴は止めた。
そして必ず
「ごめんさい …」
玉五郎に謝るのだった。
そんなある日の事…
鶴は何時もなら、家から然程離れた場所へは行かず1人遊びをしているのだが、この日は何を思ったのかツカツカと、裏山の方へと向かい歩いていた。
玉五郎は心配になり
「鶴、何処行ク? 山ナンテ1人デ行クナ! オイッ、鶴ッ!」
「いぃやっ!猫しゃまもっ!」
玉五郎の制止も聞かず、玉五郎にも一緒に来いと鶴はそう言い、ツカツカと歩いて行 ってしまう…
「シカタネェナ … 」
玉五郎は鶴の後を付いて行った。
鶴が山の手間を右に曲がると、石畳の階段の上に大きな石の鳥居が見えた。
鶴は石畳の階段を大股開きで
「うんしょっ!うんしょっ!」
時には手を付き捩登り、登りきると玉五郎を見てニカッと笑い手招きをした。
「鶴… 駄目ダッ!戻ルンダッ!戻レッ!」
玉五郎が怒鳴ると
「うわぁ~んっ!猫しゃま、ごめんさい、 うわぁ~ん、うわぁ~んっ!」
鶴は泣きながら、鳥居の奥へと走って行ってしまった 。
玉五郎は
「オイッ鶴!戻レーッ!」
鶴を呼んだのだが、鶴のパタパタと走る足音は遠ざかって行く…
玉五郎は急いで鶴を追おうと鳥居へ向かった。
バリバリリッ!バリッバリッ!
「ウワッ!ヴッグッ~ッ!痛ッ…テェ…ク ッ苦…シ…イ…ッ」
玉五郎が鳥居を潜ろうとすると、全身をギ ュウギュウと締め付けられる苦しさと、生皮を剥ぎ取られるような痛みが走った。
玉五郎はバッと後退り
「鶴ッ!鶴ーッ!」
鶴の名を呼び続けた…
間もなく鶴は、パタパタと鳥居へ走って戻り 、玉五郎を見てニカッと笑うと、何事も無かったように石畳を降り家へと向かった
「オイッ鶴ッ!中デ何シテキタッ!」
玉五郎が聴いても、鶴はニコニコ笑って応えようとはしなかった …
鶴は次の日も、その次の日も毎日毎日、山へと向かった。
玉五郎はその度に、鶴を追いかけ鳥居の前で鶴を待った。
そんな日々が1年程続いた。
その年の冬 …
鶴は風邪を拗らせ、高熱に魘され寝込んでしまった 。
高熱が続き苦しんでいるにも拘わらず
譫言のように…
「おっお山… 猫しゃま…ごめんさい…」
鶴の両親や親族が玉五郎に助けを求めたの だが、玉五郎が鶴の側を離れようとすると
「だめっ… 猫しゃま … ごめんさい…ごめんさい…」
当の本人である鶴が玉五郎を止める…
「鶴… 聴クンダ…オ前コノママダト死ヌンダゾッ!解ルカ?」
鶴は力無くコクンと頷いた …
「鶴、俺ハオ前ノ願イヲ一ツモ聴イテイナイ… 鶴、何デモ聴イテヤル!何ヲシテ欲シイ?今直グ病気ヲ治シテ欲シイダロ?ソウ 言エ直グ助ケテヤルッ!」
鶴は、ゆっくりと首を横に振り
「猫…しゃま… ご…めん…さい… おっ…おやま … お… や … ま …」
鶴はニッコリと笑顔を浮かべたまま…
眠るように息を引き取った …
悲しみに暮れる家族達 …
「何故、俺ノ力ヲ拒ム… 鶴-ッ!」
玉五郎は鶴の通った、あの鳥居へと急いだ
鶴 … 此処ニ何ガアルンダ … アノ鳥居ノ先ニ何ガ…
玉五郎が鳥居の前に立つと…
キラキラと小さな光の粒が、彼方此方から集まり… 光の粒に包まれた鶴が、鳥居の奥から玉五郎を見つめニッコリ笑い手招きをした。
猫しゃま! こっち! こっちー!
「鶴 … 鶴ーッ!」
玉五郎は鶴の元へ向かおうと、鳥居に踏み込んだ…
「グゥッグワッ-ギャーギィヤァーッ!」
全身の生皮が剥がれ、毛を1本づつ引き抜かれているような激痛が全身を襲う、それでも目を開け前を見ると、鶴がニッコリと笑 っている …
玉五郎は痛みに負けないように歯を喰い縛り一歩、又 、一歩、鶴の元へと進んだ。
「ツ… ル … グガァアアァッ-!」
玉五郎は目を見開き、耳は吊り上げられているようにピンと立ち上げ 、鶴を確りと見つめ 一歩づつ、前へ前へと進む
後5歩 … 後4歩…
「グゥゥ-ヴゥグッ-ギィーヤッ!」
生皮を剥がされ全身が神経だけになってしまったように、足を動かすだけでも全身に激痛が走り気を失いそうになる…
それでも玉五郎は…
後3歩… 後2歩… 1歩 …
玉五郎は鶴に前足を伸ばした…
「ツッ… ツッ… 鶴ッ …」
パリンッパッリ~ンッ…
鶴の背にある空間が砕け、鶴の背後に辟邪尊が立った…
猫神 …
良ク我ヲ訪ネテクレマシタネ …
全テハ、ソナタノ鶴ヲ想ウ心ガ生ジテノ事
鶴ハ我ニ願イマシタ …
猫シャマ… 可哀想 … ゴメンサイ …
コンナ幼子ガ一族ノ行イヲ恥ジ、皆ニ代ワリ、ソナタニ詫ビタイト…
我ニ力ヲ貸シテ欲シイトスガッタノデス…
猫神 … 改心致シマスカ?
玉五郎はコクンと頷くと
バタッ …
全身から力が抜け落ち倒れてしまった…
玉五郎は薄れ行く意識の中で …
鶴の小さく温かな手が玉五郎の全身を撫で
猫しゃま… いい子… いい子 …
鶴の優しい声を聴いた …
玉五郎はそのまま、うっとりしながら…
深い眠りについた …
鉄治の横で眠る、今、この時のように…
※ 辟邪尊 = 魔除けの明王とされ、馬頭観音とも呼ばれている。




