二日目その2
その頃、防災公園ではコスプレ併せをしていた。一成によればARLCとPW社のコスプレ併せでの男女比は男性七割、女性三割くらいの比率だった。
撮影会は和気藹々とした雰囲気で、初参加の玲子も面白がってスマホのカメラで撮影していた。
「あははははははは! みんな楽しそうね!」
「ああ、こいつらもそうだが、みんな凄いよな」
直人も昨日と今日でコミケの放つパワーに圧倒されるばかりだ。みんな凄いなと思いながらも楽しんでる自分がいて、一成もコスプレ併せを楽しんでいた。
「それではこれよりARLCの不名誉除隊式を行いまーす!」
撮影会が一段落すると、PW社の創立者兼社長のクロコダイル氏と袂を分けたというARLCの隊長、アリゲーター氏が宣言してみんな拍手する。玲子は首を傾げながら訊いた。
「不名誉除隊式?」
「一成によればARLCに入隊した隊員が恋人ができた、あるいは結婚等で彼らが嫌う所謂リア充になった人に祝うものらしい。不名誉除隊した者はPW社に転職するというのがお決まりのパターンだがな」
「それじゃあ不名誉除隊に憧れて来る人もいるとか?」
「ああ、アリゲーターさんはそう言ってた……それで少子化を防げるならいいんじゃないか? ってね」
「懐の深い大らかな人ね」
「お前も入れば? 塚本や本島を誘って」
「あたしは……いいわ、なんか別世界のような感じがするのよ……それに、面識もないのにあたしと御幸や桜が入ったら……壊してしまいそうだから」
玲子は目を伏せて言うと、直人は高校時代を思い出す。クラスを支配した玲子は自分たちの地位を脅かしそうなグループがあれば僅かな隙間に入り込み、巧妙な手口で今で言うサークルクラッシャーをしていた。
いくつものグループの人間関係を崩壊させてきたが、玲子は一番壊したかったあいつらは壊せなかったという。
「確かに、でもお前らが壊せたのは上辺だけのユウジョウやキズナで成り立ってるような連中ばかりだった……でもここの奴らは違う、お互い顔も名前も知らないのに助け合い、協力し合う……本当に不思議な感じがするよ」
「不思議な感じねぇ……他の所も回ってみたいんだけどいいかしら?」
玲子は高校時代と変わらない眼差しで見つめる、やっぱり玲子の根元は高校時代から変わってない。
カミさんにバレたら怒られるが、一成もみんなで楽しんでる最中だしちょっと案内してやるかと、直人は一成に聞えるように言った。
「一成!! 綾瀬がいろんな所回りたいからここいらで別行動していいか!?」
「ああ、いいぜ楽しんできな! それから玲子ちゃんには西1ホールがおすすめだ! そこの東4・5・6ホールを経て東1・2・3ホールのトラックヤードに行けば近道だ、昨日通ったからわかるはずだ!」
「ああ、わかった! それじゃあ行こうぜ綾瀬!」
しかし直人は知る由もなかった。この時一成の仕掛けた罠を気付くことなく薔薇色に覆われた西1ホールに。
「なによこれ!! 男同士で抱き合ってあんなことやそんなことまでもう!! こんなの刺激強すぎ!!」
「あの……もしかしてお姉さんボーイズラブというものを知らないのですか?」
玲子は裏返った声で目を背けながらも、取った同人誌をチラチラ見る。今いるサークルは所謂ボーイズラブ系の島中でサークル主さんはニヤニヤしながら見つめている。
「うん知らない!! こんな、ああなんだろう? 見ちゃいけないけど見たいというこの背徳感……禁断の領域に足を踏み入れてしまいそう!!」
「ふふふふふふふ、私たちは大いに歓迎しますよ。あなたがほんの少しの勇気で一歩足を踏み入れた時、そこには新たな世界が開かれるのですから」
おいサークル主、これ完全に新興宗教の悪質な勧誘じゃねぇか!! 一成の奴、綾瀬を腐界に誘い込みやがって、結果的に腐界に堕ちて面白いものが見られたから結果オーライだけど入る身にもなってくれ! この辺りは女ばっかで落ち着かないんだよ!
