表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GUARDIANS・IN・IRON   作者: 寺野深一
第二章 波乱到来編
39/51

第38話 「天使を名乗る者」

お待たせしました

38話、お届けします

 





 その者は、朝と共にやって来た。



「久しいな、この地へ来るのも……」


 まだ眠りの中にある街並みを見下ろして、その者は呟いた。

 人気の無い丘の上に黒いコートをはためかせるその姿は、明朝の景色の中にあって異質な雰囲気を醸し出している。


 ふと、その者が空を見上げた。

 東の空が白み始めている。


 日の出だ。



 絵の具をぶちまけたような無造作な色の空が、夜闇を西へと追いやっていく。

 黒天が青空へと移り変わる間の、一時の幕間。

 赤、青、橙、黄色……様々な色が混じりあった空は、混沌としながらもどこか洗練された美しさがあった。

 やがて、その空の主が山間から姿を現す。

 まだ霞がかっているような、しかし強烈な存在感のある太陽が朝焼けの空に浮かび上がった。


「さて……どうしたものか」


 日の出を見詰めながら、黒コートの者がそうぼやいた。

 被っている帽子の唾を弄りながら、思考の海に潜っているようだ。


 その者は、まるで不思議な存在だ。

 そこに確かに居るようで、しかしすぐにでも消えてしまいそうな。

 いまいち捉えどころのない存在感を放っている。

 目を凝らして見ようとも、そのたびに霞がかっていくようで、そこから情報を得ることができない。

 背格好から性別を窺うことも難しい。

 男だと言われれば男のようであるし、女だと言われればそのようにも見える。

 呟かれる声も、年を経た賢人のような深い思慮を湛えた響きがあり、あどけない子供の無邪気さのような雰囲気も帯びている。

 一つだけ分かるのは、その者がひどくご機嫌そうだということだ。



 黒コートの者は、近くのベンチに腰掛けると、しばらくそうして今後の身の振り方を考えていた。

 鼻歌でも歌い出しそうなほどにご機嫌な様子で。


 その者がそうしている間にも、混沌とした朝焼けは消えていき、透き通るような青空が広がっていく。

 すっかり太陽も輝きを取り戻し、その熱烈な光を地に降り注がせていた。

 夏の朝は、目覚めが早い。

 人々が目を覚まし始めるにはまだもう少し時間があるが、それでも街は朝を迎えていた。


 すると突然、黒コートの者がベンチから立ち上がった。

 身に纏うコートがバサリと翻る。

 なにかに気が付いた様子だ。

 立ち上がった黒コートの者は、ゆっくりと口を開き言葉を紡ぐ。


「こんなところまで追ってくるとは、案外君も暇人なのかな?」


 その口調に焦りは無い。

 余裕のある、ゆったりとした喋り方だ。

 先程までの楽しげな雰囲気も崩れることなく、リラックスした自然体のままだ。


 一方、その言葉に応じる言葉は無かった。

 黒コートの者は、それを当然かのように受け流し、言葉を続ける。


「やれやれ、せっかく懐かしい街に帰って来れたというのに……。

 いつも無粋なタイミングでやってくるね、君は」


 やはり、返事はない。


「まぁ……私の都合など君には関係ない、か。

 ……仕方ない、ずらかるとしよう」


 突如、一陣の風が丘の上を駆け抜けた。

 草木をなびかせ、夏の香りを運びながら風が走る。



 そして次の瞬間………その場には誰も居なくなっていた。





 ーーーーーー

 ーーー

 ー





 ………なにもする気が起きない。




 朝目が覚めてから、顔を洗って普段着に着替え終わる。

 しかし、その後いつもなら俺の中から溢れ出ていた活力が……今は雫一滴出てこなくなってしまった。


 全くの無気力、倦怠、停滞。

 あらゆる欲求が生まれなくなる。

 俺の心は、死んだようにピクリとも動かなくなった。




 これほど無気力になったのは、人生でも始めてかも知れない。

 自分の存在意義が揺るがされたとき、人はこれ程までに空虚になるのか。

 鏡の中から俺を見詰め返す瞳が、驚くほど虚ろだった。

 体はここに存在しているのに、中身は別の所にいるといった感じをしている。

 昏い底なし沼のように、どこまでも沈んでしまいそうな、そんな目だ。


 そして、そんな虚ろな俺を遠くから眺めている自分もいる。

 世界と接する己の姿を常に眺め続けている、俺の中の俺。

 冷たく冷ややかで冷静に、けれど一瞬たりとも目を逸らすことはない。

 そいつもまた、俺を見て空虚に嗤うのだ。

 ……沈んでゆく己の姿を滑稽に思いながら。

 馬鹿馬鹿しいと、自嘲気味に。


 たった二度の敗北……されど二度も敗北。


 一度目はヴァイツを壊され、二度目は存在意義を壊された。

 周りに甘えてばかりの俺は、しがみつくものを失うことに耐えられない。


 少しは一人前になれたと思えた。

 自分が周りを支えることができると思えていた。

 やっと必要とされたんだ。

