駆けよ象二郎
全編 後藤象二郎視点の回です。
明治12年(1879年)8月26日
暴動の第2報は午後に進軍中の我々の下へ届いた。
倉庫で破壊を尽くした兵達は、そのまま民家を襲い略奪中。
その人数は次第に膨らみつつあるとの事。
「民間人も暴動に参加しているのかも知れん。」
僕が言うのに、犬養くんは頷いている。
「こういう時は民間人の略奪が1番怖いんです。」
地方で一揆の様子を随分と見てきたのだろう。
「ソレにしても君は参加する必要無かったんじゃない?」
僕の問いに彼は仕方ないんですと呟く。
「敵の狙いを潰しておく必要があります。自分だけが見物している場合じゃない。」
どうやら彼は、頭山くんの工作部隊に参加するらしい。
というか工作部隊の正体が民間人だったとは。彼らが如何なる工作を担うのだろう?
「敵の狙い?敵ってどういう事かね?」
「もちろん清国の事ですよ。奴ら二の手三の手を....。」
そこまで言って彼は僕を見る。
「準備しているかもですよね?」
「イヤ立見さんはそこまで掴んでいない様だ。先ずは目の前の蜂起を鎮圧すべきだろう。」
犬養くんも頷いて賛意を示している。
後ろを頭山くんと工作部隊が通り過ぎる。
「どっかーん♪どっかーん ハ〜ッパハッパ〜♪」
謎の歌を口ずさむ彼ら。
立見少佐は行き先を変更せず、隊列は静かに東別営へ進んでいく。
「この人数では2面作戦は不可能です。」
少佐は難しい顔で、この作戦の困難さを説明する。
「背後を突かれる危険は冒せません。計画通り暴徒が東別営に戻った所を叩きます。」
我々は進軍を止め、目的地から半里ほど離れた空き地でしばし様子を見る事に。
我々の部隊はおよそ500、そのうち騎馬が50ほどでありコレは蒙古馬のような、小型種であった。
僕もそのウチの1頭に騎乗している。
騎馬隊はどうしたって騒々しいので、最後尾をユックリと進んで空き地へと到着。
もう3時を過ぎようとしているが、続報によればまだ暴動は終わることを知らない。
犠牲になる民間人を思い僕はかなりイライラしたが、少佐は目を閉じている。
「警察機関は取り締まりをせんのか?」
僕の疑問に下士官は肩をすくめる。
「軍隊が暴れ出したら、この国じゃあ止めれる者は居なそうですな。」
永遠の時間が経ったように感じ、戦いなど起こらぬのではないかと錯覚し始めた時、ようやく斥候が待ちわびた情報をもたらした。
「暴徒が引き上げ始めました!東別営へ戻りつつあります!」
略奪の限りを尽くした暴徒達は、その腹を満たして寝床へ帰り始めたのだ。
そろそろ夕方に差し掛かろうという時間である。
「狙撃隊準備!」
少佐が鋭く小声で叫ぶ。伝令は日本語のまま各部隊へと伝言していく。
作戦指示は日本語で足りるよう、訓練されているのだろう。
100名ほどの人数が、音も立てず駆け足で進んでいく。
「襲撃隊準備!」
少佐の声で、またも100名ほどが駆け足を始める。
犬養くん達の工作部隊も一緒だった。
少しして本体も動き出す。
僕の体には緊張が走る。
「後藤先生、ご一緒に参りましょう。」
少佐は散歩に誘うかのような調子で、僕に声をかけてきた。
轡を並べて静かに馬を進めていく。
「土佐の武官には乾さん、谷さんという強か人が居られた。後藤先生には出番が無かったですな。」
立見さんはこんな時に昔話を語り出した。
「そうだね、戊辰が始まる前からずっと、僕は容堂公と共に交渉役であり続けた。」
当時を思い出す。ソレでも充実した数年間だった。
今のように嘘つきやゴマカシは横行していない、分かりやすい時代だった。
「おかしなモノですな。時代が変わると敵も変わる。ワシは昔戦った人々と力を合わせている。」
ゾロゾロと進む隊列に目をやって、立見さんは続けた。
「コイツらも同じ朝鮮人同士戦わなければならない。恐らく理由すら分からぬまま、戦う事になるでしょう。ソレでも将来力を合わせていくことが出来るなら、いずれ報われる事でしょう。」
僕は立見少佐を見つめている。彼が何を言いたいのか分からずにいる。
「殺し合っても報われる事があるのかな?」
「あります。ワシは見た事がありますな。」
同じ民族同士が殺し合い、報われることなどあるのだろうか。
「ワシは戊辰で一度、西南戦争でまた一度、内戦を経験しております。とても辛い、辛い戦いでした。二度目などワシを救ってくれた恩人、西郷さんとの戦いでしたからな。」
僕は立見少佐を見続ける。
「西郷さんはご自分が旧時代を代表している事に、早々に気付いておられた。そうして不平士族達を一身に引き受けて、滅びるために戦いを起こしたのだとワシは思うのです。その結果、あの人は報われた。」
散々に抵抗して、殺されたのに報われたのか?
