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コミックマーケットへ帰還せよ!  作者: 尾久出麒次郎
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エピローグ


 エピローグ


 一月二日、翼は年末に全身を酷使したせいか体中が痛くて動かすのが億劫だが、それでも疲れ切った体に鞭を打ちながら着替え、母親と一緒に雑煮を作るのを手伝う。やってくる親戚のおじさんおばさんと、その子どもたちの出迎えをしてお茶を出したりしていた。

 これくらい庄一さんのことを考えればどうということはない、それに家事をするのって意外と大変だと痛感する。

「翼、どういう風の吹き回し? 毎年寝正月で過ごしてるのに」

 母親は急にテキパキと働く娘に青褪めた表情になりながら雑煮を用意すると、翼は庄一のことは伏せて言う。

「こ……心を入れ替えたのだけよ」

「翼……もしかして男ができたから花嫁修業でも始めるつもり?」

 翼は内心ギクッとした、翼はいつでも庄一さんを家に招いて恥かしくないようにと始めたが、翼はスルーして人数分の雑煮をお盆に載せる。

「それじゃ、おじさんたちに雑煮を配ってくるね」

「スルーなの!? ねぇスルーなの!?」

 嘆く母親を無視して和室に入り、お茶や雑煮を配りながらやってくる祖父母や親戚のおじさんやおばさんたちに礼儀正しく挨拶する。

 親戚の子たちも四人は来ている、みんな礼儀正しくて両親は気前良くお年玉を上げていた。翼も雑煮を配膳すると一度自室に戻ってコミケで予備として残してた軍資金を引っ張り出す、幸いまだ二〇〇〇〇円と少し残っていて一人につき五〇〇〇円……どうしようお年玉袋もないけどいいか。

「みんな、あたしからもお年玉よ」

 翼は一人につき五〇〇〇円を素のままであげる。まあもっとも……もらったお年玉は親の懐に入るのだが。

「すまないね翼ちゃん、まさか君がもうお年玉あげる歳になるなんて」

 厳格な中島家最後の昭和の頑固親父と呼ばれ、鉄工所の職人だという母方のお祖父ちゃんもこの時ばかりは頭を下げて笑顔でお礼を言う。

「いいの、旅行の時に万が一って時に残しておいたお金だから」

「そういえば智彦がいないな……お盆の時は口を酸っぱくして働けと言ったけど、あれからどうかな?」

 それで部屋の空気が静まり返る、翼は去年のお盆を思い出す。

 去年のお盆の時、智彦は大学卒業して以来働きもせず引き篭もってニートしていて、だらけて匙を投げた事なかれ主義の父親を除き、翼と母親には横着な態度を取ってると知った途端強烈な雷が落ちた。

 それ以来兄は祖父に苦手意識を持ってるようで、逆に言えば翼や母親にとっては強い味方だった。

「じゃあお祖父ちゃん、ちょっとお兄ちゃん呼んでくるね!」

「えっ? ああ、おい翼――」

 青褪めた父親の制止を振り切って二階に上がり、お祖父ちゃんに説教してもらおうと乱暴にドアを叩く、庄一さんが見られたらドン引きされるかもと思いながら強い口調でドア越しに起こす。

「ちょっとお兄ちゃん! いつまで寝てるの!? もうお昼よ!!」

 起きてくる気配がない。

 ならば特殊部隊よろしく強行突入ダイナミックエントリーと言わんばかりにドアを開けると、顔を顰めた。真っ暗で部屋が散らかっているのはまあいいとして……兄はまさしくキモヲタニートだから部屋も凄まじかった。

 正直熊本地震の時、震度六の揺れに部屋が壊滅してよく無事だったと感心するほどの汚部屋おへやで、窓は本棚やフィギュア棚で塞がれて太陽の光が入って来ないせいか真っ暗でおまけに換気もしてないのかもわっとしてて臭い。