 ヴァイツに乗れるのは俺しかいない。

 俺じゃなきゃならない。

 俺がいないといけない。

 ASCF(そんな場所)を見つけたんだ。


 ……だけど、そこはそうでは無かった。


 エネミスと戦えることを認められた。

 ……けれど、それは俺だけではない。

 ヴァイツの絶大な力がある。

 ……けれど、それは俺の力じゃない。

 最強の称号レグルスナンバーを与えられた。

 ……けれど、四ノ宮たちには及ばない。


 ヴァイツに乗っていないだけで、俺はこんなにも無力になる。

 たった一人で、エネミス一匹仕留められない。

 実力が釣り合っていないのは明らかだ。


 なにが適合者だ。

 笑わせてくれる。


 誰もが「そういう日もあるさ」と励ましてくれる。

 ……しかしそのたびに、俺は怖れに縛り付けられた。

 皆が本当はどう思っているのかが怖くて、不安に心が締め付けられた。


 ヴァイツがなければこの程度と思われたんじゃないか。

 迷惑と思われているんじゃないか。

 失望されたんじゃないか。


 ……俺なんて、いらないんじゃないか。


 単なる被害妄想と分かっていても、不安が尽きることはなかった。

 負けたという事実よりも、こちらの方がよほど俺を苛んだ。


 そして俺はこうして、心が堅く凍ってしまっている。





「……ねぇ、木崎」


 そっと呼びかけてくる四ノ宮に、俺は視線だけを向けた。


「大丈夫……?」

「………大丈夫に見えるか……?」

「……ごめんなさい」


 なんて対応だ。

 八つ当たりもいいところじゃないか。

 四ノ宮は純粋に心配してくれているというのに。


「……じゃあ、そっとしておいたほうがいい?」


 いや違うんだ、四ノ宮。

 俺はそういう意味で言ったんじゃなくて……。


「待ってくれ……少し、傍に………」

「えっ……?あ……う、うん」


 四ノ宮は一瞬驚いたような表情を見せ、そして俺の隣に腰掛けてくれた。

 すぐ傍に、彼女の温もりが伝わってくる。

 命を感じさせる、確かな温もりだ


 だが、俺の心は凍ったままだ。

 いつもならバカなことの一つや二つ思い浮かぶというのに、今はただ彼女が隣にいるとしか思わない。

 そこになんら、感動はない。


「なんか……悪いな。

 勝手に落ち込んで、勝手に迷惑かけて……」

「ううん、大丈夫よ。

 私だってそういうときはあるし、誰だって同じような道を通るんだから」


 その道を俺は前へ進めない。

 その先に行くのが、どうしても怖ろしくて。


「それに、敗北は強くなるための壁であって糧だってよくいうじゃない。

 今は君が強くなるチャンスなんだと思うよ」


 けど、その壁のよりも高く、俺の目の前には臆病な猜疑心が立ち塞がっているんだ。

 越えようとして失敗して地に落ちることを怖がる、そんな臆病さが。

 裏切られる痛みを怖がる、そんな猜疑心が。

 それが俺の足が竦ませる。

 跳び越えるための一歩目が、踏み出せない。




 四ノ宮は、そのまま俺の隣に居続けてくれた。

 無理に励ますわけでもなく、ただ傍に寄り添ってくれた。

 それが一番の方法だと知っているのだろう。

 ただ傍に居てくれる、それがどんなに心強いことか。

 そこまでしてもらえてなお沈んだ俺に対して、俺が嫌気が差すほどに。


 しばらくして、四ノ宮がとうとう立ち上がった。

 そして、顔だけこちらに向けて言う。


「ちょっと気晴らしに、散歩でも行こっか」






 ーーーーーー

 ーーー

 ー





 出かける支度はすぐに終わった。

 履き慣れたスニーカーをつっかけ、玄関の扉を開く。


 途端、うだるような蒸し暑さと肌を焦がす日射しが照りつけてくる。

 風も無く、ただただ暑いだけの陽気だ。

 喧しく鳴き続けるセミの大合唱も、暑さを更に助長させる。

 立っているたけで、滝のように汗が噴き出してきた。

 クーラーの効いたリビングが恋しい。



 そんな中を歩き続け、やっと市内に着いた頃には、既にシャツはビショビショだった。

 なるべく日陰を通るようにしていたとはいえ、気温が体温と同じくらいあるのだ。

 汗は始終流れ続け、途中で買ったスポドリのボトルもすぐに温くなってしまった。


 一旦ショッピングモールの中へと避難し一息つく。

 中は人で溢れかえっていて、ベンチもフードコートの席も全て埋まっていたが、ひとまず涼しくはなった。


「さてと………じゃあ、この後どこに行く?」

「………家」

「それじゃあ外に出た意味がないじゃない……」


 いや、もう気晴らし自体の意味が無いと思うが……

 沈んだ気分が直ったとしても、どっち道暑さにやられてしまうんじゃないのか……?


「……別にどこでもいいよ」

「そんなこと言って……じゃあ私が決めていいの?」

「いいよ」


 そっちの方が楽でいい。

 落ち込んでいる理由が理由だから、ちょっと遊んだところで解決しないと思うけど。

 今はなにかを考えることすら億劫だ。


「あ、そうだ!

