第15話 「初任務」
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第15話お届けします
誰もいない廊下を一人、俺は駆ける。
過ぎ去る教室からは、生徒達が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
先生たちは、既に俺の情報が行き渡っているのだろう。
誰も呼び止めてきたり、追いかけては来なかった。
屋上に続く階段を一気に駆け上る。
ケース3とは学校での俺の回収のことで、ポイントE3とはここの屋上の事だ。
5分とかからずに〔ヴァイツ〕を積んだ重輸送機、LcV-22IG〔ホーンドアウル〕が、校舎の上に到着するだろう。
優れた性能から現代にかけて多くの派生型が生まれた昔の名VTOL輸送機〔オスプレイ〕の、IG輸送専用発展機である〔ホーンドアウル〕は、最大積載量40tという驚異の輸送能力を誇る。
航続距離の長さやその素晴らしい速度もあり、世界で最も普及しているIG専用VTOL輸送機とされている。
次の階が屋上になる踊り場に出たとき、いきなり目の前に現れた人影と危うく正面衝突しそうになった。
「うおっ!?」
「危ねっ!?」
慌てて急ブレーキをかけ、横に飛び退いて衝突を回避する。
俺の目の前にはおっとりした初老の男性が立っていた。
その人物は、
「校長先生!?す、すみません!」
「おお、木崎くんか」
この学校のトップ、壱丞校長先生だった。
冷や汗が背中を伝う。
やっべぇ……
弾けるように頭を下げ、謝罪する俺に校長は朗らかに答えた。
「いやいや、構わんよ。
それより木崎くん、随分と急いでいる様子だが、もしや……?」
「あ、はいそうです」
「ふむ、なるほど……では、気を付けて行ってきなさい」
「ありがとうございます!」
俺が〈ASCF〉に入隊する際、校長にもお世話になった。
校長が理解のある人でよかった。
単位が足りなくても在籍・進学できるようにしろ、なんていう無茶な頼みを受け入れてくれたのもこの人だ。
俺がこうして〈ASCF〉に所属しながら学校に通えるのは、ひとえにこの人のお陰だ。
だから、校長は俺の様子だけで事態を察したのだろう。
そして俺が屋上に行くのを許してくれた。
俺が最後の階段を駆け上ろうとすると、校長先生が呼びかけてきた。
「木崎くん!」
「はい?」
「……無事に戻ってきなさい。
これは君が戦いに赴くための絶対条件だ。
これだけは忘れないように」
「!……はい!」
威勢良く答え俺は、その言葉に背中を押されるように屋上へと飛び出した―――
ーーー
開けた屋上に、突風が舞う。
低く重いローター音が鳴り響き、中空の空間が揺らめいた。
迷彩を解き、姿を現した〔ホーンドアウル〕が太陽を背に垂直に降りてきた。
眩しさに思わず目を細める。
ホーンドアウルの名の由来となった、羽角のような光学迷彩システムの突起状の機構が特徴的なシルエットだ。
30m以上のサイズを持つVTOL輸送機が目の前に着地する。
同時にキャビンに通じるドアが開き、中から顔だけ出した隊員が怒鳴った。
「レグルス9、早く乗れ!急いで第六小隊に追い付くぞ!」
「了解!」
急いでキャビンの中に乗り込むと、すぐにドアが閉まる。
「よし、出せ!」
『了解だ、しっかり掴まってろ!』
操縦室に繋がったスピーカーから操縦士の返答があり、直後振動を伴いながら機体が持ち上がっていった。
ある程度の高度に到達すると、ティルトローター方式の回転翼が前方に向けられ、〔ホーンドアウル〕は滑るように飛び始める。
細長いキャビンの中の大半は、うつ伏せに寝かされ固定された白い機体、〔ヴァイツ〕によって占められていた。
天井に固定され、下から支柱をあてがわれた〔ヴァイツ〕のコクピットは既に開かれている。
キャビンの中にいた隊員が俺の肩を叩き、コクピットを指差す。
「すぐに付くからもう〔ヴァイツ〕に乗り込んでおけ。
到着と同時に降ろすからな」
「分かった」
その言葉に頷き、機体の横から滑り込むようにコクピットに入る。
俺が乗り込むと自動でコクピットハッチが閉じられ、前面に広がる画面に光が灯り、暗いキャビンの床を映し出した。
機体の起動シークエンスが始まる。
