表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポム  作者: 天野 うずめ
5/16

移動法、美人さん。

「犬、飼ってるでしょ?」


唐突にそう言われても、

「う、うん……」

としか言いようがない。

その上たたみかけるように、

「あ、やっぱり!!じゃあ午後の講義が終わったらお邪魔しにいくからそのつもりでね!よろしく!!」

と言われてしまったら、

「あ……はい……了解です……」

としか答えようがないのである。

顔がくっつくんじゃないかと思うくらい接近されてそんなことされたら誰だってするつもりのない承諾をせざるを得ないのだ。


つまるところ、うちの大学でトップレベルを争うほどの美人さんが僕のアパートにお邪魔しにくるというこの状況は、僕の意思も思考も関係なくして決定したのであるからして、もはや偶然ではなく起こるべくして起こったのではないかということだ。

そう、だからこうして美人さんと並んで歩いて学生たちの視線を集めるのも仕方のないことなのである。

……仕方のないことなのである。


しかし肝心なところ、うちに犬はいない。

思い浮かぶのは真っ白いモフモフとした球体と、不思議な鳴き声。囲碁の碁石のように黒くて丸い瞳と、小豆のような鼻から伸びた小文字のオメガを描く口。

「ぽむ!」

そう、うちに犬はいない。

代わりにポムがいるだけだ。



「で、あの。どうして僕が犬を飼っているなんてわかったんですか?」

美人さんは美人さんであるからして、やはり大学では顔が広く、所謂人気者の立場に属している。

片や僕。友人はそこそこいるものの、美人さんほど顔が知られているわけでもない。

興味のあること以外にはあまり目を向けずに、という注意書きはつくが、ごく普通に日々を過ごし、ごく普通に毎日を送っているだけであるから、美人さんとは接点という接点がないのである。

そんな関係であるのに、なぜ彼女は僕が犬を飼っているということが分かったのだろう。

いや、厳密には犬ではないが。

「いやね、昨日お買い物の帰り、あなたとワンちゃんが公園から出てくるのをみちゃってね」

「なるほど、そういうことですか」

「え、ええそうなの」

それならば、納得がいく。

偶然ポムとの散歩をみられていたのだ。うん。なるほど。

「犬、お好きなんですか?」

「え、ええ!……好きよ」

「そうですか」



僕たちは相変わらず並んで歩いていた。

狭い通りで住宅が密集しているような場所だったから、必然的に美人さんとの距離が近くなってしまう。

不覚にもドキドキしてしまった。

僕なんかがこんな美人さんと並んで歩いていいのだろうか。こんな美人さんが……。

と、僕の思考が今まで忘れていた至極当然な疑問をひねり出した。


こんな美人さんがどうしてわざわざ僕の家までやってくるのだろう?


幾ら犬が好きだらと言って、こんな今まで接点がなかった、しかも男一人暮らしのアパートまで上がり込もうとは一体この美人さんは何を考えているのだろう。

顔の広い彼女だ。犬をペットにしている友達など探せばいくらでもいるだろう。

ではなぜだ?

なぜ美人さんはわざわざ僕を選んだのだ?

しかも大学で少し強引なまでに「お邪魔するから!」と威勢を見せた割には、一緒に歩きはじめてから口数も減り、心なしか緊張しているような趣だ。まるで、大学での威勢が覚悟を決めたものであったかのように。アパートに近づくにつれて、そわそわし始めているような気もする。


間違いない。美人さんは何か僕に隠している。


「あ、あの!」

「は、はい!」

「どうして……急に、その……僕のうちへ?」

「え、いや!えっと、その!種類……そう!種類が!」

「種類が」

「そ、そう!犬種がね!友達の誰もが持ってないやつだったから是非近くでみてみたいなぁ……と」

「そうですか……」

多分違う。そうじゃない。きっと、何か重要な……。


待てよ。


美人さんはさっき、「昨日」と言っていたか?

待て、もうちょい詳しく思い出せ。昨日、何だ?

「昨日、公園から出てくるのをみちゃってね」と言っていたか?


昨日僕は、ポムと公園で何をしていた?

ぬいぐるみをとってこーいで遊んでて、僕が大暴投して、それをキャッチしたポムが空中浮遊を開始して、驚いた僕としばらくの間言い合いをして……。

そして、そのまま……。

「そのまま帰った……」

「えっ?」

「あ、いや!なんでもないです、ごめんなさい」


まさか、見られていた……!?

いや、まさかも何も、見られていたんだ。公園から出たところを彼女は見たと言った。ポムは確かにその時浮いていた。僕は誰にも見られていないと思ったしもう少しポムの浮遊を観察していたかったからそのままにしていた。

その光景を、見られたんだ……!!


これは非常にまずい。

見られたことにも問題があるけども、相手が悪かった。美人さんほどの知り合いの多い人ともなると、噂は爆発的な速さで広まってしまう。

噂というのはどこでどう伝わるのかわかったものじゃないから、研究者やポムのことを珍しく思った人たちにまで広まって、ポムを持っていかれてしまったとしたら……それは非常にまずい。

もし彼女がすでに何人かに話していたとしたら……いや、その心配は後でしよう。今はとりあえず美人さんを何とか帰らせる上手い方法を考え出さなければならない。



しかし時はすでに遅し。

その結論に至った頃にはもう僕たちはアパートの前に到着していた。

こうなったら美人さんを部屋にあがらせる以外に選択肢がないじゃないか。


ここまでお読み下さりありがとうございます!


今回はポムの出番なかったですね(笑)

次回白い毛玉の運命やいかに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