第43話 「夏、そして……」
大変お待たせしました
第44話、お届けします
分厚い木製の扉が軽やかにノックされる。
日に焼けた強面をさらに険しくさせて執務机に向かう睦戸は、にらみ合っていたパソコンから視線をあげた。
「……入れ」
ダンディなバリトンボイスに促され、軋み一つなく滑らかに扉が開く。
「……阿多野か」
「はい、代表」
そこに居たのは、ピンクのアロハシャツに白スーツという派手な出で立ちの男。
〈ASCF〉副代表の阿多野信栄だ。
「今月の全体報告書を提出に参りました」
「……そうか、ご苦労」
労いの言葉をかけつつ、睦戸は阿多野からファイリングされた報告書を受け取る。
だが阿多野は退出せず、睦戸が向かうパソコンの画面に興味を示した。
「なにをご覧になっているのですか?」
「……こないだの、杉並地区での戦闘記録だ」
「ああ、先日のやつですか」
「……少し、気になる点があってな」
「やはりお気づきになられましたか」
「うむ……」
睦戸のパソコンには、こないだの戦闘で確認された個体数と近年のエネミス出現回数がグラフ化されて映しだされている。
今年になってから、エネミスによる事案は上昇の一途をたどっている。
日本全国で、関東圏では特にその傾向が著しい。
杉並地区での一戦がいい例だ。
あの戦闘で確認された個体数は、通常型12体に潜伏型5体、重装甲型が2体、高出力型と高機動型がそれぞれ1体ずつ。計21体となっていた。
これまでなら、多くとも一度に15体以上のエネミスが現れることはなかった。
広域襲来だったとはいえ、この数は異常といえよう。
強力な派生型も増えてきている。
その分だけ、被害もより大きくなってきている。
もはやエネミス災害は、楽観視できないほどに深刻化していた。
「……そろそろ、頃合いかもしれん」
腕を組みながら、睦戸は小さく呟く。
深い思考に沈んでいるかのように、睦戸は机の一点をじっと見つめている。
そんな彼の言葉に、阿多野は大きな反応を見せた。
「まさか…あれを実戦投入するのですか?」
「……用意は、すでにできているのだろう?」
「ええ、まぁ……」
「……そろそろヴァイツの改修も、終わるころだ。
タイミングも、ちょうどいい」
……あ、これはもうダメだ。
すでに睦戸の中で決定事項となってしまったことを悟る阿多野。
言葉は少ないが、そこに強固な意志が見て取れた。
胸の中でそっと、阿多野はため息をつく。
睦戸がこうと決めてしまったことなら、もうそれを彼が覆すことはできない。
こうなった時の睦戸が頑固だということを、阿多野はよく知っていた。
その判断に、間違いがないことも。
「……わかりましたよ。ではそのように手配しておきます」
「……ああ、頼んだ」
まったく……仕方のない人だ。
そう思いつつ阿多野は、一礼し睦戸に背を向けた。
だが彼の表情は、そんな思いとは違って笑みを浮かべていた。
阿多野は長い歩幅で、ゆっくりと扉へと歩き出す。
「…ああ、そうだ信栄」
「はい?」
と、その背中を睦戸が呼び止めた。
阿多野はその場に立ち止まり、肩越しに敬愛する上司へと振り返る。
「……あの男は、どこに行ったのだ?」
「ああ、彼ですか……」
少し記憶を探っている表情をする阿多野。
やがて思い出したようで、その場所を告げる。
――おもちゃを見つけたような、心底面白そうな顔で。
「彼が向かった先は……――第四支部です」
ーーーーーー
ーーー
ー
夏が来た!!!
男ばっかのむさ苦しい終業式も終わり、俺たちは夏休みへと解放された。
もう蒸し暑さと汗臭さのこもった実習はやらなくていいのだ。
その安堵感と、高二の夏という青春真っ盛りのワクワク感が、学校中から溢れ出てくるようだ。
解散となった教室では生徒達はおもいおもいに集まり、1ヶ月半の休暇をどう過ごすかの話題で盛り上がっていた。
「やっぱ夏といえば海っしょ!水着美女を拝めるチャンスだ!」
「「うおおー!水着美女!!」」
「いや、山も捨てがたいぞ!この時期は上の方が観光客多いからな、都会美女に出逢えるかもしれん!」
「「うおおー!都会美女!!」
というより、コイツらの脳内には美女のことしかなかった。
出会えるかどうかすらわからないというのに。
アホばっかだな。…まぁ俺もなんだけど。
「……おいお前ら、大事なところを忘れてないか……?」
すると、このテの話に敏感な、クラス一のバカこと小林拓真がにゅっと顔を出した。
「……大事なところって?」
真に迫った拓真の様子に、クラス委員の孫が尋ね返す。
「それはな……」
「「「それは……?」」」
ゴクリ……!