多機能表示装置(MFD)に機体状態が表示されると同時に、〔ヴァイツ〕に搭載されている高機能AI〈ホープ〉が話しかけてきた。
『こんにちは、特務一尉殿』
「ホープ、すぐに出れるか?」
『答:肯定です。機体状態は万全です』
「よし。全システムをオンラインにしろ」
『了:オールシステム、オンライン。
機体起動シークエンス、完了。
当機操縦権限を木崎優真特務一尉に返還します』
「権限を受領した。
ホープ、状況を伝えろ」
『了:了解。
伝:《エネミス》確認座標は、北緯35度・東経139度。
6分前に鋸山付近にて衛星が探知しました。
数は5体。全て通常型と確認されています。
周辺の避難は完了、現在第六小隊と第二十二小隊が対応しています』
大体の戦況を確認する。
すぐ近くに《エネミス》が出現したというのに避難指示がまだ出ていないのは、こちらの対応の早さより情報局の方が遅いせいだろう。
だが、そろそろ指示が出るはずだ。
「兵装はなんだ?」
『答:主兵装は〈ボフォースMk.6〉、〈カゲロウ〉、〈アストレア〉です。
その他の装備はMFDに表示します』
「わかった。
機体関節のロックを解除、兵装使用の許可コードを木崎優真で開放しろ」
「了解。
関節部ロック解除、兵装許可コード開放。
ざっと装備を確認し、戦法を組み立てる。
手持ちの把握とは早急且つ絶対にしなければならないことだからな。
今回〈187式〉ライフルが無いのは、俺の使用頻度が低いからだろう。
俺はマシンガンの方が好んで使うことが多い。
威力が高いだけで、単発銃は割と扱いづらいからだ。
近接戦であれば汎用性も威力調節も、マシンガンの方が優れている。
好んで使っていないだけであって、ライフルが苦手って訳じゃ無いけどな。
……それと、一応訊いておこう。
「……被害は?」
『答:0』
よし、最悪の事態は無い。
とりあえず準備は終わらせた。
大抵のことはホープが代わりにやってくれるから、俺は戦闘に関することだけ気にしておけばいい。
『操縦室からレグルス9へ。
あと、30秒くらいで着くぞ!
準備しろよ!』
「わかった!ここまでの輸送に感謝する」
遂にきた……!
とうとう、俺の初陣だ。
そう思った途端、急に胸の奥が灼けるような不快感が押し寄せてきた。
正体不明の不快感を洗い流そうと、コクピット内のドリンクホルダーにある緑茶を勢いよく飲み下す。
不安、なのか……?
ふと浮かんだ思い。
いや、違うだろう。
今日のために今まで訓練に耐えてきたんだ。
今更怖じ気づいてどうする。
どちらにしろ、戦闘時にこの感覚は邪魔だ。
大丈夫だ。
この感覚は怖じ気づいたんじゃない、ただの武者震いだ。
『……崎』
そう、大丈夫だ。
そうだ、ヴァイツとホープと俺の力があるなら、勝てる。
大丈夫だ。
ようは俺の戦いをすればいいんだ。
『……い木崎』
大丈夫だ。
そうだ、俺なら大丈夫……。
『おい木崎!』
「……!?」
『落ち着けよ、肩の力を抜くんだ』
……!
操縦士の言葉にハッと気付かされる。
いつの間にか、肩が強張っていた。
知らず知らずの内に、やはり緊張していたみたいだ。
『いつも通りやればいいんだ。
なぁーにお前ならできるさ』
そんな俺に操縦士はこう言ってきた。
『そうだ!緊張したときは好きな女のことでも考えておけ。
やる気と力と、あとヤる気もでてくるぞ』
思わず笑ってしまった。
あっさりと、肩の力は抜けた。
心を締め付けていた不安は既に消えていた。
既にこの感覚を知ってあるであろう〔ホーンドアウル〕の操縦士は、たったそれだけの言葉で、強張っていた俺の心を解してくれた。
「ありがとう、水戸さん」
『いいってことよ。
じゃあ、しっかりやれよ木崎!』
「おう!」
今は顔が見えていない操縦士――支部で仲良くなった水戸常務二尉のおかげで、もう緊張は無い。
これなら、いける。
『……よし、到着したぞ。ハッチを開放する!』
視界が開けていき、眼下に緑の群れが見えた。
ヴァイツのレーダーには、戦いの様子も入ってきている。
ここからが、戦場だ。
『固定部開放カウントダウン、開始。
秒読み、3……2……1……投下!』
同時に固定具が外され、ヴァイツが自由の身となった。
よし、行こう!
