何処から来たのか、何処へ行くのか
光堕ちとは、悪の心を持つ者が何かしらのきっかけで善の心を芽生えさせるのを指している。
本作品の中心人物にちゃっかりとのさばった魔王の娘、ケティール=ベルガモットが一応そうだ。姿は黄色いふわふわの髪で、蒼と白いレースフリフリワンピースに蒼の編み上げブーツ。ただ、ただ。家族を(特に父で魔王のハバネロ)大切にしたい気持ちが源になって、ケティール=ベルガモットは光堕ちした。
そのわりにはやってることが無茶苦茶だよ。
細かいことは気にするな。それでは、ぼちぼちと物語の続きを語ろう。
***
あーさーっ!!
夜明けを告げる、魔鶏〈ウインドクラッシャー〉のけたたましい鳴き声だった。
んがーっ、ごごごーっ!
気になる大樹の幹を枕にして高らかに鼾を掻くのはケティール=ベルガモットだ。勇者・スポロ=ルクスの陰謀(詳しくは前回話にて)によって家に帰ることが出来なかったという、仕打ちを喰らった。
『はあ……。』
親指の大きさの女子ちっちゃいもの、カモミールは切なそうに溜め息をつく。ケティール=ベルガモットの鼾で眠れなかったのではなく、今日のことを考えて滅入ったからだ。
勇者・スポロ=ルクスは魔王・ハバネロを手中にしたと思われる。奴だけなら今のケティール=ベルガモットで十分に倒せるが、果たして……。
「父上、むにゃむにゃ。今度《家に10のマスターパーク》に連れてってね……。きりきりきり」
カモミールの憂鬱は喝破される。夢の中でも父親にどっこいしょとは、どれだけ父親まみれなのか。カモミールはケティール=ベルガモットのばかでかい寝言に堪らず苦笑いをした。
じりじりと、陽射しが眩しくて痛い。昼近くは何のそのと云わんばかりのケティール=ベルガモットの爆睡っぷりをそろそろ止めさせなければ。
『ケティール。まだ寝ていたいだろうけど、起きてご飯をーー』
ぷち。
カモミールは、ケティール=ベルガモットを優しく起こしたが叩き潰されてしまったーー。
***
「ごめん、カモミール」
『謝らないで、ケティール。これくらいどうってことないから』
ケティール=ベルガモットによって潰されたカモミールはもとの姿に膨らむ。そして、ケティール=ベルガモットは泣きかぶりながらカモミールを鷲掴みにしていた。
「朝と昼を兼ねたご飯、どうしよう」
『ケティールの家に行こうよ』
「無理無理。今のわたしの姿で家に帰っても、父上と母上は『わたしの友達』と、白い目で見るよ」
そういえば、そうだった。
ケティール=ベルガモットの両親は、今のケティール=ベルガモットをやっかい者だとして扱った。それが何とも言えない、心が折れる現実だとカモミールは頭を抱えるのであった。
「でも、お家に帰りたい」
ケティール=ベルガモットは「ぐう」と、腹の虫を鳴かせながらべそべそと泣き出した。
『せめてご飯は食べたいよね。と、なれば、やっぱりあの勇者をどうにかしないといけないかな?』
「……。そうよ、そうよ。そもそも、あの馬鹿が父上を唆したのがいけないの、カモミール」
『では、こう、しましょう。あなたは“ケティールの友達”でご両親に媚びる。今のあなたの好感度をアップさせるの』
「良いこというね、カモミール。そうね『けしてあやしいものではありません』からはじめてみよう」
『そんなややこしいことをしなくていいと思う。いい? “お友達”よ』
「ぐだぐだとした打ち合わせは止めて、とっとと家に帰るよっ!」
ケティール=ベルガモットは苛立っていた。そして、カモミールを「むんず」と、鷲掴みすると弾丸のように我が家へと向かったーー。
***
「あら? あなたはーー」
ケティール=ベルガモットは家に帰り付く。すると、母親が玄関の戸を僅かに開いてケティール=ベルガモットを見据えていた。
「母上……。違った、ケティールちゃんのお母さん、昨日はいきなり来てごめんなさい。会いたいの、やっぱりケティールちゃんに会いたいからなの」
「まあ、そんなにケティールのことを……。でもね、でもね。あの子、昨日から帰って来ないの。主人は『希望を持とう』と言っていたけど……。ひとりでこうして家にいると、ケティールのことをどうしてもーー」
ケティール=ベルガモットの母親は、矢張目の前にいる小娘が我が子だとわからないでいた。その事はもう諦めて、ケティール=ベルガモットは話しを半ば強行突破することにした。
「え? 今、おひとりですか」
「ええ、そうよ。主人は昨晩勇者を泊めて、今朝になったら勇者を連れて魔界城に出勤したわ」
「は?」
「勇者は主人の仕事絡みでしょうね。たぶん、商談。取引の交渉を魔界城でしていたの」
魔王は会社勤めで戦いが仕事なのか? と、ツッコミしたくなるが、ケティール=ベルガモットは母親の言うことが気になった。
「つまり、勇者を此所に泊めたのは?」
「接待よ。親睦を深めたところで商談を成立させたかったのでしょうね」
商談=勇者をブッ潰す。
そうか、父上は勇者を。そして、勇者はーー。
ケティール=ベルガモット「ふっ」と、不敵な面構えになる。
「ケティールのお母さん。わたし、こう見えても“正義の味方”なのです。ケティールのお父さんのお仕事がスムーズにいくように、お手伝いをしたいです」
「あら、あら、あら。魔界城でお勤めしたいなら、面接しないといけないわよ。家の電話を貸すから、あなたからその主旨を魔界城の人事課にお伝えしなさい」
へ? え? はあ!?
「私【ロックウォール】に住むミカタ=セイギノです。求人の募集は……。ありがとうございます……。はい、早速お伺いします。……。はい、よろしくお願いします」
魔界にある地域名と偽名をさらりと思い付いたケティール=ベルガモットは、魔界城に電話越しであったが従業員として働く為の面接希望を伝える。すると、面接を受けられることになって、履歴書を用意するのであった。
そして、ケティール=ベルガモットは魔界城に赴くと面接を受けるーー。
「ふふふ、ふん。カモミール、わたし明日から魔界城に勤めることになったよ」
なんと、ケティール=ベルガモットは即日で採用されたのであった。
『聞きたくないけど、どんな業務をするの?』
「……。城内で軽作業だとしか言われていない。でも、でもよ。『あなたがうんと頑張ったら、魔界城の幹部へと昇格がある』と、告げられた」
『は!? あなた、面接でどんなことを言ったのよ?』
「『勇者はわたしが捻り潰す』よ。だって、本当のことだもんっ!」
ケティール=ベルガモットは、鼻息を「ふん」と、強く噴いたーー。




