二日目その3
西館アトリウムに降りるエスカレーターに乗ると、行き交う人々を俯瞰で見下ろすような光景に、翼は改めて人の多さに実感する。
「うあぁ……やっぱり凄い人ですよね」
「ああ、友達がこの画像を見てMAP兵器で消し飛ばしたいとか言ってた」
きっとロボットシュミレーションRPGのことだろう、兄もよく遊んでいる奴だ。
「それゲームのことですね、庄一さんならどうします?」
「僕ならそうだな……ティーガー戦闘ヘリを呼んで五〇口径機関銃で機銃掃射――いや、弾薬が足りない。ロケット弾や対戦車ミサイルをあるだけ撃ちこんでもまだ足りないな、爆装した空軍のミラージュか、ラファールを呼んで空爆してもらうか」
「庄一さんなんかえげつないですよ!」
翼は苦笑いしてエスカレーターを降りると西1ホールに入った。この辺りは所謂ボーイズラブが好きな人たちのサークルで、庄一は興味ありげな眼差しで見回す。
お願い! 庄一さん腐男子にならないで! するとさりげなく庄一は訊いた。
「中島さんも、やっぱりこういうのが好きなのかい?」
それで翼はバランスを崩してズッコケそうになり、体勢を立て直して否定した。
「もう! 違いますって! あたしは腐ってませんしBLよりも百合派です!」
「そうかすまない、君の女子大にもこういうのが好きな人がいるのかなと思ってね」
「う~ん、心当たりがあるような……気がします」
そういえば翼の通う女子大にアニメ好きな人たちのサークルがあるが、一度行って見学したけど肌に合わなかった、そう思っていながら歩いてた時だった。
「どうぞ見て行って下さい、今回はトリプルセブン総受け本でーす」
聞き慣れた声だった、翼は振り向くと同じゼミの人である堀越那美子がお誕生日席のサークルにいた。
「あれ!? 堀越さん!? 堀越さんだよね?」
「えっ? おお中島さんじゃない! 偶然!!」
堀越那美子は栗色の癖っ毛ショートに翼以上に童顔、身長一四二センチのスレンダーな体型の女の子だ。すると那美子は視線を翼から庄一にシフトして挨拶を交わす。
「初めまして、中島さんと同じ大学の堀越那美子です」
「こちらこそ、川西庄一と申します」
庄一も一礼して自己紹介すると、那美子は翼をスペースの中に引きずり込んで耳元でヒソヒソと訊く。
「中島さん、結構イケメンじゃない? 付き合ってるの?」
「違うのよ、飛行機に乗る前に空港で落し物を届けたらそのまま一緒に行くことになったのよ!」
「おおっ!! それなんか漫画か乙女ゲーみたいじゃん!」
それで翼はドキッとして言葉が詰まり、そして状況は更に悪化した。
「ただいま……あら、誰かと思えば中島さん」
もう一人、糸川早苗もサークル参加していた。
雑誌に出てきそうなほどのシャープで作り物めいた顔立ち、翼以上に大きい胸で無機質さを感じるモデル体型だが、長い黒髪で左目を隠してるニヒルな変人で、口数の少ないミステリアスな美人さんだ。
いつも一緒に行動してる早苗が帰ってくると早速報告する。
「おお丁度いいところに! 聞いてよ早苗っち! 中島さんったらイケメンのお兄さんと空港で出会ってそのまま一緒にコミケ参加よ、やるねぇ!」
「すなわち運命のロマンス……三次元でこういうこと素敵じゃない?」
早苗は微笑むと、庄一と挨拶と自己紹介する。
那美子と早苗のサークルは『ファーストクラス』という名前で庄一がどんな本を描いたか訊く。
「あの、君たちはどんな本を?」
「へへへ早苗っち凄いんですよ。無機物系の才能があって最近少しずつ有名になり始めてるんですよ! 試しに見て下さいよ!」
那美子の言う通り翼は取ってみる、表紙にはよく書き込まれた旅客機――ボーイング777-200LRで何の変哲もないが何故か一八禁を示すマークが付いていた。庄一が開くと思いっ切り噴いて苦しそうに笑い、その場で苦しそうに腹を抱えた。
「どうしたんですか庄一さん、そんなに面白かったんですか?」
「ああ……試しに……見てくれ」
翼が首を傾げると、早苗は一冊取って実演する。
ぐへへへ……年末年始の出国ラッシュの長距離フライトだ! 燃料をたっぷり注いでやる!
やっ、やめて給油車さんそんなに給油したら……最大離陸重量を超えちゃうよぉっ!
へへへへ、燃料がなくて困るのは君のはずだ!! さあ、中でたっぷり出すぞ!!
ま、待ってあっあっ、ああん入ってる! 僕の給油口からケロシンが、ケロシンが沢山入ってくる!! あっ、あああーん!! 給油されてる!!
おお最高に気持ちいいぜ、こんなにも俺を満足させてくれるのはジャンボジェットさん以来だ……ボーディングブリッジさん、カーゴローダーさんたちあんたらの番だぜ。
まっ待って! 僕の心の準備が、いやぁ!! いきなりカーゴドアを開けないでぇ他の子たちに見られて恥かしい!!
