第二十五話 魔石精霊像無双
紫電を纏い高速で振動し、鋼すら薄紙のごとく切り裂く大太刀――その名も『震電』を得て、俺の魔物狩りは加速した。
それまでは中級の魔物でも、刀では何度も攻撃しなければ倒せなかったが、『震電』なら振動させない状態でも一撃で倒せるようになったのだ。
調子に乗った俺が大太刀を振り回しまくって、魔物どころか周辺の木々を何十本も巻き添えで伐採してしまったことも、仕方のないことと言えるであろう。
ウン、仕方がないよ!
だって、専用装備だし!
魔導剣だし!
ちなみに魔導剣というのは、一般的に「魔力を使って特殊な効果を発揮する武器」のことを指す。
一方、過去の文明の遺跡などから発掘される武器は『魔剣』と呼ばれる。
両者の違いは過去に作られたか、現代に作られたかだが、決定的に違うのは『魔剣』が安いコストで高い効果を発揮するのに対し、『魔導剣』はコストがやけくそに高いということ。
もちろん『魔剣は』めったに発掘されるものではないし、コストを度外視すれば思い通りの武器を作れはする『魔導剣』も、まったく役に立たないというわけではない。
そんな『魔導剣』でも、ずば抜けたコストの高さを誇るのが魔物の素材をメインに用いた物だ。
国の防衛を担うような大型の『魔導剣』であればあるほど、高価な魔石を湯水のように消費する。
高速振動大太刀『震電』も、そんな『魔導剣』の一つに過ぎない――はずだったのだが、俺という使い手の存在が、すべての前提をひっくり返した。
何しろ常人の十二万倍を軽く超える魔力量を持ち、大量の魔力を常時消費する『魔導剣』であろうと問題なく運用できるのだ。
コスト? なにそれ、美味しいの? という状態である。
まあ、長々と語ったが、ヒャッハーしすぎた俺は、結果として山程の魔石を手に入れ、魔石細工の方も勢いで超デカイ(当社比)ものまで作ってしまったのだ。
第三王子と第四王女の依頼の期限は明日だし、謁見もそれに合わせて行うことが事前に決まっていたので、せっかくだからソレも持っていっちゃおう! というわけである。
はてさて、いったいどういう評価が得られますやら。
◇
「では早速、見せてもらおうか」
翌日、王城に赴き、俺は前回と同じ部屋へと招き入れられ、第三王子と第四王女に挨拶を済ませる。
すると、第三王子は即座に本題に入った。
よほど期待していたのだろうか。
「承知いたしました」
例によって使用人を経由し、最初の一箱を渡す。
これは第三王子の依頼通り、二つで一組のブローチだ。
「おお! ……お?」
「……あら?」
中を確認し、喜びの声を上げた応じだったが、なにかに気づいて声音が変わる。
それは疑問を抱いたことが、ハッキリと分かるものだった。
第四王女も、同様に訝しむような声を漏らした。
「色といい、造形といい、見事な物だな。だが……一つしかないではないか」
そう、箱の中には、二つあるはずのブローチが一つしかない。
だが、これは別にミスではない。
最初から、一つしかないのだから。
「はい、一つです。ご依頼の品は『二つで一組のブローチ』でした。ですので……」
俺は王子の問いに答えながら、いささか大きなブローチに手を触れる。
すると――ブローチは第小六輪の黄色い水仙の集まりから、三輪ずつ、二つのブローチへと別れた。
「お……おお!」
「まあ!」
その様子を見た第三王子は、さっきとは逆に、困惑から歓喜へと表情を変える。
第四王女の方は素直な驚きだ。
「ご覧のように、二つで一組。簡単な仕組みで、二つに分かれ……また一つに戻ります」
説明を続けながら、俺は何度かブローチをくっつけたり離したりしてみせた。
要は、土台部分の留め金をスライドさせるだけで、固定できるようになっているのだ。