「滅びるために戦ったのだから、滅ぼされれば報われておりましょう。」
では滅した方は報われているのか?
「滅した側は、それだけでは報われませんな。何ともやり切れぬ思いで一杯になります。」
........。
「武官の仕事は此処までですが、文官が再生を請け負ってくれましょう。ソレが成された時、武官は報われる。破壊と再生、武官と文官は別々に存在しとるわけではありません。」
..........。
「お願いしますぞ、後藤先生。ワシらの破壊に報いて下され。」
僕には......新しい時代作りに参加する資格があるんだろうか?
内戦を戦った人々の思いなど、気にした事があるだろうか。
まるで1人で大政奉還を成し遂げたみたいに、僕は考え続けていたのじゃないか。
そして僕は今新しい時代を作るどころか、まるで西郷さんの様じゃないか?
不平士族が薩長の世を呪って西郷さんを頼りとした様に、猪之助も僕も不平士族に担がれている。
ならば僕たちは旧世代の代表となって、滅びていくしかない運命か。
だが僕たちは西郷さんと違って無自覚だから、滅びて報われる事はないな。
僕は苦笑した。目の前の年下の武人に見えている事が、僕には全く見えていない。
「僕は....新しい時代を作るべき人間ではないのかも。西郷さんの様に。」
「左様な事はござりませんな。」
立見少佐は僕の言葉を即座に打ち消す。
「ワシは少なからず実戦を経験しております。後藤先生は今、戦の本質を見ずに局面だけを見ておられる。」
「戦の本質とは?何なのだろう。」
そんな真理を語った人を見た事はない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
だがその問いへの答えを聞く事は出来なかった。
我々は蜂起軍が集結する東別営前に到着し、本体は南西側およそ300mの位置へ陣取る。
先発の狙撃部隊は配置完了、襲撃隊は本陣にあって準備を終えている。
危機を察知した周辺の民家は、既に避難を終えているようで人影は見えない。
しかし蜂起の現場は酒でも飲んでいるのか大いに騒がしく、こちらの展開に気づいた様子は無かった。
「局面にのみ目を取られる者は、死地におることにも気付きません。」
少佐はそんな風に僕に語った。
「襲撃隊は配置につけ。」
下士官の合図と共に、大盾を持った襲撃隊が静かに前へ進む。
後ろから工作部隊も付いていく。
イヤ、犬養くん!危ないって!
僕の驚きをよそに、彼は平気で襲撃隊と行動を共にしている。何という無謀さか。
辺りは夕闇に包まれつつある。
猥雑な声の湧き上がる東別営以外、音は聞こえない。襲撃部隊の見事な練度だった。
攻撃開始の合図。
兵営の一部が爆発音と共に吹っ飛び、やがてバラバラと兵士が飛び出てくる。
そこを襲撃隊は銃撃で狙い撃ちに撃ちまくる。
大盾を構える襲撃隊は、兵営から50m程の距離?或いはもっと近かろうか?