いつも見られてるじゃねぇかよ、見られるのが気持ちいいくせに! ほらどんどん荷物入れるぜ!! お客さんも入ってくるぞ!!
う、嘘っ!? コンテナがこんなに……ら、らめぇそんなに入らないよぉぉぉ!!
口では言っても大型のワイドボディ機だからじゃんじゃん入るぜ! ボーディングブリッジさんそっちはどうだい?
うう……搭乗口はもうパンパンで溜まってるよ、お客さんたちも待ち侘びてる……ああっ!! 駄目だ……もう、我慢できない! 乗せるよ!!
あああんっ!! 太くて硬くて長いボーディングブリッジから! 沢山のお客さんが! 貨物コンテナも沢山入ってきて……んああぁぁん!! しゅ、しゅごいよぉおおっ!!
「という感じ! どう? 本当は離陸までやりたかったけど、ページが足らなくてアヘ顔でイかせてたることにしたわ!」
早苗は自信満々のドヤ顔で言う、もう駄目……次からはまともに飛行機に乗れないと翼は表情を引き攣らせる。
「よ、よく思いついたわね」
「うむ、最初は二次元だったけどそれに飽き足らずどんどん妄想が膨らんじゃったの。高校卒業する頃にはリアル男子でも妄想するようになったから、女子大に行ったわ……もう暴走が抑えられなくなってね」
早苗は涼しい顔で言って翼はドン引きする、いったいどんな人生を送ったんだ? 上級者向け過ぎる。ネットで聞いた話しだが、大雨警報と洪水警報で妄想する人もいるとか。
すると庄一はポケットから財布を取り出して五〇〇円玉を出す。まさか!
「一冊もらっていいかな? 腹がよじれるくらい面白かったよ」
「いやぁあああああ庄一さんが腐っちゃうぅうううううっ!!」
翼は頭を抱えて悲鳴を上げるが庄一は首を傾げる。そして早苗は右手を顎にやって、興味津々の眼差しで見つめる。
「川西さんって……襲い受けか強気受けがいいかも?」
「おお! さすが早苗っち! 夏はそれで行く?」
那美子は肯いて言うと翼は悲鳴を上げる、やめてぇっ! 二次元とはいえ庄一さんを穢さないでぇっ!! 翼は悪夢を見てるような気分だ。庄一が見知らぬ男に寝取られる!
「庄一さんを妄想の対象にしちゃ駄目ええええぇぇぇっ!! 駄目だよ! 庄一さんをそんな目で見ないで!」
「やっぱり駄目か……」
早苗は微かに残念としょんぼりした表情を見せる。
「残念な顔しない!」
「そうだ中島さん川西さん、閉幕後予定あります? 打ち上げ行きませんか?」
那美子の提案に庄一は翼と顔を合わせる。
「僕はいいと思う、中島さんは?」
「庄一さんが言うなら、あたしも行きます! あっ……」
判断を委ねると翼は笑顔で肯いた瞬間、しまったと二人を見ると那美子はニヤケた笑みに、早苗は「フッ」と笑みを浮かべる。
「それじゃあ、合流は一八時頃に大崎駅の北改札口内にある書店でね。そこでゆっくり話そう!」
「それではお二人さん、良い一日を」
完全に翼が庄一のことが好きだということを悟られたようだ、庄一はというと呑気に首を傾げていた。
西2ホールの企業ブースを見て回り、一度外に出てそこから四階屋上展示場に通じる階段を登ってコスプレエリアに入ると空はすっかり黄金色に染まっていた。
西3・4ホールに入ると西2ホールと同じく人口密度は濃厚だが、企業が出展してるだけあって同人サークルに比べて、ド派手で大袈裟だ。
大型スピーカーからアニソンやゲーソンが流れ、スクリーンからは新作アニメのPV、ブルーレイやスマートフォンゲームのCMを流しまくっている。
FEAのスペースに行くと大半以上は完売したがまだいくつかのグッズは残っている、あれは残っているかな? と祈るように探すとまだ完売してなかった。
「庄一さん、あたしこれを買いますね!」
「ああ、これか……可愛いものだな」
庄一は値段を見てないのか微笑みながら肯く、グッズは劇中でゆめみとみつぎを繋いだ思い出の品でタンチョウヅルのペンダントだった。
翼はFEAのブースに入って躊躇うことなく注文した。
「あの……これ下さい!」
「はい、三〇万円になります」
FEAの制服を着た売り子さんが言うとそれで周囲の人たちがどよめく、翼はバッグの一番奥に入れていた封筒から現金を取り出して支払う、スタッフが確認してる間に翼は庄一を見ると少し驚いた表情を浮かべていた。
「凄いなこんなに貯めていたのか」
「はい、ずっと前から欲しかったんです!」
翼は満面の笑みで言う。今回のコミケ経費の六割は今回のために用意したのだ、売り子さんが確認すると別の売り子さん――FEAの女性機長の制服を着た四〇代の女性がトレイに二つの高級ジュエリーケースを持ってやってきた。
「こちらで間違いございませんね」
