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揚げのままで

 ケティール=ベルガモットが光堕ちした頃、魔界の王・ハバネロの自宅で乾ききったスポロは(経緯は割愛)振舞われた豪華な夕食に舌鼓をしていた。


「奥様の料理の腕前は、世界一三ツ星シェフをうわ抜いています」

「うふふ、あなた(スポロ)は褒め言葉を飾ったのですね」

「実に素晴らしい味だと、心から震えたのです。美味しい、美味しい、美味しいが止まらない。と、ひたすらにです」

「きゃっ! あなた、あなた、あなたっ! 私、ドキドキが止まらないっ!!」

「ははは。キミが作る料理は僕がいつも絶品だと喉を鳴らせている。でも、ちょっとだけ妬いちゃったな」

「いやん、勘違いしたら駄目。でも、でも、でも、ごめんなさい」


 ーー馬鹿だな、キミは。男のつまらない嫉妬に、傷つかないで。


 ーーもう、そうやって意地悪なことを言ってばがりをすると、私はぷんぷんするよ。


 いっちゃ、いっちゃ、べった、べた。


 擬音描写の通り、ハバネロとその嫁は二人の世界にひったひたと入り浸る。


「ごちそうさまでした」

 目のやり場に困ったのもあった、スポロは鼻血を垂らしながら食堂から退散した。



 ***



 至れり尽くせりは今のうちだろう。かといって、魔王に挑む気力は全くない。


 スポロは客室のベランダで星空を仰いでいた。そして、悶々と葛藤していた。

 勇者の息子だからと、今思えば迷惑な使命を押し付けられた。職能紹介所で指名した有志はどいつもこいつも温室育ちだったのか、ちょっとしたことに堪え切れなった。ふっ、気付けば俺は……。


 結構、今の情況が気に入っていたりして。


 スポロは「ふふふん」と、鼻歌交じりで笑みを湛えていた。何か色々な意味で歪んだのだと思われる。たぶん、セカンドライフを行き当たりばったりで企てた。


 ──ええっ! 僕を、次期魔界王に!?


 ──私は直感したのだよ、キミなら魔界に爽快な風を薫らせると。私はいずれ朽ち果てる。どうか、どうか……。


 ──文句なしで同意しますっ!


 ──ありがとう。では、娘の伴侶を兼ねた魔界王育成プロジェクトを今すぐに立ち上げよう。費用、衣食住の負担は私に任せなさい。


「……。ちっ」


 おい、スポロ。自分で勝手な空想をしときながら、不満がっているのがわからないけど?


「王になるのに、条件を突き付けられた」


 だから。それ、おまえの空想。


「やっぱ、色々と考えると無理だな。でもさ、魔王は完全にその気でいるし」


 いや。寧ろ、魔王がおまえに勝手に空想をされてしまって迷惑がる。


 あーでもない。

 こーでもない。


 恐ろしいことに此方が語る気を失せるほどにスポロの空想が止まらないでいた。


「ごめん、僕はキミの旦那に相応しくない」


 こいつ、とうとう空想で結婚を拒むをしやがった。因みに相手は魔王の娘だ。


「わたしだって嫌だよ。あんたのような、根性が悪い奴の嫁になるのはね」


 お? 何かはっきりとした声が聞こえた。


「……。俺の心に土足で踏む込むなよ」

「あんたのねちっねちとした独り言、丸聞こえしていたけど?」


「で、あんた誰?」

「回りが見えない、相手を覚えていない。こんな奴に父上が情を掛けた。もう、本気で怒ったわ」


「!!!!!」

 スポロは漸く我にかえる。そう、紛れもない現実にだ。目の前にいる、蒼くて白のふりふりワンピースのケティール=ベルガモットが鉄球をぶんぶんと振りかざしていたことにだった。


『ケティール、此処で戦いを挑んだら家が倒壊してしまうわっ! こいつを連れて、別の場所に移動しましょうっ!!』

 女子ちっちゃいもの、カモミールはあわてふためいてケティール=ベルガモットを促す。


「カモミール、何にも心配ないよ。ほら、勇者を見なさい」

『安心しないでっ! こいつはお暇得てる……。違った、怯えているふりをしてるのっ!! あなたをどうやって痛め付けようかとーー』

「お暇得てる?」

『言い直したから笑わないでよっ! ああっ!! 勇者、家の中に入ったわよっ!!!!』


「……。ちっ!」

 ケティールは少し考え込んで、舌打ちをする。

 家に帰ったら室内の灯りが点っていた。と、いうことは両親はまだ就寝していない。矢張勇者と和んでいたのだ。どんなことでと言えば、この美味しそうな薫りが証拠。母が得意としている美味しい揚げ鶏を、勇者は食い放題した。そう、勇者の口の回りはべとべとと、油まみれしていた。