男子一同は息を呑み込み、一言一句聞き逃すことのないように身を乗り出した。
そんな俺たちに向かって、拓真はゆっくりと溜めを入れ。
「祭りだよ!!」
祭りだよ…だよ…だよ……
次の瞬間、
「「「うおおおおおおお!!!」」」
木霊したその言葉に、俺たちは喝采で応じていた。
そうだ……!
なぜそのイベントを俺たちは忘れていたのだろう。
納涼祭、盆踊り、花火大会、……etc
夏こそ日本全国で老若男女がはしゃぎ狂う季節ではないか。
浴衣美女と縁日を回りながら、キャッキャウフフとイチャイチャする。
そんな全ての男子が求め続ける理想郷へと辿りつくために夏休みがあるといっても過言ではない。
「拓真……俺たちはお前についてくよ!」
「そうだ!一緒に理想郷を目指そうぜ!」
「お前ら……!」
がっしりと固く手を組む俺たち。
『彼女欲しい』、その一つの意志のもとに集った者たちは、俺を含め皆やる気に満ちた表情をしていた。
一方女子サイドでは……
「なにあれ……」
「うわ、引くわー……」
「バカばっか……」
熱く燃え滾っている男子を、冷え切った視線で見ていた。
「……ねーねー、夏休みはあたしらだけでどっか行こうよ」
「いーね!光咲は?」
「私も賛成。どこ行こっか」
暑苦しい盛り上がりを見せる野郎共を余所に、彼女たちは姦しく談笑を始める。
既に男子とは関わらない気満々だ。
女子サイドといっても、このクラスに女子は三人しかいない。
おっぱいが大きい牧原真紀、おっぱいは普通な渡部奈央、おっぱいの小さい四ノ宮光咲の三人だ。
「市内プールとか?」
「服屋巡りしたい!」
「わ、私は……どこでもいいかな」
そして見事に、男子共の考えているスポットを除外する辺り、流石は女子高生である。
四ノ宮はこの街に来たのがつい最近のことなので、お任せする態勢だ。
そうする間にも、長い自由を得た彼女たちの、やりたいことリストはどんどん膨れ上がっていく。
そうした計画をたてるのも、夏休みの楽しみの一つといえよう。
「あーでも……光咲は木崎がいるか」
「うええっ!?」
すると突如、渡部がそんなことを言い出した。
「そうだった!既にこの子は男持ちだったね」
「ちょ、ちょっと二人とも!?」
乗っかる牧原に、慌てふためく四ノ宮。
「「だって同棲してるんでしょ?」」
「そ、それは……」
「「違うの?」」
「違く、ない……けど……」
「「ほら!」」
「ほら!、じゃないよ!私と木崎はそんな関係じゃ……」
「でも時々二人で授業抜け出してるじゃん」
「そうそう!怪しいよねー」
「え、ええー!?」
顔を真っ赤にしてワタワタする四ノ宮を見て、面白がった二人はどんどん盛り上がっていく。
「そーいや、こないだ海岸とこのカフェで二人がデートしてるの見たよ」
「おおっ!光咲ちゃん積極的ですなぁ」
「あ、あれは違うって!
デートじゃなくてただの散歩というか……」
しかし、言い訳しつつもなぜか尻すぼみになっていく四ノ宮。
嫌が応なく彼女の脳内ではそのときの情景がフラッシュバックしてくる。
吹き込む潮風の、少ししょっぱい香り。
磯場に波が打ち寄せる、潮騒の穏やかな音。
晴天の下に臨む深い蒼と、まだ中身の残るコーヒーカップ。
そして…………――!
「……ッ!!??」
そこまで思い出した途端、四ノ宮の頬がさらに赤くなった。
「おやぁ……?」
「光咲ちゃん、どうしたのかなぁ?」
もちろん渡部と牧原がそれを見逃すはずもない。
ニヤァァァ、と彼女たちの笑みがより一層深くなる。
「い、いや…その……」
「デートのことでも思い出した?」
「随分楽しそうだったよねぇ?」
「う~~二人とも楽しんでるでしょ!」
「「そんなことないよ?」」
「嘘つけ!」
可愛らしい反応をする四ノ宮が、とうとう怒り出した。
だが、頬を膨らまるその姿に、思わず牧原と渡部は笑い出す。
「もー……!」
四ノ宮もこの平和なやり取りが満更ではないようで、顔を赤くしつつも口元は笑っていた。
だが、そうした日常も長くは続かない。
普通の高校生として過ごしていても、木崎も四ノ宮もやはり戦いの中に身を置く人間なのだ。
木崎と四ノ宮の端末に同時に通信が入る。
『招集命令。
木崎特務一尉、四ノ宮特務二尉、至急支部へと急行してください』
新たな戦いが幕を開ける。
第二章 波乱到来編 完
第三章 GRAND SELECTOR編へと続く




