第36話 「再び戦場へ」
大変お待たせいたしました
第36話、お届けします
『告:間もなく戦闘区域に入ります。
ご準備を、特務一尉殿』
揺れるコクピットの中、ホープの合成音声が警戒を促してきた。
自然と操縦桿を握る手に力が籠もる。
感覚が研ぎ澄まされていき、目は機内の画面をくまなく確認する。
外を映す大画面には、前を歩く2機の〔九十二式〕が映っている。
染谷と沓城の機体だ。
隊長機の証である赤いラインの入った染谷機は、左手に大盾を携え、通常巡航速度のまま進んでいく。
そこより半歩下がった位置に、四ノ宮機が追従している。
大太刀を油断なく構えた後ろ姿は、とても頼もしい。
さらに俺の後ろには、沓城機と佐渡機がついてきている。
沓城は、これといった特殊武装は持た無いが、幅広い役割をこなす、いわば万能タイプだ。
今は前衛と遊撃手が充実しているので、後方支援に回っている。
一方佐渡は、とにかく支援に徹するという戦闘スタイルだ。
大型の狙撃砲やミサイルランチャーを装備することが多く、直接会敵する俺達へ的確な支援攻撃をしてくれる。
そして今の俺は……
「索敵センサに反応は?」
『答:広域索敵センサに、反応7。
その内、半径5000m以内に反応2。
尚、最も近い反応は11時の方向2100mです』
「そうか」
索敵を担当している。
戦闘状態に入れば、遊撃手として自由に動きまわるのだが、
隊列を組んでいる今は、周辺の状況を探ることを優先している。
〔九十二式〕に搭載されている電子兵装を駆使して、情報を集めるのだ。
俺がこの役割を担うのには、実はホープの存在も大きい。
広域索敵システムは、送られてくる大量の情報を処理するために、処理機構の負担が大きい。
よって普通の機体に搭載されているサポートAIでは、余り長時間の発動は出来ない。
途中インターバルを挟んで起動する分には、通常のAIでも充分使用可能だが、どうせなら戦闘状態に入るまで索敵網は広げておきたい。
世界最高峰の情報処理能力を持つスーパーAIがいるからこそ、こうして俺 (というよりホープ) は索敵係を仰せつかっているというわけだ。
『全員聞いたな?
まずは一番近いヤツからやるぞ』
「『『『『了解!』』』」
ホープからの報告を受けた染谷の号令で、各機散開し、隊列が三つの組み合わせに分かれる。
前衛として直接エネミスと対峙する染谷機は前へ突出し、
遊撃の俺と四ノ宮機は、二手に分かれて染谷機を挟むような位置を取り、
狙撃手の佐渡機と、その護衛&援助をする沓城機は後方へ移動する。
たった一体だけに対して随分大袈裟な陣形だが、負傷者も犠牲者も出さないためにはこれほどのそなえが必要だ。
エネミスはたとえ一体だけだったとしても、十分脅威となる。
俺達は既に単機でもエネミスを倒せるが、だからといってナメてかかっていいわけでもない。
万全に万全を期してこそ、始めてあの怪物共と戦えるのだ。
閑散とした街の中を、三機の巨人が駆けていく。
機体が過ぎ去る風に窓ガラスが軋みを上げ、地面を踏みしめるたび地響きが木霊する。
疾駆する〔九十二式〕の進撃が、街を震わせた。
『反応までとの距離、残り1000』
時速80㎞ほどの速さで、エネミスとの距離を詰めていく。
地図上の反応を示す点と、自機の位置座標がどんどん近づく。
人気の無い建物の規則正しい並びが、画面を流れては消えていった。
避難が完了し静まり返った街並みは、まるで別世界だ。
反応のエネミスは、まだ動き出す気配を見せない。
凍り付いたかのように、その場に留まっている。
彼我の距離は更に縮まっていく。
色を無くした大通りが過ぎていき、やがて……
『こちらアルタイル4、対象を視認した。
これより対処行動をとる。
総員、戦闘用意』
染谷がとうとう、一体のエネミスと遭遇した。
「各種武装の安全装置を解除。
操縦モードを3に変えろ。操縦権限はアクティブだ。
戦闘機動……開始」
『了解』
通信を受け、機体のモードを切り替えて速度を上げる。
戦闘機動に入った〔九十二式〕の、各部の出力メーターが上昇していく。
機体がアスファルトを蹴り出すリズムが加速していった。
『レグルス8よりアルタイル4へ。
そちらへ向かいます、対象の足止めを』
『アルタイル4、了解した』
染谷の援護には四ノ宮が向かうようだ。