そう思っていた時、直人の目の前に高身長でオシャレな同い年くらいのイケメンのお兄さんがお誕生日席のサークルに来ると、爽やかなイケメンボイス&スマイルで言った。
「すいませんこのトリプルセブン総受け本を下さい」
「はい、いつもありがとうございます!」
サークルの売り子さんは活発な小学生にしか見えない女の子がお金を受け取ると、対照的に背の高い右サイドポニーに左目を隠した女性が一礼して渡す。
随分な物好きがいるものだと思いながら玲子の所に歩み寄ると、彼女は成田で再会した時の淀んで濁った瞳とは打って変わって満足そうに見せびらかしていた。
「見て見て佐久間!! 買っちゃったよあたし!! もう戻れないわ!!」
遅咲きの腐人となった玲子は火が点いたのか、しばらくの間周辺の同人誌を買いに回った。
「野郎ども! 壁殴りの時間だ!!」
PW社のクロコダイル社長は号令と共に隊員を防災公園にある公衆トイレの壁の前に並べると、空手の稽古のように一斉に掛け声とともに突く。
「はあっ! はあっ! はあっ! リア充! はあっ! 爆発! はあっ! しろ!」
私服の上に各種装備のPMCスタイルでクロコダイル社長の話によると、壁殴り代行だけでは食べていけないから本業は壁殴りで副業はPMCだという。
翼は二人で撮影に回り、変な人たちだけどとても楽しそうと翼はスマホで撮影しながら自然と微笑む。
「面白い人たちですね」
「ああ、人生を謳歌してるな」
庄一も柔らかな微笑みを浮かべながらタブレットで撮影し、翼はチラッと覗き込む。一瞬のつもりだったが庄一に気付かれて目が合うと、心拍数が急加速して赤熱に顔が追いつけずにスマホの撮影に戻る。
「どうしたの中島さん、少し疲れた? それともお腹が空いた?」
庄一の言う通りスマホの時計を見ると一一時過ぎたがまだ大丈夫だ。
「だ、だ、大丈夫です。庄一さん、あの人たちも撮りましょうか」
「ARLCの人たちだね……よし! こんなものかな? すいませんありがとうございました!」
庄一がPW社の人たちにお礼を言い、すぐ隣にいるARLCの人たちに声をかける。
「すいません、僕たちも撮影よろしいですか?」
「あっ、はーいどうぞ!」
隊員の一人が言うと庄一はタブレットを構える前に翼を手招きして撮りやすい位置に導く、やっぱりこの人はとてもいい人だと両膝を曲げてスマホで写真を何枚か撮る。
「よし、こんなものかな?」
「あたしもいいのが撮れました、次はどこに行きましょうか?」
翼は気遣ってくれた庄一に楽しんでるっていう笑顔で言った時だった、軍事オタクの兄が好きなミニミ軽機関銃を限界まで短くしたモデルを装備した隊員の一人が、あらかさまな演技で見回して指を差す。
「ん!? ここに、ここにリア充の臭いがするぞ!! さては君たちだな!!」
「えっ!?」
翼は状況を把握できぬままたじろぐと、他の隊員たちから笑い声が漏れる。
「おいおいイッセイさん、怖がらせちゃ駄目だぜ」「そうそういいじゃないですかコミケデートくらい」「カップルじゃなくて兄妹なんじゃない?」「っていうか女の子可愛くない? 連れの人は彼氏さんかな?」「っていうかマジで冷やかすのかよイッセイさん」
庄一は苦笑して流してる様子だが翼はこの際からかってやろうと、悪戯を思いついた女の子の笑みであざとい口調で言い返す。
「そうでーす! あたしたち三日間コミケデートの真っ最中でーす! ニヒヒヒ」
するとイッセイという名前の隊員が固まると、笑っていた他の隊員たちがヤバイと言いたいような表情に急変。イッセイはやつれた表情で幽霊のように歩み寄ってくる。
「ほほう……まさか本物のリア充がやってくるとは、ここで死んでもらう!!」
イッセイは重そうなミニミを向けた次の瞬間、庄一が前に出て飛び出すと銃口が向く寸前、鮮やかで無駄のない目にも止まらぬスピードでミニミを奪い、地面に押し倒して制圧した。
「例え弾の入ってないエアソフトガンでも、銃口へは絶対に人に向けるものじゃない」
庄一の口調は見ている翼の方が怖いと感じるほど背筋が凍り、冷酷でワシミミズクのような瞳は怯えるネズミに狙いを定め、慈悲を知らない絶対零度の眼差しだった。
「ご、ごめんなさい。もうしません」
イッセイは地面に倒されたまま謝ると、庄一はミニミの先っぽにある二脚を開いて地面に置くと別の隊員が驚きの表情で拍手しながら近づいていた。
「お見事です!! 今のシステマですよね? もしかして自衛隊の方ですか?」
「あ……いや、今のは特に確かにシステマに見えたかもしれませんけど……多分違うと思います」
庄一は明らかに動揺している、翼は瞬時に判断して庄一のジャケットの裾を掴んで引っ張る。
「あのすいません! ご迷惑をおかけしました! 行きましょう庄一さん!」
「あっ、ああ!」
翼は絶対に離すまいと歩いて防災公園を脱出、東ホールガレリアを経由して東西連絡通路を通過すると、北コンコースの途中にあるエスカレーターを降りてレストラン街で昼食を兼ねた休憩を取る
「すまなかった中島さん、迷惑をかけた」
「いいえ、庄一さんには助けられてばかりですから……」
翼はそこで言葉が止まる。
あの時見た冷たい眼差しは躊躇や慈悲を一切見せないという氷のような眼差し、翼は箸が止まったのが自分でも気付かないくらい考え込むと庄一は心配した表情で見る。
「中島さん、大丈夫? 怖がらせてしまったかな?」
「すいません大丈夫です!」
今は穏やかで紳士的な心優しいイケメンのお兄さんの目をしてるけど、この人にいったいどんな過去があったのだろう? 翼は知りたいと思った。
でももし知ってしまったら……庄一さんはどんな顔をするんだろう? 何もできない自分、こんな時ゆめみちゃんだったらどうするんだろう? 何もできない自分に歯がゆさを感じながらも昨日より言葉数の少ない気まずい空気が流れていた。
食べ終わってレストランを出ると、翼は意を決した表情で言った。
「あの、庄一さん!」
「どうしたんだい?」
「あたしは庄一さんがどんな人かよくわかりません、でも! 庄一さんがどんな人でも、あたしは庄一さんの味方ですから!」
翼のぶつけた言葉に、庄一は表情が固まった。
だが、次の瞬間には複雑な感情が入り混じって微笑んでるようにも悲しんでるようにも見える。庄一は翼の頭に優しく手を載せた、手袋をした手で。
「ありがとう、僕はその言葉だけで救われた気がするよ……さあ! 二日目も午後に入る! 折り返し地点だ、気を緩めずに楽しもう!」
庄一は何か悲しみを押し隠すような笑みで言う、今の翼にできることはこの人と掛け替えのない時間を過ごすことだった。
「はい!」
翼は歯がゆさを押し隠して笑顔で肯き、西館方面へと向かった、三日目の夕方はどうなるのかわからない。だけど今を楽しまなきゃ二度と戻ってこないのだから。