 あの野郎、許さない。


 食の恨みとは恐ろしい。ケティールは目を血走らせ、灰色の息を「はあ」と、吐く。


『カモミールッ! ぐずぐずもたもたせずに、勇者を逐うよっ!!」

 ケティールは「むんず」と、カモミールを手掴みして、勇者の足取りを逐う。


「おっと、動くな」


 追い付いた場所は、自宅の食堂。其処で勇者が両親を盾にして、ケティールを脅す。


『何てことっ! ケティール、あのお二人が捕られてしまったわっ!!』

「……。最悪。父上は自宅にいる時は魔力を使えない。母上は父上と結婚をする時に滝壺の魔女から“センギョーシュフ”の魔法を掛けられて、普通のお嫁さんになった」

『何だかわからない、ファミリープランだわっ! でも、ケティール。あなたは正義の味方だから、お二人を何がなんでも救わなければならないわっ!!』


「『何がなんでも』て。あんた、さっき言っていたこと、忘れたの?」


『!!!!』


「くすっ」と、笑みを湛えるケティールにカモミールは驚くさまをした。この状況下になる5分28秒前にケティールへと言い放ったことを思い出して「ぶるぶる」と、スマートフォンのバイブレーション機能のように震えた。


 ーーケティール・アイロンボールッ!!


 説明しようっ! 必殺技っぽく言っているが、ただ鉄球をぶん投げているだけだっ!! 因みに鉄球はアメリカンクラッカーのように、ひとつの鎖の端と端に繋がれている。


 で、何を照準にしたかと言えばーー。


「はっはっはっ! ふたりが気になって手元が狂ったな」


 ケティールが投げ飛ばした鉄球は食堂の天井にめり込んだ。それを見たスポロは、笑い飛ばしたのであった。


「ふんっ! 調子に乗らないで」

 ケティールは強がりをした。と、思われる。


「あらあらあら、困ったわ。其処の女子さん、あなたは誰なの」

「きっと、ケティールの友達だ。そうだよね、キミはケティールと遊びたくて来たけど、ケティールは37分18秒前に外出しちゃったのだよ」


 なんと、ケティールの両親は目の前にいるのが娘であると認識してなかった。当然のように、ケティールは「はあ?」と、口をぽかりと開いた。


 スポロは、その情況に味をしめた。そして、こう言うのであった。


「ご主人、奥様。お子さんの友人でしょうが、このままお家に引き留めとく訳にもいけません。直ちにお引き取りされていただきましょう」

「そうだな、勇者。キミの意見に賛同する。さ、名前がわからないケティールの友達。今すぐお家に帰りなさい」


 父上。だから、わたしの家は此所。て、何でわたしがわからないの。


「折角来たのに残念だけど、私からもお願いするわ。あ、手ぶらじゃ何だから、ケティールに食べさせようと取っておいた夕食、沢山あるからお裾分けするわ。お家に帰ったらレンジで温めて食べてね」


 母上、凄く哀しいですけど。ああっ、いつもより半分の量だ。


 ケティールはタッパにずっしりと詰め込まれた美味しい揚げ鶏を母から渡され、父、ハバネロに腕を掴まれてずるずると廊下を歩き、ぽいっと、玄関の戸の外へと放りこまれる。


「ばたん、かちゃ」と、戸口が閉まり、鍵が掛かる音がした。


『ケティール。よくわからないけれど、閉め出し喰らったのね』

「……。カモミール、洒落にならないことを言わないで。それにしても、それにしても……。あいつ、あいつ、あいつ、あいつ、あいつ(以下、略)」


 ーーあの馬鹿勇者っ! 父上と母上を唆して手の施しがないほどの悪魔になっていたーっ!!


 ケティール=ベルガモットは、勇者・スポロ=ルクスへの憎しみを最大限につのらせるーー。

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