「こちらレグルス9、周辺の警戒をします」
『こちらアルタイル4、頼む』
「了解」
四ノ宮が向かうのならば、俺がすべきことは周辺の警戒だ。
エネミス一体に対して三機以上で応対すると、逆に連携がとりにくくなる。
そんな非効率なことをするよりも、戦闘に寄り集ってくる他のエネミスを警戒したほうがいい。
彼らには佐渡機の後方支援もあるし、心配なども不要だ。
……と、辺りを警戒しつつもすぐに移動しやすい地点を探していると、
『警報:接近する機影あり。
10時方向、距離7300、数1』
案の定、蝿の如く一体のエネミスが寄ってきた。
心の中でチッと舌打ちをする。
染谷と四ノ宮がエネミスを仕留める間、一人でコイツと戦わなければならない。
できなくはないが、できればやりたくない状況だ。
ただでさえ、今の俺にはヴァイツが無いのだ。
もしかしたら苦戦するかもしれない。
それでも〈ASCF〉に所属している以上、俺には戦う義務がある。
パシッと頬を叩いて気合いを入れる。
そちらに対応すべく、機体を左端斜め前へと向けた。
MFDに表示された地図上の反応を見れば、そのエネミスは高速道路上を直進していた。
丁度、階層型の部分の一番上で地上から70mほどの高さがある。
高い位置に居る分、奇襲は仕掛けにくい。
いくら九十二式でも、ヴァイツのように垂直100mも跳ぶことは出来ないのだ。
精々60mが限度だ。
もちろんそんな無茶な跳び方をすれば、パイロットの方が保たないのだが。
「ホープ、その辺りの建物のデータを見せてくれ」
『了解』
エネミスの元へと急行しつつ、ホープが表示してくれた建物のデータをくまなく確認する。
そこには近くのビルなどの高さなども詳細に表示されている。
データを見ながらルートを考えること、少し。
「………よし」
最適と思われるルートとポイントを見つけだした。
足下のアクセルペダルを踏み込み、操縦桿を傾ける。
俺の動きを読み取った機体が、滑らかに反応し進路を変えた。
IGとは、人の体の延長線だ。
その動きには、操縦者の意思がそのまま反映される。
腕、首、背中、腰、足にそれぞれ装着された運動信号検出器が操縦者から読み取った信号を、流体信号回路集積群を通じて機体の動きに変換する仕組みで動いている。
IGのヒトと同じような微細な動きは、この仕組みによって可能となる。
やがて、目印の建物が見えてきた。
機体の態勢を低くさせ、その建物まで一気に駆け抜ける。
そして助走をつけてから、程良い距離までくると、
一度大きく踏み込み……跳躍。
〔九十二式〕のしなやかな人工筋肉が唸りをあげ、アスファルトが陥没するほどの跳躍力を生み出す。
一気に40mほどの高さまで跳び上がり、近くの建物の上に着地した。
そのまま、その勢いを殺さないように、間髪入れず再び跳躍する。
ジャンプ台代わりにした建物の屋上が無惨な状態になってしまったが、気にしてはいられない。
再度高く跳び上がった〔九十二式〕は、綺麗な放物線を描いて更に高い建物の上に降り立つ。
その重量を感じさせない軽やかな着地だ。
着地と同時に衝撃を最大限逃がす態勢をとり、音を余りたてないように注意する。
脚部の衝撃吸収機構が上手く作動し、排出口から煙を噴出させた。
「ふぅ……。
ホープ、エネミスはあとどれくらいでつく?」
『答:およそ20秒後に到着します』
「わかった。CED起動、認識阻害用ジャミングを欺瞞展開だ」
『了解……CED起動、レディ』
周辺に完全電子領域が展開され、レーダーを撹乱するフィールドが出来上がる。
CEDを欺瞞展開させることによって、レーダー上からこの機体の存在は検出されなくなる。
これで、俺の居場所を察知されることはない。
あとは獲物を待つだけだ。
『告:会敵まで、10秒』
ホープのカウントダウンが始まる。
否が応でも感覚が研ぎ澄まされていき、体は戦闘態勢に入っていく。
思えば久しぶりの任務だ。
ヴァイツの改修が始まってから、俺はずっと休暇状態だった。
戦闘前の、神経の隅々まで鋭く尖っていくようなこの感覚も、久しぶりな感じがする。
操縦桿を握る腕に緊張が奔る。
頬を一筋の汗が伝った。
そして………
『対象捕捉しました、会敵します』
「うおおおおおッ!!!」
戦闘が始まった。
久しぶりの戦闘回です