 こないだユキちゃんが美味しいアイスクリームの店見つけたっていってたわよ。

 せっかくだしそこ行かない?」


 アイスか……。

 ………まぁ、それなら行ってもいいかな。

 せっかく時間割いてくれた四ノ宮にも申し訳ないし。


「それじゃ、さっそく行こう!」


 そういって意気揚々と歩き出す四ノ宮。

 明らかにわざと大袈裟にはしゃいでいる。

 きっと、場の雰囲気を少しでも明るくしようとしているんだろう。

 黙ってしまうと、そのままどこまでも沈んでいってしまいそうだから。


 彼女に、空々しいものを感じてしまう自分が嫌だ。

 純粋な好意にすら、ありもしない裏を探ろうと邪推しているのだから。




「………で、なんで外に出るんだ?」


 例のアイスの店とやらに向かう道すがら、俺達はまた灼熱の屋外へとやってきていた。

 収まっていた汗が再び溢れ出してくる。

 シャツが背中に貼り付く嫌な感触と、濡れて重くなった布地が、余計に俺の肩を落とさせる。


「なんでって、外にあるからに決まってるじゃない」

「聞いてないぞ……」

「そうだっけ?」


 そこはちゃんと説明して欲しかった。

 このままだと、アイスより先に俺の方が溶けてしまいそうだ。


「あ、あそこだよ」


 そういって四ノ宮が指さした先には、なるほど行列のできた出店がある。

 カラフルな色合いの屋根が突き出たキッチンカーだ。

 列の流れは速いが、この長さでは30分くらい待ちそうだな。


 ……流石に待ってられん。


「なぁ四ノ宮──」

「じゃあ私が買ってくるから、木崎はその辺のベンチで待ってて」


 あ、しまった。


 四ノ宮は俺の言葉を遮ってそう言うと、列へと駆けだしてしまう。

 背中を流れる長い黒髪がさらさらと舞った。


 これは待ってなきゃいけないヤツだ。

 仕方ないので、木陰を選んでベンチに座る。

 刺すような日光が柔らかく遮られ、少しだけ涼しくなる。

 丁度風も流れてきて、火照った肌を緩やかに撫でた。


「ふぅ……」


 やはり日陰といえど、空気は蒸し暑い。

 一人になり考える余裕ができると、再び陰鬱な感情が溢れ出てきそうなになる。

 敗北を素直に受け入れられるほど、俺は強くない。

 もう一度ひたむきに突っ走れるようになるまで、まだ時間がかかりそうだった。  




 ……そして、10分ほど経った頃だろうか。

 太陽がその熱を増していくなか、



 ───その男はやってきた。





 ーーー





「隣、いいかな?」


 そいつは奇妙な格好をしていた。

 このクソ暑い中、黒いロングコートを羽織り、同じく黒い中折れ帽子を目深に被っている。

 帽子の影の下から覗く口元は笑みを形作って居て、不思議と人好きのする印象を受けた。


「……構いませんよ」


 四ノ宮が来るまでまだもう少しあるだろうし、別に断る理由もない。

 そう答えると、男はベンチの反対側に腰掛けた。


「いやー、今日は一段と暑い日だねぇ」

「……そうですね」

「おや?どうしたんだい?

 随分と落ち込んでいる様子だが」


 ずかずかと踏み込んでくるおっさんだな。

 最初の印象はそんなものだった。



 ……なぜここで俺が正直に答えたのか、今でもよくわからない。

 強いていうなら、この男の人柄にあてられたとしか言い様がない。

 この時のやさぐれた俺でも、剣呑な返答ができなかったのは事実だ。



「……負けたんですよ、負けちゃいけない相手に」


 そう答えると、男は腕を顎に当てた。


「なるほど、それで自信を無くしたと」

「いや、そうじゃない……。

 見失ったんです、俺がいる理由を」

「ふーむ、それは深刻だね」 


 そういう割に、その男の口調は楽しそうでもあった。

 深い思慮と軽やかな享楽を併せ持つ、不思議な声だ。


「ところで、君の名前はなんていうんだい?」

「……名前?」

「そう、名前だ」


 ここまで踏み込まれると、流石に俺も警戒心を持った。


「……なんでそれを聞くんです?」

「これから悩みを聞くんだ。

 君と呼ぶのでは少し言いにくいだろう?」


 そんなものか……?

 ……まぁ、名前くらいならいいだろう。

 別に〈ASCF〉のことまで話すつもりは無いし。


「木崎です。木崎優真」

「そうか、木崎くんか」


 男はうんうんと頷く。

 なぜか様になる仕草だ。

 カウンセリングの仕事でもしているのだろうか。


 あ、そういえば……俺はこの人の名前を聞いていない。


「あの……あなたの名前は?」

「おお!そうだった。

 名乗り忘れていたな、これは失礼」


 すると、男は少し考え込んだ。


「そうだなぁ……うん」


 そして、その名を言った。




「私のことは、“ラファエル”と呼んでくれたまえ」





いよいよ物語が本格的に動き始めます

ご意見ご感想等いただけると嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