恋のお勉強は難しいです
皇女が望めば多くの物が手に入る。特に強大なアルメリア皇国の皇女となれば尚更だ。色とりどりの宝石、美しい絹織物、希少な花々。伯爵家三男の妻という座もその一つだ。
皇女が降嫁する場合、嫁ぎ先は伯爵家以上の嫡男となる。けれど三男に嫁げない訳ではない。
皇族の私が望めば、ほとんどの家は縁談を断れない。カインの生家、ベンシード伯爵家もそうだ。そして嫁いだ相手が、出生順に関わらず爵位を継ぐ事となる。
つまり、私がカインとの結婚を望めばカインの意思とは無関係に叶えられ、彼は兄二人を押しのけて爵位を継がされる。
場合によっては、家庭が崩壊するかも知れない。
好きでもない女に求婚され、家を引っ掻き回されたら?
そんなの目も当てられない。
「雨が降りそうですね」
マリーが馬車の窓から空を見上げた。ここ最近は晴れが続いていたので、降れば恵みの雨になるだろう。
皇国への帰り道は、行きと違って概ね快適だ。特別な事件も無く、マリーのお勉強も無い。お説教は少し。
相変わらずカインが同乗し、目を閉じている。恋を自覚してから、彼のまつ毛やら何やら全てにときめいてしまうので、あまり見ないようにした。
こんなに好きでも、私から想いを告げるのは得策ではない。出来る事は一つだ。
全てを投げ打ってでも結婚したいほど、私を好きにさせる!!
この感情がまるで見えない男相手にとても難易度が高い気もするけれど、これしか無い。
「ねぇ、マリー。世間話なのだけど」
「はい」
「本当に特に深い意味は全くこれっぽっちも無いのだけどね」
「……はい」
マリーが微笑んだ。子供に対するような優しい瞳だ。
これから話す内容に羞恥心が勝って、変な前置きをしてしまった。
「マ、マリーとヴィクターの馴れ初めを聞きたいの」
「何故ですか?」
「その……参考と言うか…あ、いえ、あの、だから世間話よ!」
きっと顔が真っ赤になっている。この手の事に慣れてなさ過ぎだ。どうやったら男女が恋仲になるのかも分からない。
今までは勝手に男性が言い寄ってきて、その中から選ぶだけだと思っていた。カインが私に言い寄る姿は想像できないので、この手は使えない。
「私のお話が参考になるのであれば」
「参考にするんじゃなくて、世間話よ!」
「ふふふ。では世間話をいたしましょう」
マリーは口元に手を当て、少し考えるようにする。
「そうですね。まず仕事でヴィクターを見かけ、素敵な方だなと思いました」
「まぁ、顔は悪くないわよね」
「優しく、仕事もできます」
マリーが嬉しそうに頰を染める。結婚してそれなりに経つのに、仲の良い夫婦だ。
「なので、気を引くために色々しました」
「え、マリーから?」
「はい、私から」
意外だった。この夫婦どう見ても妻の方に主導権がある。てっきりヴィクターが先に惚れたのだと思っていた。
「まず二人きりの時間を作りました」
「ふむ?」
「あからさまに誘ってはダメです。さりげなく帰りを送ってもらったり、偶然を装います」
「そ、そう」
マリーはもしや恋の玄人なのだろうか。目が狩人のようになってきた。
「会話ではそれとなく相手を褒めます。また、軽いボディータッチも入れられると良いです」
話を聞いてもらう自然な仕草で手に触れられる。触れてるか触れてないかのソフトな感触だ。
「着飾ったら相手に意見を聞きましょう。聞いた内容も参考になりますし、なぜ自分に聞くのかと意識してくれます」
「な、なるほど」
「普段使いする物をプレゼントするのも良いですね。それを見る度に思い出してもらえるかも知れません」
だんだんとお勉強のような口調になっている。
「通して、相手に気があると確信を与えないようにしましょう。どちらだろうと悩ませるのです」
「む、難しいわ」
「ミア様なら出来ますよ。参考になりましたか?」
「ええ、とっても!」
ハッとする。目当ての相手、カインの前でかなり具体的な話をしてしまった!
「違う!参考とかじゃなくて!せ、世間話!世間話よ!!」
「あら?ふふふ」
ついカインに向かって言い訳をしてしまう。彼は目を閉じてるので気づいてないだろうけれど、マリーが私とカインを交互に見て微笑んだ。ば、ばれた。
顔を覆ってるうちに、今日宿泊するジャンター侯爵邸へ着いた。皇国の中心地に大分近づいたなと感じる。
馬車の扉を開けると、小雨が降っていた。
エスコートするユアンの髪が少し濡れている。見る人が見れば水も滴る良い男といった感じだ。けれど、どこか大型犬のような彼にはタオルをかけて乱暴に拭いてあげたくなる。
カインが雨に濡れたら……?
想像だけで顔が熱くなった。何でも彼に関連付けて、何でも格好良く思えて困る。
「……ミア様?」
ユアンに呼びかけられる。ぼんやり彼を見つめていたようだ。
「何でもないわ。行きましょう」
ジャンター侯爵夫妻と令息の出迎えを受ける。行きで宿泊した際には無かった令息の姿に、またかと顔を歪めそうになった。
「ようこそ、ミア皇女殿下。再びお越しいただき光栄です」
「出迎えありがとう。またお世話になるわ」
「息子もお会いできるのを楽しみにしておりました。確か、前回はバン侯爵家の夜会でお会いになられたかと」
「お久しぶりです。美しい殿下とまたお目にかかれたこと、嬉しく思います」
爽やかに微笑まれた。彼の事は覚えている。家柄も性格も申し分なく、以前であれば結婚相手の有力候補だった。
けれど、今はただ面倒に感じてしまう。皇国に入ってから何人もの男性と過ごした。フリーとなった皇女は大人気みたいだ。
ジャンター侯爵も息子とのお茶を勧めてきたけれど、当の本人が断ってくれた。
「皇女殿下はお疲れのようですから、お部屋へご案内しましょう」
私の状況を察して、気遣ってくれたのだなと思う。部屋まで案内する間も、雨の庭園の楽しみ方などを話してくれた。できる男だ。
カインの様子を盗み見る。
「………」
相変わらずの無表情。これまでもそう、私が口説かれてようと眉ひとつ動かさなかった。彼が私を好きという事はまず無さそうだ。
ゼロからのスタートだなと、気を引き締めた。




