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第五十六話 決闘無双

 生まれた男の子は父が名付ける……と思いきや、深い眠りについていた母が翌日の早朝に目覚めるまで、父はつきっきりでお世話をしていたため考えてなかった。


 というか普通、事前に考えておくものなんじゃ? と思ったが……よく考えたらエレーナのときも生まれてから頭を捻ってたわ。

 まあ、今回は難産だったから余計に頭が回るような状態じゃなかったんだろう。


 名前がないのは不便ではあるが、父がちゃんと考えるだろう。

 そう思っていたのだが――。


「ソーラとミスティさんに名付けてほしいわ」


 母が、そんな事を言いだした。

 父は看護疲れか、呑気にベッドで眠っている。


「それは……しかし」

「この子が無事に生まれてきたのは、あなた達のおかげよ。あなた達が守ってくれたの。だから、良い名前を付けて、元気に育つように祈ってほしい」


 予想外の事態にとまどうミスティに、母は訥々と理由を伝えた。

 要するに、名付けてもらうことで、今後も俺たちの強さを分けてほしいということだな。


 有名人に名前をつけてもらったら大物になる……みたいな、まあ、気休めのおまじないである。

 とはいえ、そういった気持の問題は、存外、影響が大きいのも事実。


「わかったよ母さん。ミスティ、頼むよ」

「ソーラ……。わかりました、お引き受けします」


 俺が母の頼みを承諾し、ミスティを説得。

 彼女は一度、俺を見つめてから母に向き直り、丁寧に請け負った。

 はてさて、どんな名前が良いかなあ……。



「ソーラ、決まったのか?」

「うーん、いくつか思いついてはいるけど、どれが良いかーって感じだね」


 自室でミスティとともに頭をひねることしばらく。

 そう問われた俺は、脳内で考えていた命名案を挙げていく。


「アポロンというのは、どういう謂れがあるんだ?」

「あー、これはとある神話に出てくる太陽神の名前だな」


 ギリシャ神話だっけ?


「そうか……実は私が考えた中に、アポロというのがあるんだが」

「お、似てるね。そっちは、どういう謂れが?」

「これは太古のエルフ族の英雄の名だ」


 ミスティの話では、魔物の大氾濫が起きた時に、先頭に立って戦った人物だそうだ。


「いいね、じゃあアポロで」

「いいのか?」

「もちろんだ」


 確かアポロンはアポロともアポローンとも呼ばれていたはずだから、どちらの謂れも含めた名前にできるのだ。

 文句など、あろうはずもない。


 そして母にこの名前を伝えたところ、とても喜んでもらえた。

 後で起き出してきた父が、すでに名付けられていたことにショックを受けていたが……まあ、今回は母の意向を受けてということで我慢してもらおう。



 アポロはすくすくと育ち、今では目も開いて食欲も旺盛なようだ。

 昼夜を問わず、元気に泣いたり笑ったりしている。

 まあ、夜起こされるのは大変だが。


 ちなみに彼は、茶色の髪に緑の目。

 両親の間を取った感じの配色だね。


「アポロー、おねえちゃんだよー」


 エレーナはすっかり俺から離れ、今度はアポロにべったりになっている。

 アポロの方も構われるのが嬉しいのか、彼女と一緒にいると終始笑顔だ。


 まもなく春。

 そろそろ俺も、再び村を離れる頃合いだ。

 今回はエレーナに引き止められることもなさそうだな。



 無事冬を越えた事を喜ぶ、ささやかな宴が開かれ、俺は十五歳になった。

 独り立ちして一年――色んな事があったなあ。


 今年は平穏に過ごせれば良いんだけど……まあ、無理だろうな。

 うっかり自称神に『管理者』とか言っちゃったし。

 結構、相手の計画を狂わせてる実感はあるんだけど、決定的な対処は出来てないとも思う。


 大霊の森に行って、『悪神』関連の何かを探してみるしかないか。


「おにいちゃん、ミスティお姉ちゃん、気をつけてね!」

「二人とも元気で。ミスティさん、また来てちょうだい」


 ということで、俺とミスティは村を出た。

 家族が村の門で見送ってくれている。

 村の衆とは、宴で別れの挨拶をすませておいた。


「ありがとう。きっと、また来ます」

「みんなも元気でね。父さん、母さんに無理させちゃ駄目だよ」


 ミスティと一緒に、最後の言葉をかわし、背を向けた。


「ど、どういう意味だ!」


 背中に父の慌てた声が届く。

 そういう意味だよ! と苦笑いしつつ、背中越しに手を振る。

 さあて、一度、ノマイン男爵領に行こう。





 ということで、帰郷の途中では立ち寄らなかった(飛んで帰ったから)ノマイン男爵領に来たのだが……。

 冒険者ギルドに入るなりギルドマスターの執務室に呼ばれた。


「教国の教皇から名指しで、ですか」


 どうやら、神聖騎士団の団長と副長を倒したのが俺だと知られたようだ。

 まあ、遅いくらいだよな……実際。


 どうも、俺の事を知り、そこら中の冒険者ギルドにメッセージを送ったらしい。

 内容は「大霊の森・戦場跡に一人で来い。来なければ、神の名において召喚されし勇者が、亜人どもを殺しつくすであろう」というもの。


 勇者……勇者ねえ……。

 召喚されて、隷属させられて殺人マシーンとして使われる――って、異世界転移の最悪パターンの一つかな?