「木崎優真・ヴァイツ、発進る!」
ーーーーーー
ーーー
ー
『捕捉警報:2時の方向、距離230』
「ちっ……!」
右斜め前方の森林から、弾閃が走る。
連続して迫り来るそれを、持ち前の反射神経を活かしてステップ回避する。
これは駆動部の柔軟性と運動性能の高い〔九十二式〕だからこそできる芸当だ。
確かに機体能力は〔ヴァイツ〕には劣るが、かといって〔九十二式〕の性能が低いわけでは無い。
むしろ世界トップクラスの力を持ち、パイロットの技量も合わさればあの白い機体とも互角に渡り合うことができる。
重装甲・低機動が主流の現代IGにおいて、〔九十一式〕やその改良型である〔九十二式〕は、防御能力と機動性のバランスが良く、どちらにおいても優れている名機体なのだ。
だが、私は今その〔九十二式〕を駆りつつも、徐々に追い詰められていた。
『接近警報:正面、距離30』
「くっ……」
自然林の中から飛び出してきた一体の《エネミス》が、前腕から的確な銃撃を放ちつつ距離を詰めてきた。
マシンガンで応射しつつ、転げるように私は逃げる。
機体が前転するたび、一瞬天地がひっくり返ったような感覚に陥り、その都度胃の奥を直接衝撃が襲う。
吐き気がする。
酔いそうだ。
新体操のような機動をIGに行わせると、パイロットはミキサーにかけられた野菜のように、強い負荷に晒される。
着地の衝撃や遠心力で内臓をかき回されるからだ。
パイロットスーツによる対負荷機能によってだいぶ軽減されるものの、やはり人に近い無茶な機動―特に回転運動をすると、その分だけ反動が体に来る。
普通、こんな機動は連続して行わない。
市街地戦では建物に隠れればいい話だし、まず5分近くも戦闘は長続きしないからだ。
「バルカンもモード5で撃ってッ!」
『了解。フルオートファイア、モード5、レディ』
不規則な機動を織り交ぜながら、眼前の《エネミス》に応戦する。
頭部バルカンを捕捉次第射撃するように機体のAIに命じ、山の中の開けた開発地を駆け回る。
窪地になったこの開発地は、特に遮蔽物も無くIGにとっては戦いにくい場所だ。
もともと自然林のように木々の間が狭く自由に動けないところや、この場所のように遮るもののないところは、IGがもっとも苦手とする環境なのだ。
今回の任務は厳しい戦いが予想されていた。
なので、会敵したらすぐに救援を呼ぶようになっていたのだが、運悪く一人のところに会敵し、しかも周りが交戦状況に入ってしまった。
この状況では、得意の近接戦に持ち込む前に撃たれてしまう。
なので今私はこうして逃げに徹していたのだが……。
「あっ……!」
『状況警報:左肩部に被弾、機体の転倒を確認。
危険です』
機体の重心が浮いたところに被弾し、機体が転倒する。
しまった……!
これはまずい。
鼓動が急速に早くなり、焦燥がじわじわと広がる。
起き上がらなければ。
しかし、そんな時間はない。
致命的な私の隙を《エネミス》が見逃すわけもなく、両腕の銃口をこちらに向ける。
確実に仕留めるつもりだ。
撃墜される……!
そう思った時、突然の上半身が吹き飛んだ。
え……?
直後、機体のすぐ脇に一機のIGが土煙を上げながら着地した。
衝撃吸収機構による白い煙がもうもうと立ちこめ、その機体を包んだ。
そして、画面に通信回線の表示が出る。
『無事か!?四ノ宮!!』
「あ………!」
驚きでそんな声しか出なかった。
回線の小窓には、ややボサボサした短髪の少年の顔が映っている。
最高のタイミングで、最強の仲間が駆けつけてくれた。
「木崎……!」
『悪いな、遅くなって!
慌てて〈カゲロウ〉ぶっ放したんだが間に合って良かった!』
安心した表情で笑いかけてくる木崎が、〔ヴァイツ〕と共に参戦した。
ーーーーーー
ーーー
ー
いやーっ、危なかったぁぁ!