「お兄ちゃん! 起きて!」

「うるせぇな……正月くらいゆっくりさせろよ」

 暗闇の中もそもそと肥え太った猪みたいに動き、翼は電気を点けて言い放つ。

「一年中お休みのお兄ちゃんが言っても説得力ないわよ!」

 壁の半分や天井には隙間を探すのが難しいほど肌色面積多めの二次元萌えポスターが至る所に貼られていた。しかも本棚やフィギュアもガンプラとかゾイドとか戦車のプラモならまだわかるが、九割方が露出度の高いフィギュアだ。

 おまけに換気してないのか部屋が臭い、そういえば年に二~三回は風邪を引いてるし一二月の頭には予防接種したにも関わらずインフルエンザにやられてる。

 翼はカーテンを開けるとべランダの扉を全開にして換気する。

「寒っ!! 何すんだよ翼、寒いじゃないか!!」

「やっと起きたわ……親戚のおじさんたちやお祖父ちゃんたち来てるよ!」

「ええっ!? なんで早く言わないんだよ!!」

「毎年恒例だし、それに言ったらお兄ちゃん勝手に出かけるでしょ? お母さんにお年玉せびったことお祖父ちゃんに言うわよ!」

「わ、わかったから……着替えるから外で待ってくれ!」

 智彦は慌ててようやく起きる、お祖父ちゃんには悪いけどまた雷落としてもらわないと駄目みたいと部屋の外で待つが一〇分経っても出てこない。

「お兄ちゃんいつまで着替え――」

 痺れを切らした翼がドア開けて入るがいない、もぬけの殻だ。いない! 翼はベランダを探すが見当たらないと思って庭を見下ろすと、智彦がどこに隠していたのか梯子をかけて降りていた。

「お母さん!! お祖父ちゃん!! お兄ちゃんがそっちに逃げた!! 捕まえて!!」

 一階にいる家族にも聞えるように叫ぶと、智彦が狼狽する。

「ちょっ! お前静かにしろって近所迷惑だろ!」

 すると庭で遊んでいた親戚の子が指差して、丁度真下にいる和室の家族に言う。

「ねぇねぇおばさん、智彦おじさん梯子から降りてきてるよ?」

「コラァ智彦! あんたなにやってるのよ、逃げるな!!」

 母親が叫ぶともうこっちのものだ、親戚の人たちが次々と外に出てきていて智彦は逃げ道を塞がれて青褪めていた。


 結局智彦はお祖父ちゃんにまた説教してもらい、今日からハロワに通うことになった。


 午後になって翼は初詣に行く、英美と香澄とは健軍神社前停留所で待ち合わせの予定だけど、その前にやるべきことがあった。

「おはよう堀越さん、糸川さん、あけましておめでとうございます!」

 那美子と早苗は晴れ着姿で来ていた。

「おっ! 中島さんあけおめ!」

「ハッピーニューイヤー……中島さんどうだった? ねぇどうだった?」

 早苗はポーカーフェイスで詰め寄ってくると、翼は当たり障りのない程度に言う。

「また夏に会う約束したの、今度会ったら恋人になってくださいって!」

 何を察したのか早苗はまるで自分のことのように俯き、那美子も気になるのか少し気遣うような表情になって訊いた。

「遠距離恋愛ってわけか……川西さんどこへ行っちゃったの?」

「南アフリカのケープタウンって言ってた、昨日の夜に羽田から一度シンガポールで乗り換えてケープタウンに行くって」

 片道だけでも丸一日前後かかる距離だ、ゆめみちゃんたちだったらすぐにフライトスティックで行けてしまう、翼は一月の寒空を見上げると早苗も見上げて呟く。

「ざっと一三八五〇キロ……時差は七時間」

 庄一さんは今どうしてるんだろう? そう思っていた時に英美の声が耳に入る。

「こんにちわ、翼!」

「翼ちゃんこんにちわ!」

 丁度香澄も一緒に来ていて翼も手を振る。

「あっ! 英美ちゃん、香澄ちゃん!」

「中島さんのお友達?」

 那美子が訊くと翼は肯いた。

「うん堀越さん、糸川さん、高校時代の友達なの! 紹介するわ!」

 翼はどうかみんながみんなと仲良くなれますようにと祈った。

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