民家の影から攻撃する部隊はさらに近い。
跳弾が唸り声を上げ横を行き過ぎる。兵営からの応戦が始まった。
不意を突かれた蜂起軍は篭城の形を取っており、これではラチがあかない。
しかしたかが100名の襲撃に1500名が篭城するなど、統率者がおらぬ証拠でもある。
しかしやがて数の優位を理解したか、兵営の外で射撃をする者が増えてきた。
射撃はあまり正確とは言えないが、最新の装備であるらしい。
犬養くんの予想が的中した様だ。よくない傾向だが。
襲撃隊はジリジリと後退し始める。蜂起軍には喜色が浮かぶ。
彼らの攻撃は精度が低く、襲撃隊は損害をほぼ受けていない様に見えるが、どうやら相手はよく分かっていないようだ。
敵が下がっていく、ということに興奮している様に見える。
口々に何やら叫んでいる。
「何を言っているのかな?」
通訳に尋ねると言いにくそうにしていたが、やがて倭技軍など正規軍の前では恐るるに足らず、という様な事を言っているのだと教えてくれた。
この状況で、どうやら指揮を執る者が出始めているらしい。
立見少佐は下士官へ合図を出す。陽動の合図であるらしい呼子が吹き鳴らされる。
ジリジリと後退していた襲撃隊は、やがて雪崩を打って崩れた様にこちらへ向かう。
蜂起軍に歓声が上がった。
今や襲撃隊は全速力で後ろを振り向かず走ってくる。
何名かが蜂起軍の銃弾に倒れる。それでも立ち止まるものはいない。
「本体前へ、騎馬隊は最前列へ!」
少佐がそう叫び、僕は彼と並んで一本道の入り口に立った。
蜂起軍まで100mを切っている。地響きを立てて迫りくる蜂起軍はなかなかの迫力だ。
「工作隊!かかれ!」
少佐が刀を抜き払い、虚空へと突き上げる。
その瞬間。
薄暗い夕方の町中に火柱と煙が湧き上がり、遅れて建物を揺るがす爆破音が轟々と耳を襲う。
あまりの音に判断がつかなかったが、ソレが走り込む蜂起軍の最も先頭で起きた爆発であると見える。
僕の顔にも爆風の圧が感じられる。
騎馬隊の面々はソレに動じる様子もない。
民家の屋根にいた狙撃隊が、一斉に下へ射撃を始める。
さらに爆発が続く。ソレは感覚を置いてユックリ、後ろへと火柱を上げていく。
吹き飛ばされる蜂起軍の兵士たち。ソレは暗闇に紛れ確かな数は判別できない。
『釣り野伏』は退却すると見せかけて敵を待ち伏せする、戦国時代から使われる戦法であるが、こんな派手な仕掛けで吹っ飛ばすとは聞いていない。
あまりの展開に唖然としていた僕は、少佐の号令で我に帰る。
「撃ち方やめ!」
下士官たちが撃ち方やめを伝言していく。あまりの業音で遠くに声が届かないのだ。
「騎馬隊は突撃準備!」
混乱をきたしている蜂起軍に対し、50名の騎馬隊が突撃する。
僕も抜身をぶら下げ、高揚する気持ちを抑える。
「突撃!」
少佐の号令と共に、僕らの咆哮が道に響き渡る。
地面に転がり無力化された兵士が、恐怖の表情で道端へ転がり突撃を躱す。
道は先ほどの爆破で穴だらけだが、重心の低い蒙古馬は倒れる事なく突き進む。
馬上で僕は抜身を振りまくった。
だが恐らく切り倒されるべき兵士はいなかった。
この突撃は彼らを殲滅するためのものではない。僕は馬上で悟っていた。
コレは蜂起軍へ恐怖を与えるために行っているのだ。
さらに言えば彼らを生かすために、僕らは突撃していると言っていい。
我々は敵ではない。コレが終われば再生の道のりを歩むのだ。
立見少佐の言葉が思い起こされる。
新陰流にはの極意には活人剣なるモノがあると言う。なれば戦の極意とは殺す事でなく活かすことか。
僕は馬上太刀を振り回しながら、馬鹿のように叫びつつ来し方を振り返る。
愛国社は日本国の再生など考えてもいなかった。むしろ更なる破壊を目指し、薩長政府に襲い掛かった。
ソレは正しい事だったのか?僕たちは敵ではないのだ。戦いを終えて再生を目指す。
何故そんな事すら出来なかったのか?
馬上僕はかつて無いほど愉快な気持ちになっていた。
そして福沢さんが言っていた『官民協調』を思い出す。イヤイヤ、全く皆がこれほど同じような事を何度も繰り返し言っているのに、頭が悪いとこれほど聞き漏らすものなのか?
僕は抜身を振り回しつつ、一本道を駆け抜けた。
朝鮮人は怯えつつ闇へと逃げていく。逃げろ逃げろ!そして生きろ!
僕の馬は先頭を駆け抜けていた。
一番槍は後藤象二郎!と後ろで誰かが叫び声をあげる。
そして炎をあげる東別営へ馬を乗り付け、歓声を上げる仲間を振り返った刹那、肩に冷たい衝撃を受けた。
遅れて銃声が聞こえるが、僕の視界は反転している。
誰かが叫んでいる。炎の熱さはやがて感じなくなってくる。
そして不意に暗闇が訪れた。
活人剣は相手の動きを使って効率よく倒すような極意と言いますね。
後藤さんは誤解していますが、そんな解釈もアリかなと。(´∀`)
そして立見少佐の西郷観は、いわゆる死場所を探す男説ですね。
コレがしっくりくる方が1番多そうですね。