 それと、やっぱり『大霊の森』にこだわってるな。

 ……帰郷なんてせずに『悪神』を探していればよかったと思わないでもないが、帰ってなきゃ多分、母も弟も死んでいただろう。


 ということで、俺の選択は間違っていなかった。


「行くのか?」

「まあね……行かないって選択肢はないわな。森の人たちのことから考えても、勇者のことから考えても」

「……どういう意味だ?」


 同席していたミスティに問われ、イエスと答える。

 同じく同席していた男爵は、俺の言葉の意味がわからなかったのだろう、そう聞いてきた。


 俺はおそらく勇者は『死の行軍』をしていた人々と同じく洗脳されているのだろうという推測を伝えた。

 常識的に考えて、いきなり召喚されて唯々諾々と命令を聞くわけないからね。


「くそったれだな……」


 そう吐き捨てるのはギルドマスター・ロゴンだ。

 これまでの教国のやり口は、もはや世界中の人々が知っていると言っていいほどに広まっている。


 ヴァダリス教を信仰しない者を人とも思わず殺し、百万の民を洗脳して使い捨てにし、今度は無関係な人を拉致して洗脳して殺人マシーンにするんだから、誰だって吐き気をもよおす邪悪だと思うだろう。


 まあ、真偽の程は不明だが、どうあれ確認するためには行くしかないのだ。

 ……最悪、異世界から召喚された罪もない人を殺すことになるが、瘴気漬けにされていたら助けようがない。


 今は少しでも状況が悪化しないように、急いで大霊の森へ向かうとしよう。





 風情がなくなるから使っていなかったが、今回はそんな事も言っていられないと『転移』で大霊の森の砦まで移動した。

 ミスティも一緒だが、ここで一旦お別れだ。


「気をつけろよ、ソーラ」

「うん、前回の謎の悪魔より強いと思って相手するよ」


 勇者の実力は未知数だから、舐めてかかることはできない。

 扱いはどうあれ、召喚勇者なんだから強いのは間違いないだろう。

 テンプレ的には勇者=主人公補正の塊だしね。


「じゃあ、行ってくる」


 ミスティと砦に詰めていた戦士たちに見送られ、俺はクレーター湖の上に『飛行』で飛び出した。



 一分とかからず、俺は湖の対岸へとたどり着いた。

 しかし、『魔力感知』にも『気配察知』にも、そして『瘴気感知』にも引っかかる者はいない。


 もしかすると、あのメッセージは教国のそばにある国の冒険者ギルドで出されたのかもしれないな。

 であれば、位置によっては移動に一月くらいかかるか。


 まあ、待つ分には特に困ることもないから良いが。

 夜になったら、砦で寝床を借りることもできるしね。



「おっ」


 結局、四日ほど経過した日の午後、感知範囲にデカイ反応が現れた。

 それも魔力と瘴気の両方だ。

 どっちも、神聖騎士団長マック・プルートより反応が大きい。


 ……瘴気の方は教皇か? だとすると、勇者は瘴気に侵されていない可能性が高いな。

 これは朗報だ。


 しばらくすると、地面が酷いことになったままの場所を、馬車がガラガラと車輪の音を立てながら近づいてきた。

 目視できる距離まで近づいてようやく、御者もデカイ瘴気に隠れていただけで瘴気まみれだと気づく。


 ふと、自称神はいったい、どうやってこれほどの瘴気を人に与えたのか、そもそも悪魔が使っている瘴気を、どうやって使えるようになったのかが気になった。


「逃げずに来ていたか」


 俺の試行を中断させたのは、壮年の男の声だ。

 その人物は、無意味に装飾の多い箱馬車から降りるなり、俺を煽るように口を開いた。


 高そうな法衣に身を包んだ、金髪のイケメン。

 尊大な雰囲気を持ち、自分が上に立つのが当然といった佇まい――おそらくは、こいつが教皇だろう。


 それに続くように、細身のフルプレートを身にまとった人物が顕れる。

 こいつが勇者だな。


「そっちも、そんなアホな馬車でよく来れたな」

「貴様……まあ良い、どうせ勇者に殺されるのだ。神により与えられた無双の力でな」


 普段、馬鹿にされることもないのだろう教皇は、俺のちょっとした挑発でもよく効くようだが……自分が有利と考えて余裕を取り戻す。


 無双の力ねえ……果たして、勇者にそこまでの力があるのかな?


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