第五十五話 のんびり無双
宴の翌日からは村を散策したり、近隣の山や森を見て回っている。
というのも、ミスティが「案内しろ」と言い出したからだ。
まあ、エレーナがべったりになってるので、そう長時間ではないが。
そのエレーナだが、母が妊娠したことで「おねえちゃんになるから」と、色んなことを手伝おうと頑張っている。
水瓶への水の補給だとか、洗濯など、主に女性がやっていることを、ちょっとずつやっているそうな。
まだ俺が家を出て一年にもならないのに、なんだかんだで成長しているものだなあと感慨深く思う。
ちなみに第三子が生まれるのは、もう間もなくだとまじない師の婆さまが言っていた。
……つまり、俺がいなくなってから一月くらいの間に親父が頑張ったってことだな。
まあ、村にいる間に生まれたら、弟か妹か確認できるからいいんだけどねー。
「豊かな森だな」
「まあ、みんなでちょこちょこ手入れしてるからね」
通い慣れた森を歩きながら、ミスティと雑談する。
狩人がメインに使う道は、下草や顔付近の枝が払われているため歩きやすい。
今は冬だから、余計に手入れされた場所が分かりやすい。
あからさまに枝が折れてたりするからね。
「ここで、狩りや採取をしていたわけか」
「うん。まじない師の婆さまとか、狩人衆にいろいろ教えてもらってね」
しばらく歩き続け、狩りでも踏み込まない辺りまでやってきた。
この少し先に、俺がよく魔物を狩りに行った森がある。
魔物がいる=魔力が他より多いということなので、薬草類も豊かだ。
逆に普通の植物は、魔力の少ない地域のほうが多い。
どうやら魔力によって、別の種類と考えられるほどの変異をするらしい。
この辺はファンタジーな世界だなあ、と感じる部分だ。
他にも魔力とか、属性の偏りなどで機構が変わったりもする。
南の方にあるのに暑い地方と寒い地方が混在している国とかもあるのだ。
まあ、大雑把には緯度によって暑くなったり寒くなったりするが。
「あー、いるな」
「私には判らんな……やはり、ソーラの感知範囲はずば抜けている。何か秘訣でもあるのか?」
魔物の魔力を感知した俺に、ミスティが疑問を投げかける。
それもそのはず、彼女は『魔力感知』も『気配察知』も俺と同じく極めているからね。
ついでにステータスの確認をしておくか。
【名前:ソーラ 種族:人族 レベル:121
所持スキル:魔力操作10 魔力感知10 七属性魔法10 空間属性魔法10 魔力増大10 魔力回復10 回復魔法10 調合10 木工10 投擲10 弓術8 皮加工9 気配察知10 隠身10 剣術10 体術10 金属加工7 刀術9 時間属性魔法5 瘴気感知8
転生特典:万事習得】
レベルが少しと、『瘴気感知』が一つだけ上がった。
大物と戦ったのに、あんまり伸びないなあと思ったりする。
まあ、レベルがかなり高くなってるから仕方がないのだろうが。
「魔力を大量に使うか、感知範囲を絞って距離を伸ばすかだね」
「魔力を増やすのは解るが……絞るというのはどういうことだ?」
簡単な説明だと伝わりきらなかったようで、俺は細かい説明をした。
範囲を糸のように細くすると、その分、感知できる距離が伸びる。
それを自分を起点として角度を少しずつ広げながら回転させると、同じ地点の感知間隔は少し開くことになるが、かなり感知距離が伸びて魔力自体の消費は普段と変わらないず、ごく少量に留まる。
要はレーダーみたいな感じで探知しているということだ。
高い『魔力操作』がないとかなり難儀するだろうが、ミスティならちょっと頑張ればできるようになると思う。
ちなみに俺は、緊急に広範囲を探りたい時は大魔力消費でドーム型のまま使い、そうでないときはレーダー型で使っている。
慣れれば、いわゆるパッシブスキルのように常時発動していられるようになるから、そこまで気を使うようなことも滅多にないけどね。
「なるほど……そんな事をしていたのか」
納得したように頷くと、ミスティはその場に立ち止まって目をつむり、試行錯誤し始めた。
俺も黙ってその様子を見守る。
そうして一時間ほど、ミスティは目を開けた。
「今の段階では、扇形が限界だな……だが、これまでよりは余程広い範囲を感知できるか……」
おそらくは、ドームだったのを半分にして、四分の一にして、八分の一にして……というような感じで、感知範囲を絞っていったのだろう。
そしてその分、半径を伸ばしていき、自分を中心に回転させれば広範囲感知の完成だ。
「それにしても、ソーラはまだまだ色んな技術を持っていそうだな?」
「うーん、どうだろ。なんもかんも自己流だからなあ……」
悪戯っぽい顔でなされたミスティの質問に、曖昧に答える。
実際、ほぼ完全に自分だけで考えてやってきたから、俺は何がスタンダードなのかを知らない。
基礎の基礎だけは母やまじない師の婆さまから学んだが、彼女たちは攻撃魔法なんて知らなかったしね。
「そうか。それなら一から聞く必要があるな」
「えっ」
なにそれ、俺がやってきたこと全部、説明させるつもりなの?