四ノ宮が撃たれた時はどうなるかと思ったぜ。
下で交戦してるIGを見つけたときに、急いで降下位置を修正しておいてよかった。
あそこでそのまま降りたら間に合わないところだった。
「大丈夫か?」
『う、うん。大丈夫』
「戦闘は続けられるか?」
『いけるわ』
力強い返事。
予想以上に大丈夫だったようだ。
「肩の損傷は?」
『そっちも大丈夫。
レベル2だから駆動には問題ない』
「ならいくか」
『了解』
四ノ宮の返答を聞き、送られてきた小隊の位置情報をもとに、染谷たちのもとへ急行する。
そこまで遠く離れてはいないようだ。
ここなら1分とかからずに追い付けるだろう。
一応途中で機体の状態を確認しておいた。
着地の寸前で〈カゲロウ〉を撃ったわけだから、もしかしたら機体に影響が出ているかも知れない。
しかし、それは杞憂だった。
機体は普通に稼働している。
数十秒ほど機体を走らせた後、
「そろそろ近いな」
『あそこ!』
四ノ宮が指さした方向に、それぞれ一体ずつと戦う染谷と沓城がいた。
佐渡は居ない。
どこかで隠れながら、チャンスを狙っているのだろう。
「四ノ宮は沓城さんの方へ!俺は隊長の援護をする!」
『分かった!』
同時に飛び出し、それぞれの戦いに参入する。
『おお、木崎と四ノ宮か!』
『助かる!』
俺達の参戦に、流れるように対応した二人は、さっそく作戦を変える。
『『FS!二の三!』』
「『了解!』」
FSで二人の動きを合わせ、それぞれの敵を追い詰めていく。
何度も立ち位置を入れ替えながら、敵を休ませずに攻め立てる単純なフォーメーションだ。
シールドとマシンガンを構えた染谷が、《エネミス》の注意を引き付けつつ態勢を崩させる。
そしたら後方にいる俺と場所を入れ替え、近接武器で更に追い立てる。
銃撃戦に対応していた《エネミス》は、急には接近戦に対応できずに追い詰められていく、という戦法だ。
そして、このフォーメーションの真の狙いは……
『『NOW!』』
「『おおおおお!!』」
俺と四ノ宮が同時に繰り出した〈アストレア〉と〈アマテラス〉が、それぞれの《エネミス》を吹っ飛ばした。
丁度同じところに《エネミス》が倒れ込むように調節した剣撃が、全く同じタイミングで炸裂する。
もんどり打って倒れた二体は、互いに勢いよくぶつかり、絡まってジタバタと藻掻く。
そして……
『直樹ッ、やれ!』
『了解ッス!
食らいやがれッ!』
染谷の合図で林の中から立ち上がった佐渡の〔九十二式〕が、肩に構えた〈PACmen-IG〉地対空ペトリオットミサイル改良型を次々とぶっ放した。
IG用に貫徹力が強化された9機のミサイルが、絡まり倒れた二体の《エネミス》目がけ飛翔する。
着弾。
直後、爆炎が吹き荒れた。
昔からあるPACという系列の対空迎撃ミサイルを元に改良され、IG用の対象破壊能力を得た〈PACmen-IG〉ミサイルが、暴力的な運動エネルギーを伴って、獲物をズタズタに引き裂く。
既に俺達は、〈PACmen-IG〉の余波に巻き込まれないように、《エネミス》から離れた位置へと跳び下がっている。
完膚なきまでに蹂躙され、粉々に砕け散った灰褐色の破片が俺達の元まで飛んできた。
爆風が吹き止んだ後、奴らがいたところにはなにも残っていなかった。
蓄積した損傷が一定値を越えた《エネミス》は、自動的に自爆する。
これはこれまでの《エネミス》との戦闘結果から確実とされていることだ。
巻き添えを狙ってのことなのか、それとも機密保持のためなのか。
その意図は分からないが、大事なのは俺達の勝利条件が意外と有利ということだ。
まだ戦える状態だとしても、自爆しないために《エネミス》達はすぐに撤退することが多い。
今回も、俺達第六小隊が三体を連続して撃破したあと、交戦中の第二十二小隊から、残る二体の《エネミス》も撤退したとの通信が入った。
そう……
俺達の、勝利だ!
ーーーーーー
ーーー
ー
戦いを終えた小隊は、一度支部へと帰還した。
再び〔ホーンドアウル〕の中に機体ごと格納され、数分で第四支部の格納庫に着く。
戦闘を終えたIGたちはすぐさま整備橋がかけられ、精密整備にはいった。
俺が支部に寄ったのは、戦闘後の報告書を書く為だ。
全ての隊員には、作戦後のレポート提出が義務付けられている。
そこで使用武器や作戦立案について意見をするのだ。
受付で戦闘レポート用のホロタブレットを受け取り、再び格納庫に向かう。
そこには一機の小型ヘリが待機していた。
「木崎、乗れ!」
「おう!」
作戦が終わったら、このヘリで俺は学校に戻るのだ。
報告書はヘリの中で書いておこう。
「超特急で頼む!
今なら二時間目に間に合うんだ」
「了解だ!飛ばすぞ」
10分後……
学校に着くと、俺はパイロットに手早く礼を言い、屋上から教室へと駆け戻る。
廊下を全速力で駆け抜け、俺は勢いよく教室の扉を開けた。
「遅くなりました!」
これが俺の日常となっていく。