「離れている時にはそれぞれを身につけ、ご一緒にいらっしゃる時には一つにしておくのも良いかと思いまして、このような形になりました」
少々くさいが、そう締めくくり、俺は話を終えた。
「素晴らしい!」
「本当に素敵ですわ! 私の依頼した品も見せてくださいな!」
称賛の声を上げ、自らもブローチを付け外しする王子と、先を急かす王女。
俺は王女の声に応え、二つ目の箱を再び使用人経由で渡す。
手順を踏むのももどかしげに、王女は使用人から箱をひったくるように受け取り、テーブルに置くと即座に蓋を開けた。
「まあぁ……!」
中から表れたのは、赤からピンクにグラデーションする花弁を持った、バラのブローチ。
彼女は十三歳だから、少々大人っぽすぎる選択だとは思ったのだが、背伸びしたい年頃の王族だから大人向けなもののほうが良いだろうと判断。
幸い、大小三輪の少しずつ色味の違うバラは、俺の狙い通り第四王女に喜んでもらえたようだ。
そして、それとセットになる花瓶――これも分割・接続が可能な品――も目を惹いているようで、視線が左右に動きまくっている。
今度も王子の時と同様、使い方の説明をしつつ実際にやってみせた。
すると、彼女は再び「まあ!」と歓声を上げる。
……これも大人っぽい喋り方を意識しているんだろうなあ。
「とても気に入りましたわ! ですけど……まだ箱があるようですわね?」
「それは私も気になっていた。何が入っているのだ?」
ひとしきりはしゃぎ終わった二人は、俺の横にまだ二つの大きな箱があることを思い出したようだ。
「こちらは、ご依頼の品ではないのですが……少し興が乗ったときに作ってしまいまして。せっかくなので、お二方に見ていただこうかと持参いたしました」
ということで、また使用人経由殿下たち行きだ。
二つある内の青い印がある箱は王女、赤い印がある箱は王子の前に置かれる順番で渡す。
そして二人が一斉に蓋を開け――いや、引き抜いた。
縦長の箱で、底面だけが残る形だね。
「おおお……!」
「まあぁ……!」
はい、「おお」「まぁ」いただきました。
中から出てきたのは、それぞれ寒色と暖色をメインに造形された人物像。
寒色の方は、ギリシャのトーガのような服装のスレンダーな女性で、手には水瓶を持ち、そこから水が幾条も溢れている造形。
足元の深い緑から明るい青にグラデーションさせている。
暖色の方は、やはりトーガを着ているが、こちらは引き締まった肉体の女性で、手には炎の剣を持った造形。
足元の黄色から赤へとグラデーションさせている。
どちらも、それぞれを象徴する水と火を装飾に取り入れている。
土台などはパルテノン神殿の柱をイメージしたものだ。
「これらは、それぞれ『水の精霊』と『炎の精霊』をイメージし作り上げたものです。これほどのサイズで作るためには、かなりの量の魔石を使う必要がありましたが……良い経験になったと思っています」
高さ四十センチほどの立像を作るためには、大小取り混ぜて百個を超える魔石が必要だった。
大物ほど大きな魔石が採れるとはいえ、その直径はせいぜい三センチ程度。
調子に乗って『震電』で魔物を狩りまくったのも、まったく無駄にはならなかったのだ。
ちなみに、手元にはまだ大量の魔石が残っている。
冒険に出た当初、売ろうと思っていた物も、指名依頼で高額の報酬が得られて金策の必要がなくなったため、『空間収納』に死蔵しっぱなしになっていた。
他の素材も大量に残っているので、いずれは売ってしまいたい。
大金が欲しいわけじゃないけど、素材が必要な人に供給した方が良いと思うからだ。
「これもまた素晴らしいな……これは、是非とも譲ってもらいたい!」
「ええ、まったくですわ! 指名依頼を出しておいた、という形でよろしいかしら?」
彼らの言葉に俺は、もちろん「諾」と返した。
今回は、サプライズな品で無双したと言えるであろう。