……しょうがないなあ。
◇
「おにいちゃん、おそいー!」
「ごめんごめん、ちょっとゆっくりしすぎたな」
ちょっとだけ魔物の間引きを行い、ミスティに子供の頃からやっていた修行の話をしながら帰ったのだが……もうすっかり夕焼け空だ。
エレーナには、もうちょっと早く帰ると言っていたので、素直に謝った。
やっぱり久しぶりに一緒にいるから、甘えたい感じが強いみたいで、抱きついてお腹に顔をグリグリしている。
エレーナもちょっと大きくなっているようだが、俺も身長が伸びたので、あんまり差は縮んでないな。
妹の頭をなでながら考えていると、台所から食器の割れる音が聞こえてきた。
「母さん?」
「どしたの?」
なんだか嫌な予感がして、エレーナ、ミスティとともに台所に駆け込んだ。
すると――。
「うう……」
そこにはうずくまった母と、その足元を濡らす液体があった。
「いかん、破水している!」
「マジか! 俺、婆さま呼んでくる! ミスティ、すまんけど母さんを寝床まで連れてってくれ!」
「任せろ!」
「エレーナはタオルを用意して!」
「うん!」
二人に指示を出し、俺は玄関から飛び出した。
そして文字どおり、目にも止まらない速度で、まじない師の婆さまの家まで全力ダッシュ。
身体強化したら時速二百キロくらいは余裕で出る。
わずか数秒で到着だ。
「婆さま! 赤ちゃん生まれそうだ!」
「おや、そうなのかい。じゃあ、ちょっと薬を用意していくかねえ」
慌てふためく俺に対し、婆さまは冷静な態度だ。
……もしかして、そんなに心配することもないのかな?
「さて、行こうかね」
婆さまは往診用のカバンの中に幾つかの薬を入れ、そう言った。
俺はカバンを受け取り、婆さまを背負うと『浮遊』でスイーッと家へと向かう。
「おやまあ、こんな事もできたんだねえ」
「うん、色々できるようになったよ」
感心する婆さまに、俺はちょっとドヤ顔だ。
「お? ソーラ、婆さま背負ってどうした?」
「あ、父さん。赤ちゃんが生まれそうなんだよ」
道中で、畑から帰ってきた父さんと行きあった。
ていうか、婆さま連れてるんだから気づいてくれよ……。
「な、なにっ!? こうしちゃいられん!」
呑気な様子に呆れつつ答えると、父はあわてて家へと駆けていった。
俺もそうだけど、男なんて出産には何の役にも立たないんだろうなー……なんて、その姿を見ながら思ったのであった。
◇
婆さまは「よっぽどのことがなけりゃ、大丈夫だよ」と言っていたのだが、よっぽどのことがあった。
逆子だったらしく、物凄い難産なのだ。
もうすでに、お産が始まって四時間が経過している。
父は落ち着きなくウロウロしているし、エレーナは苦しげな母の声を聞いて涙目だ。
俺はいつでも魔法を使えるように待機しているが……気を抜くと貧乏ゆすりをしそうになる。
俺も落ち着かないわ……。
「ミスティおねえちゃん、おかあさんだいじょうぶかな?」
「大丈夫だ……ああ、そうだ。エルフ族の安産の歌を歌おう」
エレーナの不安げな言葉に、ミスティは彼女を優しく抱きしめてそう言った。
エレーナが「うん」と頷くと、ミスティは優しく歌い始める。
宴のときよりも、もっとゆっくりな旋律は、穏やかな暖かさを感じる。
一方、精霊の光球は、じっと佇むように動かない。
なんだか精霊が見守ってくれているかのようだ。
「ソーラ! 入ってきておくれ!」
「あ、はい!」
エルフの歌にぼんやりしていると、両親の寝室内から婆さまに呼ばれた。
俺は慌てて室内に入る。
「回復魔法?」
「ああ、腰から上だけ回復してやっておくれ」
まだ生まれていないのに、母は汗ビッショリな上にグッタリしている。
体力が持たない感じだから、回復魔法ってことか。
「……『身体賦活』」
ちょっと悩んだが、じっくりと長い間効かせるなら弱めの方が良いだろうと、下級のスタミナ回復魔法を用いた。
回復しすぎると、妙にテンションが上ったりするから良くないのだ。
「ありがとう、ソーラ……」
「どういたしまして。大丈夫、俺がついてれば絶対に回復できるから」
母の感謝の言葉に軽口を返し、俺は彼女の手を握る。
――そして再び、長い戦いが始まった。
◇
結局、それからさらに三時間かけ、ようやく出産が終わった。
生まれた子は男の子だった。
もう、何回『身体賦活』を使ったことやら。
それから、精霊たちも見守ってくれていたらしい。
というのも、弟が生まれた途端、彼の周囲をいくつもの光球が囲み、フワフワと回り続けていたからだ。
ミスティの歌のおかげかな?
何にしても母子ともに無事で良かったよ。
――まったく、出産とは無双の大変さなんだなあ……。