「はい! ……あの、もしかして桑上紀子さんですか!?」
肯いて気が付いた、この声は音無みつぎが成長したような美少年ボイス、まさかと思って訊くと笑顔で肯いた。
「はい、桑上です。本日はお買い上げありがとうございます」
「あ、あの! あたし昔から魔法少女が好きで……いろんな魔法少女を見てきたんですけど……最近のはダークファンタジーだったり、重くてドロドロとしてて絶望とか代償とか殺伐とした作品ばかりで、魔法少女ってなんだったんだろうと見失いかけた時、ゆめみ☆テイクオフを見たんです……そして思い出したんです! これが魔法少女があるべき姿なんだって!」
森高さんの時に伝えられなかったことを精一杯伝えた。すると桑上さんは翼の気持ちを悟ったかのように微笑むと、音無みつぎの声になる。
「ありがとう、君の名前は?」
「翼、中島翼です!」
「それじゃあ翼、僕たちのことを見守ってくれてありがとう……今日君に出会えて本当によかった」
あたしにだけくれた言葉、翼は嬉し過ぎるという感情を超越して抑えられず気が付いたら涙がボロボロと流れて止められなかった。
「あ、あたし……ゆめみちゃんと……みつぎ君の思い出の……ペンダント……だ、大事に……じまずがら……」
翼は堪え切れず顔をくしゃくしゃにしてしまって恥ずかしかったが、今年最後の忘れられない思い出となった。
『これにてコミックマーケットXX、二日目を終了します。皆さん、お疲れ様でした』
企業ブースを出ると二日目の閉幕の放送が流れて拍手する。明日がいよいよ最後の日、あんなに待ち侘びたのにこんなにも早く過ぎてしまうなんて、時間の神様はきっと意地悪なんだろうな。
翼は寂しげに庄一を見つめる。
「どうしたんだい中島さん?」
「いよいよ明日でコミケ終わり、なんだか寂しいですね」
「うん、でも……コミケは最後まで楽しもう、これから打ち上げもあるしね」
「はい!」
翼は満面の笑みで肯いた。
そして帰りは昨日と同じようにりんかい線に乗って庄一の胸にくっつき、一度品川プリンスホテルに帰って荷物を降ろして休憩する。
スマホのバッテリーは一五%を切っていて翼はベッドに転がる。
すると、スマホが鳴って翼は転がって取ると高校時代の親友――立川英美からだった。
『翼! コミケ楽しい?』
可愛らしくデコレーションされたメッセージを呼んで懐かしいと思いながら微笑み、返信する。内容は家を出てから空港で庄一に出会ったこと、危ないところを助けられたこと、一緒にコミケ参加したことを伝える。
『何それ? 超羨ましいロマンスだけど!』
『あたしも庄一さんのこと、好きになっちゃった!』
『み、認めん! 翼に男なんて認めんぞぉっ!』
『大丈夫、庄一さんはいい人だから、それじゃあこれから打ち上げ行くね』
メッセージを送り庄一と大崎駅に向かう電車に乗って二人と合流すると、近くにある焼き鳥屋さんで二日目の打ち上げを行った。
翼はオレンジジュース、早苗はコーラ、那美子はジンジャーエール、庄一はウーロン茶を注文すると那美子が乾杯の音頭を取った。
「それじゃあみんな、コミケ二日目お疲れ!」
「乾ぱーい!!」
みんなで乾杯すると翼はオレンジジュースを飲み、庄一は注文のサラダが来るとみんなに配りながら訊いた。
「堀越さんと糸川さんは明日も参加?」
「ええ、うちらは二日目前日に東京入りして三日目の夜に最終便で熊本に帰ります」
那美子はそう言ってチラッと一瞬だけニヤけた表情で見ると、翼は頬を赤らめながら思わず妄想するが、果たしてこんなあたしを受け入れてくれるのだろうか? でも、この人ならいいような気がする。
「そうか、僕と中島さんは元日を東京で迎えて夕方には羽田に行くよ」
「それなら中島さんのこと頼みますね!」
那美子の言葉に庄一は複雑な表情を浮かべた。
翼は会ってまだそんなに経ってない人と唇を重ねていいのだろうか? 翼はボーッとオレンジジュースの入ったコップを両手で持ちながら向かいにいる庄一に眼差しを向けると気付かれ、すぐに逸らすと庄一は柔らかな微笑みを浮かべる。
「遠慮しなくていんだよ中島さん、ほら明日に備えてたっぷり食べよう!」
庄一は翼の皿を取って遠慮なく焼き鳥を載せる。
「あ、ありがとうございます!」
「傍から見ると兄妹みたい」
早苗は既に一〇本以上の串焼きやおにぎり四つ平らげている、確かに最初は優しいお兄さんだと思ってたけど……でも今は好き……迷うくらいなら。
コミケ三日目が終わったら、告白しよう。例えどんなに遠くへ行っても絶対に庄一さんと夏コミに行くんだ!
翼は決意の表情でオレンジジュースを一気飲みした。




